竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌1062から集歌1067まで

2020年10月21日 | 新訓 万葉集巻六
難波宮作謌一首并短謌
標訓 難波宮にして作れる謌一首并せて短謌
集歌一〇六二 
原文 安見知之 吾大王乃 在通 名庭乃宮者 不知魚取 海片就而 玉拾 濱邊乎近見 朝羽振 浪之聲参 夕薙丹 櫂合之聲所聆 暁之 寐覺尓聞者 海石之 塩干乃共 納渚尓波 千鳥妻呼 葭部尓波 鶴鳴動 視人乃 語丹為者 聞人之 視巻欲為 御食向 味原宮者 雖見不飽香聞 (参は足+参の当字)
訓読 やすみしし 吾が大王(おほきみ)の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚(いさな)取り 海(うみ)片付きて 玉(たま)拾(ひり)ふ 浜辺を清み 朝羽(あさは)振る 浪し声(ね)せむ 夕凪に 櫂合(かあ)ひし声(ね)聞く 暁(あかとき)し 寝覚(ねざめ)に聞けば 海石(いくり)し 潮干(しほひ)の共(むた) 納渚(とふす)には 千鳥妻呼び 葦辺(あしへ)には 鶴(たづ)鳴き響(とよ)む 見る人の 語りにすれば 聞く人し 見まく欲(ほ)りする 御食(みけ)向(むこ)ふ 味原(あぢふ)し宮は 見れど飽かぬかも
私訳 この国を平らかに統治なされる吾等の大王が、御通いなされる難波の宮は、鯨のような大きな魚を採る海が引き、美しい石を拾う浜辺は清らかで、朝に鳥が羽ばたき、浪の寄せ来る音が聞こえ、夕凪に船を漕ぐ櫂の調子を合わせる声が聞こえる、暁に目覚めに聞くと、海の岩を見せながら潮が引くと共に浜に現れる川の洲には千鳥が妻を呼び、葦辺には鶴の鳴き声が響く、この景色を見る人が物語りにすると、それを聞く人は、一目見たみたいと思う、天皇が治められる味原の宮は、見るだけでも見飽きることがありません。
注意 原文の「浪之聲参」は、標準解釈では「浪之聲躁」と校訂し「浪の音騒ぎ」と訓じます。(参は足+参の当字)また、「納渚尓波」は、「汭渚尓波」と校訂し「浦(うら)洲(す)には」と訓じます。

反歌二首
集歌一〇六三 
原文 有通 難波乃宮者 海近見 童女等之 乗船所見
訓読 あり通ふ難波の宮は海(うみ)近(ちか)み童女(わらはをみな)し乗れる船そ見ゆ
私訳 御通いなされる難波の宮は海が近いので、童女たちが乗った船が見える。

集歌一〇六四 
原文 塩干者 葦邊尓参 白鶴乃 妻呼音者 宮毛動響二 (参は、足+参の当字)
訓読 潮干(しほひ)れば葦辺に参(さへ)く白鶴(しらたづ)の妻呼ぶ声は宮もとどろに
私訳 潮が引けば葦辺により来る白鶴の妻を呼び声が、宮に響き渡る。

過敏馬浦時作謌一首并短謌
標訓 敏馬(うぬめ)の浦を過し時に作れる謌一首并せて短謌
集歌一〇六五 
原文 八千桙之 神乃御世自 百船之 泊停跡 八嶋國 百船純乃 定而師 三犬女乃浦者 朝風尓 浦浪左和寸 夕浪尓 玉藻者来依 白沙 清濱部者 去還 雖見不飽 諾石社 見人毎尓 語嗣 偲家良思吉 百世歴而 所偲将徃 清白濱
訓読 八千桙(やちほこ)し 神の御世より 百船(ものふね)し 泊(は)つる泊(とまり)と 八島国(やしまくに) 百船人(ももふねひと)の 定めてし 敏馬(うぬめ)の浦は 朝風に 浦浪(うらなみ)騒き 夕浪に 玉藻は来寄る 白(しら)真子(まなこ) 清き浜辺(はまへ)は 去(い)き還(かへ)り 見れども飽かず 諾(うべ)しこそ 見る人ごとに 語り継ぎ 偲(しの)ひけらしき 百代(ももよ)経て 偲(しの)はえゆかむ 清き白浜
私訳 伊邪那岐、伊邪那美の八千矛で大八島国を御創りなされた神の御世から、多くの船が泊まる湊として、この八島の国々のたくさんの船を操る人たちが定めてきた敏馬の浦は、朝風に浦には浪が立ち、夕方の浪に玉藻が来寄せる。白砂の清らかな浜辺は、行き帰りに見るが見飽きることが無い。なるほど、見る人がそれぞれに、語り継ぎ思い出にしてきたようだ。百代も過ぎても人は旅の思い出にするでしょう、この清らかな白浜を。

反謌二首
集歌一〇六六 
原文 真十鏡 見宿女乃浦者 百船 過而可徃 濱有七國
訓読 真澄鏡(まそかがみ)敏馬(うぬめ)の浦は百船(ももふね)し過ぎに往(い)くべき浜ならなくに
私訳 願うと見たいものを見せると云う真澄鏡、しかし、敏馬の浦は、多くの船が寄ることなく通り過ぎて行く浜ではないのだが。

集歌一〇六七 
原文 濱清 浦愛見 神世自 千船湊 大和太乃濱
訓読 浜(はま)清(きよ)み浦(うら)愛(うるは)しみ神世(かむよ)より千船(ちふね)し湊(みなと)大(おほ)和太(わだ)の浜
私訳 浜は清らかで、入り江は美しい、神代から多くの船が泊まる湊だよ、大和太の浜は。
左注 右廿一首、田邊福麿之謌集中出也
注訓 右の廿一首は、田辺(たなべの)福麿(さきまろ)の歌集の中(うち)に出づ。


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万葉集 集歌1057から集歌1061まで

2020年10月20日 | 新訓 万葉集巻六
集歌一〇五七 
原文 鹿脊之山 樹立矣繁三 朝不去 寸鳴響為 鴬之音
訓読 鹿背(かせ)し山樹立(こだち)を繁(しげ)み朝さらず来鳴き響(とよ)もす鴬し声
私訳 鹿背の山の木立は茂っている、朝毎に飛び来て啼き響かす鶯の声よ。

集歌一〇五八 
原文 狛山尓 鳴霍公鳥 泉河 渡乎遠見 此間尓不通 (一云 渡遠哉 不通者武)
訓読 狛山(こまやま)に鳴く霍公鳥泉川渡りを遠(とほ)みここに通(かよ)はず
私訳 狛山に啼くホトトギスは、泉川の渡りが広く遠いので、ここには通って来ない。

春日悲傷三香原荒墟作謌一首并短謌
標訓 春日(はるひ)に、三香(みか)の原の荒れたる墟(あと)を悲傷(いた)みて作れる謌一首并せて短謌
集歌一〇五九 
原文 三香原 久邇乃京師者 山高 河之瀬清 在吉迹 人者雖云 在吉跡 吾者雖念 故去之 里尓四有者 國見跡 人毛不通 里見者 家裳荒有 波之異耶 如此在家留可 三諸著 鹿脊山際尓 開花之 色目列敷 百鳥之 音名束敷 在果石 住吉里乃 荒樂苦惜哭
訓読 三香(みか)し原 久迩(くに)の京師(みやこ)は 山高み 川し瀬清み 住みよしと 人は云へども 在(あ)りよしと 吾は念(おも)へど 古(ふ)りにし 里にしあれば 国見れど 人も通はず 里見れば 家も荒れたり 愛(は)しけやし 如(かく)ありけるか 三諸(みもろ)つく 鹿背(かせ)し山際(やまま)に 咲く花し 色めづらしく 百鳥(ももとり)し 声なつかしく 在(あ)り果(はて)し 住みよき里の 荒るらく惜しも
私訳 三香の原にある久邇の京は、山が高く、川の瀬は清らで、住むのに良い処と人は云うけれど、滞在するに良いと私は思うけれど、既に過去の里になってしまったので、この土地を見ても人はやって来ず、人里を見ると家は荒れ果てている。愛しくもこのようになってしまったのか、神々しい鹿背の山のほとりに咲く花は色美しく、多くの鳥の鳴き声は心地好く、滞在していたこの住みやすい里が、荒れ果てていくのが残念です。
注意 原文の「在果石」は、標準解釈では「在杲石」と記し「在(あ)りが欲(ほ)し」と訓じます。

反謌二首
集歌一〇六〇 
原文 三香原 久邇乃京者 荒去家里 大宮人乃 遷去礼者
訓読 三香(みか)し原久迩(くに)の京(みやこ)は荒れにけり大宮人の遷(うつろ)ひぬれば
私訳 三香の原にある久邇の京は荒れ果ててしまった。大宮人が遷っていってしまったので。

集歌一〇六一 
原文 咲花乃 色者不易 百石城乃 大宮人叙 立易去流
訓読 咲く花の色は易(かは)らずももしきの大宮人ぞ立ち易(かは)りさる
私訳 咲く花の色は変わることもない。多くの岩を積み作る大宮の宮人だけが立ち替わり去って行った。
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万葉集 集歌1052から集歌1056まで

2020年10月19日 | 新訓 万葉集巻六
集歌一〇五二 
原文 弓高来 川乃湍清石 百世左右 神之味将 大宮所
訓読 豊(ゆたか)けき川の瀬(せ)清(きよ)し百世(ももよ)さへ神し味はふ大宮所
私訳 物部の人々が弓を掲げ、豊かな川の流れは清らかです。百代の後に至るまでも神が祝福する大宮所よ。

集歌一〇五三 
原文 吾皇 神乃命乃 高所知 布當乃宮者 百樹成 山者木高之 落多藝都 湍音毛清之 鴬乃 来鳴春部者 巌者 山下耀 錦成 花咲乎呼里 左牡鹿乃 妻呼秋者 天霧合 之具礼乎疾 狭丹頬歴 黄葉散乍 八千年尓 安礼衝之乍 天下 所知食跡 百代尓母 不可易 大宮處
訓読 吾が皇(きみ)し 神の命(みこと)の 高知らす 布当(ふたぎ)の宮は 百樹(ももき)成(な)し 山は木高(こだか)し 落ち激(たぎ)つ 瀬し音(と)も清し 鴬の 来鳴く春へは 巌(いはほ)には 山下(した)光(ひか)り 錦なす 花咲きををり さ雄鹿(をしか)の 妻呼ぶ秋は 天(あま)霧(ぎ)らふ 時雨(しぐれ)をいたみ さ丹つらふ 黄(もみち)葉(は)散りつつ 八千年(やちとせ)に 生(あ)れ衝(つ)かしつつ 天つ下 知らしめさむと 百代(ももよ)にも 易(かは)るましじき 大宮所
私訳 吾等の皇子で神の命が天まで高く統治なされる、その布当の宮は、多くの木々が生い茂り、山には木が高く生え、流れ落ちる激流の瀬の音も清らかで、鶯がやって来て啼く春になると、岩には山の麓を輝かせるように錦のような色取り取りに花が咲きたわみ、角の立派な牡鹿が妻を鳴き呼ぶ秋には、空に霧が立ち、時雨がしきりに降り、美しく丹に染まる黄葉は散り行き、数千年に生まれ継ぎながら天下を統治なされるでしょうと、百代にも遷り易ることがあるはずも無い、ここ大宮です。

反謌五首
集歌一〇五四 
原文 泉河 徃瀬乃水之 絶者許曽 大宮地 遷徃目
訓読 泉川往(い)く瀬の水し絶えばこそ大宮地遷(うつ)ろひ往(い)かめ
私訳 泉川の流れ往く瀬の水が絶えることがあるならば、ここ大宮は遷り易り往くでしょう。

集歌一〇五五 
原文 布當山 山並見者 百代尓毛 不可易 大宮處
訓読 布当山(ふたぎやま)山並み見れば百代(ももよ)にも易(かは)るましじき大宮所
私訳 布当山の、その山並みを見れば、百代にも遷り易ることがあるはずも無い、ここ大宮です

集歌一〇五六 
原文 盛嬬等之 續麻繁云 鹿脊之山 時之徃去 京師跡成宿 (盛は、女+盛)
訓読 女子(をみな)らし続麻(うみを)懸(か)くといふ鹿背(かせ)し山時し往(い)ければ京師(みやこ)となりぬ
私訳 女達が績麻を懸ける「かせ」と云う鹿背の山よ、時が過ぎ行くと今は都となった
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万葉集 集歌1047から集歌1051まで

2020年10月16日 | 新訓 万葉集巻六
悲寧樂故郷作謌一首并短謌
標訓 寧樂の故(ふ)りにし郷(さと)を悲しびて作れる謌一首并せて短謌
集歌一〇四七 
原文 八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 櫻花 木晩牢 皃鳥者 間無數鳴 露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀塊丹 芽乃枝乎 石辛見散之 狭男牡鹿者 妻呼令動 山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 物負之 八十伴緒乃 打經而 思並敷者 天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞
訓読 やすみしし 吾が大王(おほきみ)の 高敷かす 大和し国は 皇祖(すめろき)の 神し御代より 敷きませる 国にしあれば 生(あ)れまさむ 御子し継ぎ継ぎ 天つ下 知らしまさむと 八百万(やほよろづ) 千年(ちとせ)を兼ねて 定めけむ 平城(なら)の京師(みやこ)は かぎろひの 春にしなれば 春日山 三笠し野辺に 桜花 木の暗(くれ)隠(こも)り 貌鳥(かほとり)は 間(ま)無くしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 射駒(いこま)山 飛火(とぶひ)が塊(たけ)に 萩の枝を しがらみ散らし さ雄鹿(をしか)は 妻呼び響(とよ)む 山見れば 山も見が欲(ほ)し 里見れば 里も住みよし 大夫(もののふ)の 八十伴の男(を)の うち延(は)へて 念(おも)へりしくは 天地の 寄り合ひの極(きは)み 万代(よろづよ)に 栄えゆかむと 念(おも)へりし 大宮すらを 恃(たの)めりし 奈良の京(みやこ)を 新世(あらたよ)の ことにしあれば 皇(すめろぎ)し 引きのまにまに 春花の 移(うつ)ろひ易(かは)り 群鳥(むらとり)の 朝立ち行けば さす竹し 大宮人の 踏み平(なら)し 通ひし道は 馬も行かず 人も往(い)かねば 荒れにけるかも
私訳 天下をあまねく承知なられる吾等の大王が天まで高らかに統治なられる大和の国は、皇祖の神の時代から御統治なされる国であるので、お生まれになる御子が継ぎ継ぎに統治ならせると、八百万、千年の統治なされる歳とを兼ねてお定めになられた奈良の都は、陽炎の立つ春になると春日山の三笠の野辺に桜の花、その樹の暗がりにはカッコウが絶え間なく啼く、露霜の秋がやって来れば、生駒山の飛火の丘に萩の枝のシガラミを散らして角の立派な牡鹿が妻を呼び声が響く。山を見れば山を眺めたくなり、里を見れば里に住みたくなる。立派な男たちの大王に仕える男たちが寄り集まって願うことには、天と地が重なり合う果てまで、万代まで栄えていくでしょうと、念じている大宮だけでも、頼もしく思っていた奈良の都だが、新しい時代のことであるので、天皇の人々を引き連れるままに、春の花が移ろい変わり、群れた鳥が朝に寝床から揃って飛び立つように旅たっていくと、すくすく伸びる竹のような勢いのある大宮の宮人が踏み均して宮に通った道は、馬も行かず、人も行かないので荒れてしまったのでしょう。

反謌二首
集歌一〇四八 
原文 立易 古京跡 成者 道之志婆草 長生尓異利
訓読 たち易(かは)り古き京(みやこ)となりぬれば道し芝草(しばくさ)長く生ひにけり
私訳 繁栄していた時代とは立ち代り、古い都となってしまったので、路に生える芝草が長く伸びてしまった。

集歌一〇四九 
原文 名付西 奈良乃京之 荒行者 出立毎尓 嘆思益
訓読 なつきにし奈良の京(みやこ)し荒(あ)れゆけば出(い)で立つごとに嘆きし増さる
私訳 慣れ親しんだ奈良の都が荒れていくと、都度、立ち寄るたびに嘆きが増してくる。
注意 末句「嘆思益」の「思」は音文字として鑑賞しています

讃久邇新京謌二首并短歌
標訓 久邇の新しき京(みやこ)を讃(ほ)むる謌二首并せて短歌
集歌一〇五〇 
原文 明津神 吾皇之 天下 八嶋之中尓 國者霜 多雖有 里者霜 澤尓雖有 山並之 宜國跡 川次之 立合郷跡 山代乃 鹿脊山際尓 宮柱 太敷奉 高知為 布當乃宮者 河近見 湍音叙清 山近見 鳥賀鳴慟 秋去者 山裳動響尓 左男鹿者 妻呼令響 春去者 岡邊裳繁尓 巌者 花開乎呼理 痛可怜 布當乃原 甚貴 大宮處 諾己曽 吾大王者 君之随 所聞賜而 刺竹乃 大宮此跡 定異等霜
訓読 現(あき)つ神 吾が皇(すめろぎ)し 天つ下 八島(やしま)し中(うち)に 国はしも 多(さわ)くあれども 里はしも 多(さわ)にあれども 山並みし 宜(よろ)しき国と 川なみし たち合ふ郷(さと)と 山背(やましろ)の 鹿背山(かせやま)の際(ま)に 宮柱 太敷き奉(まつ)り 高知らす 布当(ふたぎ)の宮は 川近み 瀬の音(と)ぞ清(きよ)き 山近み 鳥が音(ね)響(とよ)む 秋されば 山もとどろに さ雄鹿(をしか)は 妻呼び響(とよ)め 春されば 岡辺(おかへ)も繁(しじ)に 巌(いはほ)には 花咲きををり あなおもしろ 布当(ふたぎ)の原 いと貴(たふと) 大宮所 うべしこそ 吾が大王(おほきみ)は 君しまに 聞かし賜ひて さす竹の 大宮(おほみや)此処(ここ)と 定めけらしも
私訳 身を顕す神である吾等の皇が天下の大八洲の中に国々は沢山あるが、郷は沢山あるが、山並みが願いに適い宜しい国と、川の流れが集る郷と、山代の鹿背の山の裾に宮柱を太く建てられて、天まで高だかに統治なされる布当の都は、川が近く瀬の音が清らかで、山が近く鳥の音が響く。秋になれば山も轟かせて角の立派な牡鹿の妻を呼ぶ声が響き、春になれば丘のあたり一面に岩には花が咲き豊かに枝を垂れ、とても趣深い布当の野の貴いところよ。大宮所、もっともなことです。吾等が大王は、君の進言をお聞きになられて、すくすく伸びる竹のような勢いのある大宮はここだと、お定めになられたらしい。

反謌二首
集歌一〇五一 
原文 三日原 布當乃野邊 清見社 大宮處 (一云 此跡標刺) 定異等霜
訓読 三香(みか)し原布当(ふたぎ)の野辺(のへ)を清(きよ)みこそ大宮所 定めけらしも
私訳 三香の原の布当の野辺が清らかなので大宮所と定められたのでしょう。
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万葉集 集歌1042から集歌1046まで

2020年10月15日 | 新訓 万葉集巻六
同月十一日、登活道岡集一株松下飲哥二首
標訓 (天平十六年)同じ月十一日に、活道(いくぢ)の岡に登り、一株(ひともと)の松の下(もと)に集ひて飲(うたげ)せる歌二首
集歌一〇四二 
原文 一松 幾代可歴流 吹風乃 聲之清者 年深香聞
訓読 一つ松(まつ)幾代(いくよ)か経ぬる吹く風の音(おと)し清きは年(とし)深(ふ)かみかも
私訳 この一本松はどれほどの世代を経てきたのだろう。松に吹く風の音が清らかなのは、松の寿命が長いからだろう。
左注 右一首、市原王作
注訓 右の一首は、市原王の作れる

集歌一〇四三 
原文 霊剋 壽者不知 松之枝 結情者 長等曽念
訓読 霊(たま)きはる寿(よはひ)は知らず松し枝(え)し結ぶ情(こころ)は長くとぞ念(おも)ふ
私訳 宿る霊にも期限がありその寿命は判らないが、松の枝に結ぶ願いは命が長くあって欲しいと念じます。
左注 右一首、大伴宿祢家持作
注訓 右の一首は、大伴宿祢家持の作れる

傷惜寧樂京荒墟作謌三首 (作者不審)
標訓 寧樂(なら)の京(みやこ)の荒れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(お)しみて作れる謌三首 (作者審(つばひ)らかならず)
集歌一〇四四 
原文 紅尓 深染西 情可母 寧樂乃京師尓 年之歴去倍吉
訓読 紅(くれなゐ)に深く染(し)みにし情(こころ)かも寧樂(なら)の京師(みやこ)に年し経(へ)ぬべき
私訳 栄華に建物が紅に彩られた、その紅に深く染まってしまった思いなのか、それなら留守の司以外住む事を許されない、この奈良の都で年を過すべきです。

集歌一〇四五 
原文 世間乎 常無物跡 今曽知 平城京師之 移徙見者
訓読 世間(よのなか)を常無きものと今ぞ知る平城(なら)の京師(みやこ)の移(うつ)ろふ見れば
私訳 人の世を常無きものと、今、知った。奈良の都が、時の流れの中で、その姿の移り変わりようを見ると。

集歌一〇四六 
原文 石綱乃 又變若反 青丹吉 奈良乃都乎 又将見鴨
訓読 石綱(いはつな)のまた変若(を)ち反(かへ)りあをによし奈良の都をまたも見むかも
私訳 岩に這う蔦が、時に合わせて若返るように、よみがえる青葉美しい奈良の都を再び見るでしょう。
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