竹取翁と万葉集のお勉強

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初めての万葉集 社会人のための万葉集入門

2013年07月01日 | 初めて万葉集に親しむ
初めての万葉集 社会人のための万葉集入門

 ここでのものは、カルチャークラブなどで初めて万葉集に接する人のために、より一層、万葉集の歌を楽しんで頂くことを念頭にして、講座での副読本のようなものとして記述しています。
 なお、紹介する内容はカルチャークラブなどに通われると云う知識に対する好奇心が旺盛な方々を対象にしていますので、万葉集入門と副題を付けていますが、極力、旺盛な好奇心を満たすものを心がけています。そして、ここで提案する万葉集の歌を楽しむ方法が、カルチャークラブなどで万葉集の歌の鑑賞を受講された後も、受講の経験だけで終わらずに生涯学習のような形で日々の生活の中に万葉集の歌を楽しむ、学習することを続けることへの一助になればと希望しています。もし、さらに一歩進んで、ここで紹介する歌の意訳文に興味があるお方がおられましたら、お手数ですが、弊ブログ「竹取翁と万葉集のお勉強」にて参照ください。


万葉集の歌の特別な表記法に親しむ

 社会人の方で、そして和歌と云うジャンルへの初心者が初めて万葉集に親しむと云うことを思い立つ時、それは、勉学と云うより、万葉集と云う現在に伝わる日本最古の詩歌集の歌を鑑賞して楽しむことだと思います。その歌を鑑賞して楽しむと云うことは、万葉集と云う詩歌集の歌を鑑賞する過程や結果として、日常から離れ、古典の言葉に親しみ、歌で表現される万葉時代の人々の生活や心の在り様を想像する楽しみに浸る余裕の時間を持つと云う、ある種の知的な遊びを楽しむことだと思います。
 入学試験の為に、又は、古典文学研究と云う生業の為とは違い、社会人がある種の知的な遊びを楽しむことを期待して万葉集と云う詩歌集の歌に親しむのならば、万葉集に載る和歌を知っていると云う楽しみ方の他に、今一歩進んだ、社会人らしい万葉集と云う詩歌集の歌の鑑賞方法があると考えます。普段の万葉集に親しむ方法としては、中高生の学業や入学試験対応、また、それから発展したもので、現代語に翻訳・アレンジされた万葉集の歌とその意訳を読む、知る、暗誦する等と云う楽しみ方がありますが、社会人がある種の知的な遊びを万葉集の歌に求めるのであれば、本来の万葉集の歌を親しむことを提案したいと思います。
 この本来の万葉集の歌に親しみ、そこから社会人が知的な遊びを楽しむと云うことへの提案とは「万葉集の歌は、漢字の単語(以下、漢語と称します)と万葉仮名と云う漢字で書かれた歌である」と云うことへの再認識を前提とします。その「漢語と万葉仮名と云う漢字で書かれた歌」とは何かと云うと、次のような形で表記された万葉集の歌です。また、それに添える訓読とは現代語にアレンジし読み解かれた「歌」として詠むためのものです。その一例として有名な志貴皇子の懽(よろこ)びの歌を紹介します。

原文 石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨
訓読 石(いは)はしる垂水(たるみ)の上(うへ)のさわらびの萌へ出づる春になりにけるかも
別訓 石(いは)激(たき)る垂水(たるみ)の上(うへ)のさわらびの萌よ出づる春になりにけるかも

 この訓読とは、万葉集の原文の歌を現代語に歌詠みとして読み解く作業の結果です。そのため、原文の歌をその時代の言葉や理解で読み解く作業の宿命として、ここでの「石激」の読みに異なる読みを紹介することが出来るように、万葉集の歌を原文から楽しむ人が複数存在しますと、その歌の解釈により一つの原文に対して複数の訓読みの歌が存在する可能性があります。この漢字だけで記述された万葉集の歌を読み解く歴史では、万葉集の歌が詠われた奈良時代当時の本来の歌の読みは平安中期の紀貫之の古今和歌集が創られた時代の直後に途切れて、多くの歌は解読が出来なくなりました。現在の歌の読みは平安時代中後期以降に、改めて、平安時代の和歌の専門家の人たちにより提案されたもので、それが今日の万葉集の読みの底本として継がっています。この歴史が、万葉集の古点と云う村上天皇の梨壺の五人衆の伝えと云うものです。ここでは、万葉集の歌とは漢語と万葉仮名と云う漢字で書かれた歌で、その漢字だけで記述された歌の現代の読みは平安時代の中後期の和歌の専門家の人達が提案した読みが基盤であることを覚えておいてください。

 初めて万葉集に接する方々には、最初から普段に目にする万葉集の歌とは違う話が出て来てびっくりされるでしょうが、万葉集の本当の歌の姿を知っていただくための基本となるものですから、ここは辛抱してお付き合いをお願いします。ここで紹介する万葉集の鑑賞法は、土佐日記や古今和歌集で有名な紀貫之の時代以前の万葉集の鑑賞に戻る古風ですので、現代語訳の万葉集の歌を新たに紹介し鑑賞すると云う近世の鑑賞方法との違いがあります。それで、もし、カルチャークラブなどで受講される万葉集の歌の鑑賞が、現代語訳の万葉集の歌だけを使って行われるのでしたら、それを一番に尊重して頂いて、ここでのものは「そのような考え方もあるのか」と云う大人の対応をお願いします。

 さて、その「本来の万葉集の歌とは何か」と云う説明のために、万葉集の歌の表記方法について、少し説明をします。一般には、万葉集は万葉仮名で歌が書かれていると説明されることがありますが、それは万葉集の歌を知らない人がする過大な誇張か、不確かな伝聞です。確かに東国の人々が詠った歌の「東歌」、防人として赴任する東国の人々が詠った歌の「防人歌」や大伴一族などに関係するものでは一字一音の万葉仮名だけで書かれた歌もありますが、大多数は漢語と万葉仮名と云う漢字で書かれた歌です。つまり、誤解を恐れずに手短に云うと「漢字だけで表現された歌」です。
 ここで万葉仮名について説明しますと、有名な聖徳太子や推古天皇の時代以前の日本では日本語をその言葉の発音通りに記述する方法を持っていませんでした。伝言や記録は語り部と称される人が暗記して人から人へ伝えるか、漢文や漢字表記による中国語や朝鮮古語の形で伝えるしか手段がありませんでした。その日本語の表記方法を持たなかった古代の日本人が、漢字の持つ発音を利用して日本語発音の一音に漢字一字を割り当て、発音の「当て字」として利用し、発明したものが万葉仮名と呼ばれる漢字文字による発音表記の方法です。これを例示すると、阿(あ)、伊(い)、宇(う)、衣(え)、於(お)のような表現方法です。そして、万葉集の倭歌(以下、万葉集の歌、又は、万葉集歌と云います)は、中国語からの漢字表記の単語とこの万葉仮名と云う発音の「当て字」で記述されています。
 ここで、すこし、専門的な言葉の説明をします。万葉集の歌はこの中国語からの漢字表記の単語と万葉仮名と云う発音の「当て字」で記述されていますが、その表記の形式で四つの区分に分けられています。それを説明しますと、万葉集の歌の表記の方法で、その使われる漢語と万葉仮名との使用の割合で、まったく万葉仮名を伴わない漢詩のような表現を行う歌、これを略体歌と云います。漢語が主体ですが一部に万葉仮名を使い歌意や漢語の解釈の振れを抑えるような表現を行う歌、これを非略体歌と云います。漢語と万葉仮名とで現代の漢字交じり平仮名歌と同等の表現を行う歌、これを常体歌と云います。全て万葉仮名だけで表現を行う歌、これを万葉仮名歌と云います。この四つの区分に分けられます。例を示すと次のような表現方法です。最初の三首が柿本人麻呂で、最後の一首が山上憶良です。

略体歌 出見 向岡 本繁 開在花 不成不在
非略体歌 今造 斑衣服 面就 吾尓所念 未服友
常体歌 黄葉之 落去奈倍尓 玉梓之 使乎見者 相日所念
万葉仮名歌 伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久尓

上記の歌の試訓(一部に標準的な訓みと違うところがあります)
略体歌 出(い)でて見る向(むこ)つの岡の本(もと)繁(しげ)し開(さ)きたる花の成らずは在らじ
非略体歌 今造る斑(まだら)の衣服(ころも)面(おも)に就(つ)く吾(われ)に念(おも)ほゆ未だ服(き)ずとも
常体歌 黄葉(もみちは)の落(ち)りぬるなへに玉梓(たまずさ)の使を見れば逢し日念(おも)ほゆ
万葉仮名歌 いもがみし あふちのはなは ちりぬべし わがなくなみだ いまだひなくに
妹が見し楝の花は落りぬべし吾が泣く涙未だ干なくに

 もう少し、専門的な話をしますと、万葉集の歌の本来の姿は句読点や句切れを入れずに連続して表記しますので、表記の中で句読点や句切れを見つけるのも万葉集歌の訓読み研究の対象となっています。つまり、上記の歌が万葉集の元歌として書写されているときは、次のような姿です。もし、中西進氏の文庫版万葉集に載るような万葉集原文と紹介されるもので句読点や区切りを持つものがあれば、それは訓読者の歌の解釈を示すと云う意味として理解してください。従って、貴女や貴方が新たな訓読みを発見して、それが和歌として成り立つのであれば、句読点や句切れの位置が変わる大発見になるかもしれないのです。

略体歌 出見向岡本繁開在花不成不在
非略体歌 今造斑衣服面就吾尓所念未服友
常体歌 黄葉之落去奈倍尓玉梓之使乎見者相日所念
万葉仮名歌 伊毛何美斯阿布知乃波那波知利奴倍斯和何那久那美多伊摩陀飛那久尓

 ここから、どうして、普段に目にする現代語で記述された万葉集の歌ではなく、本来の漢字だけで記述された万葉集の歌にこだわるかの説明をいたします。すこし、ややこしい話をしますが、説明の後半では実例を上げて説明をいたしますので、御辛抱をお願いします。なお、ここで紹介した万葉集歌の四つの表記の違いの認識は昭和時代になって人麻呂歌集の歌で代表される略体歌・非略体歌論として阿蘇瑞枝氏によって再発見された大事件ですので、斎藤茂吉氏等に代表される昭和中期以前の万葉集の秀歌紹介では、万葉集の歌は漢語と万葉仮名と云う漢字とで表現された歌と云う認識はさほど注目されていなかったと思われます。そのため、万葉集の鑑賞では、本来の漢字だけで記述された万葉集の歌と云うことに、こだわることが大切なのです。

 万葉集の歌はこのように漢語と万葉仮名と云う漢字とで表現されますが、歌の表現に漢語と漢字をだけを使うために万葉集の歌は古今和歌集以降の漢語(漢字)交じり平仮名歌とは違う表現の複雑さを持ちます。これをキャッチフレーズ的に表現しますと、万葉集の歌は「表記する歌」、古今和歌集以降の歌は「調べの歌」と表すことが出来ます。そうして、この万葉集の歌が「表記する歌」であるがために、社会人が、和歌を鑑賞するのに個人の歌への感性と云う資質だけによらない、ある種の知的な遊びを楽しむことへの奥行きを持つことになります。つまり、新古今和歌集や古今和歌集等は相対的な「調べの歌」であるがゆえに、歌への感性と云う資質を持つ者が、それに先立つ和歌集の歌を諳んじていることを前提に「歌の優艶」を鑑賞する歌集ですから、和歌の初心者には難しい世界です。一方、万葉集は、そのような鑑賞者の資格を求めない歌集ですので、和歌の初心者には入りやすい世界と思います。
 この「調べの歌」の鑑賞について一例を挙げて説明しますと、新古今和歌集に藤原公継の「いささむら竹(=いささかな+群竹)」を詠う歌があります。この歌は、藤原公継より少し前に活躍した藤原惟方の「風ふけばいささむら竹」の歌、それに先行する古今和歌集の藤原敏行の歌、藤原惟方と藤原敏行の歌に影響を与えた万葉集の大伴家持の歌を踏まえた歌です。中世以降の和歌の道にある教養人が藤原公継の「いささむら竹」の歌を鑑賞するときには、本歌取りと云う歌の技法や歌の優艶性と云う和歌論から、それに先行する藤原惟方、藤原敏行と大伴家持の歌を知っていることが前提となっています。そして、これらの歌を比較・参照した上で藤原公継の「いささむら竹」の歌を鑑賞することになっていて、そこから「夏の夜の夢」の句が理解できることになります。最終では、これらの背景を総合して藤原公継の「いささむら竹」の歌に、和歌としての優艶を感じる取る必要があります。つまり、新古今和歌集や古今和歌集等に載る歌は、これらの前提条件を満たす者が鑑賞すると云う、鑑賞者の資格を求める歌なのです。逆にその鑑賞者の資格を求めるがゆえに、二条流や古今伝授と云う秘伝が和歌道として存在しますし、統一された価値観での和歌の優艶を感じ取るという教育を受けた証として免許皆伝の価値があるのです。

新古今和歌集 藤原公継
窓近きいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜の夢

藤原惟方
風ふけばいささむら竹うちそよぎさしも秋めく夜半のけしきよ

古今和歌集 藤原敏行
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

万葉集 大伴家持
和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母
吾が屋戸のいささ群(むら)竹ふく風の音のかそけきこの夕へかも

 ここで一例として紹介した藤原公継、藤原惟方、藤原敏行の歌は、私の定義では「調べの歌」となります。この「調べの歌」は、例歌で示すように漢字交じり平仮名でその歌が表現されていて、歌で使う一字一字の平仮名、たとえ原文表記が草仮名であったとしても、それ自体は意味を持たず、ただ、言葉の音を表します。つまり、現代人には当たり前ですが、歌はその平仮名の一字一字の意味合いを吟味することよりも和歌として歌を詠うことが重要となりますから、歌を作るときには歌を詠うときの「調べの雅さ」が特に求められることになります。
 万葉集でこの「調べの歌」となるものとしては万葉仮名歌が相当しますし、山部赤人の創る歌も内実において「調べの歌」に相当します。そして、現在の万葉集の歌は、この「調べの歌」を最重視した平安時代の和歌の専門家の人達によって、改めて読み解かれていることを思い出して下さい。参考として、この調べの歌の例として、山部赤人の歌で平安貴族が秀歌としたものと現代人が秀歌とするものを順に紹介します。

参考例 山部赤人の歌
春野尓 須美礼採尓等 来師吾曽 野乎奈都可之美 一夜宿二来
訓読 春の野にすみれ摘みにとこし吾そ野をなつかしみ一夜寝にける

田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留
訓読 田子の浦ゆうち出(い)でて見れば真白ひそ不尽(ふじ)の高嶺(たかね)に雪は降りける

 ここで、文章の言葉の説明をします。先の「原文表記が草仮名であったとしても」の意味には、背景に平仮名の歴史があります。平仮名は万葉仮名から進化したと考えられ、現在の平仮名の文字は五十一音字ですが、万葉仮名の文字は二百五十字以上あると云われています。また、万葉集での万葉仮名は楷書の書体で表記され、古今和歌集の時代頃は万葉仮名から平仮名への進化の途中で、その仮名文字となる漢字は草書や草仮名と呼ばれる書体で表記されていました。新古今和歌集に継ながる藤原俊成や定家の時代以前に平仮名は完成したと云われますが、表意文字である漢字の力を知る教養人は平仮名の完成後も、平仮名は女文字として草仮名で表記していました。日本語の言葉を漢字文字で表記する時に、その漢字文字を草書や草仮名で表記したとしても、そこには漢字文字自体が明確に意識されていますから、草書や草仮名表記であっても表意文字である漢字の力があります。本来、言葉の歴史からは、古今和歌集は漢語と万葉仮名の草仮名書体で表記されていたと推定される歌集なのですが、現在の段階で古今和歌集の歌を当時に戻り復元するような研究はありません。そのため、現段階では古今和歌集の歌は「漢字交じり平仮名歌」とするしか鑑賞ができないのです。万葉集の歌の本質が、なかなか、理解されないように、古今和歌集の歌で現在に紹介されるものが正しい姿かどうかは不明です。現在の万葉集の歌や古今和歌集の歌は、藤原俊成や定家の時代の「調べの歌」としての解釈が基準になっていると云う、この背景を御了解ください。

 一方、万葉集の多くの歌は「表記する歌」です。この「表記する歌」が漢語と万葉仮名と云う漢字で表現されるために、使う表意文字である漢字の一字一字にその特性を利用して意味を持たすことが可能になります。つまり、万葉集の歌は、表意文字である漢字を使う限り、詠う歌として歌を朗詠して楽しむ以前に、なぜ、その漢字が使われたのかを推理する必要と楽しみとが生じます。ここに、歌への感性に依存しない、大人の知的ゲームの可能性があるのです。歌の優劣に対する規定で感性を基準としますと、その感性は時代と社会環境で変化するものですから、「調べの歌」は歌に対する感性に依存する「相対的な歌」になります。先の例で藤原公継の「いささむら竹」の歌を、貴女・貴方は教科書的判断では無く、個人的に秀でた歌と評価するか、どうかです。対する「表記する歌」は私たちが漢字文化を和歌の基盤としますと、それは時代と社会環境の変化を越えるものですから「表記する歌」は歌への感性と云う資質だけに依存しない「絶対的な歌」となります。
 ここで、その例として、歌への感性と云う資質だけに依存しない「絶対的な歌」である「表記する歌」が、表意文字である漢字の一字一字にその特性を利用して意味を持たした歌を紹介します。その有名な事例が「恋」と云う言葉に対するものです。

原文 玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
訓読 玉葛(たまかづら)花のみ咲きて成らざるは誰(た)が恋にあらめ吾(あ)は恋念(も)ふを
歌詠 たまかづら花のみ咲きて成らざるは誰が恋ならめ我こひもふを

 紹介する歌は先に説明した常体歌と云う表現形式を持つ歌ですから、全て万葉仮名だけで表現する万葉仮名歌ではありません。こうした時、歌では「恋」と云う言葉を表すのに、世間一般の「恋」と云う概念の表現には「恋」と云う定まった漢語を使いますが、自分の感情である「恋」を表す表現としては「孤悲」と云う漢字を選択して万葉仮名で表現しています。つまり、表意文字である漢字を選択して使うことで、恋しても相手の男性に思いが伝わらない独りで恋に苦しむ女性の複雑な感情を表しています。この歌を訓読や歌詠での表記だけで表したのでは、まず、この歌の本質は伝わらないと思います。また、この歌詠表記された歌が、秀歌か、どうかは鑑賞する人それぞれの持つ歌への感性に依存します。ただし、「恋」と「孤悲」との漢字表現の違いから歌を鑑賞するのは理性です。この理性からの鑑賞は、和歌の基盤に漢字文化を置くならば、奈良、平安、鎌倉、江戸、明治と時代を越えて普遍です。そして、この「孤悲」と云う漢字の選択を見つけ、理解するのは、万葉集を楽しむ大人のゲームです。もし、万葉集の歌の鑑賞で「歌を詠うこと」を特に強調されるお方がいらっしゃるとすると、個人的には、少し、残念な気がします。
 参考に、万葉集で調べの歌を詠うとされる山部赤人の歌でも先に紹介した歌の句で「野乎奈都可之美(野をなつかしみ)」や「一夜宿二来(一夜寝にける)」の表記などにも、野原が奈良の都のように華やいでいるのか、その野原に何人で来たのか、などを想像させる、そのような意図した漢字の選択が予定されますから、万葉集が「絶対的な歌」であると云う概念は重要です。

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1 コメント

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内容を見直してアップしました (作業員)
2013-07-06 21:49:17
2011年にアップしたものを、見直してアップしました。
調べ物があり、ネット検索をすると自分のものに辿り着くという異常な事態が、ときどき、あります。
そのような状況がありますので、是非、読んでいただきたいと思うものや、お立ち寄りが多いものは、訂正や内容を点検することにしました。今回もその一貫です。
宜しく、お願いします。

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