竹取翁と万葉集のお勉強

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竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その28

2009年05月14日 | 万葉集 竹取翁の歌を鑑賞する
竹取翁の歌のお勉強 長歌のもじり歌 その28

原文 天雲裳 行田菜引
訓読 天雲も 行き棚引く(28)
私訳 天雲の流れ行き棚引いて

長歌の中の一節に「天雲も 行き棚引く」があります。私は、これは万葉集の中の歌を紹介するものと考え、これを「天雲の流れ行き棚引いて」と解釈しました。このように解釈することで、次の譬喩歌の区分の雨に寄せる歌である集歌1304の歌が想像できます。

(人麻呂歌集)
集歌1304 天雲 棚引山 隠在 吾下心 木葉知
訓読 天雲(あまぐも)の棚引(たなび)く山の隠(こも)りたる吾が下心(したごころ)木(こ)の葉知るらむ
私訳 天雲の棚引く山に隠れた私の隠れた思いを木の葉は分かっているだろうか

ここで、集歌1304の歌を詳しく紹介する前に、神武天皇の時代の出来事を紹介したいと思います。
古事記によると、神武天皇が亡くなった後に大王の位の相続問題が生じました。その時に皇后の伊須気余理比売(いすけよりひめ)が、神八井耳命(かむやいみみのみこと)と神沼河耳命(かむぬなかはみみのみこと)との二人の子供に和歌を詠って、その殺害の危険を知らせたという神話があります。その神話で詠われた歌が次の歌謡です。
この伊須気余理比売が詠う歌での木の葉のざわめきが、二人の子供たちに不吉な出来事を予告しているのです。つまり、古事記で詠われた歌謡では「木葉」が重要なキーワードになります。

古事記歌謡21
佐韋賀波用 久毛多知和多理 宇泥備夜麻 許能波佐夜藝奴 加是布加牟登須
読下 狭井(さゑ)川よ雲たち渡り畝傍山木の葉騒ぎぬ風吹かぬとす
私訳 狭井川に雲が立ち上り、畝傍山の木の葉が騒いでいるようだ。どうも、風が吹くらしい。

古事記歌謡22
宇泥備夜麻 比流波久毛登韋 由布佐禮婆 加是布加牟登曾 許能波佐夜牙流
読下 畝傍山昼は雲とひ夕されば風吹かぬとす木の葉騒げる
私訳 畝傍山に昼は雲が立ち、夕暮れになると風が吹くようだ。木の葉が騒いでいる。

 この古事記の歌謡を踏まえると、私は人麻呂歌集の歌として万葉集に載る次の歌は、この伊須気余理比売の神話と伝承の歌謡の世界を想像して詠った歌と思っています。

比喩の歌 木に寄せる
集歌1304 天雲 棚引山 隠在 吾下心 木葉知
訓読 天雲の棚引く山に隠(かく)りたるわが下ごころ木の葉知るらむ
意訳 天雲が棚引いている山の中に隠れている私の心の内を、あの木の葉は知っているだろうか。
超訳 天雲が棚引いている畝傍の山に埋葬されている神武天皇である私の後継者の指名の思いを、あの木の葉が知って風に騒いでいるのだろうか。

集歌1305 雖見 不飽人國 山木葉 己心 名着念
訓読 ただ見れど飽かぬ人(ひと)国(くに)山の木葉(こは)己(うぬ)が心ゆ懐しみ思(も)ふ
意訳 何度見ても見飽きることのない人が作った国の山よ。その山の木の葉よ。貴方の気持ちを私は懐かしく思うことだ。
超訳 何度尋ねて来ても飽きることのない最初の大王である神武天皇と畝傍の土地よ。その畝傍山の木の葉よ。木の葉が風に騒いで危険を子供達に知らせたという、その貴方の気持ちを私は懐かしく思います。

 つまり、竹取翁の長歌の一節から、集歌1304の歌を思い起こし、その歌の世界から遥か彼方の神武天皇の御世の出来事とその後の伊須気余理比売の歌う伝承の歌謡の世界を想像することを期待しているのではないでしょうか。もし、この背景があるならば、集歌1304の歌は万葉集で欠くことのできない歌になるでしょう。

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