竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌の研究 古今和歌集との比較 前

2009年04月07日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌の研究 古今和歌集との比較 前

 古今和歌集に、古き歌を集めた歌集の内容を紹介する歌があります。それが、紀貫之が詠った歌番号1002の「ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながうた」です。
万葉集の歌もそうですが、古今和歌集の歌も、本来の歌の表記は一般の私達が目にするような句読点、語句切れ、漢字への転換などの操作がなされた訓読み和歌や漢字混じり表記ではありません。多くの人が指摘するように、万葉集の歌は漢語と万葉仮名、古今和歌集の歌は草仮名の連綿体で記述されています。そこで、紀貫之が詠った歌番号1002の歌も、近現代人が解釈した漢字混じり表記の歌ではなく、紀貫之が詠ったと思われる本来の歌を最初に考えて見たいと思います。
そこで、草仮名の連綿体に注目して、「ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながうた」を、私が手に出来る文庫レベルの本の注釈から推測した連綿体での表記を、最初に示します。

古今和歌集 巻十九 歌番号1002
ふるうたたてまつりし時のもくろくの そのながうた    紀貫之

ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山のはるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ 神な月しぐれしぐれて 冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ

 当然、この私が推定した連綿体での表記では、どう読んでいいのか、何が何だかよく判りません。そこで、古来から連綿体で表記された歌を理解して読み解く研究が行われて来ました。その成果の内で権威付けられた読みが、次の漢字混じりの表記です。

古歌奉りし時の目録の その長歌  貫之
ちはやぶる 神の御世より 呉竹の 世々にも絶えず 天彦の 音羽の山の 春霞 思ひ乱れて 五月雨の 空もとどろに 小夜更けて 山郭公 鳴くごとに 誰れも寝覚めて 唐錦 竜田の山の もみぢ葉を 見てのみ偲ぶ 神無月 時雨しぐれて 冬の夜の 庭もはだれに 降る雪の なほ消えかへり 年ごとに 時につけつつ あはれてふ ことを言ひつつ 君をのみ 千代にと祝ふ 世の人の 思ひ駿河の 富士の嶺の 燃ゆる思ひも あかずして 別るる涙 藤衣 織れる心も 八千草の 言の葉ごとに すべらきの 仰せかしこみ 巻々の 中につくすと 伊勢の海の 浦の潮貝 拾ひ集め 取れりとすれど 玉の緒の 短き心 思ひあへず なほあら玉の 年を経て 大宮にのみ ひさかたの 昼夜分かず 仕ふとて 顧みもせぬ 我が宿の 忍草生ふる 板間粗み 降る春雨の 漏りやしぬらむ

 これですと大変に読み易くなります。ところが、この漢字混じりの表記では歌の詞書の「古歌奉りし時の目録の その長歌」との関係が、不明になってしまいました。歌の詞書で古い歌の目録の歌としていますから、古歌は多くの歌を載せた歌集と考えられます。それで「巻々の 中につくすと」と詠っているわけです。今までの多くの人も、古歌の歌集の目録のための長歌と理解しているのです。
では、上に示した長歌の漢字混じりの表記で、歌集の目録と理解出来るでしょうか。私は出来ないと思いますし、多くの研究者も途中で歌の解釈を投げ出しています。力任せに歌を読むことと、歌を理解して読むこととは、当然違います。「目録のための長歌」の意味合いを棄てれば、日本語の古語の歌を日本語の現代語の歌に置き換えることは、当然出来ます。ですが、それでは歌を読んだことにはなりません。古今和歌集の仮名序で和歌論を述べた紀貫之が、「目録のための長歌」と記した詞書に沿ったものでなくてはいけません。
そこで、いつものとぼけた視線で、詞書に従って「目録のための長歌」の意味合いで、歌番号1002の歌を漢字混じりの表記で読んでみました。それが次の表記です。

古歌奉りし時の目録の その長歌  貫之
千磐破ふる神の御代より 呉竹の世々のも絶えず 天彦(あまひこ)の音葉の山(B01) 春霞想い乱れて(B02) 小(さ)乱れの空もとどろに(B03) さ夜更けて山霍公鳥(ほととぎす)啼くごとに誰(たれ)も寝醒めて(B04) 韓錦(からにしき)龍田の山の黄葉(もみぢ)を見てのみ偲ぶ(B05) 神無月(かむなづき)時雨(しぐれ)時雨れて(B06) 冬の夜の庭も斑(はだ)れに零(ふ)る雪の猶消えかへり(B07) 年毎(としごと)に時につけつつあはれてふ事を云ひつつ(B08) 公をのみ千代にと斎(いは)ふ世の人の思ひ(B09) 駿河の不盡(ふじ)の峯の燃ゆる思ひも飽かずして(B10) 別るる涕(B11) 藤衣穢(おれ)る心も(B12) 八千種の言(こと)の葉ごとに(B13) 天皇(すべらぎ)の詔(おほ)せ畏(かしこ)み(B14) 巻々の中に尽くすと 伊勢の海の浦の潮貝(しほがひ)採(ひ)ろひ集めとれりとすれど(B15) 玉の緒の短き心思ひ耐(あ)えず(B16) 猶荒魂(あらたま)の年を経て(B17) 大宮にのみ久方(ひさかた)の昼夜別かず使かふ(B18) 反(か)へり見もせぬ(B19) 吾が屋戸(よど)の偲ぶ草生(お)ふる(B20) 板間(いたま)有らみ零(ふ)る春雨(B21) 野守(のもり)は知るらむ(B22)

 この漢字混じりの表記で、「千磐破ふる神の御代より」、「呉竹の世々のも絶えず」と「巻々の中に尽くすと」の言葉を除くと、すべて、万葉集の歌にその由来を辿ることが出来ます。そして、その除いた三句について、次のように意訳しますと、

訓読 千磐破ふる神の御代より
意訳 貴い磐を開いて顕れた天照大神の時から

訓読 呉竹の世々のも絶えず
意訳 平安京の清涼殿で朝政が営まれているこの世まで和歌は絶えず

訓読 巻々の中に尽くすと
意訳 古歌を集めた歌集の巻の中に尽くすと

と理解が出来ます。この言葉ですと、神代の時代から平城京の時代までの歌を集めた万葉集の目録を奉呈したときの歌としては、大変に相応しい言葉ではないでしょうか。

 このとぼけた万葉集の読みから、古今和歌集の「古歌奉りし時の目録の その長歌」を眺めて見たいと思います。ただ、あくまで、素人の万葉集読みの感覚です。非難は山より高く海より深いのは当然です。


天彦(あまひこ)の音葉の山(B01)
意訳 山彦の声が聞こえる歌垣の音葉の筑波の山で

高橋連虫麿歌集
集歌1497 筑波根尓 吾行利世波 霍公鳥 山妣兒令響 鳴麻志也其
訓読 筑波嶺(つくばね)に吾が行けりせば霍公鳥(ほととぎす)山彦(やまびこ)響(とよ)め鳴かましやそれ
意訳 筑波山にもし私が行っていたならば、霍公鳥が山彦を響かせ鳴いただろうか。ねえ霍公鳥よ
解説 筑波の山は二神の山ですが、歌垣でも有名です。そこから「おとは」を「音の葉」と解釈し、神の山である筑波の嶺の山彦です。音羽山で無いところが、素人感覚です。


春霞想い乱れて(B02)
意訳 春霞の時に貴女への想いで心も乱れて

読み人知れず
集歌1910 春霞 立尓之日従 至今日 吾戀不止 本之繁家波
訓読 春霞立ちにし日より今日までに吾(わ)が恋やまず本(もと)の繁けば
意訳 春霞が立った日から今日まで私の貴女への恋心は止むことはありません。貴女への想いの根が深ければ
解説 これは、「春霞」の言葉と「想い乱れて」の解釈から、無理やり万葉集の歌を引っ張り出しました。個人的感想で、集歌1910の歌は紀貫之好みの歌ではないでしょうか。


小(さ)乱れの空もとどろに(B03)
意訳 天気が少し怪しい空に雷鳴が響き渡って

人麻呂歌集
集歌2513 雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留
訓読 鳴る神の少し響(とよ)みてさし曇り雨も降らぬか君を留(とど)めむ
意訳 天の音を鳴らす雷神のかみなりが遠く響いて、日に刺し掛けるような雲が湧き出てきて雨も降らないだろうかなあ。そして、貴方をここに留めましょう。
解説 「さみだれ」を「小さな乱れ」と解釈しました。五月雨の雨でないのが、素人です。そして、私は「小さな乱れ」から遠くの雷鳴を聞きました。


さ夜更けて山霍公鳥(ほととぎす)啼くごとに誰(たれ)も寝醒めて(B04)
意訳 真夜中に山のホトトギスのその鳴き声に誰もが寝醒めて

大伴坂上郎女
集歌1484 霍公鳥 痛莫鳴 獨居而 寐乃不所宿 聞者苦毛
訓読 霍公鳥(ほととぎす)いたくな鳴きそひとり居て寝(い)の寝(ぬ)らえぬに聞けば苦しも
意訳 霍公鳥よ。そんなに悲しく啼くな。あの人を待ちわびて一人だけで夜も寝られないときに、お前の声を聞くと辛くなる。
解説 夜中に聞く霍公鳥の声から、無理やりの万葉集の歌です。ここが素人の自由奔放です。歌で「誰(たれ)も寝醒めて」ですが、万葉集の歌では夜中に起きているのは、恋人の許を訪ねる男とそれを待つ女の二人です。感覚だけですので、これ以上の追求はご容赦を。


韓錦(からにしき)龍田の山の黄葉(もみぢ)を見てのみ偲ぶ(B05)
意訳 色鮮やかな韓錦のような龍田の山の黄葉を見るだけで偲ばれる

読み人知れず
集歌2194 鴈鳴乃 来鳴之共 韓衣 裁田之山者 黄始南
訓読 雁がねの来鳴(な)きしなへに韓衣(からごろも)龍田(たつた)の山は黄葉(もみち)始(そ)めたり
意訳 雁がやって来て啼くのにつれて、韓錦の布で衣を裁つように龍田の山は黄葉を始めたようだ。
解説 これは、完全に「韓錦」と「龍田」の言葉からの連想です。万葉集にもこんな歌があるのです。

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