竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌の研究 平安貴族は万葉集をどう読んだか

2009年04月07日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌の研究 平安貴族は万葉集をどう読んだか

 伊勢物語は、平安時代初期に書かれた物語とされています。その作者については諸説ありますが、伊勢物語が最初に書かれた時代としては、在原業平(825-880)が詠んだ歌を多く取り入れられているために、古今和歌集の編纂前後に相当する九世紀後半の作品と推定されています。
 この伊勢物語の歌の中に、万葉集の歌を採歌したと思われる歌々があり、それが次に示す歌です。現在に伝わる伊勢物語は、かな表記の書物となっていて草書体や草仮名体の表記ではありません。ここから、伊勢物語の歌を調べることで、九世紀後半から十世紀初頭かけて、平安貴族達がどのように万葉集を読んでいたかが推測できるでしょう。
 そこで、伊勢物語に載る万葉集の歌十八首について、伊勢物語のくだり、万葉集の原文とその訓読み、伊勢物語の歌の順に示し、それを比べて見たいと思います。

十四段
集歌3086 中々二 人跡不在者 桑子尓毛 成益物乎 玉之緒許
訓読 なかなかに人とあらずは桑子(くわこ)にもならましものを玉の緒ばかり
伊勢 なかなかにこひにしなずはくはこにぞなるべかりけるたまのをばかり

二十一段
集歌0149 人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨
訓読 人はよし念(おも)ひ息(や)むとも玉蘰(たまかずら)影に見えつつ忘らえぬかも
伊勢 人はいさ思ひやすらん玉かづらおもかげにのみいとど見えつつ

二十三段
集歌3032 君之當 見乍母将居 伊駒山 雲莫蒙 雨者雖零
訓読 君があたり見つつも居らむ生駒山雲なたなびき雨は降るとも
伊勢 君があたり見つつををらむいこま山くもなかくしそ雨はふるとも
注意 「蒙」に、災害などを身に受けるの意味がある。伊勢の方が意味は良い。

二十四段
集歌2985 梓弓 末乃多頭吉波 雖不知 心者君尓 因之物乎  (一本歌の方を採用)
訓読 梓弓(あずさゆみ)末(すゑ)のたづきは知らねども心は君に寄りにしものを
伊勢 あづさ弓ひけどひかねど昔より心はきみによりにしものを

三十三段
集歌0617 従蘆邊 満来塩乃 弥益荷 念歟君之 忘金鶴
訓読 葦辺(あしへ)より満ち来る潮のいや増しに念(おも)へか君が忘れかねつる
伊勢 あしべよりみちくるしほのいやましに君に心を思ひますかな

三十五段
集歌0763 玉緒乎 沫緒二搓而 結有者 在手後二毛 不相在目八方
訓読 玉の緒を沫緒(あわを)に搓(よ)りて結べらばありて後にも逢はざらめやも
伊勢 たまのををあわをによりてむすべればたえてののちもあはむとぞ思ふ

三十六段
集歌3507 多尓世婆美 弥年尓波比多流 多麻可豆良 多延武能己許呂 和我母波奈久尓
訓読 谷狭(せば)み峰(みね)に延(は)ひたる玉葛(たまかづら)絶えむの心(こころ)吾(わ)が思(も)はなくに
伊勢 谷せばみ峯まではへる玉かづらたえむと人にわがおもはなくに

三十七段
集歌2919 二為而 結之紐乎 一為而 吾者解不見 直相及者
訓読 ふたりして結びし紐をひとりして吾れは解きみじ直(ただ)に逢ふまでは
伊勢 ふたりしてむすびしひもをひとりしてあひ見るまではとかじとぞ思ふ

七十一段
集歌2663 千葉破 神之伊垣毛 可越 今者吾名之 惜無
訓読 ちはやぶる神の斎垣(いかき)も越えぬべし今は吾(あ)が名の惜しけくもなし
伊勢 ちはやぶる神のいがきもこえぬべし大宮人の見まくほしさに

七十三段
集歌0632 目二破見而 手二破不所取 月内之 楓如 妹乎奈何責
訓読 目には見て手には取らえぬ月の内の楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ
伊勢 めには見ててにはとられぬ月のうちのかつらのごとききみにぞありける

七十四段
集歌2422 石根踏 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨
訓読 岩根踏みへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも
伊勢 いはねふみかさなる山にあらねどもあはぬ日おほくこひわたるかな

八十七段
集歌0278 然之海人者 軍布苅塩焼 無暇 髪梳乃小櫛 取毛不見久尓
訓読 志賀(しが)の海人(あま)は藻(め)苅り塩焼き暇(いとま)無み髪梳(くらし)の小櫛(をぐし)取りも見なくに
伊勢 あしのやのなだのしほやきいとまなみつげのをぐしもささずきにけり

百十六段
集歌2753 浪間従 所見小嶋 濱久木 久成奴 君尓不相四手
訓読 波の間(あひだ)ゆ見ゆる小島の浜久木(はまひさき)久(ひさ)しくなりぬ君に逢はずして
伊勢 浪まより見ゆるこじまのはまひさしひさしくなりぬきみにあひ見で
参考 「不相四手」で四手でなければ三手ですが、「三手(みて)」とも読める

百三十四段
集歌1448 吾屋外尓 蒔之瞿麦 何時毛 花尓咲奈武 名蘇經乍見武
訓読 吾が屋外(やと)に蒔き撫子(なでしこ)いつしかも花に咲きなむ比(なそ)へつつ見む
伊勢 わがやとにまきしなでしこいつしかもはなにさかなむよそへてもみむ

百三十五段
集歌2665 月之有者 明覧別裳 不知而 寐吾来乎 人見兼鴨
訓読 月しあれば明(あ)くらむ別(わき)も知らずして寝(ね)て吾(あ)が来(こ)しを人見けむかも
伊勢 月しあればあらはむことも知らずして寝てくるわれを人やみつらむ

百三十六段
集歌2931 念管 座者苦毛 夜干玉之 夜尓至者 吾社湯亀
訓読 思ひつつ居れば苦しもぬばたまの夜(ゆふべ)に至(な)らば吾れこそ行かめ
伊勢 思ひつゝ居ればすべなしうばたまの夜になりなばわれこそ行かめ

百三十七段
集歌2664 暮月夜 暁闇夜乃 朝影尓 吾身者成奴 汝乎念金丹
訓読 夕月夜(ゆふつくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影(あさかげ)に吾(あ)が身はなりぬ汝(な)を思(おも)ひかねに
伊勢 ゆふづくよあかつきがたの朝かげにわが身はなりぬ君を戀ふとて

定家本にない歌 七十一段
集歌0501 神風之 伊勢乃濱荻 折伏 客宿也将為 荒濱邊尓
訓読 神風(かむかぜ)の伊勢の浜荻(はまはぎ)折り伏せて旅寝(たびね)や為(す)らむ荒き浜辺(はまへ)に
伊勢 神風や伊勢のはまをぎ折り伏せて旅寝やすらむ荒き濱邊に


 当然、時系列からすると、現在につながる万葉集の訓読みは伊勢物語や村上天皇の勅命による訓点作業の成果が出発点ですので、上記に示した万葉集訓読みと伊勢物語の歌が等しくなるのは不思議ではありません。
 しかし、村上天皇の勅命により万葉集の訓点作業が行われたことは、十世紀半ばには万葉集が読めなくなっていたことを示すのでしょう。ここに私はギャップを感じます。伊勢物語は古今和歌集の編纂前後には、その書籍としての形が出来ていたようですから、紀貫之時代では、万葉集は確実に読めたことになります。
 ここで、百十六段の「浪まより見ゆるこじまの」の歌で「きみにあひ見で」に注目すると、万葉集原文の「君尓不相四手」において「不相四手」を「あいみて」と読んでいることになります。歌の参考でも示しましたが、「不四手」の言葉遊びで「四手にあらず、三手である」とすると、「不四手」は「みて」と読むことになります。
 また、百三十五段の「月しあればあらはむことも知らずして」の歌で「あらはむことも」に注目すると、万葉集原文の「明覧別裳」において「別裳」を「ことも」と読んでいることになります。これは、古事記や祈年祭の祝詞での「別」を「こと」と読む読み方と一致します。私としては、「別(わき)も」と読むより「ことも」と読むほうが自然ですし、歌の意味も取りやすくなります。
 これらが成り立つのなら、伊勢物語が書かれた時代は、現在以上に、人々は万葉集をよく理解していたことになります。

 この伊勢物語が書かれた時代には、現在以上に万葉集は読み解かれ理解されていたことを踏まえて、伊勢物語とほぼ同時代の古今和歌集を見てみますと、現在の訓読みされた万葉集4516首(これは、本文での便宜上の数字です。)と古今和歌集1111首との間で、その歌々の中での重複又は一部の語句変更と認められるのが墨滅歌を含めて、七首だけです。つまり、紀貫之時代の歌人達は、万葉集の全詩歌を私たちが現在の訓読み万葉集の歌を理解するのと同等か、それ以上に解読・理解していたことになりますし、網羅・識別していたことになります。
 データ処理をされる方はお分かりと思いますが、紀貫之達は万葉集の歌全部と古今和歌集の歌の候補となる歌との合計の5627首以上の和歌を、データ処理の上で扱ったことになります。そして、厳密に重複した歌数を考えるとそのエラーは二首だけですので、0.035%の誤差です。古今和歌集を編纂したときに、紀貫之達が、万葉集の無名の読み人知れずの歌を含めて、正確に万葉集の歌全部を識別し、古今和歌集の候補から確実に排除したことに対して畏敬の念を持ちます。
 ここで、単純な疑問です。データ処理の視線から見ますと、紀貫之達は容易に万葉集の歌を検索できるデータベースを持っていたと推測できます。そのデータベースを紀貫之達はどうしたのでしょうか。私は古今和歌集の歌番1002の「ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながうた」が示すのは、この万葉集のデータベースだと思っています。
 およそ、平安期のデータベースとしては、短冊を使ったカード方式のものでしょう。そのために、万葉集の巻十二や十三で、目録と歌順に乱れが生じたのではないでしょうか。完本形での巻紙での記録ですと歌番の乱れは生じないでしょうが、検索には向きません。


<万葉集と古今和歌集の重複と思われる歌>
集歌1701 佐宵中等 夜者深去良斯 鴈音 所聞空 月渡見
訓読 さ夜中(よなか)と夜は更けぬらし雁が音(ね)の聞こゆる空を月渡る見ゆ
古今 小夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空に月渡る見ゆ

集歌1351 月草尓 衣者将揩 朝露尓 所沾而後者 徙去友
訓読 月草(つきくさ)に衣(ころも)は摺(す)らむ朝露に濡れての後(のち)は移(うつ)ろひぬとも
古今 月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後は移ろひぬとも

集歌1655 高山之 菅葉之努藝 零雪之 消跡可曰毛 戀乃繁鶏鳩
訓読 高山の菅(すが)の葉凌(しの)ぎ降る雪の消(け)ぬと言ふべくも恋の繁けく
古今 奥山の菅の根しのぎ降る雪の消ぬとか言はむ恋のしげきに

集歌3097 左桧隈 桧隈河尓 駐馬 馬尓水令飲 吾外将見
訓読 さ桧(ひ)の隈(くま)桧の隈川(くまかわ)に馬留め馬に水飼へ吾(わ)れ外(よそ)に見む
古今 笹の隈桧の隈川に駒止めてしばし水飼へ影をだに見む

以下は、墨滅歌からの採歌
集歌2283 吾妹兒尓 相坂山之 皮為酢寸 穂庭開不出 戀度鴨
訓読 吾妹子に逢坂山のはだ薄(すすき)穂(ほ)には咲き出ず恋ひ渡るかも
古今 我妹子に逢坂山のしのすすき穂には出でずも恋ひわたるかな

集歌2710 狗上之 鳥籠山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告奈
訓読 犬上(いぬかみ)の鳥籠(とこ)の山なる不知哉川(いさやかは)不知(いさ)とを聞(き)こせ吾(わ)が名告(の)らすな
古今 犬上のとこの山なる名取川いさと答へよ我が名漏らすな

集歌1147 暇有者 拾尓将徃 住吉之 岸因云 戀忘貝
訓読 暇(いとま)あらば拾(ひり)ひに行かむ住吉(すみのゑ)の岸に寄るといふ恋忘れ貝
古今 道知らば摘みにも行かむ住の江の岸に生ふてふ恋忘れ草

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