竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 娘女の参歌 その5

2009年05月23日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 娘女の参歌 その5

五人目の娘子の歌  山上憶良の答え
集歌3798 何為迹 違将居 否藻諾藻 友之波々 我裳将依  (五)
訓読 何為(なにせ)むと違(たが)ひは居らむ否(いな)も諾(を)も友のなみなみ我れも寄りなむ
私訳 どうして、私だけが仲間はずれをされていましょうや。承知するもしないも友の心の赴くままに。私も大和歌を寄せましょう。

五人目の娘女の詠う「違将居」と「友之波々」との漢字の遊びです。これは、漢詩・漢文の山上憶良の歌に合わせたのでしょうか。朋が遠く海を隔てた場所に居て、その朋は船で行き来します。その解釈からの集歌0894の好去好来の歌です。
歌は山上憶良の歌で、万葉集巻五からの採歌です。この集歌0894の好去好来歌は、天平五年(733)三月三日に遣唐使大使の丹比広成に献じた歌です。

巻五より
好去好来謌
集歌0894 神代欲理 云傳久良久 虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理 今世能 人母許等期等 目前尓 見在知在 人佐播尓 満弖播阿礼等母 高光 日御朝庭 神奈我良 愛能盛尓 天下 奏多麻比志 家子等 撰多麻比天 勅旨 戴持弖 唐能 遠境尓 都加播佐礼 麻加利伊麻勢 宇奈原能 邊尓母奥尓母 神豆麻利 宇志播吉伊麻須 諸能 大御神等 船舳尓 道引麻遠志 天地能 大御神等 倭 大國霊 久堅能 阿麻能見虚喩 阿麻賀氣利 見渡多麻比 事畢 還日者 又更 大御神等 船舳尓 御手打掛弖 墨縄遠 播倍多留期等久 阿遅可遠志 智可能岫欲利 大伴 御津濱備尓 多太泊尓 美船播将泊 都々美無久 佐伎久伊麻志弖 速歸坐勢
訓読 神代より 云ひ伝て来(く)らく そらみつ 大和の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人も悉(ことごと) 目の前に 見たり知りたり 人多(さは)に 満ちてはあれども 高光る 日の朝廷(みかど) 神ながら 愛(めで)の盛りに 天の下 奏(もう)した賜ひし 家の子と 選(えら)ひ賜ひて 勅旨(おほみこと) 戴(いただ)き持ちて 唐国(もろこし)の 遠き境に 遣(つか)はされ 罷(まか)り坐(いま)せ 海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも 神づまり 領(うしは)き坐(いま)す 諸(もろもろ)の 大御神(おほみかみ)たち 船舳(ふなへ)に 導き申(まを)し 天地の 大御神(おほみかみ)たち 大和の 大国御魂(おほくにみたま) ひさかたの 天の御空(みそら)ゆ 天翔(あまかけ)り 見渡し賜ひ 事畢(をわ)り 還(かへ)らむ日には またさらに 大御神たち 船舳に 御手(みて)うち懸けて 墨縄(すみなは)を 延(は)へたる如く あぢかをし 値嘉(ちか)の岬(さき)より 大伴の 御津の浜辺(はまび)に 直(ただ)泊(は)てに 御船は泊(は)てむ 恙無(つつみな)く 幸(さき)く坐(いま)して 早帰りませ
私訳 神代から云い伝えられて来たことには、大和の国は皇神の厳しい国、言霊が幸いする国であると、語り継ぎ、言い継がれてきた。今の世の人も皆がまのあたりに見て知っている。大和の国には人がたくさん満ちているけれども、天まで光る天皇の神の御心のままに、天皇から寵愛されているときに、天下の政治をお執りになった名門の子としてお選びになったので、貴方は天皇の御命令を奉じて、唐国の遠い境に派遣され、船出なさる。海原の岸にも沖にも鎮座して海を支配しているもろもろの大御神たちを船の舳先に導き申し上げ、天地の大御神たちと大和の大国魂は大空を飛び翔って見渡しなされて、貴方が使命を終えて帰る日には、再び大御神たちが船の舳先に神の御手を懸けて、墨縄を引いたかのように、値嘉の崎から大伴の御津の浜辺に途中で泊まることなく御船は至り着くでしょう。つつがなく、無事で早くお帰りなさい。

反謌
集歌0895 大伴 御津松原 可吉掃弖 和礼立待 速歸坐勢
訓読 大伴の御津の松原かき掃(は)きて吾(わ)れ立ち待たむ早帰りませ
私訳 大伴の御津の松原の落ち葉をきれいに掃き清めて、私はずっと立って待っていましょう。早く帰ってきてください。

集歌0896 難波津尓 美船泊農等 吉許延許婆 紐解佐氣弖 多知婆志利勢武
訓読 難波津に御船(みふね)泊(は)てぬと聞こえ来ば紐解き放(さ)けて立ち走りせむ
私訳 難波の湊に御船が帰り泊ったと聞こえて来たなら、肩衣の紐を結ばず広げて走って行ってお迎えしよう。
天平五年三月一日良宅對面獻三日 山上憶良謹上 大唐大使卿記室
注訓 天平五年三月一日、良(ら)の宅(いへ)に対面して、献(たてまつ)ることは三日なり。山上憶良謹みて上る。大唐大使卿記室

巻五には、後の日本文学の基礎となるような数多くの実験歌が載せられています。その中での、この山上憶良の「好去好来の歌」です。
正直、なぜ、この歌が巻五を代表する歌なのかは判りません。唯一の可能性が、丹比広成が万葉集を編纂した丹比国人の父親である可能性です。親の官位と本人の従五位下への昇階の年代から丹比広成は天武十二年(683)の生まれ、丹比国人は和銅四年(711)の生まれと推定が出来ますから、丹比国人は丹比広成が二十八歳の時の子とも考えられます。山上憶良が自分の父親の丹比広成に贈った歌で、場合により、天平五年(733)の年代からおよそ二十二歳で大舎人に相当する丹比国人は、その場に立ち会ったかも知れません。

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