竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻十を鑑賞する  集歌2320から集歌2350まで

2011年07月21日 | 万葉集巻十を鑑賞する
万葉集巻十を鑑賞する

集歌2320 吾袖尓 零鶴雪毛 流去而 妹之手本 伊行觸糠
訓読 吾が袖に降りつる雪も流れ去(い)きて妹が手本(たもと)にい行き触(ふ)れぬか

私訳 私の衣の袖に淡く降っている雪も、雪雲とともに流れ去って行き、愛しい貴女の衣の袖に降り行きて触れないものでしょうか。


集歌2321 沫雪者 今日者莫零 白妙之 袖纒将干 人毛不有悪
訓読 沫雪(あはゆき)は今日(けふ)はな降りそ白栲の袖まき干(ほ)さむ人もあらなくに

私訳 沫雪は今日は降らないでほしい。貴方の訪れを外で待つ私の白い栲の夜着の袖を、互いの身に纏い、それを乾かしてくれる人もいないのだから。


集歌2322 甚多毛 不零雪故 言多毛 天三空者 隠相管
訓読 はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天(あま)つみ空は隠(かく)りあいつつ

私訳 それほどは降ることはない雪だのに、大仰にも、天の青空は隠れてしまった。


集歌2323 吾背子乎 且今々々 出見者 沫雪零有 庭毛保杼呂尓
訓読 吾が背子を今か今かと出(い)で見れば沫雪(あはゆき)降れり庭もほどろに

私訳 私の愛しい貴方のお出では今か今かと外に出て見れば、沫雪が降って庭がまだらに染まっている。


集歌2324 足引 山尓白者 我屋戸尓 昨日暮 零之雪疑意
訓読 あしひきの山に白(しろ)きは吾が屋戸(やと)に昨日(きのふ)の夕(ゆふへ)降りし雪かも

私訳 足を引きずるような険しい山に白いものは、私の家に昨日の夕べに淡く降った雪のなごりでしょうか。


詠花
標訓 花を詠めり

集歌2325 誰苑之 梅花毛 久堅之 消月夜尓 幾許散来
訓読 誰(た)が苑(その)の梅の花ぞもひさかたの清(きよ)き月夜(つくよ)に幾許(ここだ)散りくる

私訳 誰の庭の梅の花びらでしょうか、遥か彼方から清らかな月夜にたくさん降り散って来る。


集歌2326 梅花 先開枝 手折而者 裏常名付而 与副手六香聞
訓読 梅の花まづ咲く枝(えだ)の手(た)折(お)りてばつとと名付けて寄(よそ)へてむかも

私訳 梅の花、最初に咲く枝を手折ったならば、贈り物ですと称して、貴女に私の想いに添えて届けましょうか。


集歌2327 誰苑之 梅尓可有家武 幾許毛 開有可毛 見我欲左右手二
訓読 誰(た)が苑(その)の梅にかありけむ幾許(ここだ)くも咲きてあるかも見が欲(ほ)しさふてに

私訳 誰の庭の梅の花なのでしょうか。花びらが散り舞って、たくさんに咲いているのでしょうか。誰かに眺めて貰いたいほどに。


集歌2328 来可視 人毛不有尓 吾家有 梅早花 落十方吉
訓読 来て見べき人もあらなくに吾家(わがへ)なる梅の早花(はつはな)散りぬともよし

私訳 訪れて来て眺めるような人もいるわけでもないのだから、私の家にある梅の初花よ、散ってしまっても良いよ。


集歌2329 雪寒三 咲者不開 梅花 縦比来者 然而毛有金
訓読 雪寒(さぶ)み咲きには咲かぬ梅の花縦(よ)しこの頃(ころ)はさてもあるがね

私訳 雪を寒がって咲きそうで咲かない梅の花、えい、それならば、しばらくはこのまま咲かないままでいなさい。


詠露
標訓 露を詠めり

集歌2330 為妹 末枝梅乎 手折登波 下枝之露尓 沾家類可聞
訓読 妹がため末枝(ほつゑ)の梅を手(た)折(お)るとは下枝(しづゑ)の露に濡れにけるかも

私訳 愛しい貴女のために枝先の梅の花を手折ろうとして、下枝の露に濡れてしまったのでしょう。


詠黄葉
標訓 黄葉を詠めり

集歌2331 八田乃野之 淺茅色付 有乳山 峯之沫雪 零良之
訓読 八田(やた)の野の浅茅(あさぢ)色づく有乳山(あらちやま)峯の沫雪(あはゆき)降(ふ)ららしし

私訳 大和にある八田の野で浅茅が色付く、敦賀にある有乳山の嶺の沫雪は淡く降っていることでしょう。


詠月
標訓 月を詠めり

集歌2332 左夜深者 出来牟月乎 高山之 峯白雲 将隠鴨
訓読 さ夜更(ふ)けば出(い)で来(こ)む月を香具山(かぐやま)の峯の白雲隠すらむかも

私訳 夜が更けて行くと登って来るでしょう月を、天の香具山の嶺に掛かる白雲が隠してしまうかもしれません。


冬相聞
標訓 冬の相聞

集歌2333 零雪 虚空可消 雖戀 相依無 月経在
訓読 降る雪の空に消(け)ぬべく恋ふれども逢ふよしを無(な)みに月ぞ経(へ)にける

私訳 降る雪が途中で空に消えるように、ひたすら貴女を慕っているのですが、このように空しく逢う機会が無いままに月日が経ってしまった。


集歌2334 沫雪 千里零敷 戀為来 食永我 見偲
訓読 沫雪(あはゆき)は千里(ちり)に降りしけ恋ひしくの日(け)長き我れは見つつ偲(しの)はむ

私訳 沫雪はすべての里に降り積もれ、貴女を恋い慕ってきた、所在無い私は降り積もる雪をみて昔に白い栲の衣を着た貴女を偲びましょう。

右、柿本朝臣人麿之謌集出。
注訓 右は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


寄露
標訓 露に寄せる

集歌2335 咲出照 梅之下枝 置露之 可消於妹 戀頃者
訓読 咲き出(い)照(て)る梅の下枝(したゑだ)置く露の消(け)ぬべく妹に恋ふるこのころ

私訳 花が咲き出して輝く梅の下枝、その枝に置く露が消えゆくように、私の命も消えていくでしょう、そんな、梅の花のように輝く貴女に恋い焦がれる今日この頃です。


寄霜
標訓 霜に寄せる

集歌2336 甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於尓 霜降夜焉
訓読 はなはだも夜(よる)更(ふ)けてな行き道の辺(へ)の斎(ゆ)小竹(しの)の上(うへ)に霜の降る夜を

私訳 これほどひどく夜が更けてから帰って行かないで、帰って行く道の道端の笹の上に霜の降る夜中を。


寄雪
標訓 雪に寄せる

集歌2337 小竹葉尓 薄太礼零覆 消名羽鴨 将忘云者 益所念
訓読 小竹(しの)の葉にはだれ降り覆(おほ)ひ消(け)なばかも忘れむと云へばまして念(おも)ほゆ

私訳 「笹の葉に雪がまだらに降り覆い、やがて季節に融け消えて行くならば、人はその雪を忘れるように、やがて貴方は私のことを捨てるでしょう」と貴女が云うならば、貴女に対して私は一層に恋い焦がれます。


集歌2338 霰落 板敢風吹 寒夜也 旗野尓今夜 吾獨寐牟
訓読 霰(あられ)落(ふ)りいたく風吹き寒き夜や旗野(はたの)に今夜(こよひ)吾(あ)が独り寝(ね)む

私訳 霰が降り、ひどく風が吹き、寒い夜です。貴女が私の訪れを許してくれないと、この旗野で今夜は、私は独り野宿するのでしょう。


集歌2339 吉名張乃 野木尓零覆 白雪乃 市白霜 将戀吾鴨
訓読 吉隠(よなばり)の野木(のき)に降り覆(おほ)ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ吾かも

私訳 吉隠の野の木々に降り覆う白雪がはっきり見えるように、はっきりと人目に付くように貴女を恋い慕う、そんな私です。


集歌2340 一眼見之 人尓戀良久 天霧之 零来雪之 可消所念
訓読 一目見し人に恋ふらく天(あま)霧(き)らし降りくる雪の消(け)ぬべく念(おも)ほゆ

私訳 一度だけ体を許したあの人に恋い焦がれる、天空を白く覆って降り来る雪が消えてしまうように、この命が消えてしまうほどに貴方をお慕いしています。


集歌2341 思出 時者為便無 豊國之 木綿山雪之 可消可念
訓読 思ひ出(い)づる時はすべなみ豊国(とよくに)の木綿山(ゆふやま)雪の消(け)ぬべく念(おも)べく

私訳 貴女への想いは湧き出ます。時の移ろいはどうしようもありません。豊国にある火を噴く由布山に降る雪がすぐに消えてしまうように、想いに命が消えて失せてしまうほどに恋い焦がれでしょう。


集歌2342 如夢 君乎相見而 天霧之 落来雪之 可消所念
訓読 夢のごと君を相見て天(あま)霧(き)らし落(ふ)りくる雪の消(け)ぬべく念(おも)ほゆ

私訳 夢で逢うように貴女と共に夜を過ごしてからは、天空を白く覆って降り来る雪が消え失せるように、この身が消え失せるほどに恋い焦がれています。


集歌2343 吾背子之 言愛美 出去者 裳引将知 雪勿零
訓読 吾が背子の言(こと)愛(うつく)しみ出(い)でて去(い)かば裳引きしるけむ雪な降りそね

私訳 私の愛しい貴方の愛の誓いを嬉しく想い、帰って行く貴方を追って家から出て行けば、私の裳を引く跡を他の人が知るでしょう。雪よ、そんなに降らないで。


集歌2344 梅花 其跡毛不所見 零雪之 市白兼名 間使遣者
訓読 梅の花それとも見えず降(ふ)る雪のいちしろけむな間(ま)使(つかひ)遣(や)らば

私訳 梅の花が、それがどれかは判らないほどに降る雪のようにはっきりと、きっと、人目に付くでしょうね。使いを貴女の許に送ると。

一云 零雪尓 間使遣者 其将知名
一(ある)は云はく、
訓読 降る雪に間使遣らばそれと知らな
私訳 降る雪の中に、使いを送ると人々に貴女との噂が立つでしょうね。


集歌2345 天霧相 零来雪之 消友 於君合常 流經度
訓読 天(あま)霧(き)らひ降(ふ)りくる雪の消(け)えぬとも君に逢はむとながらへ渡る

私訳 天空を白く覆って降り来る雪のように、この命が消えてしまうとしても、貴方に逢いたいと想い、降り来れば消えゆく雪がそれでも貴方へと降り届くように、日々を暮しています。


集歌2346 窺良布 跡見山雪之 灼然 戀者妹名 人将知可聞
訓読 窺(うかが)らふ跡見山(とみやま)雪のいちしろく恋ひば妹が名(な)人知らむかも

私訳 得物を窺うと云う、その名を持つ跡見山の雪がはっきり見えるように、人目に鮮やかに恋をすると、貴女の噂を人々は知ってしまうでしょう。


集歌2347 海小船 泊瀬乃山尓 落雪之 消長戀師 君之音曽為流
訓読 海人(あま)小船(をふね)泊瀬(はつせ)の山に落(ふ)る雪の日(け)長く恋ひし君の音(ね)ぞする

私訳 漁師の操る小舟が泊(は)つる、その言葉のひびきではないが、泊瀬の山に降る雪が消え残るように、日柄一日長く恋い焦がれた、その貴方の訪れの音がします。


集歌2348 和射美能 嶺徃過而 零雪乃 厭毛無跡 白其兒尓
訓読 和射見(わさみ)の嶺(みね)往(い)き過ぎて降る雪の厭(いと)ひもなしと申せその児に

私訳 和射見の嶺を隠すように雪雲が通り過ぎて降る雪が嫌でも、絶え間もないように、私の貴女への想いは、厭う気持ちも、ひと時も貴女を忘れることなどもないと告げなさい。その子に。


寄花
標訓 花に寄せる

集歌2349 吾屋戸尓 開有梅乎 月夜好美 夕々令見 君乎祚待也
訓読 吾が屋戸(やと)に咲きたる梅を月夜(つくよ)よみ夕々(よひよひ)見せむ君をこそ待て

私訳 私の庭に咲いている梅の花を、月明かりの夜が美しいので宵毎に貴方に見せましょう。梅の花よ、その「あの人」の訪れを待ちなさい。


寄夜
標訓 夜に寄せる

集歌2350 足桧木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 豫寒毛
訓読 あしひきの山の下風(あらし)は吹かねども君なき夕(よひ)はかねて寒(さむ)しも

私訳 葦や桧の茂る山からの吹き降ろしは吹かないでしょうが、貴方のいらっしゃらない今宵は、きっと肌身に寒いことでしょう。


巻十は、西本願寺本では集歌の順が前後する箇所があります。
集歌1948、集歌1949、集歌1951、集歌1950の順だが、集歌1950を集歌1948の後に入れる記号あり。
集歌2061から集歌2076までの十六首は、巻末の集歌2350の後に位置する。
集歌2199から集歌2214までの十六首は、巻末の集歌2350の後に位置する。
集歌2337と集歌2338は、集歌2339の後に位置する。
なお、ここでの歌順は、一般のものに準じています。
コメント

万葉集巻十を鑑賞する  集歌2290から集歌2319まで

2011年07月18日 | 万葉集巻十を鑑賞する
万葉集巻十を鑑賞する


集歌2290 秋芽子乎 落過沼蛇 手折持 雖見不怜 君西不有者
訓読 秋萩を散り過ぎぬべみ手折(たお)り持ち見れども寂(さぶ)し君にしあらねば

私訳 秋萩を、散り過ぎてしまうでしょうと、手折って持って来て眺めて見たけれど、つまらない。貴方がいないので。


集歌2291 朝開 夕者消流 鴨頭草 可消戀毛 吾者為鴨
訓読 朝(あした)咲き夕(ゆうへ)は消(け)ぬる鴨頭草(つきくさ)の消(け)ぬべき恋も吾はするかも

私訳 朝に咲き、夕べにしぼむツユクサのように、心がしぼむような私の命、そして恋も、私はするのでしょう。


集歌2292 蜒野之 尾花苅副 秋芽子之 花乎葺核 君之借廬
訓読 延野(のべの)の尾花(をばな)刈り添へ秋萩の花を葺(ふ)かさね君が仮廬(かりほ)に

私訳 細長い地形をした延野に咲く尾花を刈り添えて、秋萩の花で屋根を葺いて下さい。貴方の仮の住まいとして。
注意 原文の「蜒野之」は、一般に「蜒野」は「秋津野」と訓むが、ここではままに「延野」と訓んだ。


集歌2293 咲友 不知師有者 黙然将有 此秋芽子乎 令視管本名
訓読 咲けりとも知らずしあらば黙然(もだ)もあらむこの秋萩を見せつつもとな

私訳 それが咲いたとも知らずにいたら、沈黙を守っていたでしょう。それをこの秋萩を眺めさせられると、もう、その美しさに心が落ち着かない。


集歌2294 秋去者 鴈飛越 龍田山 立而毛居而毛 君乎思曽念
訓読 秋されば雁飛び越ゆる龍田山(たつたやま)立ちても居(ゐ)ても君をしぞ念(おも)ふ

私訳 秋がやって来ると雁が飛び越える龍田山、その名のように立っていても座っていても、貴方の事ばかりが、心に浮かびます。


集歌2295 我屋戸之 田葛葉日殊 色付奴 不座君者 何情曽毛
訓読 吾が屋戸(やと)の田葛葉(ふぢは)日に異(け)に色づきぬ座(い)まさぬ君は何(なむ)情(こころ)ぞも

私訳 私の家の庭に育つ田藤の葉が日に日に色付きます。やって来られない貴方は、どのような風流の心をお持ちなのでしょうか。


集歌2296 足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居
訓読 あしひきの山さな葛(かづら)黄葉(もみ)つまで妹に逢はずや吾が恋ひ居(を)らむ

私訳 足を引きずるような険しい山のさな葛の葉が黄葉するまで、貴女に逢えないままに、私は恋い焦がれて居続けている。


集歌2297 黄葉之 過不勝兒乎 人妻跡 見乍哉将有 戀敷物乎
訓読 黄(もみち)葉(は)の過ぎかてぬ兒を人妻と見つつやあらむ恋しきものを

私訳 黄葉した葉が散り過ぎて行くように、会ってただ通り過ぎて行くことの出来ない女の子を、誰かの妻なのだろうかと、見つめているだけでいる。そんな貴女に恋い焦がれているのに。


寄月
標訓 月に寄せる

集歌2298 於君戀 之奈要浦觸 吾居者 秋風吹而 月斜焉
訓読 君に恋ひ萎(な)えうらぶれ吾が居(を)れば秋風吹きて月(つき)斜(かたふ)きぬ

私訳 貴女に恋い慕い、気持ちが萎え打ちしがれて私がいると、秋風が吹いて月が傾いていった。


集歌2299 秋夜之 月疑意君者 雲隠 須臾不見者 幾許戀敷
訓読 秋の夜の月かも君は雲(くも)隠(かく)りしましく見ねば幾許(ここだ)恋しき

私訳 秋の夜の月なのでしょうか。貴方は雲に隠れるように、しばらくの間、お逢いできないと、とても恋しいものです。


集歌2300 九月之 在明能月夜 有乍毛 君之来座者 吾将戀八方
訓読 九月(ながつき)の有明(ありあけ)の月夜(つくよ)ありつつも君が来(き)まさば吾(われ)恋ひめやも

私訳 九月の有明の月夜がこのようであるように、できることなら貴方が私の許にやって来られるなら、私はこれほど恋い焦がれるでしょうか。


寄夜
標訓 夜に寄せる

集歌2301 忍咲八師 不戀登為跡 金風之 寒吹夜者 君乎之曽念
訓読 よしゑやし恋ひじとすれど秋風の寒く吹く夜は君をしぞ念(おも)ふ

私訳 えい、もうどうでもよい。恋などしないと思っても、秋風が寒く吹く夜は、ただ、貴女のこのだけが想い浮かびます。


集歌2302 惑者之 痛情無跡 将念 秋之長夜乎 寐臥耳
訓読 惑(まど)ひしの痛(あ)な情(こころ)無(な)と思ふらむ秋の長夜をただ寝(ね)臥(ふ)すのみ

私訳 想い悩むものは、ああ、つれないと思うでしょう秋の長い夜を、ただ、出来ることは、独り床に臥すだけです。


集歌2303 秋夜乎 長跡雖言 積西 戀盡者 短有家里
訓読 秋の夜を長しと云へど積もりにし恋を尽(つく)せば短くありけり

私訳 秋の夜を長いと人は云うが、積もりに積もった恋の思いで「恋の夜の営み」を貴方と尽くせば、秋の夜は短いものでした。


寄衣
標訓 衣に寄せる

集歌2304 秋都葉尓 々寶敝流衣 吾者不服 於君奉者 夜毛著金
訓読 秋つ葉に色付(にほへ)る衣(ころも)吾(あ)は着(き)じ君に奉(まつ)らば夜も着るがね

私訳 秋の黄葉のように染めたこの衣を私は着ません。貴方に差し上げると、きっと貴方は夜も私の衣を肌に付けるでしょう。


問答
標 問答(もんどう)

集歌2305 旅尚 襟解物乎 事繁三 丸宿吾為 長此夜
訓読 旅にすら紐(ひも)解(と)くものを事(こと)繁(しげ)み丸寝(まるね)ぞ吾(あ)がする長きこの夜を

私訳 旅行中でも宿れば下着の紐を解くのに、色々な事情があって着物を着たままで私は寝る。長いこの夜を。


集歌2306 四具礼零 暁月夜 紐不解 戀君跡 居益物
訓読 時雨(しぐれ)降る暁(あかとけ)月夜(つくよ)紐(ひも)解(と)かず恋ふらむ君と居(を)らましものを

私訳 時雨が降った暁の月夜に、貴女の下着の紐を解くことがない。恋い焦がれる貴女と一緒にいられたらと願う。


集歌2307 於黄葉 置白露之 色葉二毛 不出跡念者 事之繁家口
訓読 黄(もみち)葉(は)に置く白露の色(いろ)葉(は)にも出(い)でじと念(おも)へば事(こと)の繁(しげ)けく

私訳 モミジの葉に置く白露が、この色付いた葉にも置くことがないようにと願うように、私の貴方への想いを世のしがらみで覆い隠されないようにと願うが、色々な障害が起きる。


集歌2308 雨零者 瀧都山川 於石觸 君之摧 情者不持
訓読 雨降れば激(たぎ)つ山川(やまかは)石(いは)に触れ君の摧(くだ)かむ情(こころ)は持たじ

私訳 雨が降ると激流になる山の川が岩に砕かれるように、貴方の私への想いを打ち砕くような心根を私は持っていません。


譬喩歌
標訓 譬喩歌(ひゆうた)

集歌2309 祝部等之 齊經社之 黄葉毛 標縄越而 落云物乎
訓読 祝(はふり)らが斎(いは)ふ社(やしろ)の黄(もみち)葉(は)も標縄(しめなは)越えて落(ふ)ると云ふものを

私訳 神主たちが祭る神社の杜の黄葉も、その結界のしめ縄を越えて散ると云うではないか。


旋頭歌
標訓 旋頭歌

集歌2310 蟋蟀之 吾床隔尓 鳴乍本名 起居管 君尓戀尓 宿不勝尓
訓読 蟋蟀(こほろぎ)の吾(あ)が床の辺(へ)に鳴きつつもとな起き居(い)つつ君に恋ふるに寝(い)ねかてなくに

私訳 コオロギが私の寝床の辺りで鳴き続けておぼつかない、起き出して座ったままで貴方に恋い焦がれるが寝そびれてしまう。


集歌2311 皮為酢寸 穂庭開不出 戀乎吾為 玉蜻 直一目耳 視之人故尓
訓読 はだ薄(すすき)穂には咲き出ぬ恋をぞ吾(あ)がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに

私訳 旗薄がまだ穂を咲き出していないような、ほのかの恋を私はしている。美しい玉が、瞬間、きらめきを見せるような、そんなほのかに一目遇った人のゆえに。


冬雜謌
標訓 冬の雑歌

集歌2312 我袖尓 雹手走 巻隠 不消有 妹為見
訓読 わが袖に霰たばしる巻き隠し消たずてあらむ妹が見むため

私訳 私の袖に霰が降りかかる。その霰を袖に巻き包んで消えないようにしましょう。恋人に見せるために。


集歌2313 足曳之 山鴨高 巻向之 木志乃子松二 三雪落来
訓読 あしひきの山かも高き巻向の岸の小松にみ雪降り来る

私訳 足を引きずるような険しい山なのでしょう。峰高い巻向山の川岸の小松に雪が降ってきた。


集歌2314 巻向之 檜原毛未 雲居者 子松之末由 沫雪流
訓読 巻向の檜原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る

私訳 巻向の檜原にもいまだに雪雲が懸かり居ると、小松の枝先に沫雪が積もり流れ落ちる。


集歌2315 足引 山道不知 白杜杙 枝母等乎ゞ尓 雪落者
訓読 あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば

私訳 足を引きずるような険しい山道も判らない。白樫の枝も撓めて雪が降ると。

或云、枝毛多和ゞゞ
或は云はく、
訓読 枝もたわたわ
私訳 枝もたわわにして

右柿本朝臣人麿之謌集出也。但一首(或本云、三方沙弥作)
注訓 右は柿本朝臣人麿の歌集に出づ。ただ一首は、(或る本に、三方沙弥の作といへり)


詠雪
標訓 雪を詠めり

集歌2316 奈良山乃 峯尚霧合 宇倍志社 前垣之下乃 雪者不消家礼
訓読 奈良山の峯(みね)なほ霧(き)らふうべしこそ籬(まがき)が下の雪は消(け)ずけれ

私訳 奈良山の嶺は、今もなお、霧にもやっているのだろう。だから、籬の下の雪は消え残っているのだろう。


集歌2317 殊落者 袖副沾而 可通 将落雪之 空尓消二管
訓読 こと落(ふ)らば袖さへ濡れて通るべく落(ふ)りなむ雪の空に消(け)につつ

私訳 ことさらに降るならば袖までも濡れ通るほどに降って欲しい雪なのに、雪が空にあるうちに融け消えていく。


集歌2318 夜乎寒三 朝戸乎開 出見者 庭毛薄太良尓 三雪落有
訓読 夜を寒(さぶ)み朝(あさ)門(と)を開き出(い)で見れば庭もはだらにみ雪落(ふ)りたり

私訳 夜を寒いと朝に門を開けて外に出て見ると、庭もまだらに染めて清らかな雪が降っていた。

一云 庭裳保杼呂尓 雪曽零而有
一(ある)は云はく、
訓読 庭もほどろに 雪ぞ降りたる
私訳 庭もまだらに染めて雪が淡く降っていた。


集歌2319 暮去者 衣袖寒之 高松之 山木毎 雪曽零有
訓読 夕(ゆふ)されば衣手(ころもて)寒し高松(たかまつ)の山の木(き)ごとに雪ぞ降りたる

私訳 夕べがやって来ると衣の袖が寒い。高松の山の木毎に雪が淡く降っている。
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万葉集巻十を鑑賞する  集歌2260から集歌2289まで

2011年07月16日 | 万葉集巻十を鑑賞する
万葉集巻十を鑑賞する


寄風
標訓 風に寄せる

集歌2260 吾妹子者 衣丹有南 秋風之 寒比来 下著益乎
訓読 吾妹子は衣(ころも)にあらなむ秋風の寒きこのころ下に着ましを

私訳 私の愛しい貴女は着物であってほしい。秋風の寒い、今日この頃、下着として肌身にまといたいから。


集歌2261 泊瀬風 如是吹三更者 及何時 衣片敷 吾一将宿
訓読 泊瀬風かく吹く夜(よひ)はいつまでか衣(ころも)片敷(かたし)き吾(あ)がひとり寝(ね)む

私訳 泊瀬からの風がこのように吹く夜を、いつまで、自分一人の衣だけを床に敷いて、私だけが独りで寝るのでしょうか。


寄雨
標訓 雨に寄せる

集歌2262 秋芽子乎 令落長雨之 零比者 一起居而 戀夜曽大寸
訓読 秋萩を散らす長雨(ながめ)の降るころはひとり起き居(ゐ)て恋ふる夜ぞ多き

私訳 秋萩を散らす長雨が降るころは、眠れず独り起きて居て、貴女に恋い焦がれている夜が多いことです。


集歌2263 九月 四具礼乃雨之 山霧 烟寸吾告胸 誰乎見者将息
訓読 九月(ながつき)の時雨(しぐれ)の雨の山霧のいぶせき吾つ胸(むた)誰を見ば息(や)まむ

私訳 九月の時雨の雨に山霧がけぶるように、気が晴れない私の心の内は誰に逢えば休まるのでしょうか。

一云 十月 四具礼乃雨降
一(ある)は云はく、
訓読 十月(かむなつき)時雨(しぐれ)の雨降り
私訳 十月の時雨の雨が降り、


寄蟋
標訓 蟋(こほろぎ)に寄せる

集歌2264 蟋蟀之 待歡 秋夜乎 寐驗無 枕与吾者
訓読 蟋蟀(こほろぎ)の待ち喜ぶる秋の夜を寝(ぬ)る験(しるし)なし枕と吾は

私訳 コオロギが待ち喜ぶ秋の夜の、そんな夜だのに寝る甲斐が無い。枕と私は。


寄蝦
標訓 蝦(かはづ)に寄せる

集歌2265 朝霞 鹿火屋之下尓 鳴蝦 聲谷聞者 吾将戀八方
訓読 朝(あさ)霞(かすみ)鹿火(かひ)屋(や)が下に鳴くかはづ声だに聞かば吾れ恋ひめやも

私訳 朝霞に鹿火屋の下で鳴く姿の見えないカジカ蛙の声だけでも良き鳴き声と聴く、そのように逢えない貴女の声だけでも聴けば、私はこんなに恋い焦がれない。


寄鴈
標訓 雁に寄せる

集歌2266 出去者 天飛鴈之 可泣美 且今旦々々々云二 年曽經去家類
訓読 出(い)でて去(い)なば天飛ぶ雁の泣きぬべみ今旦(けさ)今旦(けさ)と云ふに年ぞ経にける

私訳 貴方が出かけて行ったならば空を飛ぶ雁のように泣き出すでしょう。今朝は帰ってくるでしょう、今朝は。と云う内に年が経ってしまいました。


寄鹿
標訓 鹿に寄せる

集歌2267 左小牡鹿之 朝伏小野之 草若美 隠不得而 於人所知名
訓読 さ雄(を)鹿(しか)の朝伏す小野の草(くさ)若(わか)み隠(かく)らひかねて人に知らゆな

私訳 立派な雄鹿が朝に伏している小野の草がまだ短く若く、鹿がその短い草に身を隠せないように、二人の仲を隠したつもりで人に気付かれないでください。


集歌2268 左小牡鹿之 小野草伏 灼然 吾不問尓 人乃知良久
訓読 さ雄鹿(をしか)の小野の草(くさ)伏(ふ)しいちしろく吾が問(と)はなくに人の知れらく

私訳 立派な雄鹿が小野の草を押し倒し、その居どころを明らかにするように、はっきりと私が貴女を妻問ったのではないのですが、人が気付いたようです。


寄鶴
標訓 鶴(たづ)に寄せる

集歌2269 今夜乃 暁降 鳴鶴之 念不過 戀許増益也
訓読 今夜の暁(あかとき)降(くた)ち鳴く鶴(たづ)の念(おも)ひは過ぎず恋こそまされ

私訳 (季節が過ぎても未だに残る)今夜の暁過ぎて鳴く鶴のように、多くの想いは晴れずに恋心は一層募ります。
注意 鶴(たづ)を多津、多頭や多豆と記す例があります。なお、この歌だけに標を立てていることから、この歌だけは「つる」と訓むのではないかとの説があります。


寄草
標訓 草に寄せる

集歌2270 道邊之 乎花我下之 思草 今更尓 何物可将念
訓読 道の辺(へ)の尾花(をばな)が下の思ひ草今さらさらに何をか念(おも)はむ

私訳 道のほとりの尾花の下に生える「思い草」のように、今更に打ち萎れて、どのような願いをしましょうか。
注意 思草は「ナンバンキセル」ではないかとの説があります。その花の姿がうなだれているとの見立てです。


寄花
標訓 花に寄せる

集歌2271 草深三 蟋多 鳴屋前 芽子見公者 何時来益牟
訓読 草深み蟋蟀(こほろぎ)さはに鳴く屋前(やと)の萩見に君はいつか来まさむ

私訳 草むらが深いのでコオロギが盛大に鳴いている私の家の庭に、萩を眺めに貴方はいつお出でになるのでしょうか。


集歌2272 秋就者 水草花乃 阿要奴蟹 思跡不知 直尓不相在者
訓読 秋づけば水草(みくさ)の花のあえぬがに思へど知らじ直(ただ)に逢はざれば

私訳 秋らしくなると水辺の草の花が咲きこぼれ落ちるほどに、心から溢れるほどに慕っているけど、貴方は知らないでしょう。直にお逢いしていないので。


集歌2273 何為等加 君乎将厭 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎
訓読 何すとか君を厭(い)とはむ秋萩のその初花(はつはな)の歓(うれ)しきものを

私訳 どうして貴女を嫌いだと思うでしょうか。出会うことを待ち焦がれる、秋萩のその初花のように、出会いがあればうれしいものですから。


集歌2274 展轉 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容皃之花
訓読 展(こ)い転(まろ)び恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝貌(あさかほ)の花

私訳 身もだえして恋が死に隣り合わせであっても、その思いははっきりとは顔には出しません。朝顔の花のようには。


集歌2275 言出而 云忌染 朝皃乃 穂庭開不出 戀為鴨
訓読 言(こと)に出でて云(い)ふはゆゆしみ朝貌(あさかほ)の穂には咲き出ぬ恋もするかも

私訳 人前で言葉に出し貴女に愛を告げるのははばかりがあるので、朝顔の花穂が開くようには、表に出せない恋をしています。


集歌2276 鴈鳴之 始音聞而 開出有 屋前之秋芽子 見来吾世古
訓読 雁鳴きの初声(はつこゑ)聞きて咲き出たる屋前(やと)の秋萩見に来(こ)吾(あ)が背子(せこ)

私訳 雁が鳴く、その初声を聞いて咲き出した私の家の庭の秋萩を眺めにやって来なさい。私の愛しい貴方。


集歌2277 左小牡鹿之 入野乃為酢寸 初尾花 何時如 妹之将手枕
訓読 さ雄鹿(をしか)の入野(いりの)の薄(すすき)初尾花(はつおばな)いづれの時そ妹の手(て)枕(ま)かむ

私訳 立派な雄鹿が分け入る入野に咲く薄よ、その初尾花。いつになれば、初めて愛しい貴女を抱けるのでしょうか。


集歌2278 戀日之 氣長有者 三苑圃能 辛藍花之 色出尓来
訓読 恋ふる日(ひ)の日(け)長くしあれば御苑(みその)の圃(はたけ)の唐藍(からあひ)の花の色に出でにけり

私訳 恋い焦がれる日々が長くなったので、御苑にある畑の唐藍(=紅花)の花の色のように、貴方への想いが顔色に出てしまった。


集歌2279 吾郷尓 今咲花乃 娘部四敝之 不堪情 尚戀二家里
訓読 吾が郷(さと)に今咲く花の女郎花(をみなへし)堪(あ)へぬ心になほ恋ひにけり

私訳 私の里に今盛りに咲く花である女郎花。その娘(をみな)に、我慢することの出来な気持ちになった。いまもなお、貴女に恋をしています。


集歌2280 芽子花 咲有乎見者 君不相 真毛久二 成来鴨
訓読 萩の花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも

私訳 萩の花が咲いているのを見ると、貴女に逢えないままに、本当に長い時が経ったようです。


集歌2281 朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
訓読 朝露に咲きすさびたる鴨頭草(つきくさ)の日くたつなへに消(け)ぬべく思ほゆ

私訳 朝露の中に咲き誇っているツユクサが、日が傾いていくにつれしぼむように、気持ちがしぼむように感じられます。


集歌2282 長夜乎 於君戀乍 不生者 開而落西 花有益乎
訓読 長き夜を君に恋ひつつ生(い)けらずは咲きて散りにし花ならましを

私訳 長い夜を貴方に恋い焦がれたままで生きていないで、咲いては散っていく花であればよいのに。


集歌2283 吾妹兒尓 相坂山之 皮為酢寸 穂庭開不出 戀渡鴨
訓読 吾妹子(わぎもこ)に逢坂山のはだ薄(すすき)穂(ほ)には咲き出ず恋ひ渡るかも

私訳 私の愛しい貴女に逢う、その名の逢坂山の膚薄、その穂がまだ咲き出さないように、人目につかずに貴女に恋し続けています。


集歌2284 率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
訓読 ゆくりなくに今も見が欲(ほ)し秋萩のしなひにあるらむ妹が姿を

私訳 突然ですが、今も眺めて見たい。秋萩のようなあでやかでしなやかな体をしているでしょう、その貴女の姿を。
注意 この歌を比喩歌と取ると、芽子と四搓の言葉から強い男の欲望の歌になります。


集歌2285 秋芽子之 花野乃為酢寸 穂庭不出 吾戀度 隠嬬波母
訓読 秋萩の花野(はなの)の薄(すすき)穂には出(い)でず吾が恋ひわたる隠妻(こもりつま)はも

私訳 秋萩の花咲く花野で薄が穂をまだ出さないように、顔には顕わさないで私が慕い通う秘密の妻よ。


集歌2286 吾屋戸尓 開秋芽子 散過而 實成及丹 於君不相鴨
訓読 吾が屋戸(やと)に咲きし秋萩散り過ぎて実に成るまでに君に逢はぬかも

私訳 私の屋敷の前に咲いた秋萩が散り過ぎて、その花が実になるまで、貴方には逢えないのでしょうか。


集歌2287 吾屋前之 芽子開二家里 不落間尓 早来可見 平城里人
訓読 吾が屋前(やと)の萩咲きにけり落(ふ)らぬ間(ま)に早来(き)て見べし奈良の里人(さとひと)

私訳 私の庭に萩が咲きました。その花が散らない間に早く来て眺めて下さい。奈良の里人よ。


集歌2288 石走 間々生有 皃花乃 花西有来 在筒見者
訓読 石(いは)走(はし)の間々(まま)に生(お)ひたる貌花(かほはな)の花にしありけりありつつ見れば

私訳 岩が流れに流された川の岩の間に生えた貌花の花のように、貴女は、実を結ばぬ花だけのようです。様子を窺っていると。


集歌2289 藤原 古郷之 秋芽子者 開而落去寸 君待不得而
訓読 藤原(ふぢはら)の古(ふ)りにし郷(さと)の秋萩は咲きて落(ふ)りにき君待ちかねて

私訳 藤原宮近くの古さびた里の秋萩は、咲いては散ってしまった。貴方の訪れを待ちわびて。
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万葉集巻十を鑑賞する  集歌2230から集歌2259まで

2011年07月14日 | 万葉集巻十を鑑賞する
万葉集巻十を鑑賞する


詠風
標訓 風を詠めり

集歌2230 戀乍裳 稲葉掻別 家居者 乏不有 秋之暮風
訓読 恋ひつつも稲葉かき別け家(いへ)居(を)れば乏(とも)しくもあらず秋の夕風

私訳 人を恋しがりながらも、稲葉をかき別けて仮庵として野に居ると、つまらなくはありません。秋の夕風の風情には。


集歌2231 芽子花 咲有野邊 日晩之乃 鳴奈流共 秋風吹
訓読 萩の花咲きたる野辺(のへ)に晩蝉(ひぐらし)の鳴くなるなへに秋の風吹く

私訳 萩の花が咲いた野辺にヒグラシが鳴くにつれて、秋の気配の風が吹く。


集歌2232 秋山之 木葉文未赤者 今旦吹風者 霜毛置應久
訓読 秋山の木(こ)の葉もいまだ黄葉(もみた)ねば今朝(けさ)吹く風は霜も置きぬべく

私訳 秋山の木の葉も未だに黄葉を始めないが、今朝吹く風は寒く霜も置くほどです。


詠芳
標訓 芳(かほり)を詠めり

集歌2233 高松之 此峯迫尓 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者
訓読 高松(たかまつ)のこの峯(みね)も狭(せ)に笠立てて満ち盛りたる秋の香(か)のよさ

私訳 高松のこの峰も狭いとばかりに松茸の笠を立てて満ち溢れている、この秋の香りの良さよ。


詠雨
標訓 雨を詠めり

集歌2234 一日 千重敷布 我戀 妹當 為暮零礼見
訓読 一日(ひとひ)には千重(ちへ)しくしくに我が恋ふる妹があたりに時雨(しぐれ)降れ見む

私訳 一日中、何度も何度もしきりに私が恋い慕う貴女の家の付近に時雨が降るのが見える。
右一首、柿本朝臣人磨之謌集出。
注訓 右の一首は、柿本朝臣人磨の歌集に出づ。


集歌2235 秋田苅 客乃廬入尓 四具礼零 我袖沾 干人無二
訓読 秋田刈る旅の廬(いほり)に時雨(しぐれ)降り我が袖濡れぬ干(ひ)す人なしに

私訳 秋の田を刈る遠出の仮小屋に時雨が降り、私の衣は濡れてしまった。干して乾かしてくれる人もいないのに。


集歌2236 玉手次 不懸時無 吾戀 此具礼志零者 沾乍毛将行
訓読 玉(たま)襷(たすき)懸(か)けぬ時なし吾が恋は時雨(しぐれ)し降らば濡れつつも行かむ

私訳 美しい襷を懸けない時がないように、どんな時でも、私の貴女への恋心は、たとえ時雨が降ったとしても濡れてでも通いましょう。


集歌2237 黄葉乎 令落四具礼能 零苗尓 夜副衣寒 一之宿者
訓読 黄(もみち)葉(は)を散らす時雨(しぐれ)の降るなへに夜(よる)副(そ)へぞ寒きひとりし寝(ぬ)れば

私訳 モミジを散らす時雨が降るうえに、夜になり、寒い。貴女なしで、私独りで夜を過ごすと。


詠霜
標訓 霜を詠めり

集歌2238 天飛也 鴈之翅乃 覆羽之 何處漏香 霜之零異牟
訓読 天飛ぶや雁の翼(つばさ)の覆羽(おほひは)のいづく漏(も)りてか霜の降りけむ

私訳 大空を飛ぶ雁の翼の、その覆い羽の、どのあたりから漏れたのでしょうか、霜が降ったことです。


秋相聞
標 秋の相聞

集歌2239 金山 舌日下 鳴鳥 音聞 何嘆
訓読 秋山のしたひが下に鳴く鳥の声だに聞かば何か嘆かむ

私訳 秋の山の夕日の下に鳴く鳥のように、せめて貴女の声だけでも聞けたらどうして嘆くでしょう。


集歌2240 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
訓読 誰そ彼とわれをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つわれそ

私訳 誰だろうあの人は、といって私を尋ねないで。九月の夜露に濡れながら、あの人を待っている私を。


集歌2241 秋夜 霧發渡 凡ゞ 夢見 妹形牟
訓読 秋の夜の霧立ちわたりおぼほしく夢にそ見つる妹が姿を

私訳 秋の夜霧が立ち渡って景色がおぼろになるように、ぼんやりだが夢の中に見た。愛しい恋人の姿を。


集歌2242 秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨
訓読 秋の野の尾花が末(うら)の生ひ靡き心は妹に寄りにけるかも

私訳 秋の野の尾花の穂先が鞘から伸び開いて靡くように、私の心は愛しい恋人に靡き寄ってしまったようだ。


集歌2243 秋山 霜零覆 木葉落 歳唯行 我忘八
訓読 秋山に霜降り覆ひ木の葉散り年は行くともわれ忘れめや

私訳 秋の山に霜が降り木々を覆い、木の葉も散りさって、この年も過ぎ行くとしても、私が貴女を忘れることがあるでしょうか。
右、柿本朝臣人麿之謌集出。
注訓 右は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


寄水田
標訓 水田(こなた)に寄せる
注意 熟田と水田を同意語として「こなた」と読むのが一般です。

集歌2244 住吉之 岸乎田尓墾 蒔稲 乃而及苅 不相公鴨
訓読 住吉(すみのへ)の岸を田に墾(は)り蒔(ま)きし稲(いね)かくて刈るまで逢はぬ君かも

私訳 住吉の川岸を田として開墾して種を蒔いた稲を、このように刈り取るまで、お逢いできない貴方様です。


集歌2245 剱後 玉纒田井尓 及何時可 妹乎不相見 家戀将居
訓読 剣(たち)の後(しり)玉(たま)纒(ま)き田居(たゐ)にいつまでか妹を相見ず家恋ひ居(を)らむ

私訳 剣の柄を美しく巻く、その名のような玉纒の深田に、一体、いつまで愛しい貴女に逢うことなく、ここで暮らして恋い焦がれているでしょうか。


集歌2246 秋田之 穂上尓置 白露之 可消吾者 所念鴨
訓読 秋の田の穂(ほ)の上(へ)に置ける白露の消(け)ぬべくも吾(あ)は念(おも)ほゆるかも

私訳 秋の田の稲穂の上に置いた白露が消えてしまうように、命が消えてしまうほどに私は貴女を恋い慕っています。


集歌2247 秋田之 穂向之所依 片縁 吾者物念 都礼無物乎
訓読 秋の田の穂(ほ)向(む)きの寄れる片寄(かたよ)りに吾(あ)は物(もの)念(おも)ふつれなきものを

私訳 秋の田の稲穂が一方に傾くように、貴女にひたすら想いを寄せて、私は物思いをする。貴女は私につれないのですが。


集歌2248 秋山叨 借廬作 五目入為而 有藍君叨 将見依毛欲将 (叨は、口+リの当字)
訓読 秋山を仮廬(かりいほ)を作り廬(いほり)してあるらむ君を見むよしもがも

私訳 秋山に仮小屋を作って廬しているでしょう貴方にお逢いするすべがありません。


集歌2249 鶴鳴之 所聞田井尓 五百入為而 吾客有跡 於妹告社
訓読 鶴(たづ)鳴きし聞こゆる田居(たゐ)に廬(いほり)して吾れ旅なりと妹に告げこそ

私訳 鶴の鳴く声が聞こえる田に仮小屋を立て暮している私を遠出をしていると愛しいあの娘に告げて下さい。


集歌2250 春霞 多奈引田居尓 廬付而 秋田苅左右 令思良久
訓読 春霞たなびく田居(たゐ)に廬(いほり)つきて秋田刈るまで思はしむらく

私訳 春霞の棚引く季節に田に仮小屋を作ってから、秋の田を刈るまでずっと、あの娘を慕っている。


集歌2251 橘乎 守部乃五十戸之 門田年稲 苅時過去 不来跡為等霜
訓読 橘を守部(もりへ)の里の門田(かどた)早稲(わせ)刈る時過ぎぬ来じとすらしも

私訳 橘を守る部、その守部の里にある門田の早稲を刈る時期は過ぎてしまった。でも、あの人は田を刈りにやって来ないようです。


寄露
標訓 露に寄せる

集歌2252 秋芽子之 開散野邊之 暮露尓 沾乍来益 夜者深去鞆
訓読 秋萩の咲き散る野辺(のへ)の夕露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも

私訳 秋萩の花が咲き散る野辺の、その夕露に濡れながらやって来て下さい。夜は更けたとしても。


集歌2253 色付相 秋之露霜 莫零 妹之手本乎 不纒今夜者
訓読 色づかふ秋の露霜な降りそ妹が手本(たもと)を纏(ま)かぬ今夜は

私訳 木々が色付く秋の、その露霜よ、どうか降らないでくれ。愛しい貴女の体を抱きしめることの出来ない今夜は。


集歌2254 秋芽子之 上尓置有 白露之 消鴨死猿 戀尓不有者
訓読 秋萩の上に置きたる白露の消(け)かも死(し)なまし恋ひにあらずは

私訳 秋萩の上に置いた白露が消えるように、儚く死んでしまおう。貴女と恋の営みが出来ないのなら。


集歌2255 吾屋前 秋芽子上 置露 市白霜 吾戀目八面
訓読 吾が屋前(やと)の秋萩の上に置く露のいちしろくしも吾(われ)恋ひめやも

私訳 私の家の庭の秋萩の上に置く露がはっきり人の目につくように、私は恋を表に顕わすでしょうか。


集歌2256 秋穂乎 之努尓狎靡 置露 消鴨死益 戀乍不有者
訓読 秋の穂をしのに狎(な)り靡(な)べ置く露の消(け)かも死(し)なまし恋ひつつあらずは

私訳 秋の稲穂をしっとりと潤まし靡かせて置く露が消えるように、儚く死んでしまおう。こんなに恋い焦がれていないで。
注意 原文の「之努尓狎靡」の「狎」は一般に「押」の誤字としますが、ここでは「狎」の漢字の意味を尊重して原文のままに訓んでいます。


集歌2257 露霜尓 衣袖所沾而 今谷毛 妹許行名 夜者雖深
訓読 露霜に衣(ころも)も袖(そで)も濡れぬ今だにも妹がり行かな夜は更けぬる

私訳 露や霜に衣も袖も濡れてしまうだろうが、ただ今、愛しい貴女の許に行こう、夜は更けてしまう。


集歌2258 秋芽子之 枝毛十尾尓 置露之 消毳死猿 戀乍不有者
訓読 秋萩の枝(えだ)も撓(とを)むに置く露の消(け)かも死(し)なまし恋ひつつあらずは

私訳 秋萩の枝も撓むほどに置く露が消えるように、儚く死んでしまおう、こんなに恋い焦がれていないで。


集歌2259 秋芽子之 上尓白露 毎置 見管曽思努布 君之光儀乎
訓読 秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ思(しの)ふ君が姿を

私訳 秋萩の上に白露が置くたびに、その形を眺めながら思い浮かべましょう。貴女の姿を。
コメント

万葉集巻十を鑑賞する  集歌2200から集歌2229まで

2011年07月11日 | 万葉集巻十を鑑賞する
万葉集巻十を鑑賞する


集歌2200 九月 白露負而 足日木乃 山之将黄變 見幕下吉
訓読 九月(ながつき)の白露負(お)ひてあしひきの山の黄葉(もみち)ぬ見まくしもよし

私訳 九月の白露を負って色付く、葦や桧の茂る山の黄葉を眺めるのもうれしいことです。


集歌2201 妹許跡 馬鞍置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒
訓読 妹がりと馬に鞍置きて生駒(いこま)山(やま)うち越え来れば黄葉(もみち)散りつつ

私訳 愛しい貴女の許へと馬に鞍を置いて、生駒山をやっと越えて来ると、山の黄葉は風に散り流れていた。


集歌2202 黄葉為 時尓成良之 月人 楓枝乃 色付見者
訓読 黄葉(もみち)する時になるらし月人(つくひと)の楓(かつら)の枝の色づく見れば

私訳 黄葉する季節になったらしい。天空の月の世界の楓の枝が色付くのを眺めると。


集歌2203 里異 霜者置良之 高松 野山司之 色付見者
訓読 里ゆ異(け)に霜は置くらし高松(たかまつ)の野山(のやま)つかさの色づく見れば

私訳 里とは違って霜が木々に置くようだ。高松にある野山の頂が黄葉をするのを見ると。


集歌2204 秋風之 日異吹者 露重 芽子之下葉者 色付来
訓読 秋風の日に異(け)に吹けば露しげみ萩の下葉(したは)は色づきにけり

私訳 秋風が日ごとに吹き付けると露がしとどに草木の上に置き、萩の下葉は黄葉した。


集歌2205 秋芽子乃 下葉赤 荒玉乃 月之歴去者 風疾鴨
訓読 秋萩の下葉(したは)黄葉(もみち)ぬあらたまの月の経ぬれば風を疾(いた)みかも

私訳 秋萩の下葉は黄葉した。月が改まって月が経ち替わったので、冬の寒風が強く吹くからか。


集歌2206 真十鏡 見名淵山者 今日鴨 白露置而 黄葉将散
訓読 真澄鏡(まそかがみ)南淵(みなみふち)山(やま)は今日もかも白露置きて黄葉(もみち)散るらむ

私訳 願うと見たいものを見せると云う真澄鏡、その鏡を見ると云う、見名淵(南淵)山は、今日もまた白露を木々に置いて、黄葉して散り舞がうでしょう。


集歌2207 吾屋戸之 淺茅色付 吉魚張之 夏身之上尓 四具礼零疑
訓読 吾(あ)が屋戸(やと)の浅茅(あさぢ)色づく吉隠(よなばり)の夏身(なつみ)の上に時雨(しぐれ)降るらし

私訳 私の家の庭の浅茅が色付く、吉隠の夏身の丘に時雨が降るようだ。


集歌2208 鴈鳴之 寒鳴従 水茎之 岡乃葛葉者 色付尓来
訓読 雁鳴し寒く鳴きしゆ水茎(みずくき)の岡の葛葉(ふぢは)は色づきにけり

私訳 雁が鳴く季節に、寒々と雁が啼いた時から水茎の岡の葛葉は黄葉しました。


集歌2209 秋芽子之 下葉乃黄葉 於花継 時過去者 後将戀鴨
訓読 秋萩の下葉(したは)の黄葉(もみち)尾花に継ぎ時(とき)過ぎゆかば後(のち)恋ひむかも

私訳 秋萩の下葉の黄葉の風情を尾花の風景に継いで時が過ぎゆくと、後でひどくその景色を思い浮かべるでしょう。


集歌2210 明日香河 黄葉流 葛木 山之木葉者 今之散疑
訓読 明日香川黄(もみち)葉(は)流る葛城(かつらぎ)の山の木(こ)の葉は今し散るらし

私訳 この明日香川にもみじの葉が流れている。葛城の山の木の葉は、今、風に散っているでしょう。


集歌2211 妹之紐 解登結而 立田山 今許曽黄葉 始而有家礼
訓読 妹(いも)が紐解(と)くと結びて龍田(たつた)山(やま)今こそ黄葉(もみち)始(そ)めてありけれ

私訳 愛しい貴女の着物の下紐を私が解くと、朝に、また、結ぶ。そして、私が旅立つ、その立田(龍田)山よ。今まさに黄葉を始めている。


集歌2212 鴈鳴之 喧之従 春日有 三笠山者 色付丹家里
訓読 雁鳴きし喧(かしま)ししより春日(かすが)なる三笠の山は色づきにけり

私訳 雁が季節に鳴く、その騒がしく雁が鳴くときから、春日にある三笠の山は色付いてきた。


集歌2213 比者之 五更露尓 吾屋戸乃 秋之芽子原 色付尓家里
訓読 このころの暁(あかとき)露(つゆ)に吾(あ)が屋戸(やと)の秋の萩原(はぎはら)色づきにけり

私訳 近頃の暁ときに置く露に、私の家の庭にある秋の萩の茂みは色付いたよ。


集歌2214 夕去者 鴈之越徃 龍田山 四具礼尓競 色付尓家里
訓読 夕されば雁の越え行く龍田(たつた)山(やま)時雨(しぐれ)に競(きほ)ひ色づきにけり

私訳 夕暮れになると雁が飛び越えて行く龍田山は、時雨と季節を競って色付いたよ。


集歌2215 左夜深而 四具礼勿零 秋芽子之 本葉之黄葉 落巻惜裳
訓読 さ夜(よ)更(ふ)けて時雨(しぐれ)な降りそ秋萩の本葉(もとは)の黄(もみち)葉(は)散らまく惜(を)しも

私訳 夜が更けてから、時雨よ、降らないでくれ。秋萩の下葉の黄葉した葉が散ってしまうのが残念だから。


集歌2216 古郷之 始黄葉乎 手折以而 今日曽吾来 不見人之為
訓読 古郷(ふるさと)の初(はつ)黄(もみち)葉(は)を手(た)折(お)り持ち今日(けふ)ぞ吾(あ)が来し見ぬ人のため

私訳 古き里の初もみじを手折って持って、今日、私がやって来ました。まだ、古き里の黄葉を見ていない人のために。


集歌2217 君之家乃之 黄葉早者 落 四具礼乃雨尓 所沾良之母
訓読 君の家(へ)のし黄葉(もみち)の早(と)くは散りにけり時雨(しぐれ)の雨に濡れにけらしも

私訳 貴女の家のこの紅葉した葉は早くも散ってしまいました。時雨の雨に濡れたのでしょうか。


集歌2218 一年 二遍不行 秋山乎 情尓不飽 過之鶴鴨
訓読 一年(ひととし)にふたたび行かぬ秋山を情(こころ)に飽(あ)かず過ぐしつるかも

私訳 一年に二度とはやって来ない秋山の風情を心ゆくまで堪能しないままで、私は秋を過ごしたようです。


詠水田
標訓 水田(こなた)を詠めり

集歌2219 足曳之 山田佃子 不秀友 縄谷延与 守登知金
訓読 あしひきの山田(やまた)作る子秀(ひ)でずとも縄(なは)谷(たに)延(は)へよ守(も)ると知るがね

私訳 足を引きずるような険しい山の山田を作る貴女。穂が出ていなくても、獣除けの縄を谷に張り巡らせなさい。番をしていると判るように。


集歌2220 左小牡鹿之 妻喚山之 岳邊在 早田者不苅 霜者雖零
訓読 さ牡鹿(をしか)の妻呼ぶ山の岡辺(おかへ)なる早田(わさた)は刈らじ霜は降るとも

私訳 立派な雄鹿が妻を呼ぶ山にある丘のすそにある早田は刈らずに置こう。例え、霜が降っても。


集歌2221 祗門尓 禁田乎見者 沙穂内之 秋芽子為酢寸 所念鴨
訓読 祗(かむ)の門(と)に禁田(さへた)を見れば佐保(さほ)内(うち)の秋萩(あきはぎ)薄(すすき)念(おも)ほゆるかも

私訳 神を祭る結界から奥の禁田の様子を眺めると、佐保の里の秋萩や薄の黄葉が思い浮かびます。


詠河
標訓 河を詠めり

集歌2222 暮不去 河蝦鳴成 三和河之 清瀬音乎 聞師吉毛
訓読 夕(ゆふ)さらずかはづ鳴くなる三輪川の清き瀬の音を聞かくし良(よ)しも

私訳 夕暮れになるといつもカジカ蛙が啼き出す、その三輪川の清らかな瀬の音を聞くのは気持ちが良いことです。


詠月
標訓 月を詠めり

集歌2223 天海 月船浮 桂梶 懸而滂所見 月人牡子
訓読 天の海に月の船浮け桂(かつら)楫(かぢ)懸(か)けて滂(こ)ぐ見ゆ月人(つきひと)壮士(をとこ)

私訳 天空の海に月の船を浮かべて月に生える桂の木でこしらえた桂の楫を船べりに懸けて漕ぐのが見えます。月の世界の勇者が。


集歌2224 此夜等者 沙夜深去良之 鴈鳴乃 所聞空従 月立度
訓読 この夜らはさ夜(よ)更(ふ)けぬらし雁鳴きの聞こゆる空ゆ月立ち渡る

私訳 今夜、もう夜は更けたようだ。雁の鳴くのが聞こえて来る方角の空から月が立ち上ってくる。


集歌2225 吾背子之 挿頭之芽子尓 置露乎 清見世跡 月者照良思
訓読 吾が背子が挿頭(かざし)の萩に置く露を清(さや)かに見よと月は照るらし

私訳 私の愛しい貴方が髪飾りとするでしょう萩に置く露を、輝き清らかだから見なさいとばかりに月は照っている。


集歌2226 無心 秋月夜之 物念跡 寐不所宿 照乍本名
訓読 心なき秋の月夜(つくよ)の物(もの)念(おも)ふと寝(ゐ)の寝(ぬ)らえぬに照りつつもとな

私訳 思いやりのない秋の月夜に物思いをすると寝るに寝られなく、それでも月は照らし続けて、心は落ち着かない。


集歌2227 不念尓 四具礼乃雨者 零有跡 天雲霽而 月夜清焉
訓読 思はぬに時雨(しぐれ)の雨は降りたれど天雲晴れて月夜(つくよ)清(さや)けし

私訳 思いがけずに時雨の雨は降ったけれど、天雲は晴れて月夜が清らかです。


集歌2228 芽子之花 開乃乎再入緒 見代跡可聞 月夜之清 戀益良國
訓読 萩の花咲きのををりを見よとかも月夜(つくよ)の清(きよ)き恋まさらくに

私訳 萩の花がたわわに咲いているのを眺めなさいと云うのでしょうか、月夜が清らかで、この風情に心が引きつけられる。


集歌2229 白露乎 玉作有 九月 在明之月夜 雖見不飽可聞
訓読 白露を玉になしたる九月(ながつき)の有明(ありあけ)の月夜(つくよ)見れど飽かぬかも

私訳 白露を美しい玉と見せる九月の有明の月夜を眺めますが、見飽きることはありません。

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