竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 反歌 その時代説明

2009年04月14日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 反歌 その時代説明

集歌3791の竹取翁の長歌には、反歌が二首付いています。この反歌は万葉集が編纂された当時の時代の歌壇の状況を説明した歌と理解しています。天平勝宝七年に万葉集が奉呈されたとすると、当時は律令と仏教を中心とする漢文・漢詩の興隆期です。それを表すように、天平勝宝三年に漢詩集の懐風藻が上梓されています。
そして、当時を代表する人物が遣唐使の大使になった阿倍仲麻呂や藤原清河です。彼らは遣唐使として唐に赴き、日本人でありながら、すぐに盛唐の宮中においても高級官僚に抜擢されるほどの漢語・漢文・漢詩の知識人であり教養人です。そのような国際エリート達が操る国際語である漢語・漢文隆盛の時期の大和歌の状況です。時代は大和歌を古めかしい時代遅れのものと見ていたようです。

反謌二首
集歌3792 死者木苑 相不見在目 生而在者 白髪子等丹 不生在目八方
訓読 死なばこそ相見ずあらめ生きてしあらば白髪(しろかみ)の子らに生(お)ひずあらめやも
意訳 死んでしまったらこそお互い白髪を見ることもないだろうが、生きていれば白髪があなた方に生えないことがあるだろか。
私訳 大和歌の世界が死に絶えてしまったら、白髪のような古い大和歌をもうそれを見ることはありませんが、大和歌が絶えていなければ、大和歌の心があなた方の心の内に芽生えないことがあるでしょうか。

漢化和文読み
呆訳 既に死んでしまった和歌を詠う人々は埋葬され木々が覆って逢うことは出来ないが、今、生きているこの白髪の私の心にその九人の和歌の申し子が無いことなどは、絶対にありません。


集歌3793 白髪為 子等母生名者 如是 将若異子等丹 所詈金目八
訓読 白髪(しろかみ)し子らに生(お)ひなばかくのごと若(わか)けむ子らに罵(の)らえかねめや
意訳 白髪があなた方にも生えてしまったなら、今の私のように若い人達から悪口をいわれかねないだろう。
私訳 白髪のような古い大和歌の心があなた方の心の内に芽生えてしまったら、今の私のように若い人たちから時代遅れと悪口を云われかねないでしょう。

漢化和文読み
呆訳 白髪のこの私のために、子等の母が生んだ和歌の申し子の九人の名前が、ここで示したものが、もし間違えとしたらきっと悪口を云われるでしょう。


 この呆れた漢化和文読みした呆訳が、丹比国人が時代を説明しつつ、万葉集を編纂した時の心意気を示すものです。人麻呂と旅人の二つの崇高な嶺に立った彼だからこそ語れる万葉集の歌論です。
 さて、丹比国人に関係する歌が三首あります。この内の二首は沙弥尼等の歌となっていますが、私はとぼけて「沙弥の尼に等しい」人と読んでいます。つまり、天平勝宝年間で豊浦の推古天皇のような「仏教の僧尼に等しい人」の気持ちと云う意味合いです。こんな感覚で、丹比国人に直接に関わる歌は自由奔放に楽しんでいます。その自由奔放での「漢化和文読み」です。

故郷豊浦寺之尼私房宴謌三首
標訓 故郷の豊浦寺の尼の私房にして宴(うたげ)せる歌三首
集歌1557 明日香河 逝廻丘之 秋芽子者 今日零雨尓 落香過奈牟
訓読 明日香川逝(い)き廻(み)る岳(おか)の秋萩は今日(けふ)降る雨に落(ち)りか過ぎなむ
私訳 明日香川が流れ巡っていく丘に咲く秋萩の花は、今日降る雨に散ってしまうのでしょうか。
右一首、丹比真人國人。

集歌1558 鶉鳴 古郷之 秋芽子乎 思人共 相見都流可聞
訓読 鶉(うずら)鳴く古(ふ)りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも
私訳 野の鶉が鳴くような面影もなく古寂びてしまった里の秋萩の花を、貴方が尊敬する人の気持ちとなって、一緒に萩の花を見たでしょうか。

集歌1559 秋芽子者 盛過乎 徒尓 頭刺不捶 還去牟跡哉
訓読 秋萩は盛(さか)り過ぐるをいたづらに頭刺(かざさ)ず捶(う)ち還(かへ)りなむとや
私訳 秋萩はすぐに盛りが過ぎますね。何もなさらないで空しく、その萩の花を手折って挿頭(かざし)にせず花枝を鞭のように振るだけで、花を愛でずに還ろうとなさるのですか。
右二首、沙弥尼等。

なお、集歌1559の歌の「頭刺不捶」の「捶」は「挿」の誤字とするのが、普段の伝統です。そして、「頭刺不捶 還去牟跡哉」を「かざしに挿さずに、還りなむとや」と訓読みして、沙弥尼等が「私を抱かずに帰るのか」と聞く景色に意訳するのが基本です。伝本の通りに「捶」として、「枝を鞭のように振る」とは訳しません。
この「捶」だと、萩の花枝を風流と見るか、それとも単なるしなやかな鞭のような枝と見るかの、歌論になります。それで、僧尼の淫行とする普段の伝統と私の示す景色とは違っています。
また、どうでも良いことですが、集歌1558の「鶉鳴く」は中国の故事ですから枕詞ではありません。「鶉衣」で荀子です。専門家が自分の理解に合わせて「挿」や枕詞にしなければ、集歌1558や集歌1559の歌は用語から阿倍仲麻呂や藤原清河のような学者による歌です。

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