竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その34

2009年05月20日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その34

原文 今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在
訓読 今日(けふ)やも子らに 不知(いさ)にとや 思はえてある(34)
私訳 今日は、あの子に「貴方はどうしたのだろう」と不審に思われているだろう

竹取翁の長歌の中の一節に「今日やも子らに 不知にとや 思はえてある」があります。私は、これは万葉集の中の歌を紹介するものと考え、これを「今日もまたあの人達に『貴方はどうしたのだろう』と不審に思われているだろう」と解釈し、このように解釈することで、次の集歌2720の歌を想像してます。

(読み人知れず)
集歌2720 水鳥乃 鴨之住池之 下樋無 欝悒君 今日見鶴鴨
訓読 水鳥(みずとり)の鴨の棲む池の下樋(したひ)無(な)みいぶせき君を今日(かふ)見つるかも
私訳 水鳥の鴨の棲む池に水を流し去る下樋が無いように、想いを流し去らずに鬱々としている貴方を、今日見てしまった。

少し、集歌2720の歌で遊んで見ます。「鴨」の文字に対して歌は「水鳥の鴨」と規定しています。語尾の「かも」の「鴨」の文字ではありません。これが、遊びです。
ここで、遊びの視線で、今日も人々が「あの人は、どうなったのだろうか」と心配しているような風景の歌で「水鳥の鴨」が登場する歌を探してみました。それが、次の三首です。大津皇子も紀皇女も、共に後日談が気に掛かる歌です。また、飛鳥浄御原の宮もその後どうなったのでしょうか。、これはこれとして気に掛かる話題です。
さて、竹取翁の長歌の原文の「今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在」を「今日やも子らに 不知にとや 思はえてある」と訓読みしています。この「五十狭邇迹哉」の言葉に遊びがあるとすると、二つに一つで百磯城の天皇になれなかった皇子の暗示でしょうか。それとも、「子等丹」の「子らに」が複数の歌を示す暗示でしょうか。遊びが遊びを読んで、色々と推理が進みます。

大津皇子被死之時、磐余池陂流涕御作謌一首
標訓 大津皇子の被死(みまか)らしめらえし時に、磐余の池の陂(つつみ)にして涕を流して御作りませる歌一首
集歌0416 百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隠去牟
訓読 百伝(ももつた)ふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲(くも)隠(かく)りなむ
私訳 多くを伝える磐余の池に鳴く鴨を今日だけ見て私は雲の彼方に隠れ去って逝こう
右藤原宮朱鳥元年冬十月
注訓 右は藤原宮の朱鳥元年の冬十月


譬喩謌
紀皇女御謌一首
標訓 紀皇女の御歌一首
集歌0390 軽池之 浦廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二
訓読 軽の池の浦廻(うらみ)行き廻(み)る鴨すらに玉藻の上にひとり宿(ね)なくに
私訳 家の横の軽の池の水面を泳ぎ回る鴨ですら柔らかな藻で出来た褥の上で独りでは夜を過ごさないのに、夫の弓削皇子が亡くなられた私は独り。


慶雲三年丙午、幸于難波宮時  志貴皇子御作謌
標訓 慶雲三年丙午に、難波の宮に幸ましし時  志貴皇子の作りませる御歌
集歌0064 葦邊行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 倭之所念
訓読 葦辺(あしへ)行く鴨の羽交(はが)ひに霜降りて寒き夕へは大和し念(おも)ほゆ
私訳 葦の茂る岸辺を泳ぐ鴨の羽を畳んだ背に霜が降りるような寒い夕べは大和の都が思い出される

私は、竹取翁の長歌の「今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在」の一節は、集歌2720の歌を引き出すものと思っています。さて、その集歌2720の歌は、二人の皇子と一人の皇女の内、どのお方を選んだのでしょうか。大津皇子の歌が、やはり「今日は」有力でしょうか。
このように万葉集を解釈するのは作業員の私と紀貫之ぐらいと思っています。もし、そうだとすると、紀貫之はわくわくして万葉集を楽しんだと思います。

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