竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の長歌 もじり歌紹介 1/4

2009年04月11日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 竹取翁の長歌 もじり歌紹介 1/4

万葉集歌 歌番号3791
竹取翁、偶逢九箇神女、贖近狎之罪作歌一首并短歌
標訓 竹取の翁の、偶(たまたま)九箇(ここのたり)の神女(めかみ)に逢ひしに、近く狎れし罪を贖(あが)(あが)ひて作れる歌一首并せて短歌
(序)
昔有老翁、号曰竹取翁也。此翁、季春之月登丘遠望、忽値煮羮之九箇女子也。百嬌無儔、花容無止。于時娘子等呼老翁嗤曰、叔父来乎。吹此燭火也。於是翁曰唯々、漸赴徐行著接座上。良久娘子等皆共含咲相推譲之曰、阿誰呼此翁哉。尓乃竹取翁謝之曰、非慮之外偶逢神仙、迷惑之心無敢所禁。近狎之罪、希贖以謌。即作謌一首并短謌

訓読 昔、老翁ありき、号(なづけ)て竹取翁と曰ふ。この翁、季春(きしゅん)の月に丘に登り遠く望むに、忽(たちま)ちに、羮(あつもの)を煮る九箇の女子に値(あ)ひき。百嬌儔(たぐ)ひ無く、花容に匹するは無し。時に娘子等は老翁を呼び嗤(わら)ひて曰はく「叔父来れ。この燭の火を吹け」という。ここに翁は「唯々」と曰ひて、漸(やくやく)に赴き徐(おもふる)に行きて座(むしろ)の上に著接(まじは)る。良久(ややひさか)にして娘子等皆共に咲(えみ)を含み相推譲(おしゆづ)りて曰はく「阿誰(あた)がこの翁を呼べる」といふ。すなわち竹取の翁謝(ことは)りて曰はく「慮(おも)ざる外に、偶(たまさか)に神仙に逢へり、迷惑(まど)へる心敢(あへ)へて禁(さ)ふる所なし。近く狎(な)れし罪は、希(ねが)はくは贖(あがな)ふに歌をもちてせむ」といへり。すなはち作れる歌一首并せて短歌

私訳 昔、八十歳を越える老人がいた。呼び名を竹取の翁といった。この老人が春三月頃に丘に登って遠くを眺めると、たまたま、羮を煮る九人の女性に出逢った。その妖艶さは比べるものが無く、花のように美しい顔立ちに匹敵する人がいない。その時、娘女達は老人を呼び笑いながらいった。「おやじ、ここに来い。この焚き火の火を吹け。」と。老人は「はいはい」といってゆっくりと娘女達の間に近づき、膝を交えて座った。ところが、しばらくして、娘女達は一様に笑いを含めながらお互いをつつきあい、「一体、誰が、このおやじを呼んだの」といった。そこで、竹取の翁が詫びていうには、「思ってもいなくて、たまたま神仙に回り逢い、戸惑う気持ちをどうしても抑えることが出来ませんでした。近づき馴れ馴れしくした罪は、どうか、この償いの歌で許して欲しい」といった。そこで作った歌一首。并せて短歌。

 この序は、物語としてこの歌が詠うの世界の場の設定を最初にしています。歌の場として春の山での竹取翁と九人の娘女との物語のようですが、実はそれだけではありません。
この竹取翁の歌に入る前に、少し、この歌の時代背景を説明します。竹取翁の歌に登場してくる「竹取翁」とは、日本書紀の次の一文から説明されるように持統天皇の時の右大臣丹比真人嶋のことです。

日本書紀 持統天皇紀十年十月
冬十月己巳朔乙酉、賜右大臣丹比真人輿杖。以哀致事。
訓読 冬十月の己巳の朔乙酉に,賜右大臣丹比真人に輿(こし)、杖(つえ)賜う。以て致(おいて)事(まか)ることを哀(かなし)びたまふとなり。

なぜ、「竹取翁」の名が右大臣丹比真人嶋の名前なのかと云うと、この持統十年十月に年老いた右大臣丹比真人嶋が、職を去るにあたり持統天皇から「鳩杖(はとつえ)」または「斑竹御杖(ふたけのみつえ)」という中国の故事に従った杖を下賜されています。この時に下賜された鳩杖は、正倉院御物から「純銀の杖頭に、竹形の上部に鳩を据え、一葉二枝の竹がある」とされてます。そして、丹比嶋は、その形から斑竹御杖という鳩杖を日本で最初に頂いた人物です。同じ記事が続日本紀の文武四年正月十三日にもありますから、奈良時代では大変に有名な出来事のようです。ここらから、高貴な人物はその名を直に示すのは失礼ですから、比喩でその人を示す古来の風習を下に斑竹御杖を頂いた竹取翁と云えば老齢で致仕した丹比嶋を暗示します。
これを示すために、万葉集の竹取翁の歌の序が「昔有老翁。号曰竹取翁也。」で始まり、長歌では「老人矣 送為車 持還来」で終わってます。歌の作者は「昔有老翁」、「竹取翁」、「送為車」の言葉を示すことで丹比嶋の斑竹御杖と輿の故事を暗示していますから、万葉集を読む御方は「竹取翁」と書いてあれば「丹比」の言葉が、すぐに思い浮かぶのです。
つまり、この竹取翁の歌とは、孫である丹比国人が、祖父の丹比嶋の名に仮託した比喩の戯曲なのです。竹取翁の歌が比喩の戯曲であるとしたとき、序に示す「竹取翁」は丹比国人本人ですし、「九箇女子」は丹比国人が択んだ九人の万葉歌人です。また、長歌の「我れ」は大和歌の世界を示します。そう思って、次の長歌や九人の娘女たちの短歌を見てください。何か思い当たる万葉集に載る大和歌の歌々が有るはずです。

 この長歌は、九人の万葉歌人と模される娘女たちへの竹取翁の償いの歌となっています。さて、竹取翁はどのように償ったのでしょうか。長歌に万葉集を代表する三十五首の歌を織り込んで、「今は廃れた大和歌を、このように編纂して和歌集を作りました。」と償ったのでしょうか。
 このような視線から、前回に紹介した集歌3791の長歌のもじり歌の元歌を四回に分けて見ていき、その後に反歌二首と九人の娘女たちの歌を見ていきます。最後に、もじり歌のその元歌に付いて補足説明を行ないます。ただ、説明は本質論的な万葉集の紹介の意味合いですから長いです。なお、ヤフーブログは5000字、実質4500字制限がありますので、適宜、区切りを入れさせていただきます。

集歌3791 緑子之 若子蚊見庭 垂乳為母所懐 褨襁 平生蚊見庭 結經方衣 水津裏丹縫服 頚著之 童子蚊見庭 結幡之 袂著衣 服我矣 丹因 子等何四千庭 三名之綿 蚊黒為髪尾 信櫛持 於是蚊寸垂 取束 擧而裳纒見 解乱 童兒丹成見 羅丹津蚊經 色丹名著来 紫之 大綾之衣 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穂之為衣丹 狛錦 紐丹縫著 刺部重部 波累服 打十八為 麻續兒等 蟻衣之 寶之子等蚊 打栲者 經而織布 日曝之 朝手作尾 信巾裳成 者之寸丹取 為支屋所經 稲寸丁女蚊 妻問迹 我丹所来為 彼方之 二綾裏沓 飛鳥 飛鳥壮蚊 霖禁 縫為黒沓 刺佩而 庭立住 退莫立 禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所来為 水縹 絹帶尾 引帶成 韓帶丹取為 海神之 殿盖丹 飛翔 為軽如来 腰細丹 取餝氷 真十鏡 取雙懸而 己蚊杲 還氷見乍 春避而 野邊尾廻者 面白見 我矣思經蚊 狭野津鳥 来鳴翔經 秋僻而 山邊尾徃者 名津蚊為迹 我矣思經蚊 天雲裳 行田菜引 還立 路尾所来者 打氷刺 宮尾見名 刺竹之 舎人壮裳 忍經等氷 還等氷見乍 誰子其迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部 狭々寸為我哉 端寸八為 今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部之 賢人藻 後之世之 堅監将為迹 老人矣 送為車 持還来 持還来

試みの訓読み
緑子の 若子の時(かみ)には たらちしも懐(なつか)し 褨(すき)を襁(か)け(01) 平生(ひらお)の時(かみ)には 木綿(ゆふ)の肩衣(かたきぬ) ひつらに縫ひ着(02) 頚(うな)つきの 童(わらは)の時(かみ)には 結幡(けつはん)の 袖つけ衣(ころも) 着し我れを(03) 丹(に)よれる 子らが同年輩(よち)には 蜷(みな)の腸(わた) か黒し髪を ま櫛持ち(04) ここにかき垂れ 取り束(たか)ね 上げても巻きみ 解き乱り 童に為(な)しみ(05) 薄絹(うすもの)似つかふ 色に相応(なつか)しき 紫の 大綾(おほあや)の衣(きぬ)(06) 住吉の 遠里小野の ま榛(はり)持ち にほほし衣(きぬ)に(07) 高麗錦 紐に縫ひつけ(08) 刺(さ)さへ重(かさ)なへ 浪累(し)き(09) 賭博為し 麻続(をみ)の子ら(10) あり衣の 宝(たから)の子らか 未必(うつたへ)は(11) 延(は)へて織る布(ぬの) 日晒(ひさら)しの 麻手(あさて)作りを(12) 食薦(しきむも)なす 脛裳(はばき)に取らし(13) 醜屋(しきや)に経(ふ)る(14) 否(いな)き娘子(をとめ)か 妻問ふに(15) 我れに来なせと 彼方(をちかた)の 挿鞋(ふたあやうらくつ)(16) 飛ぶ鳥の 明日香壮士(をとこ)か 眺め禁(い)み(17) 烏皮履(くりかわのくつ) 差(さ)し佩(は)きし(18) 庭たつすみ 甚(いた)な立ち(19) 禁(いさ)め娘子(をとめ)か 髣髴(ほの)聞きて(20) 我れに来なせと 水縹(みなはだ)の 絹の帯を 引き帯(び)なし 韓(から)を帶に取らし(21) 海若(わたつみ)の 殿(あらか)の盖(うへ)に(22) 飛び翔ける すがるのごとき 腰細(こしほそ)に 取り装ほひ(23) 真十鏡(まそかがみ) 取り並(な)め懸けて 己(おの)か欲(ほ)し 返へらひ見つつ(24) 春さりて 野辺を廻(めぐ)れば おもしろみ(25) 我れを思へか 背の千鳥(つとり) 来鳴き翔らふ(26) 秋さりて 山辺を行けば 懐かしと 我れを思へか(27) 天雲も 行き棚引く(28) 還へり立ち 道を来れば(29) 打日刺す 宮女(みやをみな)(30) さす竹の 舎人(とねり)壮士(をとこ)も 忍ぶらひ(31) 返らひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある(32) かくのごと 為(せ)し故(ゆへ)し 古(いにしへ)の 狭幸(ささき)し我れや 愛(は)しきやし(33) 今日(けふ)やも子らに 不知(いさ)にとや 思はえてある(34) かくのごと 為(せ)し故(ゆへ)し 古(いにしへ)の 賢(さか)しき人も(35) 後の世の 語らむせむと 老人(おひひと)を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり


 私は、この長歌は万葉集を紹介するもじり歌と思っています。そこで、以下に試みの訓読みの句を載せ、私の解釈に相応しいもじり歌の元となった万葉集の歌の訓読みを紹介します。

緑子(みどりこ)の 若子(わくこ)の時(かみ)には たらちしも懐(なつか)し 褨(すき)を襁(か)け(01)
私訳 乳飲み児の幼児の時は、母の乳房も恋しくたすき掛けした幅広の布のおんぶ紐で包まれて

訓読 現世(うつせみ)と 念(おも)ひし時に 取り持ちて 吾が二人見し 走出の 堤に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂きがごとく 念(おも)へりし 妹にはあれど 憑(たの)めりし 児らにはあれど 世間(よのなか)を 背(そむ)きし得(え)ねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾(あまひれ)隠(かく)り 鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠(かく)りにしかば 吾妹子が 形見に置ける 緑児(みどりこ)の 乞(こ)ひ泣くごとに 取り与(あた)ふ 物し無ければ 男(をとこ)じもの 脇ばさみ持ち 吾妹子と ふたり吾が寝(ね)し 枕(まくら)付く 妻屋(つまや)のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふ因(よし)を無み 大鳥の 羽易(はがひ)の山に 吾が恋ふる 妹は座(いま)すと 人の言へば 石根(いはね)さくみて なづみ来し 吉(よ)けくもぞ無き 現世(うつせみ)と 念(おも)ひし妹が 玉かぎる髣髴(ほのか)にだにも 見えなく思へば

説明 前編万葉集を代表する筆頭の歌人である人麻呂の歌です。万葉集の歌の中で赤ん坊がおんぶ紐で脇に抱えられているのは、人麻呂が詠う集歌210の歌だけです。

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