竹取翁と万葉集のお勉強

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高橋連虫麻呂歌集を鑑賞する  上総末珠名娘子

2010年11月29日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
詠上総末珠名娘子一首并短謌
標訓 上総(かみつふさ)の末(すゑ)の珠名娘子を詠める一首并せて短歌
集歌1738 水長鳥 安房尓継有 梓弓 末乃珠名者 胸別之 廣吾妹 腰細之 須軽娘子之 其姿之 端正尓 如花 咲而立者 玉桙乃 道徃人者 己行 道者不去而 不召尓 門至奴 指並 隣之君者 預 己妻離而 不乞尓 鎰左倍奉 人皆乃 如是迷有者 容艶 縁而曽妹者 多波礼弖有家留
訓読 御長鳥(みながとり) 安房(あほ)に継ぎたる 梓弓(あずさゆみ) 周淮(すゑ)の珠名(たまな)は 胸別(むねわ)けの 広き吾妹(わぎも) 腰細(こしほそ)の すがる娘子(をとめ)の その姿(かほ)の 端正(きらきら)しきに 花のごと 咲(ゑ)みて立てれば 玉桙(たまほこ)の 道往(ゆ)く人は 己(おの)が行く 道は去(い)かずて 召(よ)ばなくに 門(かど)に至りぬ さし並ぶ 隣の君は あらかじめ 己妻(おのつま)離(か)れて 乞(こ)はなくに 鍵(かぎ)さへ奉(まつ)る 人皆(みな)の かく迷(まと)へれば 容(かほ)艶(よ)き 縁(より)てぞ妹は 戯(た)はれてありける
私訳 天の岩戸の大切な長鳴き鳥の忌部の阿波の安房に云い伝わり、弓の弦を継ぐ梓弓の末弭(すえはず)の周淮の郡に住む珠名は、乳房が豊かに左右に分かれ大きな胸の愛しい娘、腰が細くすがる蜂のような娘の、その顔の美しく花のような笑顔で立っていると、美しい鉾を立てる官道を行く人は、その行くべき道を行かないで、呼びもしないのに家の門まで来てしまう。家が立ち並ぶ隣の家のお方は、あらかじめ自分の妻と離縁して頼みもしないのに鍵まで渡す。多くの人がこのように心を惑えるので、美貌の理由から娘は、愛嬌を振りまいて楽しくしていたことよ。

反謌
集歌1739 金門尓之 人乃来立者 夜中母 身者田菜不知 出曽相来
訓読 金門(かなと)にし人の来(き)立(た)てば夜中(よなか)にも身はたな知らず出(い)でてぞ逢ひける
私訳 家の立派な門に人がやって来て立つと、夜中でも自分の都合を考えないで出て行って尋ねてきた人に逢ったことだ。

 この歌は阿波の忌部一族が上総の国に移住した後に誕生した安房忌部一族の物語を題材にした歌です。このように歌を理解していますので、集歌1738の歌の「水長鳥」を天岩戸を開けた時に鳴いた長鳴き鳥の「御長鳥」と解釈しています。そのためカイツブリを示す「しなが鳥」とは、解釈していません。専門家が指摘するように「しなが鳥」では、原文の「安房尓継有」の意味が取れなくなります。
 また、長歌の結句の「多波礼弖有家留」を「戯はれてありける」と訓むとして、その「戯はれ」の言葉に対して、江戸・明治期の学者の思う「戯」の意味合いと万葉時代の「戯」の意味合いは違うとしています。つまり、江戸・明治期の学者が思う娼婦の意味合いに近い「戯れ女」ではなく、戯詠や戯宴の漢語で示される「みんなで興を楽しむ」ような世界です。どうも、江戸・明治期の学者には、万葉時代の美貌の女性は誰とでも体を許す関係を結ぶとの学者一流の理想があったようです。ここでは、素人らしく素直に漢語の語感を大切にしたいと思います。
 このような解釈の前提条件の違いから、この歌全体の理解が大幅に違って、上総の安房忌部一族の娘自慢の歌として鑑賞しています。


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