竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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万葉集 集歌789から集歌792まで

2020年08月04日 | 新訓 万葉集巻四
又家持贈藤原朝臣久須麿謌二首
標訓 又、家持の藤原朝臣久須麿(くすまろ)に贈れる謌二首
集歌七八九 
原文 情八十一所 念可聞 春霞 軽引時二 事之通者
訓読 情(うら)くくそ念(おもほ)ゆるかも春霞たなびく時に事(こと)し通(かよ)へば
私訳 今は待ち遠しく切なく感じられます。やがて、春霞が棚引く季節になったら、きっと、貴方から私がお願いしている貴方の娘への求婚の了承が伝えられると思うと。

集歌七九〇 
原文 春風之 聲尓四出名者 有去而 不有今友 君之随意
訓読 春風し音(おと)にし出(で)なばありさりに今ならずとも君しまにまに
私訳 春風が音を立てて吹き出したら、気迷いも吹っ切れるでしょう。今すぐではありませんが、良き返事は貴方のお気の召すままに伝えてください。

藤原朝臣久須麿来報謌二首
標訓 藤原朝臣久須麿(くすまろ)の来報(こた)へたる謌二首
集歌七九一 
原文 奥山之 磐影尓生流 菅根乃 懃吾毛 不相念有哉
訓読 奥山し磐(いは)蔭(かげ)に生(お)ふる菅し根の懃(ねもころ)吾(われ)も相(あひ)念(おも)はざれや
私訳 山奥の磐の陰に生える菅の根のように人は気が付かないが、ねんごろに、私も貴方を尊敬して慕わないことがあるでしょうか。

集歌七九二 
原文 春雨乎 待二師有四 吾屋戸之 若木乃梅毛 未含有
訓読 春雨(はるさめ)を待つにしあらし吾が屋戸(やと)し若木(わかき)の梅もいまだ含(ふふ)めり
私訳 貴方の家の梅の花も春雨をきっと待っているのでしょう。私の家の若木の梅も、未だに蕾のままです。
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万葉集 集歌784から集歌788まで

2020年08月03日 | 新訓 万葉集巻四
集歌七八四 
原文 打乍二波 更毛不得言 夢谷 妹之牟本乎 纒宿常思見者
訓読 現(うつつ)には更(さら)にも得(え)言(い)はず夢にだに妹し空本(むもと)を纒(ま)き寝(ね)とし見ば
私訳 今は、もうこれ以上、貴女に願うことはありません。夢の中だけでも想像の貴女の体を手枕に抱いて共寝をしたと思えたら。
注意 原文の「妹之牟本乎」の「牟」は、標準解釈では「手」の誤記とします。

集歌七八五 
原文 吾屋戸之 草上白久 置露乃 壽母不有惜 妹尓不相有者
訓読 吾が屋戸(やと)し草(かや)し上(へ)白く置く露の身も惜(を)しからず妹に逢はずあれば
私訳 私の家の萱草の上に白く置く露のように儚い私の身も惜しくはありません。愛しい貴女を抱けないならば。

大伴宿祢家持報贈藤原朝臣久須麿謌三首
標訓 大伴宿祢家持の藤原朝臣久須麿(くすまろ)に報(こた)へ贈れる謌三首
集歌七八六 
原文 春之雨者 弥布落尓 梅花 未咲久 伊等若美可聞
訓読 春し雨(め)はいや頻(し)き降るに梅の花いまだ咲かなくいと若(わか)みかも
私訳 春の雨は、こんなにしきりに降りますが、梅の花は、まだ、咲きません。まだ、とても、花芽が若いからでしょうか。
注意 原文の「春之雨者」は、訓じの音では「春し女(め)は」と聞こえます。

集歌七八七 
原文 如夢所 念鴨 愛八師 君之使乃 麻祢久通者
訓読 夢ごとそ念(おも)ほゆるかも愛(は)しきやし君し使(つかひ)の数多(まね)く通(かよ)へば
私訳 まるで夢のように感じられるでしょう。尊敬する貴方から(実際は久須麿の娘)の便りをもたらす使いが頻繁に通って来ると。

集歌七八八 
原文 浦若見 花咲難寸 梅乎殖而 人之事重三 念曽吾為類
訓読 末(うら)若(わか)み花咲き難(かた)き梅を植ゑに人し事(こと)繁み念(おも)ひぞ吾(あ)がする
私訳 まだ若くて花は咲き難い、そのような梅の木を植えると「色々な出来事が多いなあ」と、私は感じています。

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万葉集 集歌779から集歌783まで

2020年07月31日 | 新訓 万葉集巻四
集歌七七九 
原文 板盖之 黒木乃屋根者 山近之 明日取而 持将参来
訓読 板葺(いたふき)し黒木(くろき)の屋根(やね)は山近し明日(あした)し取りに持ちて参(ま)ゐ来(こ)む
私訳 板葺きの黒木の屋根の新嘗宮のある恭仁(くに)の都は平山(ならやま)に近いので、明日、黒木に因む尾花を取って、佐保の貴女の許に持参しましょう。

集歌七八〇 
原文 黒樹取 草毛苅乍 仕目利 勤知氣登 将譽十方不有
訓読 黒樹(くろき)取り草(かや)も刈りつつ仕(つか)へめり勤め知るきと誉(ほ)めむともあらず
私訳 新しい宮殿の新嘗宮で使う黒樹を取り束草(あつかくさ)の麁草(あらくさ)も刈りながら天皇に仕えていますが、(貴女は奈良の家から遠く離れて、私が)力を尽くして働くことをわきまえていると誉めてもくれません。
左注 一云、仕登毛
注訓 一は云ふに、仕ふとも
注意 原文の「勤知氣登」の「知」は標準鑑賞では「和」の誤記として「勤和氣登」と校訂し「勤(いそ)しき奴(わき)と」と訓じます。ここでは原文のままに訓んでいます。

集歌七八一 
原文 野干玉能 昨夜者令還 今夜左倍 吾乎還莫 路之長手呼
訓読 ぬばたまの昨夜(きそ)は還(かへ)しつ今夜(こよひ)さへ吾を還(かへ)すな道し長手を
私訳 真っ暗な昨夜は逢ってもくれないで還しましたね。今夜こそは決して「逢わない」と云って、追い返さないで下さい。暗い夜の長い道を通う私を。

紀女郎裹物贈友謌一首  女郎名曰小鹿也
標訓 紀女郎(きのいらつめ)の裹(つつ)める物を友に贈れる謌一首  女郎の名を曰はく小鹿なり
集歌七八二 
原文 風高 邊者雖吹 為妹 袖左倍所沽而 苅流玉藻焉
訓読 風高し辺(へ)には吹けども妹しため袖さへそ沽(か)れに刈れる玉藻ぞ
私訳 風も高く岸辺を吹き上げていたけれど、貴女のためだけに袖が濡れることをも厭わずに苦労して刈り取った玉藻です。
注意 原文の「袖左倍所沽而」の「沽」は、標準鑑賞では「沾」の誤記とします。ここは漢字の原意から対価を払って手に入れる意味合いを取っています。

大伴宿祢家持贈娘子謌三首
標訓 大伴宿祢家持の娘子(をとめ)に贈れる謌三首
集歌七八三 
原文 前年之 先年従 至今年 戀跡奈何毛 妹尓相難
訓読 前年(をととし)し先(さき)つ年より今年(ことし)まで恋ふれどなぞも妹に逢ひ難(かた)き
私訳 昨年のその前の年から今年まで、恋い慕っているけれで、どうして愛しい貴女を抱くことが出来ないのでしょうか。
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万葉集 集歌774から集歌778まで

2020年07月30日 | 新訓 万葉集巻四
集歌七七四 
原文 百千遍 戀跡云友 諸苐等之 練乃言羽志 吾波不信
訓読 百千遍(ももちたび)恋ふと云ふとも諸苐(もろと)らし練(ねり)のことばし吾は信(たの)まじ
私訳 百遍も千遍も恋い慕っていると云っても、弟たちの練り上げたお告げを私は信用しません。
注意 原文の「諸苐等之」の「苐」は標準鑑賞では集歌七七三の歌と同様に「弟」の誤記とします。また「練乃言羽志」の「志」は「者」の誤記とします。

大伴宿祢家持贈紀女郎謌一首
標訓 大伴宿祢家持の紀女郎に贈れる歌一首
集歌七七五 
原文 鶉鳴 故郷従 念友 何如裳妹尓 相縁毛無寸
訓読 鶉鳴く故(ふ)りにし郷(さと)ゆ念(おも)へども何ぞも妹に逢ふ縁(よし)も無き
私訳 すっかり面影も無いように寂れてしまって鶉が鳴くようなるような古き里、そんな昔から貴女を慕っているのですが、どのような訳か、愛しい貴女に逢う術がありません。

紀女郎報贈家持謌一首
標訓 紀女郎の家持に報(こた)へ贈れる歌一首
集歌七七六 
原文 事出之者 誰言尓有鹿 小山田之 苗代水乃 中与杼尓四手
訓読 事(こと)出(で)しは誰が言(こと)にあるか小山田(をやまだ)し苗代(なはしろ)水(みづ)の中淀(なかよど)にして
私訳 最初に会いたいと云い出したのは誰の言葉でしょうか、山の田の苗代の水が澱むように、なかなか、会いに来ることを躊躇されて。

大伴宿祢家持更贈紀女郎謌五首
標訓 大伴宿祢家持の更らに紀女郎に贈れる歌五首
集歌七七七 
原文 吾妹子之 屋戸乃籬乎 見尓徃者 盖従門 将返却可聞
訓読 吾妹子し屋戸(やと)の籬(まがき)を見に行かばけだし門(かと)より返(かへ)してむかも
私訳 愛しい貴女の屋敷の垣根を見に行くと、きっと、中にも入れてくれずに門から私を追い返すのでしょうね。

集歌七七八 
原文 打妙尓 前垣乃酢堅 欲見 将行常云哉 君乎見尓許曽
訓読 うつたへに前垣(まえがき)の姿見まく欲(ほ)り行かむと云へや君を見にこそ
私訳 貴女が庭で栲を打つ、その言葉のひびきではないが、うつたえ(=必ずしも)貴女の屋敷の垣根だけを見てみたくて行くのではありません、貴女に逢いたくて行くのです。

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万葉集 集歌769から集歌773まで

2020年07月29日 | 新訓 万葉集巻四
大伴宿祢家持報贈紀女郎謌一首
標訓 大伴宿祢家持の紀女郎(きのいらつめ)に報(こた)へ贈れる謌一首
集歌七六九 
原文 久堅之 雨之落日乎 直獨 山邊尓居者 欝有来
訓読 ひさかたし雨し降る日をただ独り山辺(やまへ)に居(を)れば欝(いぶせ)かりけり
私訳 遥か彼方からの雨の降る日を、ただ独りで山辺で暮らしていると、うっとしいことです。

大伴宿祢家持従久邇京贈坂上大嬢謌五首
標訓 大伴宿祢家持の久邇の京(みやこ)より坂上大嬢(おほをとめ)に贈れる謌五首
集歌七七〇 
原文 人眼多見 不相耳曽 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國
訓読 人(ひと)眼(め)多(た)み逢はなくのみぞ情(こころ)さへ妹を忘れに吾が念(おも)はなくに
私訳 人目が多いので逢わないだけです。心根までも貴女を忘れてしまったとは、私は思ってもいません。

集歌七七一 
原文 偽毛 似付而曽為流 打布裳 真吾妹兒 吾尓戀目八
訓読 偽(いつわ)りも似(に)つきにぞする顕(うつ)しくも真(まこと)吾妹子(わぎもこ)吾に恋ひめや
私訳 「嫌いだと」との偽りも本当らしくするものです。実際には、私の愛しい貴女は真に私に恋い慕っているのでしょうから。

集歌七七二 
原文 夢尓谷 将所見常吾者 保杼毛友 不相志思 諾不所見武
訓読 夢にだに見むそと吾は解(ほ)どけとも逢(あ)はずし思(おも)ゆ諾(うべ)見ずそらむ
私訳 夢の中だけでも逢いたいと私は衣の紐を解いたけれど、夢では貴女を抱けないと思う。なるほど、それで夢に貴女の姿が現れて来ないのでしょう。
注意 男女の関係があると想定した時、原文の「見」と「相」の意味合いが微妙です。逢うのか、抱くのか、その意味合いで歌の鑑賞が変わります。

集歌七七三 
原文 事不問 木尚味狭藍 諸苐等之 練乃村戸二所 詐来
訓読 事(こと)とはぬ木(き)すら紫陽花(あじさゐ)諸苐(もろと)らし練(ねり)の村戸(むらと)にそ詐(あざむ)かえけり
私訳 物事も告げない木でさえアジサイの花のように色変わりする。弟たちの練り上げた策略に欺かれてしまった。
注意 原文の「諸苐等之」の「苐」は、標準鑑賞では「弟」の誤記とします。なお、原文表記では「苐」、「荑」、「茅」は異字体の関係にあり、印刷の関係で「茅」の用字で表記する場合もあります。なお、「苐」は「テイ」の訓音を持ちますから「弟」と「若芽」の両方の意味合いと、木や味狭藍との植物の言葉遊びで「苐」を用字した可能性があります。

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