竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その24 特別篇

2009年05月26日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
中臣宅守の狭野弟上娘子への贈答の歌

天平宝字元年七月に丹比国人は「橘奈良麻呂の変」に連座して、罪人となり伊豆国への遠流の刑に処されます。そして、万葉集後編「宇梅乃波奈」は保護者である孝謙天皇とその編纂責任者である丹比国人を欠き、頓挫したことになります。
さて、万葉集の巻十五は最初から遣新羅使の歌日記と中臣朝臣宅守の贈答歌の歌日記との二本立てだったのでしょうか。編集では異質の構成となっていますし、贈答歌六十三首は集歌3723の歌から始まるのですが、遣新羅使の歌と贈答歌六十三首の歌との区分と繋ぎが不自然のような気がします。そして、一番困ったことに万葉集の「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘女贈答歌」と万葉集の目録の「中臣朝臣宅守、娶蔵部女嬬狭野弟上娘女之時、勅断流罪、配越前國也。於是夫婦相嘆易別難會、各陳慟情贈答歌六十三首」と意味が違います。
私は、漢文において「与」と「與」との漢字の書き分けがあったのではないかとして、「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘女贈答歌」を「中臣朝臣宅守の狭野弟上娘女に与へたる贈答歌」と訓読みしています。また、万葉集の六十三首の最後に位置する「中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌七首」は、先の歌と違い「中臣朝臣宅守」や「娘子」の歌のような相聞の関係にありません。独立した「花鳥に寄せて思いを陳べる歌」なのです。
さらに、「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘女贈答歌」もまた、大伴旅人の「梧桐日本琴一面」のような一人二役の贈答歌の形ではないかと疑っています。つまり、中臣宅守が、「中臣宅守」と「娘子」との間の歌の交換のようで、すべてが中臣宅守の心の想いではないかと疑っています。
ここで唐突ですが、全万葉集の歌の中で四首しかない「狭野」の歌の、その中で「狭野」の言葉から始まる二首を共に紹介します。「狭野方波」は普段の読みは「さのかたは」ですが、古語として「せのかたは」とも読むことが出来ます。そうです、「背の方は」と訓読みすることが出来ます。そして、「狭野方波」を「背の方は」と読みますと、次のような突飛な私訳を行うことが可能になります。

参考歌
集歌1928 狭野方波 實尓雖不成 花耳 開而所見社 戀之名草尓
訓読 背の方は実に成らずも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに
私訳 尊敬する貴方の万葉集後編「宇梅之波奈」が完成しなくても、その和歌の歌々を見せてほしい、和歌への渇望の慰めに。

集歌1929 狭野方波 實尓成西乎 今更 春雨零而 花将咲八方
訓読 背の方は実に成りにしを今さらに春雨降りて花咲かめやも
私訳 尊敬する貴方の万葉集後編「宇梅之波奈」が完成しましたが、今後に春雨が降って花が開くように和歌の花が開くことはあるのでしょうか。

同じように集歌3723の歌の標の「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘女贈答歌」の「狭野弟上」は「せのおとのかみ」と読むことも可能です。つまり、「背の弟の上」とも訓読みすることが出来ます。集歌1928と集歌1929とに関連させて、万葉集編纂者の「背の弟の上」の意味に取ることは冒険ですが、「花鳥の使い」の相手の名前として可能ではないでしょうか。
そして、私は大伴旅人と藤原房前との歴史から、贈答歌六十三首とは「橘奈良麻呂の変」に際して、最初の中臣朝臣宅守と娘女との五十六首は流刑の伊豆の丹比国人へ、寄花鳥陳思作歌七首は亡き橘諸兄に対して贈ったものと思っています。この「背の弟の上」への五十六首は、一種、竹取翁の歌の答歌の雰囲気があります。それで「答へ贈る歌」なのでしょうが、実力の差でしょうか、竹取翁の歌ほど歌のもじりが成功しているとは思えません。
なお、「狭野弟上」は西本願寺本の表記で、一部の伝本では「狭野茅上」と「弟」から「茅」へその表記が変わっています。この段階で「茅」が正しいものですと、「狭野弟上」を「背の弟の上」とする読みは成り立たなくなり、説明は妄想に成り下がります。
ここでは、解説の替わりに私の解釈と想いを込めた私訳を紹介して、説明とします。

中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌
標訓 中臣朝臣宅守の狭野弟上娘子へ与たる答へ贈れる歌
私訳 留守宅を守る式部大輔中臣朝臣清麿から「背の弟の上」である尊敬する年下の丹比国人の貴方に答え贈る歌。
注意 留守宅とは孝謙天皇を示す寓意。

集歌3723 安之比奇能 夜麻治古延牟等 須流君乎 許々呂尓毛知弖 夜須家久母奈之
訓読 あしひきの山道越えむとする君を心に持ちて安けくもなし
私訳 あしひきの山道を越えて行こうとする貴方を気にかけて、気が休まることがありません。

集歌3724 君我由久 道乃奈我弖乎 久里多々祢 也伎保呂煩散牟 安米能火毛我母
訓読 君が行く道の長手を繰(く)り畳(たた)ね焼き滅(ほろ)ぼさむ天(あめ)の火もがも
私訳 貴方が行く道の長い道中を巻き紙のように手繰り寄せ畳んで焼き尽くすような天の火が欲しい。

集歌3725 和我世故之 氣太之麻可良婆 思漏多倍乃 蘇弖乎布良左祢 見都追志努波牟
訓読 吾(わ)が背子しけだし罷(まか)らば白栲の袖を振らさね見つつ偲(しの)はむ
私訳 私の尊敬する貴方がもし都から地方に下られことがあるならば、白栲の袖を振ってください、それを見て貴方を偲びましょう。

集歌3726 己能許呂波 古非都追母安良牟 多麻久之氣 安氣弖乎知欲利 須辨奈可流倍思
訓読 このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥(たまくしげ)明けて彼方(をち)より術(すべ)なかるべし
私訳 近頃は貴方を慕いながらいます、玉櫛笥を開けて歌集を取り出しても貴方が遠くに居られるのでどうしていいのか判らないでしょう。
右四首、娘子臨別作歌
注訓 右は四首、娘子の別れに臨みて作れる歌

集歌3727 知里比治能 可受尓母安良奴 和礼由恵尓 於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐
訓読 塵泥(ちりひぢ)の数(かず)にもあらぬ吾(わ)れゆゑに思ひわぶらむ妹がかなしさ
私訳 塵や泥の数にも入らないような力不足の私なので、万葉集の行く末を想い心配する貴方が可哀想です。。

集歌3728 安乎尓与之 奈良能於保知波 由吉余家杼 許能山道波 由伎安之可里家利
訓読 あをによし奈良の大道は行きよけどこの山道は行き悪しかりけり
私訳 青葉が美しい奈良の大道を行くのは楽ですが、万葉集を引き継いでいく事はこの山道は行くように難いことです。

集歌3729 宇流波之等 安我毛布伊毛乎 於毛比都追 由氣婆可母等奈 由伎安思可流良武
訓読 愛(うるは)しと吾(あ)が思(も)ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行(ゆ)き悪(あ)しかるらむ
私訳 尊敬する人と私が想う貴方を思い出にしながら万葉集を編纂するからか、足元も覚束なく編纂を引き継いで行くのが難しいと思われます。

集歌3730 加思故美等 能良受安里思乎 美故之治能 多武氣尓多知弖 伊毛我名能里都
訓読 畏(かしこ)みと告(の)らずありしをみ越道の手向(たむ)けに立ちて妹が名告(の)りつ
私訳 恐れ多いと貴方の名前を口に出さずにいましたが、配流先へ山を越して行く道の手向けの場に立って、貴方の名前を思わず口に出してしまった。
右四首、中臣朝臣宅守上道作歌
注訓 右は四首、中臣朝臣宅守の上道(みちたち)して作れる歌
私訳 右は四首、中臣朝臣の宅を守るが和歌を編纂するに当たって作った歌。

集歌3731 於毛布恵尓 安布毛能奈良婆 之末思久毛 伊母我目可礼弖 安礼乎良米也母
訓読 思ふゑに逢ふものならばしましくも妹が目(め)離(か)れて吾(あ)れ居(を)らめやも
私訳 逢いたいと念じると貴方に逢えるものであるならば、これほどに貴方の姿を目にすることが出来ないのでしょうか、私は常に貴方を慕っているのに。

集歌3732 安可祢佐須 比流波毛能母比 奴婆多麻乃 欲流波須我良尓 祢能未之奈加由
訓読 あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜(ゆる)はすがらに哭(ね)のみし泣かゆ
私訳 茜色になる昼は物を想い、闇夜の夜は夜通し恨めしく泣くことです。

集歌3733 和伎毛故我 可多美能許呂母 奈可里世婆 奈尓毛能母弖加 伊能知都我麻之
訓読 吾妹子が形見の衣(ころも)なかりせば何物もてか命継がまし
私訳 私の尊敬する貴方の形見の和歌の資料がなければ、何を貴方の代わりとして命を永らえましょうか。

集歌3734 等保伎山 世伎毛故要伎奴 伊麻左良尓 安布倍伎与之能 奈伎我佐夫之佐
訓読 遠き山(やま)関も越え来(き)ぬ今さらに逢ふべきよしのなきが寂(さぶ)しさ
私訳 遠い山や関も越えて配所へ貴方は行った。今更に貴方に逢う手段のないのが寂しいことです。

集歌3735 於毛波受母 麻許等安里衣牟也 左奴流欲能 伊米尓毛伊母我 美延射良奈久尓
訓読 思はずもまことあり得(え)むやさ寝(ぬ)る夜の夢(いめ)にも妹が見えざらなくに
私訳 思いがけずにこのようなことが起こるのでしょうか、寝る夜の夢にも貴方が出てこないことはないのに。

集歌3736 等保久安礼婆 一日一夜毛 於母波受弖 安流良牟母能等 於毛保之賣須奈
訓読 遠くあれば一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も思はずてあるらむものと思ほしめすな
私訳 貴方が遠くの国に離れているので、私が貴方のことを一日一夜もずっと想っていないだろうと想わないでください。

集歌3737 比等余里波 伊毛曽母安之伎 故非毛奈久 安良末思毛能乎 於毛波之米都追
訓読 他人(ひと)よりは妹ぞも悪(あ)しき恋もなくあらましものを思はしめつつ
私訳 他の人より貴方の方が憎い、貴方への尊敬の心が無いならばと私に思わせ続けています。

集歌3738 於毛比都追 奴礼婆可毛等奈 奴婆多麻能 比等欲毛意知受 伊米尓之見由流
訓読 思ひつつ寝(ぬ)ればかもとなぬばたまの一夜(ひとよ)もおちず夢にし見ゆる
私訳 貴方を慕いつつ寝ると、漆黒の一夜が一日も欠けることなく貴方が夢の中に出てきます。

集歌3739 可久婆可里 古非牟等可祢弖 之良末世婆 伊毛乎婆美受曽 安流倍久安里家留
訓読 かくばかり恋ひむとかねて知らませば妹をば見ずぞあるべくありける
私訳 このように恋しくいると最初から判っていたならば、貴方の万葉集の編纂事業にだけは会わずにいるべきでした。

集歌3740 安米都知能 可未奈伎毛能尓 安良婆許曽 安我毛布伊毛尓 安波受思仁世米
訓読 天地の神なきものにあらばこそ吾(あ)が思ふ妹に逢はず死にせめ
私訳 天と地とに神々がいらっしゃらないのであれば、私の尊敬する貴方に逢えずに死なせよ。

集歌3741 伊能知乎之 麻多久之安良婆 安里伎奴能 安里弖能知尓毛 安波射良米也母
訓読 命をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも
私訳 貴方の生命が無事であれば、美しい衣があるようにいつかは貴方に逢えないことがあるでしょうか。
説明 「あり衣のありて」は訳さずに音感を取るほうがよいでしょう

集歌3742 安波牟日乎 其日等之良受 等許也未尓 伊豆礼能日麻弖 安礼古非乎良牟
訓読 逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まで吾(あ)れ恋ひ居らむ
私訳 貴方に再び逢える日をいつとは知らないが、先の見えない常闇の中に貴方に逢える日まで私は貴方を尊敬し続けているでしょう。

集歌3743 多婢等伊倍婆 許等尓曽夜須伎 須久奈久毛 伊母尓戀都々 須敝奈家奈久尓
訓読 旅といへば事にぞやすきすくなくも妹に恋ひつつすべなけなくに
私訳 遠い国への旅といってしまえば事は簡単だが、しかしながら尊敬する貴方を慕っていてもどうしようもないのに。

集歌3744 和伎毛故尓 古布流尓安礼波 多麻吉波流 美自可伎伊能知毛 乎之家久母奈思
訓読 吾妹子に恋ふるに吾(あ)れはたまきはる短き命(いのち)も惜(を)しけくもなし
私訳 私の尊敬する貴方を慕っていることに、私は霊魂が宿る短い命も惜しくもない。
右十四首、中臣朝臣宅守
注訓 右は十四首、中臣朝臣宅守

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