竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その1

2009年04月16日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その1

 私が推定した竹取翁の集歌3791の長歌でのもじり歌の元の歌を、ここから説明していきます。

原文 緑子之 若子蚊見庭 垂乳為母所懐 褨襁
訓読 緑子(みどりこ)の 若子(わくこ)の時(かみ)には たらちしも懐(なつか)し 褨(すき)を襁(か)け(01)
私訳 乳飲み児の幼児の時は、母の乳房も恋しくたすき掛けした幅広の布のおんぶ紐で包まれて

 最初に、「若子蚊見庭」の「蚊見庭」の「かみには」を、「其(そ)の上(かみ)」と同じ意味合いの「その時には」と捉えています。また、「垂乳為母所懐」の「母」は「はは」と読まずに万葉仮名として「も」と読んでいます。つまり、普段の解説とは違いますが、ここで紹介する万葉集の訓読みは至極平凡な読み方で、為にする訓読みではありません。
 万葉集の歌の中で、赤ちゃんをおんぶ紐でくるんで脇に抱える歌は、有りそうで有りません。唯一、人麻呂の次の長歌です。このように、作歌者は竹取翁の集歌3791の長歌のもじり歌の詠い出しとして柿本人麻呂を持ってきて、その最後の詠い終わりを大伴旅人としています。万葉集の編纂者は万葉集前編が柿本人麻呂を、その後編を大伴旅人を中心に据えていますから、実に相応しい構成ではないでしょうか。
 ただ、疑問なのは人麻呂の歌は長歌を含めたくさんありますが、なぜ、私事になる正妻の死を悼む挽歌を持ってきたかです。挽歌ですと高市皇子への挽歌が一番格式も格調も高い歌と思いますが。この竹取翁の集歌3791の長歌の作歌者は、公式の歌より個人の心情を詠う方を好しとしたのでしょうか。
一般の庶民とは違い、複数の妻を持つ貴族の男であれば、特定の女性と長く逢わないことも日常でしょう。相手の女性と久しく逢っていないことから相手の死を感じるより、乳飲み子が母を乞い泣く方がより相手の死に対する実感でしょう。乳飲み子や妻の枕は目に見える悲しみの実感です。この人の心の内の悲しみや寂しさを実物の目で見える形にしたところが、すごいのでしょうか。それで、多くの人麻呂の歌の中でこれを選んだのでしょうか。悲しいことに私は教育を受けていないために、ここのところが良く判りません。
なお、長歌と短歌で詠われた時期が違うから、集歌0210の歌は創作和歌とする解説がありますが、集歌0211の「弥年放」の「いや年放かる」を一年、二年の年とせずに時間の代表と取ると、長歌と短歌は妻の死亡から葬儀を経て物事が一段落した、そんな時間帯での歌となり、連続した実景です。私は心の悲しみや寂しさを実写した歌と思っています。

(人麻呂)
集歌0210 打蝉等 念之時尓 取持而 吾二人見之 趍出之 堤尓立有 槻木之 己知碁知乃枝之 春葉之 茂之如久 念有之 妹者雖有 憑有之 兒等尓者雖有 世間乎 背之不得者 蜻火之 燎流荒野尓 白妙之 天領巾隠 鳥自物 朝立伊麻之弖 入日成 隠去之鹿齒 吾妹子之 形見尓置有 若兒乃 乞泣毎 取與 物之無者 烏徳自物 腋挟持 吾妹子与 二人吾宿之 枕付 嬬屋之内尓 晝羽裳 浦不樂晩之 夜者裳 氣衝明之 嘆友 世武為便不知尓 戀友 相因乎無見 大鳥乃 羽易乃山尓 吾戀流 妹者伊座等 人云者 石根左久見手 名積来之 吉雲曽無寸 打蝉等 念之妹之 珠蜻 髣髴谷裳 不見思者
訓読 現世(うつせみ)と 念(おも)ひし時に 取り持ちて 吾が二人見し 走出の 堤に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂きがごとく 念(おも)へりし 妹にはあれど 憑(たの)めりし 児らにはあれど 世間(よのなか)を 背(そむ)きし得(え)ねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾(あまひれ)隠(かく)り 鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠(かく)りにしかば 吾妹子が 形見に置ける 緑児(みどりこ)の 乞(こ)ひ泣くごとに 取り与(あた)ふ 物し無ければ 男(をとこ)じもの 脇ばさみ持ち 吾妹子と ふたり吾が寝(ね)し 枕(まくら)付く 妻屋(つまや)のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふ因(よし)を無み 大鳥の 羽易(はがひ)の山に 吾が恋ふる 妹は座(いま)すと 人の言へば 石根(いはね)さくみて なづみ来し 吉(よ)けくもぞ無き 現世(うつせみ)と 念(おも)ひし妹が 玉かぎる髣髴(ほのか)にだにも 見えなく思へば
私訳 この世の中のことと思っていた時に、お互いの手を取り合って、私と貴女と二人で見た庭先の堤に立つ欅の木のあちらこちらの枝に春の葉が茂るように、生き生きとした貴女でしたが、そして、頼りのなる若い貴女でしたが、人の生き死にの、この世のことの決まりことに背くことが出来なくて、ほむらの燃える荒野に白妙の布で貴女の遺体を包み隠して、鳥たちのように朝に送り立たせて、夕日のときに葬儀を終えて貴女の身をこの世から隠すと、貴女の形見に残した幼子が貴女を求めて泣くごとに、幼子にしゃぶらせることのできるようなものもないければ、男である私の腋に抱えてあやし、貴女と二人で私と共寝した枕を置く貴女との部屋の内に心悲しく日を暮らし、夜はため息を付いて朝を向かえ、嘆くのだけどどうしょうもなくて、貴女を恋しく思っても、再び貴女に逢うこともありえない。大きな鳥のような羽を交わすような山に私が恋しい貴女がいますと人が云うので、岩道を踏み分け苦しみながらも来たことよ。貴女に逢えるという良いこともなくて、この世の人と思いたい貴女が、トンボ玉の光のようにほのかにも見えないことを思うと。

短謌二首
集歌0211 去年見而之 秋乃月夜者 雖照 相見之妹者 弥年放
訓読 去年(こぞ)見てし秋の月夜(つくよ)は照らせれど相見し妹はいや年放(さか)る
私訳 去年に見たような、今年の秋の月は夜を同じように照らすけれど、去年の月を二人で見た貴女は、時間とともに想いから離れていくようです。

集歌0212 衾道乎 引手乃山尓 妹乎置而 山徑徃者 生跡毛無
訓読 衾道(ふすまぢ)を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし
私訳 白妙の布で遺体を隠した葬送の列が行く道の引手の山に貴女を一人置いて戻ってくると自分が生きている実感がありません。


人麻呂は吟遊詩人の一族との説を唱える人にとってはどうでも良い話ですが、集歌210の「白栲の 天領巾隠り」には日本書紀に載る孝徳天皇の大化の改新での薄葬令があります。棺を白栲で被い車を使わない野辺送りは、王以下の官人の規定で庶民の葬儀ではありません。

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