竹取翁と万葉集のお勉強

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資料編 墨子 巻九 非命上

2021年05月09日 | 墨子 原文と訓じ
資料編 墨子 巻九 非命上

《非命上》
子墨子言曰、古者王公大人、為政國家者、皆欲國家之富、人民之衆、刑政之治。然而不得富而得貧、不得衆而得寡、不得治而得乱、則是本失其所欲、得其所悪、是故何也。子墨子言曰、執有命者以集於民閒者衆。執有命者之言曰、命富則富、命貧則貧、命衆則衆、命寡則寡、命治則治、命乱則乱、命壽則壽、命夭則夭、命雖強勁、何益哉。以上説王公大人、下以駔百姓之従事、故執有命者不仁。故當執有命者之言、不可不明辨。
然則明辨此之説将柰何哉。子墨子言曰、必立儀、言而毋儀、譬猶運鈞之上而立朝夕者也、是非利害之辨、不可得而明知也。故言必有三表。何謂三表。子墨子言曰、有本之者、有原之者、有用之者。於何本之。上本之於古者聖王之事。於何原之。下原察百姓耳目之實。於何用之。廃以為刑政、観其中國家百姓人民之利。此所謂言有三表也。
然而今天下之士君子、或以命為有。蓋嘗尚観於聖王之事、古者桀之所乱、湯受而治之、紂之所乱、武王受而治之。此世未易民未渝、在於桀紂、則天下乱、在於湯武、則天下治、豈可謂有命哉。
然而今天下之士君子、或以命為有。蓋嘗尚観於先王之書、先王之書、所以出國家、布施百姓者、憲也。先王之憲、亦嘗有曰福不可請、而禍不可諱、敬無益、暴無傷者乎。所以聴獄制罪者、刑也。先王之刑亦嘗有曰福不可請、禍不可諱、敬無益、暴無傷者乎。所以整設師旅、進退師徒者、誓也。先王之誓亦嘗有曰、福不可請、禍不可諱、敬無益、暴無傷者乎。是故子墨子言曰、吾當未鹽數、天下之良書不可盡計數、大方論數、而五者是也。今雖毋求執有命者之言、不必得、不亦可錯乎。今用執有命者之言、是覆天下之義、覆天下之義者、是立命者也、百姓之誶也。説百姓之誶者、是滅天下之人也。然則所為欲義在上者、何也。曰、義人在上、天下必治、上帝山川鬼神、必有幹主、萬民被其大利。何以知之。子墨子曰、古者湯封於亳、絕長継短、方地百里、與其百姓兼相愛、交相利、移則分。率其百姓、以上尊天事鬼、是以天鬼富之、諸侯與之、百姓親之、賢士歸之、未歿其世、而王天下、政諸侯。昔者文王封於岐周、絕長継短、方地百里、與其百姓兼相愛、交相利、則、是以近者安其政、遠者歸其德。聞文王者、皆起而趨之。罷不肖股肱不利者、處而願之曰、柰何乎使文王之地及我、吾則吾利、豈不亦猶文王之民也哉。是以天鬼富之、諸侯與之、百姓親之、賢士歸之、未歿其世、而王天下、政諸侯。郷者言曰、義人在上、天下必治、上帝山川鬼神、必有幹主、萬民被其大利。吾用此知之。
是故古之聖王発憲出令、設以為賞罰以勧賢、是以入則孝慈於親戚、出則弟長於郷里、坐處有度、出入有節、男女有辨。是故使治官府、則不盜竊、守城則不崩叛、君有難則死、出亡則送。此上之所賞、而百姓之所誉也。執有命者之言曰、上之所賞、命固且賞、非賢故賞也。上之所罰、命固且罰、不暴故罰也。是故入則不慈孝於親戚、出則不弟長於郷里、坐處不度、出入無節、男女無辨。是故治官府則盜竊、守城則崩叛、君有難則不死、出亡則不送。此上之所罰、百姓之所非毀也。執有命者言曰、上之所罰、命固且罰、不暴故罰也。上之所賞、命固且賞、非賢故賞也。以此為君則不義、為臣則不忠、為父則不慈、為子則不孝、為兄則不良、為弟則不弟、而強執此者、此特凶言之所自生、而暴人之道也。
然則何以知命之為暴人之道。昔上世之窮民、貪於飲食、惰於従事、是以衣食之財不足、而飢寒凍餒之憂至、不知曰我罷不肖、従事不疾、必曰我命固且貧。昔上世暴王不忍其耳目之淫、心涂之辟、不順其親戚、遂以亡失國家、傾覆社稷、不知曰我罷不肖、為政不善、必曰吾命固失之。於仲虺之告曰、我聞于夏人、矯天命布命于下、帝伐之悪、龔喪厥師。此言湯之所以非桀之執有命也。於太誓曰、紂夷處、不用事上帝鬼神、禍厥先神禔不祀、乃曰吾民有命、無廖排漏、天亦縦棄之而弗葆。此言武王所以非紂執有命也。今用執有命者之言、則上不聴治、下不従事。上不聴治、則刑政乱、下不従事、則財用不足、上無以供粢盛酒醴、祭祀上帝鬼神、下無以降綏天下賢可之士、外無以應待諸侯之賓客、内無以食飢衣寒、将養老弱。故命上不利於天、中不利於鬼、下不利於人、而強執此者、此特凶言之所自生、而暴人之道也。
是故子墨子言曰、今天下之士君子、忠實欲天下之富而悪其貧、欲天下之治而悪其乱、執有命者之言、不可不非、此天下之大害也。

字典を使用するときに注意すべき文字
辨、別也。判也。 わきまえる、わける、の意あり。
郷、向也 さき、むこう、の意あり。
廢、屋頓也、舍也。 とどまる、やどる、の意あり。


《非命上》
子墨子の言いて曰く、古の王公大人の、政(まつりごと)を國家に為す者は、皆國家は富み、人民は衆(おお)く、刑政は治まることを欲す。然り而して富を得ずして而(しかる)に貧を得、衆(おお)しを得ずして而に寡(すくな)しを得、治を得ずして而に乱を得る、則ち是の本と其の欲する所を失い、其の悪(にく)む所を得る、是の故は何ぞや。子墨子の言いて曰く、有命(ゆうめい)を執る者の以って民閒に於いて集う者の衆(おお)ければなり。有命(ゆうめい)を執る者の言いて曰く、命(めい)が富ますなれば則ち富み、命が貧すれば則ち貧す、命が衆(おお)くすれば則ち衆く、命が寡(すくな)くすれば則ち寡(すくな)し、命が治めるなれば則ち治まり、命が乱すなれば則ち乱る、命が壽(じゅ)ならば則ち壽(じゅ)に、命が夭(よう)ならば則ち夭(よう)し、命の強勁(きょうけい)のものと雖(いへど)も、何をか益さむや。以って上には王公大人に説き、以って下には百姓の事に従うを駔(はば)み、故に有命を執る者は仁ならず。故に當(まさ)に有命を執る者の言(ことば)に、明らかに辨ぜざる可からず。
然らば則ち明らかに此の説を辨ずるに将に柰何(いかむ)や。子墨子の言いて曰く、必ず儀を立てむ、言うに而して儀の毋(な)きは、譬へば猶(なお)運鈞(うんきん)の上にして而して朝夕を立つる者のごとし、是れ利害を辨(わきま)るに非ず、得て而して明らかに知る可からず。故に言(げん)には必ず三表(さんひょう)有り。何をか三表と謂うや。子墨子の言いて曰く、之を本(もと)づくる者有り、之を原(たず)ねる者有り、之を用いる者有り。何に於いて之を本(もと)づくるや。上は之を古(いにしへ)の聖王の事に本(もと)づく。何に於いて之を原(たず)ねるや。下は百姓の耳目の實(まこと)に原(たず)ね察す。何に於いて之を用ふるや。廃(やどり)て以って刑政を為し、其の國家百姓人民の利に中(あた)るを観る。此の所謂(いわゆる)言(げん)に三表は有るなり。
然り而して今の天下の士君子の、或(あるい)は命(めい)を以って有りと為す。蓋(なむ)ぞ嘗(こころ)みに尚(かみ)の聖王の事を観ざる、古(いにしへ)の桀の乱れる所、湯は受けて而して之を治める、紂の乱れる所、武王は受けて而して之を治める。此れ世の未だ易(かは)らず民の未だ渝(かは)らざるに、桀紂に在りては、則ち天下は乱れ、湯武に在りては、則ち天下は治まる、豈(あに)に命(めい)有りと謂う可(べ)けむや。
然り而して、今、天下の士君子、或(あるい)は命(めい)を以って有りと為し。蓋(なむ)ぞ嘗(こころ)みに尚(かみ)の先王の書を観ざる、先王の書の、國家に出(いだ)し、百姓に布施(ふせ)する所以(ゆえん)のものは、憲(のり)なり。先王の憲(のり)は、亦た嘗(こころ)みに福は請(こ)ふ可からず、而して禍は諱(さ)く可からず、敬は益(えき)すること無く、暴は傷(そこな)ふこと無しと曰ふ者は有り。獄(ごく)を聴き罪を制する所以(ゆえん)のものは、刑なり。先王の刑は亦た嘗(こころ)みに、福は請(こ)ふ可からず、禍(わざわい)は諱(さ)く可からず、敬は益(えき)すること無く、暴は傷(そこな)ふこと無しと曰ふ者有るか。師旅(しりょ)を整設(せいせつ)し、師徒(しと)を進退(しんたい)する所以(ゆえん)のものは、誓(せい)なり。先王の誓(せい)は亦た嘗(こころ)みに、福は請(こ)ふ可からず、禍(わざわい)は諱(さ)く可からず、敬は益(えき)すること無く、暴は傷(そこな)ふこと無しと曰ふ者有るか。是の故に子墨子の言いて曰く、吾の當(まさ)に未だ鹽(うみ)は數(かぞ)へず、天下の良書は盡(ことごと)く計(はか)り數(かぞ)ふる可からず、大方の數を論ずれば、而して五者(ごしゃ)は是なり。今、雖毋(ただ)有命(ゆうめい)を執る者の言を求むるに、必ずしも得ず、亦た錯(お)く可きにあらずや。今、有命(ゆうめい)を執る者の言を用ふるに、是は天下の義を覆(くつがえ)すなり。天下の義を覆(くつがえ)す者は、是の命(めい)を立つ者なりて、百姓の誶(うれい)なり。百姓の誶(うれい)を説(よろこ)ぶ者は、是は天下の人を滅(ほろぼ)すなり。然らば則ち義(ぎ)が上に在るを欲っするを為す所は、何ぞや。曰く、義(ぎ)が人の上に在らば、天下は必ず治まり、上帝山川の鬼神に、必ず幹主(かんしゅ)は有り、萬民は其の大利を被(こうむ)る。何ぞ以って之を知るや。子墨子の曰く、古(いにしへ)の湯は亳(はく)に封ぜられ、長を絶ち短を継げば、方地(ほうち)は百里なり、其の百姓と兼ねて相(そう)愛(あい)し、交(こもご)も相(あい)利(り)し、移(あま)れば則ち分(わか)つ。其の百姓を率い、以って上は天を尊(とうと)び鬼に事(つか)へ、是を以って天鬼は之を富まし、諸侯は之を與(くみ)し、百姓は之に親しみ、賢士は之に歸(き)し、未だ其の世を歿(を)へずして、而して天下の王となり、諸侯に政(まつりごと)す。昔の文王は岐周に封ぜられ、長を絶ち短を継ぎて、方地は百里なり、其の百姓と兼ねて相(そう)愛(あい)し、交(こもご)も相(あい)利(り)し、則ち、是を以って近き者は其の政(まつりごと)に安(やす)むじ、遠き者は其の德に歸(き)す。文王を聞く者は、皆起(た)ちて而して之に趨(おもむ)く。不肖(ふしょう)の股肱(ここう)の不利(ふり)を罷(まぬ)がれぬ者は、處りて而して之を願ひて曰く、柰何(いかん)ぞ文王の地をして我(おのれ)に及ば使めむ、吾が則ち吾を利すれば、豈に亦た猶(なお)文王の民のごとくならざらむや。是を以って天鬼は之を富し、諸侯は之に與(くみ)し、百姓は之に親しみ、賢士は之に歸し、未だ其の世を歿(を)へずして、而して天下の王となり、諸侯に政(まつりごと)す。郷(さき)に言いて曰く、義が人の上に在れば、天下は必ず治まり、上帝山川の鬼神に、必ず幹主(かんしゅ)は有り、萬民は其の大利を被(こうむ)る。吾は此を用いて之を知る。
是の故に古の聖王は憲(のり)を発し令(れい)を出だし、設(もう)けて以って賞罰を為し以って賢を勧め、是を以って入りては則ち親戚に孝慈し、出でて則ち郷里に弟長(ていちょう)し、坐處(ざしょ)に度(ど)は有り、出入(しゅつにゅう)に節(せつ)は有り、男女に辨(わきまえ)は有り。是の故に官府を治め使(し)むれば、則ち盜竊(とうせつ)せず、城を守れば則ち崩叛(ほうはん)せず、君に難有れば則ち死し、出亡すれば則ち送(したが)ふ。此れ上が之を賞(しょう)する所なり、而(ま)た百姓が之を誉(ほ)むる所なり。有命(ゆうめい)を執る者の言に曰く、上の之を賞(しょう)する所、命(めい)は固(もと)より且(すで)に賞(しょう)し、賢は故に賞(しょう)するに非ずなり。上の罰する所、命(めい)は固(もと)より且(すで)に罰し、暴は故に罰するにあらずなり。是の故に入れば則ち親戚に慈孝せず、出(い)ずれば則ち郷里に弟長(ていちょう)せず、坐處(ざしょ)に度(ど)あらず、出入(しゅつにゅう)に節は無く、男女に辨(わきまえ)は無し。是の故に官府を治むれば則ち盜竊(とうせつ)し、守を守れば則ち崩叛(ほうはん)し、君に難有れども則ち死なず、出亡すれば則ち送(したが)はず。此れ上の罰する所、百姓の非毀(ひき)する所なり。有命(ゆうめい)を執る者の言いて曰く、上の之を罰する所、命(めい)は固(もと)より且(すで)に罰し、暴は故に罰するに非ずなり。上の賞する所、命(めい)は固(もと)より且(すで)に賞し、賢は故に賞するに非ずなり。此を以って君と為せば則ち義ならず、臣と為せば則ち忠(ちゅう)ならず、父と為せば則ち慈(じ)ならず、子と為せば則ち孝(こう)ならず、兄と為せば則ち良(りょう)ならず、弟と為せば則ち弟(てい)ならず、而して強(し)いて此を執るは、此れ特(とく)に凶言(きょうげん)の自りて生じる所にして、而して暴人(ぼうじん)の道なり。
然らば則ち何を以って命(めい)の暴人(ぼうじん)の道と為ることを知るや。昔の上世の窮民は、飲食を貪(むさぼ)り、事に従うことを惰(おこた)り、是を以って衣食の財は足らずして、而して飢寒(きかん)凍餒(とうたい)の憂(うれい)は至る。我(おのれ)の不肖(ふしょう)は罷(まぬ)がれず、事に従ふに疾(とく)からずと曰ふを知らずして、必ず我(おのれ)の命(めい)の固(もと)より且(すで)に貧(まず)しと曰ふ。昔の上世の暴王は其の耳目(じもく)の淫(いん)、心涂(しんと)の辟(へき)に忍びず、其の親戚に順(した)はず、遂に以って國家を亡失(ぼうしつ)し、社稷(しゃしょく)を傾覆(けいふく)す。我(おのれ)の不肖(ふしょう)を罷(まぬ)がれず、政(まつりごと)を為すこと善(よ)からずと曰ふを知らず、必ず吾が命(めい)の固(もと)より之を失ふと曰ふ。仲虺は之の告に於いて曰く、我(おのれ)は聞く、夏人の天命を矯(た)めて命(めい)を下(しも)に布く、帝は悪(にく)みて之を伐(う)ち、龔(もつ)って厥(そ)の師を喪(な)くさむと。此れ湯の桀の有命(ゆうめい)を執るを非(ひ)とする所以(ゆえん)を言うなり。太誓(たいせい)に於いて曰く、紂は夷處(いしょ)し、上帝鬼神に事(つか)へむを用いず、厥(そ)の先神を禔(あん)するに禍(わざわい)して祀(まつ)らず、乃ち曰く吾が民に命(めい)有りて、無廖(むりょう)排漏(はいろう)して、天の亦た之を縦棄(しょうき)して而して葆(ほ)せず。此の武王の紂の有命(ゆうめい)を執るを非とする所以(ゆえん)を言うなり。今、有命を執る者の言を用ふれば、則ち上には治(ち)を聴かず、下には事に従はず。上の治(ち)を聴かずば、則ち刑政は乱れ、下の事に従はざれば、則ち財を用ふるに足らず、上の以って粢盛(しせい)酒醴(しゅれい)を供して、上帝鬼神を祭祀すること無く、下の以って天下の賢可(けんか)の士を降綏(こうすい)せしむること無し、外には以って諸侯の賓客を應待(おうたい)すること無く、内には以って飢に食(く)はし寒に衣(き)せ、老弱(ろうじゃく)を将養(しょうやう)すること無し。故に命(めい)は上には天を利せず、中には鬼を利せず、下には人に利せず、而して強いて此れを執るは、此れ特(とく)に凶言(きょうげん)の自りて生ずる所にして、而して暴人(ぼうじん)の道なり。
是の故に子墨子の言いて曰く、今、天下の士君子の、忠(ただ)實(まこと)に天下の富を欲して而して其の貧(まず)しきを悪(にく)み、天下の治を欲して而して其の乱を悪(にく)まば、有命(ゆめい)を執る者の言、非とせざる可(べ)からず、此れ天下の大害(たいがい)なり。

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資料編 墨子 巻八 非楽上

2021年05月02日 | 墨子 原文と訓じ
資料編 墨子 巻八 非楽上

《非楽上》
子墨子言曰、仁之事者、必務求興天下之利、除天下之害、将以為法乎天下。利人乎、即為、不利人乎、即止。且夫仁者之為天下度也、非為其目之所美、耳之所楽、口之所甘、身體之所安、以此虧奪民衣食之財、仁者弗為也。是故子墨子之所以非楽者、非以大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲、以為不楽也、非以刻鏤華文章之色、以為不美也、非以犓豢煎炙之味、以為不甘也、非以高臺厚榭邃野之居、以為不安也。雖身知其安也、口知其甘也、目知其美也、耳知其楽也、然上考之不中聖王之事、下度之不中萬民之利。是故子墨子曰、為楽、非也。
今王公大人、雖無造為楽器、以為事乎國家、非直掊潦水折壤坦而為之也、将必厚措斂乎萬民、以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲。古者聖王亦嘗厚措斂乎萬民、以為舟車、既以成矣、曰、吾将悪許用之。曰、舟用之水、車用之陸、君子息其足焉、小人休其肩背焉。故萬民出財齎而予之、不敢以為慼恨者、何也。以其反中民之利也。然則楽器反中民之利亦若此、即我弗敢非也。然則當用楽器譬之若聖王之為舟車也、即我弗敢非也。民有三患、飢者不得食、寒者不得衣、労者不得息、三者民之巨患也。然即當為之撞巨鍾、撃鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚、民衣食之財将安可得乎。即我以為未必然也。意舍此。今有大國即攻小國、有大家即伐小家、強劫弱、衆暴寡、詐欺愚、貴傲賤、寇乱盜賊並興、不可禁止也。然即當為之撞巨鍾、撃鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚、天下之乱也、将安可得而治與。即我未必然也。是故子墨子曰、姑嘗厚措斂乎萬民、以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲、以求興天下之利、除天下之害而無補也。是故子墨子曰、為楽、非也。
今王公大人、唯毋處高臺厚榭之上而視之、鍾猶是延鼎也、弗撞撃将何楽得焉哉。其説将必撞撃之、惟勿撞撃、将必不使老與遲者、老與遲者耳目不聰明、股肱不畢強、聲不和調、明不轉朴。将必使當年、因其耳目之聰明、股肱之畢強、聲之和調、眉之轉朴。使丈夫為之、廃丈夫耕稼樹藝之時、使婦人為之、廃婦人紡績織紝之事。今王公大人唯毋為楽、虧奪民衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。
今大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲既已具矣、大人鏽然奏而獨聴之、将何楽得焉哉。其説将必與賤人不與君子。與君子聴之、廃君子聴治、與賤人聴之、廃賤人之従事。今王公大人惟毋為楽、虧奪民之衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。
昔者齊康公興楽萬、萬人不可衣短褐、不可食糠糟、曰食飲不美、面目顏色不足視也、衣服不美、身體従容醜羸、不足観也。是以食必粱肉、衣必文繡、此掌不従事乎衣食之財、而掌食乎人者也。是故子墨子曰、今王公大人惟毋為楽、虧奪民衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。
今人固與禽獣麋鹿、蜚鳥、貞蟲異者也、今之禽獣麋鹿、蜚鳥、貞蟲、因其羽毛以為衣裘、因其蹄蚤以為褲屨、因其水草以為飲食。故唯使雄不耕稼樹藝、雌亦不紡績織紝、衣食之財固已具矣。今人與此異者也、賴其力者生、不賴其力者不生。君子不強聴治、即刑政乱、賤人不強従事、即財用不足。今天下之士君子、以吾言不然、然即姑嘗數天下分事、而観楽之害。王公大人蚤朝晏退、聴獄治政、此其分事也、士君子竭股肱之力、亶其思慮之智、内治官府、外收斂関市、山林、澤梁之利、以實倉廩府庫、此其分事也、農夫蚤出暮入、耕稼樹藝、多聚叔粟、此其分事也、婦人夙興夜寐、紡績織紝、多治麻絲葛緒綑布縿、此其分事也。今惟毋在乎王公大人説楽而聴之、即必不能蚤朝晏退、聴獄治政、是故國家乱而社稷危矣。今惟毋在乎士君子説楽而聴之、即必不能竭股肱之力、亶其思慮之智、内治官府、外收斂関市、山林、澤梁之利、以實倉廩府庫、是故倉廩府庫不實。今惟毋在乎農夫説楽而聴之、即必不能蚤出暮入、耕稼樹藝、多聚叔粟、是故叔粟不足。今惟毋在乎婦人説楽而聴之、即不必能夙興夜寐、紡績織紝、多治麻絲葛緒綑布縿、是故布縿不興。曰、孰為大人之聴治而廃國家之従事。曰、楽也。是故子墨子曰、為楽、非也。
何以知其然也。曰先王之書、湯之官刑有之曰、其恆舞于宮、是謂巫風。其刑君子出絲二衛、小人否、似二伯黄径。乃言曰、嗚乎。舞佯佯、黄言孔章、上帝弗常、九有以亡、上帝不順、降之百𦍙、其家必懷喪。察九有之所以亡者、徒従飾楽也。於武観曰、啓乃淫溢康楽、野于飲食、将将銘莧磬以力、湛濁于酒、渝食于野、萬舞翼翼、章聞于大、天用弗式。故上者天鬼弗戒、下者萬民弗利。
是故子墨子曰、今天下士君子、請将欲求興天下之利、除天下之害、當在楽之為物、将不可不禁而止也。

字典を使用するときに注意すべき文字
厚、 課税帳簿、の意あり。


《非楽上》
子墨子の言いて曰く、仁の事は、必ず務(つと)めて天下の利を興し、天下の害を除くを求め、将に以って法を天下に為さむとす。人を利(り)すは、即ち為し、人を利(り)せずは、即ち止む。且(さら)に夫れ仁者の天下の為に度(わた)るや、其の目の美(よ)しとする所、耳の楽(この)むとする所、口の甘(うま)しとする所、身體の安(やす)きとする所の為には非ずして、此を以って民の衣食の財を虧奪(きだつ)するは、仁者は為(な)さざるなり。是の故に子墨子の楽を非とする所以(ゆえん)は、以って大鍾(だいしょう)、鳴鼓(きょうこ)、琴瑟(きんしつ)、竽笙(うしょう)の聲(せい)を、以って楽ならずと為すには非ず、以って鏤華(るいか)文章(ぶんしょう)の色(しょく)を刻み、以って美(よ)からずと為すに非ず、以って犓豢(すいかん)煎炙(せんしゃ)の味を、以って甘からずと為すに非ず、以って高臺(こうだい)厚榭(こうしゃ)邃野(すいや)の居を、以って安からずと為すに非ず。身は其の安(やす)きを知り、口は其の甘(うま)しを知り、目は其の美(よ)しを知り、耳は其の楽(たの)しを知ると雖(いへど)も、然れども上には之を考えるに聖王の事に中(あた)らず、下には之を度(はか)るに萬民の利に中(あた)らず。是の故に子墨子の曰く、楽(らく)を為すは、非(ひ)なり。
今、王公大人の、楽器を造り為すは無しと雖(いへど)も、以って事を國家に為す、直(ただ)に潦水(ろうすい)を掊(と)り壤坦(じょうたん)を折(き)り而して之を為に非ず、将に必ず厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って大鍾(だいしょう)、鳴鼓(きょうこ)、琴瑟(きんしつ)、竽笙(うしょう)の聲(せい)と為す。古の聖王は亦た嘗って厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って舟車を為り、既に以って成る、曰く、吾は将に之を用いるを許すを悪(にく)まむか。曰く、舟は之を水に用い、車は之を陸(おか)に用いる、君子は其の足を息(やす)め、小人は其の肩背(けんぱい)を休めむ。故に萬民は財齎(ざいし)を出し而して之を予(かな)へ、敢へて以って慼恨(せきこん)を為さざるは、何ぞや。其の反(かえ)りて民の利に中(あた)るを以ってなり。然らば則ち楽器の反(かえ)りが民の利に中(あた)り亦た此の若くならば、即ち我は敢(あ)へて非(ひ)とするはなし。然らば則ち當(まさ)に楽器を用いること之を譬ふるに聖王の舟車を為(つく)るが若(ごと)くならば、即ち我は敢(あ)へて非(ひ)とするはなし。
民に三患有り、飢に食を得ず、寒に衣を得ず、労に息を得ず、三のものは民の巨患なり。然るに即ち當(まさ)に之の為に巨鍾を撞き、鳴鼓を撃ち、琴瑟を彈き、竽笙を吹きて而して干戚(かんせき)を揚ぐるも、民の衣食の財は将(まさ)に安(やす)むぞ得べけむや。即ち我は以って未だ必ず然(な)らずと為すなり。意(おも)うに此を舍(お)かむ。
今、大國が即ち小國を攻むる有り、大家が即ち小家を伐つ有り、強は弱を劫(おびやか)し、衆は寡を暴(そこな)ひ、詐は愚を欺(あざむ)き、貴は賤に傲(おご)り、寇乱(こうらん)盜賊(とうぞく)並びて興り、禁止す可からず。然らば即ち當(まさ)に之が為に巨鍾を撞い、鳴鼓を撃ち、琴瑟き彈き、竽笙を吹きて而して干戚(かんせき)を揚(あ)ぐるも、天下の乱るること、将に安(いづく)むぞ得て而して治む可(べ)けむや。即ち我は未だ必ず然(しか)らずとなす。是の故に子墨子の曰く、姑(しばら)く嘗(こころ)みに厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙の聲を為し、以って天下の利を興し、天下の害を除かむことを求むるも而して補(おぎな)うは無しなり。是の故に子墨子の曰く、楽(がく)を為すは非(ひ)なり。
今、王公大人は、唯毋(ただ)高臺(こうだい)厚榭(こうしゃ)の上に處りて而して之を視み、鍾は猶(なお)是の延鼎(えんてい)のごとし、撞撃(どうげき)せずば将に何の楽を得むや。其の説の将に必ず之を撞撃(どうげき)せむとす、惟勿(ただ)撞撃するに、将に必ず老(ろう)と遲(ち)なる者を使はざらむとし、老(ろう)と遲(ち)なる者とは耳目(じもく)は聰明(そうめい)ならず、股肱(ここう)は畢強(ひつきょう)ならず、聲は和調(わちょう)せず、明は轉朴(てんべん)ならず。将に必ず當年(とうねん)を使い、其の耳目は聰明、股肱は畢強、聲は和調、眉は轉朴に因らむとす。丈夫(じょうふ)をして之を為さ使むれば、丈夫は耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)の時を廃し、婦人をして之を為さ使むれば、婦人は紡績(ぼうせき)織紝(しょくじん)の事を廃せむ。今、王公大人は唯毋(ただ)楽(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)して、以って拊楽(ふがく)すること此(こ)の如く多しなり。是の故に子墨子の曰く、楽(がく)を為すは非(ひ)なり。
今、大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙の聲は既已(すで)に具(そな)はる、大人は鏽然(しゅうぜん)して奏(そう)し而して獨りこれを聴くも、将に何の楽しみを得むや。其の説の将に必ず賤人と與(とも)にせざれば必ず君子と與(とも)にせむとし、君子と之を聴かば、君子は治を聴くを廃し、賤人と之を聴かば、賤人は事に従うを廃せむ。今、王公大人は惟毋(ただ)楽(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)し、以って拊楽(ふがく)するは此の如く多し。是の故に子墨子の曰く、楽(がく)を為すは非(ひ)なり。
昔の齊の康公は楽萬を興し、萬人は短褐を衣るべからず、糠糟を食うべからず、曰く食飲の美ならざれば、面目(めんぼく)顔色(がんしょく)は視るに足らず、衣服の美ならざれば、身體(しんたい)従容(しょうよう)醜羸(しゅうや)は、観るに足らず。是を以って食は必ず粱肉(りょうにく)、衣は必ず文繡(ぶんしゅう)、此の掌は衣食の財に従事せずして、而して掌の食を人に食はさるる者なり。是の故に子墨子の曰く、今、王公大人は惟毋(ただ)楽(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)し、以って拊楽(ふがく)するは此の如く多し。是の故に子墨子の曰く、楽(がく)を為すは非なり。
今、人は固(もと)より禽獣(きんじゅう)、麋鹿(びろく)、蜚鳥(ひちょう)、貞蟲(ていちゅう)と異なるものなり、今、之の禽獣、麋鹿、蜚鳥、貞蟲は、其の羽毛に因りて以って衣裘(いきゅう)と為し、其の蹄蚤(ていそう)に因りて以って褲屨(こく)と為し、其の水草に因りて以って飲食と為す。故に雄(おす)をして耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)せず、雌(めす)をして亦た紡績(ぼうせき)織紝(しょくじん)せざら使(し)むと唯(いへど)も衣食の財は固(もと)より已(すで)に具(そな)はれり。今、人は此と異なる者なり、其の力に頼る者は生き、其の力に頼(たよ)らざる者は生きず。君子は強(つと)めて治を聴かざれば、即ち刑政は乱れ、賤人は強(つと)めて事に従はざれば、即ち財用は足らず。今、天下の士君子の、以って吾が言(げん)を以って然ならずとなさば、然らば即ち姑(しばら)く嘗(こころ)みに天下の分事を數へて、而して楽の害を観む。王公大人は蚤(はや)く朝(ちょう)し晏(おそ)く退(の)き、獄(ごく)を聴き政(まつりごと)を治める、此は其の分事なり、士君子は股肱の力を竭(つ)くし、其の思慮の智を亶(つ)くし、内は官府を治め、外は関市(かんし)、山林、澤梁(たくりょう)の利を收斂(しゅうれん)して、以って倉廩(そうりん)府庫(ふこ)を實(み)たす、此は其の分事なり、農夫は蚤(はや)くに出で暮に入り、耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)し、多く叔粟(しゅくぞく)を聚(あつ)む、此は其の分事なり、婦人は夙(つと)に興(お)き夜(よは)に寐(ね)むり、紡績(ぼうせき)織紝(しょくじん)し、多く麻絲(まし)葛緒(くずちゃ)を治めて布縿(ふさん)を綑(お)る、此は其の分事なり。
今、惟毋(ただ)王公大人に在りて楽を説(よろこ)びて而して之を聴かば、即ち必ず蚤(はや)く朝(ちょう)し晏(おそ)く退(の)き、獄を聴き政(まつりごと)を治(おさ)めむは能(あた)はず、是の故に國家は乱れて而して社稷は危し。今、惟毋(ただ)士君子に在りて楽を説(よろこ)び而して之を聴き、即ち必らず股肱の力を竭(つ)くし、其の思慮の智を亶(つ)くし、内に官府を治め、外に関市、山林、澤梁の利を收斂(しゅうれん)し、以って倉廩(そうりん)府庫(ふこ)を實(み)たすこと能(あ)はず、是の故に倉廩(そうりん)府庫(ふこ)は實(み)たず。今、惟毋(ただ)農夫に在りて楽を説(よろこ)び而して之を聴く、即ち必ず蚤(はや)く出でて暮(くれ)に入るは能(あた)はず、耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)し、多く叔粟(しゅくぞく)を聚(あつ)むることは能(あた)はず、是の故に叔粟(しゅくぞく)は足らず。今、惟毋(ただ)婦人に在りて楽を説(よろこ)び而して之を聴く、即ち夙(つと)に興(お)き夜(よひ)に寐むり、紡績(ぼうせき)織紝(しょくじん)し、多く治麻絲(まし)葛緒(かつちょ)を治め、布縿を綑ること必ず能はず、是の故に布縿(ふそう)は興(おこ)らず。曰く、孰(なに)を為し大人の治を聴き而して國家の事に従うを廃するや。曰く、楽(がく)なり。是の故に子墨子の曰く、楽(がく)を為すは非なり。
何を以って其の然るを知るや。曰く先王の書の、湯の官刑(かんけい)の之に有り、曰く、其の恆(つね)に宮に舞ひ、是を巫風(ふふう)と謂う。其の刑の君子は絲(いと)二衛(にえい)を出(い)だし、小人は否(しから)ず、二(に)伯(はく)の黄径(こうけい)を似(も)ってす。乃(すなは)ち言いて曰く、嗚乎(ああ)。舞ふこと佯佯(ようよう)にして、黄言は孔(はなは)だ章(あきら)かなり、上帝は常(いたす)けず、九有(きゅうゆう)以って亡(ほろ)ぶ、上帝は順(したが)はず、之に百𦍙(ひゃくしゃう)を降し、其の家必ず懷喪(かいそう)す。九有(きゅうゆう)の亡ぶ所以(ゆえん)の者を察するに、徒(ただ)楽(がく)を飾るに従へばなり。武観(ぶかん)に於いて曰く、啓(けい)乃(すなは)ち淫溢(いんいつ)康楽(こうらく)し、野に飲食し、将将(そうそう)して莧磬(かんけい)を銘(な)らして以って力(つと)む、酒に湛濁(ちんだく)し、野に渝食(とうしょく)す、萬舞(ばんぶ)翼翼(よくよく)として、章(あきら)かに大(おお)いに聞き、天は用(も)って式(のり)とせず。故に上は天鬼の戒(かい)とせず、下は萬民の利(り)とせず。
是の故に子墨子の曰く、今、天下の士君子の、将に天下の利を興(おこ)し、天下の害を除なむことを求めると欲すを請ひ、當(まさ)に楽(がく)の物(もの)為(た)るは在り、将に禁(きん)じて而して止めざる可(べ)からずなり。
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料編 墨子 巻八 明鬼下

2021年04月25日 | 墨子 原文と訓じ
料編 墨子 巻八 明鬼下


《明鬼下》
子墨子言曰、逮至昔三代聖王既沒、天下失義、諸侯力正、是以存夫為人君臣上下者之不惠忠也、父子弟兄之不慈孝弟長貞良也、正長之不強於聴治、賤人之不強於従事也、民之為淫暴寇乱盜賊、以兵刃毒薬水火、退無罪人乎道路率径、奪人車馬衣裘以自利者並作、由此始、是以天下乱。此其故何以然也。則皆以疑惑鬼神之有與無之別、不明乎鬼神之能賞賢而罰暴也。今若使天下之人、偕若信鬼神之能賞賢而罰暴也、則夫天下豈乱哉。
今執無鬼者曰、鬼神者、固無有。旦暮以為教誨乎天下、疑天下之衆、使天下之衆皆疑惑乎鬼神有無之別、是以天下乱。是故子墨子曰、今天下之王公大人士君子、實将欲求興天下之利、除天下之害、故當鬼神之有與無之別、以為将不可以不明察此者也。既以鬼神有無之別、以為不可不察已。
然則吾為明察此、其説将柰何而可。子墨子曰、是與天下之所以察知有與無之道者、必以衆之耳目之實知有與亡為儀者也、請惑聞之見之、則必以為有、莫聞莫見、則必以為無。若是、何不嘗入一郷一里而問之、自古以及今、生民以来者、亦有嘗見鬼神之物、聞鬼神之聲、則鬼神何謂無乎。若莫聞莫見、則鬼神可謂有乎。
今執無鬼者言曰、夫天下之為聞見鬼神之物者、不可勝計也、亦孰為聞見鬼神有無之物哉。子墨子言曰、若以衆之所同見、與衆之所同聞、則若昔者杜伯是也。周宣王殺其臣杜伯而不辜、杜伯曰、吾君殺我而不辜、若以死者為無知則止矣、若死而有知、不出三年、必使吾君知之。其三年、周宣王合諸侯而田於圃、田車數百乗、従數千、人満野。日中、杜伯乗白馬素車、朱衣冠、執朱弓、挾朱矢、追周宣王、射之車上、中心折脊、殪車中、伏弢而死。當是之時、周人従者莫不見、遠者莫不聞、著在周之《春秋》。為君者以教其臣、為父者以警其子、曰、戒之慎之。凡殺不辜者、其得不祥、鬼神之誅、若此之惨遫也。以若書之説観之、則鬼神之有、豈可疑哉。
非惟若書之説為然也、昔者鄭穆公、當晝日中處乎廟、有神入門而左、鳥身、素服三絕、面狀正方。鄭穆公見之、乃恐懼奔、神曰、無懼。帝享女明德、使予錫女壽十年有九、使若國家蕃昌、子孫茂、毋失。鄭穆公再拝稽首曰、敢問神名。曰、予為句芒。若以鄭穆公之所身見為儀、則鬼神之有、豈可疑哉。
非惟若書之説為然也、昔者、燕簡公殺其臣莊子儀而不辜、莊子儀曰、吾君王殺我而不辜、死人毋知亦已、死人有知、不出三年、必使吾君知之。期年、燕将馳祖、燕之有祖、當齊之社稷、宋之有桑林、楚之有雲夢也、此男女之所屬而観也。日中、燕簡公方将馳於祖塗、莊子儀荷朱杖而撃之、殪之車上。當是時、燕人従者莫不見、遠者莫不聞、著在燕之春秋。諸侯傳而語之曰凡殺不辜者、其得不祥、鬼神之誅、若此其惨遫也。以若書之説観之、則鬼神之有、豈可疑哉。
非惟若書之説為然也、昔者、宋文君鮑之時、有臣曰𥙐観辜、固嘗従事於厲、祩子杖揖出與言曰、観辜是何珪璧之不満度量。酒醴粢盛之不淨潔也。犧牲之不全肥。春秋冬夏選失時。豈女為之與。意鮑為之與。観辜曰、鮑幼弱在荷繈之中、鮑何與識焉。官臣観辜特為之。祩子挙揖而槁之、殪之壇上。當是時、宋人従者莫不見、遠者莫不聞、著在宋之春秋。諸侯傳而語之曰、諸不敬慎祭祀者、鬼神之誅、至若此其惨遫也。以若書之説観之、鬼神之有、豈可疑哉。
非惟若書之説為然也。昔者、齊莊君之臣有所謂王里國、中里徼者、此二子者、訟三年而獄不断。齊君由謙殺之恐不辜、猶謙釋之。恐失有罪、乃使之人共一羊、盟齊之神社、二子許諾。於是泏洫𠜲羊而漉其血、読王里國之辭既已終矣、読中里徼之辭未半也、羊起而觸之、折其腳、祧神之而槁之、殪之盟所。當是時、齊人従者莫不見、遠者莫不聞、著在齊之春秋。諸侯傳而語之曰、請品先不以其請者、鬼神之誅、至若此其惨遫也。以若書之説観之、鬼神之有、豈可疑哉。
是故子墨子言曰、雖有深谿博林、幽澗毋人之所、施行不可以不董、見有鬼神視之。
今執無鬼者曰、夫衆人耳目之請、豈足以断疑哉。柰何其欲為高君子於天下、而有復信衆之耳目之請哉。子墨子曰、若以衆之耳目之請、以為不足信也、不以断疑。不識若昔者三代聖王堯舜禹湯文武者、足以為法乎。故於此乎、自中人以上皆曰、若昔者三代聖王、足以為法矣。若苟昔者三代聖王足以為法、然則姑嘗上観聖王之事。昔者、武王之攻殷誅紂也、使諸侯分其祭曰、使親者受内祀、疏者受外祀。故武王必以鬼神為有、是故攻殷伐紂、使諸侯分其祭。若鬼神無有、則武王何祭分哉。
非惟武王之事為然也、故聖王其賞也必於祖、其僇也必於社。賞於祖者何也。告分之均也、僇於社者何也。告聴之中也。非惟若書之説為然也、且惟昔者虞夏、商、周三代之聖王、其始建國営都日、必擇國之正壇、置以為宗廟、必擇木之脩茂者、立以為叢位、必擇國之父兄慈孝貞良者、以為祝宗、必擇六畜之勝腯肥倅、毛以為犧牲、珪璧琮璜、稱財為度、必擇五穀之芳黄、以為酒醴粢盛、故酒醴粢盛、與歳上下也。故古聖王治天下也、故必先鬼神而後人者此也。故曰官府選効、必先祭器祭服、畢蔵於府、祝宗有司、畢立於朝、犧牲不與昔聚群。故古者聖王之為政若此。
古者聖王必以鬼神為、其務鬼神厚矣、又恐後世子孫不能知也、故書之竹帛、傳遺後世子孫、咸恐其腐蠹絕滅、後世子孫不得而記、故琢之盤盂、鏤之金石、以重之、有恐後世子孫不能敬莙以取羊、故先王之書、聖人一尺之帛、一篇之書、語數鬼神之有也、重有重之。此其故何。則聖王務之。今執無鬼者曰、鬼神者、固無有。則此反聖王之務。反聖王之務、則非所以為君子之道也。
今執無鬼者之言曰、先王之書、慎無一尺之帛、一篇之書、語數鬼神之有、重有重之、亦何書之有哉。子墨子曰、周書、大雅有之、大雅曰、文王在上、於昭于天、周雖舊邦、其命維新。有周不顯、帝命不時。文王陟降、在帝左右。穆穆文王、令問不已。若鬼神無有、則文王既死、彼豈能在帝之左右哉。此吾所以知周書之鬼也。
且周書獨鬼、而商書不鬼、則未足以為法也。然則姑嘗上観乎商書、曰、嗚呼。古者有夏、方未有禍之時、百獣貞蟲、允及飛鳥、莫不比方。矧隹人面、胡敢異心。山川鬼神、亦莫敢不寧。若能共允、隹天下之合、下土之葆。察山川鬼神之所以莫敢不寧者、以佐謀禹也。此吾所以知商書之鬼也。
且商書獨鬼、而夏書不鬼、則未足以為法也。然則姑嘗上観乎夏書禹誓曰、大戦于甘、王乃命左右六人、下聴誓于中軍、曰、有扈氏威侮五行、怠棄三正、天用剿絕其命。有曰、日中。今予與有扈氏争一日之命。且爾卿大夫庶人、予非爾田野葆士之欲也、予共行天之罰也。左不共于左、右不共于右、若不共命、御非爾馬之政、若不共命。是以賞于祖而僇于社。賞于祖者何也。言分命之均也。僇于社者何也。言聴獄之事也。故古聖王必以鬼神為賞賢而罰暴、是故賞必於祖而僇必於社。此吾所以知夏書之鬼也。故尚者夏書、其次商周之書、語數鬼神之有也、重有重之、此其故何也。則聖王務之。以若書之説観之、則鬼神之有、豈可疑哉。於古曰、吉日丁卯、周代祝社方、歳於社者考、以延年壽。若無鬼神、彼豈有所延年壽哉。
是故子墨子曰、嘗若鬼神之能賞賢如罰暴也。蓋本施之國家、施之萬民、實所以治國家利萬民之道也。若以為不然、是以吏治官府之不絜廉、男女之為無別者、鬼神見之、民之為淫暴寇乱盜賊、以兵刃毒薬水火、退無罪人乎道路、奪人車馬衣裘以自利者、有鬼神見之。是以吏治官府、不敢不絜廉、見善不敢不賞、見暴不敢不罪。民之為淫暴寇乱盜賊、以兵刃毒薬水火、退無罪人乎道路、奪車馬衣裘以自利者、由此止。是以莫放幽閒、擬乎鬼神之明顯、明有一人畏上誅罰、是以天下治。
故鬼神之明、不可為幽閒廣澤、山林深谷、鬼神之明必知之。鬼神之罰、不可為富貴衆強、勇力強武、堅甲利兵、鬼神之罰必勝之。若以為不然、昔者夏王桀、貴為天子、富有天下、上詬天侮鬼、下殃傲天下之萬民、祥上帝伐元山帝行、故於此乎、天乃使湯至明罰焉。湯以車九両、鳥陳鴈行、湯乗大賛、犯遂夏衆、入之郊逐、王乎禽推哆大戲。故昔夏王桀、貴為天子、富有天下、有勇力之人推哆大戲、生列兕虎、指畫殺人、人民之衆兆億、侯盈厥澤陵、然不能以此圉鬼神之誅。此吾所謂鬼神之罰、不可為富貴衆強、勇力強武、堅甲利兵者、此也。
且不惟此為然。昔者殷王紂、貴為天子、富有天下、上詬天侮鬼、下殃傲天下之萬民、播棄黎老、賊誅孩子、楚毒無罪、刲剔孕婦、庶舊鰥寡、號咷無告也。故於此乎、天乃使武王至明罰焉。武王以擇車百両、虎賁之卒四百人、先庶國節窺戎、與殷人戦乎牧之野、王乎禽費中、悪来、衆畔百走。武王逐奔入宮、萬年梓株折紂而繫之赤環、載之白旗、以為天下諸侯僇。故昔者殷王紂、貴為天子、富有天下、有勇力之人費中、悪来、崇侯虎指寡殺人、人民之衆兆億、侯盈厥澤陵、然不能以此圉鬼神之誅。此吾所謂鬼神之罰、不可為富貴衆強、勇力強武、堅甲利兵者、此也。且禽艾之道之曰、得璣無小、滅宗無大。則此言鬼神之所賞、無小必賞之、鬼神之所罰、無大必罰之。
今執無鬼者曰、意不忠親之利、而害為孝子乎。子墨子曰、古之今之為鬼、非他也、有天鬼、亦有山水鬼神者、亦有人死而為鬼者。今有子先其父死、弟先其兄死者矣、意雖使然、然而天下之陳物曰先生者先死、若是、則先死者非父則毋、非兄而姒也。今絜為酒醴粢盛、以敬慎祭祀、若使鬼神請有、是得其父母姒兄而飲食之也、豈非厚利哉。若使鬼神請亡、是乃費其所為酒醴粢盛之財耳。自夫費之、非特注之汙壑而棄之也、内者宗族、外者郷里、皆得如具飲食之。雖使鬼神請亡、此猶可以合驩聚衆、取親於郷里。今執無鬼者言曰、鬼神者固請無有、是以不共其酒醴粢盛犧牲之財。吾非乃今愛其酒醴粢盛犧牲之財乎。其所得者臣将何哉。此上逆聖王之書、内逆民人孝子之行、而為上士於天下、此非所以為上士之道也。是故子墨子曰、今吾為祭祀也、非直注之汙壑而棄之也、上以交鬼之福、下以合驩聚衆、取親乎郷里。若神有、則是得吾父母弟兄而食之也。則此豈非天下利事也哉。
是故子墨子曰、今天下之王公大人士君子、中實将欲求興天下之利、除天下之害、當若鬼神之有也、将不可不尊明也、聖王之道也。

字典を使用するときに注意すべき文字
女、同汝 なんじ、の意あり。
與、又施予也。又許也。 あずかる、かかわる、の意あり。
考、成也。猶終也。 なる、おわり、の意あり。
歳、進也。遂也。 すすむ、おえる、の意あり。


《明鬼下》
子墨子の言いて曰く、昔の三代の聖王は既に沒(ぼつ)するに至るに逮(およ)び、天下は義を失い、諸侯は力正す、是を以って夫(そ)の人の君臣(くんしん)上下(じょうげ)為(た)る者は惠忠(けいちゅう)ならざる、父子弟兄は慈孝(じこう)弟長(ていちょう)貞良(ていりょう)ならざる、正長は治を聴くに強(つと)めざる、賤人は事に従うに強(つと)めざる、民の淫暴(いんぼう)寇乱(こうらん)盜賊(とうぞく)と為(な)るは在(ぞん)し、兵刃毒薬水火を以って、無罪の人を道路(どうろ)率径(りつけい)に退(の)き、人の車馬(しゃば)衣裘(いきゅう)を奪いて以って自らの利する者は並びて作(な)すこと、此れ由り始り、是を以って天下は乱る。此れ其の故は何を以って然るや。則ち皆、鬼神は有りと之は無きとの別(べつ)に疑惑し、鬼神は能く賢を賞し而(ま)た暴を罰するに明らかならざるを以ってなり。今、若し天下の人をして、偕(とも)に若し鬼神の能く賢を賞し而た暴を罰するを信ぜ使(し)むれば、則ち夫れ天下は豈(あ)に乱れむや。
今、鬼は無しを執る者の曰く、鬼神は、固(もと)より有るは無し。旦暮(たんぼ)、天下に教誨(きょうかい)を為すを以って、天下の衆(しゅう)を疑(うたが)はせ、天下の衆(しゅう)をして皆に鬼神の有無の別(べつ)を疑惑せ使(し)め、是を以って天下は乱る。是の故に子墨子の曰く、今、天下の王公大人士の君子は、實(まこと)に将に天下の利を興し、天下の害を除かむことを求めむと欲すば、故に當に鬼神の有りと無しの別は、以為(おもふ)に将に此れを明察せざる可からざるものなり。既に鬼神の有無の別を以って、以って察(さっ)せざる可からずと為すのみ。
然らば則ち吾は此れを明察するを為すに、其を説き将に柰何(いか)にすれば而して可(か)なるか。子墨子の曰く、是の天下に有りと無しとを察知する所以(ゆえん)の道は、必ず衆(しゅう)の耳目の實(じつ)に有りと亡きとを知るを以って儀(ぎ)と為すものなり、請(まこと)に之を聞き之を見るに惑(まよ)はば、則ち必ず以って有りと為し、聞くこと莫(な)く見ること莫(な)くば、則ち必ず以って無しと為す。是の若(ごと)し、何ぞ嘗(こころ)みに一郷(ごう)一里(り)に入り而して之を問はざらむ、古(いにしへ)自り以って今に及ぶまで、民を生じて以来(いらい)、亦た嘗(こころ)みに鬼神の物を見、鬼神の聲を聞くこと有らば、則ち鬼神は何ぞ無しと謂うべけむや。若(も)し聞くこと莫(な)し見ること莫(な)ければ、則ち鬼神は有りと謂うべけむや。
今、鬼は無しを執る者の言いて曰く、夫れ天下に鬼神の物を聞見するを為す者は、勝(あ)げて計(かぞ)ふ可からず、亦た孰(たれ)か鬼神の物の有無を聞見するを為すや。子墨子の言いて曰く、若(も)し衆(しゅう)の同じく見る所と、衆の同じく聞く所とを以ってすれば、則ち昔の杜伯の若(ごと)きは是なり。
周宣王は其の臣杜伯を殺して而して辜(つみ)あらず、杜伯は曰く、吾(わ)が君が我を殺し而して辜(つみ)あらずば、若(も)し死者を以って知る無しと為さば則ち止む、若し死して而して知ること有らば、三年を出(い)でずして、必ず吾が君をして之を知ら使(し)めむ。其の三年、周宣王は諸侯と合(ごう)して而して圃(ほ)に田(かり)す、田車は數百乗、従(と)は數千、人は野に満つ。日中して、杜伯は白馬素車に乗り、朱の衣冠、朱の弓を執り、朱の矢を挾み、周宣王を追ひ、之を車上に射る、心(むね)に中り脊(せき)を折り、車中に殪(たお)れ、弢(ゆぶくろ)に伏せ而して死ぬ。當(まさ)に是の時、周人の従ふ者は見ざるは莫(な)く、遠き者は聞かざるは莫(な)く、著(あらわ)して周の春秋に在る。君(くん)為(た)る者は以って其の臣を教え、父(ふ)為(た)る者は以って其の子を警(いまし)めて、曰く、之を戒(いまし)め之を慎(つつし)め。凡そ辜(つみ)ならずを殺す者は、其の不祥(ふしょう)を得、鬼神は之を誅(ちゅう)し、此れ之の惨遫(さんそく)するが若(ごと)きなり。若(かくのごと)き書の説くを以って之を観れば、則ち鬼神が有ること、豈に疑ふ可けむや。
惟(ただ)若(かくのごと)き書の説くを然りと為すに非ずなり、昔の鄭穆公は、當に晝(ひる)に日中(にちちゅう)して廟に處(お)り、神有りて門に入り而して左し、鳥身(ちょうしん)、素服(そふく)は三絶にして、面狀(めんじょう)は正方(せいほう)なり。鄭穆公は之を見、乃ち恐懼(きょうく)して奔(はし)る、神の曰く、懼(おそ)るること無かれ。帝は女(なんじ)の明德を享(う)け、予をして女(なんじ)に壽(よわひ)十年有九を錫(たま)は使(し)め、若(なんじ)の國家をして蕃昌(はんしょう)し、子孫をして茂(さかん)にし、失ふこと毋(な)から使(し)む。鄭穆公は再拝(さいはい)稽首(けいしゅ)して曰く、敢て神名を問う。曰く、予は句芒(こうぼう)為(な)り。若(も)し鄭穆公の身見(しんけん)する所を以って儀と為せば、則ち鬼神が有ること、豈に疑ふ可けむや。
惟(ただ)若(かくのごと)き書の説くを然りと為すに非ざるなり、昔の燕簡公は其の臣莊子儀を殺し而して辜(つみ)あらず、莊子儀の曰く、吾が君王が我を殺して而して辜(つみ)あらずば、死人の知ること毋(な)くば亦た已(や)む、死人の知ること有らば、三年を出でずして、必ず吾が君をして之を知ら使(し)め。期(き)年(ねん)にして、燕は将に祖(そ)に馳(は)せむとし、燕の祖(そ)有るは、當(まさ)に齊の社稷(しゃしょく)にして、宋に桑林(そうりん)は有り、楚に雲夢(うんもう)は有るなり、此れ男女は屬(あつま)って而して観る所なり。日中(にっちゅう)にして、燕の簡公は方(まこと)に将に祖塗(そと)に馳せむとし、莊子儀は朱杖(しゅじょう)を荷(か)し而して之を撃ち、之を車上に殪(たお)す。當に是の時、燕人の従ふ者に見ざるは莫く、遠き者に聞ざるは莫く、著(あらは)して燕の春秋に在る。諸侯は傳へて而して之を語りて曰く凡そ辜(つみ)あらずを殺す者は、其の不祥を得、鬼神は之を誅し、此れ其の惨遫(さんそく)するが若(ごと)きなり。若(かくのごと)き書の説くを以って之を観れば、則ち鬼神が有ること、豈に疑ふ可けむや。
惟(ただ)若(かくのごと)き書の説くのみ然りと為すに非ずなり、昔の宋文君鮑の時、臣有りて曰く𥙐(しゅく)観辜(かんこう)という、固(もと)より嘗(か)って厲に従事せり、祩子は杖揖(じょうい)して出でて與(とも)に言いて曰く、観辜(かんこ)、是は何ぞ珪璧(けいへき)の度量(どりょう)に満さざる。酒醴(しゅれい)粢盛(しせい)は淨潔ならざるなり。犧牲は全く肥(ひ)ならざる。春秋(しゅんじゅう)冬夏(とうか)、選は時を失ふ。豈に女(なんじ)は之を為せるか。意ふに鮑(ほう)は之を為せるか。観辜(かんこう)の曰く、鮑(ほう)は幼弱にして荷繈(かきょう)の中に在り、鮑(ほう)は何ぞ與(あづか)り識らむや。官臣、観辜は特(こと)に之を為せりと。祩子は揖(い)を挙げ而して之を槁(たた)き、之を壇上に殪(たお)す。當に是の時、宋人の従ふ者に見ざる莫く、遠き者に聞かざる莫し、著して宋の春秋に在る。諸侯は傳へて而して之を語りて曰く、諸(もろもろ)の祭祀を敬慎(けいしん)せざる者、鬼神は之を誅し、此の若(ごと)き其は惨遫(さんそく)に至るなり。若(かくのごと)き書の説くを以って之を観れば、鬼神が有ること、豈に疑ふ可けむや。
惟(ただ)若(かくのごと)き書の説くのみ然りと為すに非ずなり。昔は、齊莊君の臣に所謂(いわゆる)王里國、中里徼なる者有り、此の二子は、訟ふること三年而して獄(ごく)断(だん)せず。齊君は謙(かね)て之を殺さむと由(ほつ)すれど辜(つみ)あらずを恐れ、猶(なお)謙て之を釋(ゆる)さむとす。罪有りを失うを恐れ、乃ち使之の人をして一羊を共(そな)へて、齊の神社に盟(めい)を使(し)む、二子は許諾(きょだく)す。是に於いて洫(きょく)を泏(ほ)り羊を𠜲(き)りて而して其の血を漉(そそ)ぎ、王里國の辭を読み既已(すで)に終る、中里徼の辭を読み未だ半(なかば)ならずに、羊は起ちて而して之に觸れ、其の腳を折り、神は祧(ちょう)して而して之を槁(たた)き、之を盟所に殪(たお)す。當に是の時、齊人の従ふ者に見ざるは莫(な)く、遠き者に聞かざる莫(な)く、著(あらは)して齊の春秋に在る。諸侯は傳へて而して之を語りて曰く、品を請(こ)ひて先ず其の請(まこと)を以ってせざる者は、鬼神は之を誅し、此の若(ごと)き其は惨遫(さんそく)に至るなり。若(かくのごと)き書の説くを以って之を観れば、鬼神が有ること、豈(あ)に疑ふ可けむや。
是の故に子墨子は言いて曰く、深谿(しんけい)博林(はくりん)幽澗(ゆうかん)に人は毋(な)き所有りと雖(いへど)も、施行(しこう)は以って董(ただ)さざる可からず、見(けん)に鬼神は有りて之を視(み)む。
今、鬼は無しを執る者の曰く、夫れ衆人(しゅうじん)の耳目の請(じょう)は、豈に以って疑を断ずるに足るや。柰何(いかに)其の天下に高君子為(な)らむと欲し、而して復(ま)た衆(しゅう)の耳目の請(じょう)を信じるもの有らむや。子墨子の曰く、若し衆の耳目の請を以って、以って信ずるに足らずと為し、以って疑を断ぜざらむ。識らず、昔の三代の聖王堯舜禹湯文武の若(ごと)き者は、以って法(のり)を為すに足るか。故に此に於いて、中人(ちゅうじん)自り以って上は皆曰く、昔の三代の聖王の若(ごと)きは、以って法(のり)を為すに足る。若し苟も昔の三代の聖王を以って法を為すに足らば、然らば則ち姑(しばらく)く嘗(こころ)みに上は聖王の事を観む。
昔、武王の殷を攻め誅紂を誅するや、諸侯をして其の祭(まつり)を分(わか)た使(し)めむ曰に、親しき者をして内祀を受け、疏(うと)き者をして外祀を受け使(し)めむ。故に武王は必ず鬼神を以って有りと為す、是の故に殷を攻め紂を伐し、諸侯をして其の祭を分(わか)た使(し)む。若し鬼神の有ること無くば、則ち武王は何の祭(まつり)を分(わか)たむや。
惟(ただ)武王の事のみ然りと為すに非ざるなり、故に聖王の其の賞(しょう)するや必ず祖(そ)に於いてし、其の僇(りく)するや必ず社(やしろ)に於いてす。賞すること祖(そ)に於いてするは何ぞや。分の均(ひと)しきを告ぐるなり、僇(りく)すること社(やしろ)に於いてするは何ぞや。聴(ちょう)の中(あた)るを告ぐるなり。惟(ただ)若(かくのごと)き書の説くのみ然りと為すに非らざるなり、且(すで)に昔の虞夏、商、周三代の聖王と惟(いへど)も、其の始めて國を建て都を営むの日に、必ず國の正壇(せいだん)を擇(えら)び、置きて以って宗廟(そうびょう)と為し、必ず木の脩茂(しゅうも)なるものを擇び、立てて以って叢位(そうい)と為し、必ず國の父兄の慈孝(じこう)貞良(ていりょう)なる者を擇び、以って祝宗(しゅくそう)と為し、必ず六畜(ろくちく)の勝(すぐ)れて腯肥(とつひ)倅毛(すえもう)なるを擇び、以って犧牲(ぎせい)と為し、珪璧(けいへき)琮璜(そうこう)は、財を稱(はか)り度(ど)を為(おさ)め、必ず五穀の芳黄(ほうこう)なるを擇び、以って酒醴(しゅれい)粢盛(しそう)と為し、故に酒醴(しゅせい)粢盛(しせい)は、歳と上下す。故に古(いにしへ)の聖王は天下を治め、故に必ず鬼神を先にして而して人を後にすとは此れなり。故に曰く官府の選効(せんこう)は、必ず祭器祭服を先にして、畢(ことごと)く府に蔵し、祝宗(しゅうそう)有司(ゆうし)は、畢(ことごと)く朝(ちょう)に立ち、犧牲(ぎせい)は昔(せき)と聚群(しゅうぐん)せず。故に古(いにしへ)の聖王の政(まつりごと)を為すや此の若(ごと)し。
古(いにしへ)の聖王は必ず鬼神を以って其の務(つとめ)と為し鬼神に厚し、又た後世の子孫の知ること能はざるを恐れ、故に之を竹帛(ちくふ)に書き、後世の子孫に傳遺(でんい)し、咸(ある)は其の腐蠹(ふと)は絶滅(ぜつめつ)し、後世の子孫の得て而して記せざるを恐れ、故に之を盤盂(ばんう)に琢(たく)し、之を金石に鏤(ろう)して、以って之を重ね、有(あ)るは後世の子孫の敬(つつ)しみて莙(おそ)れて以って羊を取ること能はざるを恐れ、故に先王の書、聖人の一尺の帛(はく)、一篇の書、語(かた)るは鬼神の有るを數(あまた)とし、重ねて有りて之を重ねむ。此れ其の故は何ぞ。則ち聖王は之を務(つと)む。今、鬼は無しを執る者の曰く、鬼神は固(もと)より有るは無し。則ち此れ聖王の務(つとめ)に反す。聖王の務(つとめ)に反するは、則ち君子為(た)る所以(ゆえん)の道に非ざるなり。
今、鬼は無しを執る者の言いて曰く、先王の書、慎無(しんむ)一尺の帛(はく)、一篇の書、語って鬼神之れ有るを數(あまた)とし、重ねて有りて之を重ねるとは、亦た何れの書に之は有りや。子墨子の曰く、周書の大雅に之は有り、大雅に曰く、文王の上(かみ)に在りしに、天に昭(あらは)る、周は舊邦(きゅうほう)と雖(いへど)も、其の命(めい)は維(こ)れ新(あら)たなり。有りて周は顯(あらは)れざらむや、帝命(ていめい)の時(よ)からざらむや。文王は陟降(ちょくこう)して、帝(てい)の左右に在り。穆穆(ぼくぼく)たる文王、令問(れいもん)は已(や)まず。若(も)し鬼神の有ること無くは、則ち文王は既に死し、彼(か)は豈に能く帝の左右に在らむや。此れ吾の周書の鬼を知る所以(ゆえん)なり。
且(すで)に周書にのみ獨り鬼ありて、而して商書に鬼あらずんば、則ち未だ以って法(のり)と為すに足らざるなり。然らば則ち姑(しばら)く嘗(こころ)みに上を商書に観む、曰く、嗚呼(ああ)。古(いにしへ)に夏有り、未だ禍(わざわい)の有らざる時に方(あた)り、百獣(ひゃくじゅう)貞蟲(ていちゅう)、允(も)って飛鳥に及ぶまで、比方せざるは莫し。矧(いはむ)や隹(こ)れ人面、胡(なむ)ぞ敢て心を異(こと)にせむや。山川の鬼神、亦た敢て寧(やす)からざるは莫(し)し。若(も)し能く共允(きょういむ)ならば、隹(こ)れ天下を之に合せ、下土(かど)を之に葆(たも)つ。山川の鬼神の敢て寧(やす)からざるは莫(な)き所以(ゆえん)のものを察するに、佐(たす)けて禹を謀るを以ってなり。此れ吾の商書の鬼を知る所以(ゆえん)なり。
且(すで)に商書にのみ獨り鬼ありて、而して夏書に鬼あらずんば、則ち未だ以って法(のり)と為すに足らざるなり。然らば則ち姑(しばら)く嘗(こころ)みに上に夏書を観む。禹は誓(せい)に曰く、大いに甘(かん)と戦う、王は乃(すなは)ち左右六人に命じて、下りて誓(せい)を中軍に聴かせ、曰く、有扈(ゆうこ)氏(し)は五行を威侮(べつぶ)し、三正を怠棄(だき)し、天を用(もつ)て其の命を剿絶(そうぜっ)す。有りて曰く、日中。今、予(よ)は有扈(ゆうこ)氏(し)と一日の命を争う。且(まさ)に爾(なんじ)ら卿大夫庶人、予(よ)は爾(なんじ)の田野(でんや)葆士(ほうど)の之を欲するに非ざるなり、予(よ)は共に天の罰を行うなり。左は左を共にせず、右は右を共にせずは、命(めい)を共(とも)にせずが若(ごと)き。御(ぎょ)するは爾(なんじ)の馬の之を政(ただ)すに非(あら)ず、命(めい)を共(とも)にせずが若(ごと)き。是を以って祖に賞(しょう)し而して社に僇(りく)せむ。祖に賞(しょう)するは何ぞや。命(めい)を分つの均(ひと)しきを言うなり。社に僇(りく)するは何ぞや。獄の事を聴くを言うなり。故に古(いにしへ)の聖王は必ず鬼神を以って賢を賞し而して暴を罰すと為し、是の故に賞(しょう)は必ず祖に於いてし而して僇(りく)は必ず社に於いてす。此れ吾の夏書に鬼を知る所以(ゆえん)なり。故に尚(かみ)は夏書、其の次は商周の書、數(あまた)た鬼神の之の有りを語り、有るを重ね之を重ね、此れ其の故は何ぞや。則ち聖王の之を務(つと)むればなり。若(かくのごと)き書の説を以って之を観れば、則ち鬼神の有ること、豈に疑ふ可けむや。古に於いて曰く、吉日丁卯(ていぼう)、周代の祝(はふり)の社方(しゃほう)は、社に於いて考(おわり)を歳(すす)め、以って年壽(ねんじゅ)は延ぶ。若(も)し鬼神の無くば、彼(か)は豈に年壽(ねんじゅ)を延す所は有らむや。
是の故に子墨子の曰く、嘗(かつ)て若(かくのごと)き鬼神の能く賢を賞(しょう)しして暴を罰するなり。蓋(けだ)し本(もと)の之を國家に施(ほどこ)し、之を萬民に施して、實(まこと)に國家を治め萬民に利する所以(ゆえん)は之の道なり。若(も)し以って然(しか)らずと為(な)さば、是を以って吏治(しち)官府(かんふ)は絜廉(けつれん)ならず、男女の別(べつ)無(な)しと為す者は、鬼神は之を見、民は淫暴(いんぼう)寇乱(こうらん)盜賊(とうぞく)を為し、兵刃毒薬水火を以って、罪無しの人を道路に退(とど)め、人の車馬(しゃば)衣裘(いきゅう)を奪うを以って自らの利とする者は、鬼神は之を見ること有り。是を以って吏治官府の、敢(あ)へて絜廉(けつれん)ならずはあらず、善(ぜん)を見て敢へて賞(しょう)せずはあらず、暴(ぼう)を見て敢へて罪(つみ)せずはあらず。民の淫暴寇乱盜賊を為し、兵刃毒薬水火を以って、罪無しの人を道路に退(とど)め、車馬(しゃば)衣裘(いきゅう)を奪い以って自らの利とする者は、此れに由りて止む。是を以って幽閒(ゆうかん)に放つは莫(な)く、鬼神の明顯(めいけん)に擬(なぞら)へ、明は一人に有りて上(かみ)の誅(ちゅう)罰(ばつ)を畏れ、是を以って天下は治まる。
故に鬼神の明は、幽閒(ゆうかん)廣澤(こうたく)山林(さんりん)深谷(しんこく)を為す可からず、鬼神の明は必ず之を知る。鬼神の罰は、富貴(ふうき)衆強(しゅうきょう)、勇力(ゆうりょく)強武(きょうぶ)、堅甲(けんこう)利兵(りへい)を為す可からず、鬼神の罰は必ず之に勝(まさ)る。若し以って然らずと為さば、昔の夏の王桀は、貴(とうと)く天子と為(な)り、富は天下に有る、上は天を詬(そし)り鬼を侮(あなど)り、下は天下の萬民を殃傲(おうさつ)し、上帝は祥(いつは)り元山に帝の行を伐(う)ち、故に此に於いて、天は乃ち湯をして明罰を至(いた)さ使(し)むる。湯は車九両を以って、鳥陳(ていじん)鴈行(がんこう)し、湯は大賛(たいさん)に乗(のぼ)り、夏の衆を犯遂(はんちく)し、之は郊逐(こうすい)に入る、王は推哆(すいし)大戲(たいぎ)を乎禽す。故に昔の夏の王桀は、貴(とうと)く天子と為(な)り、富は天下に有り、勇力の人に推哆(すいし)大戲(たいぎ)は有り、生けながら兕虎(じこ)を列(さ)き、指畫(しくわく)して人を殺し、人民の衆(おお)きこと兆億、侯(こ)れ厥(そ)の澤陵(たくりょう)に盈(み)つも、然れども此を以って鬼神の誅を圉(ふせ)ぐこと能はず。此の吾の所謂(いわゆる)、鬼神の罰にして、富貴(ふうき)衆強(しゅうきょう)、勇力(ゆうりょく)強武(きょうぶ)、堅甲(けんこう)利兵(りへい)を為す可からずとは、此なり。
且(ま)た惟(ただ)此のみ然りと為さず。昔の殷王紂、貴く天子と為り、富は天下に有り、上には天を詬(そし)り鬼を侮(あなど)り、下には天下の萬民を殃傲(おうさつ)し、黎老(りろう)を播棄(はき)し、孩子(がいし)を賊誅(ぞくちゅう)し、無罪を楚毒(そどく)し、孕婦(ようふ)を刲剔(こてき)し、庶舊(しょきゅう)鰥寡(くわんくわ)は、號咷(ごうとう)すも告ぐるは無し。故に此に於いて、天は乃ち武王をして明罰を至(いた)さ使(し)む。武王は以って車百両、虎賁(こうほん)の卒四百人を擇(えら)び、庶國(しょこく)節(せつ)に先だちて戎(じゅう)を窺(うかが)ひ、殷の人と牧の野に戦う、王は費中(ひちゅう)、悪来(あくらい)を乎禽(おうきん)し、衆は畔(そむ)き百走す。武王は奔(はし)るを逐(おい)ひて宮に入り、萬年(まんねん)梓株(ししゅ)にて紂を折(う)ちて而して之を赤環(せきかん)に繋ぎ、之を白旗に載せ、以って天下諸侯の僇(りく)と為す。故に昔の殷王紂、貴く天子と為り、富は天下に有り、勇力の人の費中(ひちゅう)、悪来(あくらい)、崇侯虎(すうこうこ)は有りて指寡(しかん)して人を殺し、人民の衆(おお)きこと兆億、侯(こ)れ厥(そ)の澤陵(たくりょう)に盈(み)つも、然れども此を以って鬼神の誅(ちゅう)を圉(ふせ)ぐこと能はず。此の吾の所謂(いわゆる)、鬼神の罰にして、富貴(ふうき)衆強(しゅうきょう)、勇力(ゆうりょく)強武(きょうぶ)、堅甲(けんこう)利兵(りへい)を為す可からずとは、此なり。且(ま)た禽艾(きんがい)に之を之の道と曰い、璣(き)を得るも小とすること無かれ、宗を滅(ほろぼ)すも大とすること無かれ。則ち此の鬼神の賞(しょう)する所は、小と無く必ず之を賞し、鬼神の罰(ばっ)する所は、大と無く必ず之を罰(ばっ)すと言う。
今、鬼は無しを執る者の曰く、意(おも)ふに親の利に忠ならず、而して孝子と為(な)るに害せむか。子墨子の曰く、古(いにしえ)の今(いま)の鬼(き)と為り、他に非ず、天に鬼有り、亦た山水の鬼神(きしん)なるもの有り、亦た人の死して而して鬼(き)と為るもの有り。今、子が其の父に先だちて死し、弟が其の兄に先だちて死する者有り、意(おも)ふに然ら使(し)むと雖(いへど)も、然れども而して天下の陳物に曰く先に生(うま)るる者は先に死すと、是の若(ごと)くは、則ち先に死する者は父にあらずば則ち母、兄に非ずは而して姒(じ)なり。今、酒醴(しゅれい)粢盛(しせ)を為(な)すことを絜(やく)し、以って祭祀を敬慎(けいしん)し、若(も)し鬼神をして請(まこと)に有(あ)ら使(し)むれば、是は其の父母(ふぼ)姒兄(じけい)を得て而して之に飲食せしむるなり、豈に厚利に非ずや。若し鬼神をして請に亡き使むれば、是は乃ち其の酒醴(しゅれい)粢盛(しせい)の財の為す所を費(ついや)すのみ。自ら夫(そ)の之を費(ついや)すは、特(こと)に之を汙壑(おがく)に注(そそ)ぎて而(しかる)に之を棄(す)つるに非ずなり、内には宗族を、外には郷里を、皆得て具(とも)に之を飲食するが如く。鬼神をして請(じょう)に亡(な)からしむと雖(いへど)も、此の猶(なお)以って驩(かん)を合せ衆(しゅう)を聚(あつ)め、親(したしみ)を郷里に取る可し。今、鬼は無しを執る者の言いて曰く、鬼神は固(もと)より請(じょう)に有ること無し、是を以って其の酒醴(しゅれい)粢盛(しそう)犧牲(ぎせい)の財を共(きょう)せず。吾は乃ち、今、其の酒醴(しゅれい)粢盛(しせい)犧牲(ぎせい)の財を愛(おし)しむに非ず。其の得る所のものは臣(し)に将に何ぞや。此の上(かみ)には聖王の書に逆ひ、内には民人(みんじん)孝子(こうこ)の行(こう)に逆ひ、而(しかる)に天下の上士為(た)らむとするも、此れを以って上士為(た)らむ所の道に非ずなり。是の故に子墨子の曰く、今、吾が祭祀を為すや、直(ただ)、之を汙壑(おがく)に注(そそ)ぎ而(しかる)に之を棄(す)つるに非ず、上には以って鬼の福(さいはい)に交じり、下には以って驩(かん)を合せ衆を聚(あつ)め、親(したしみ)を郷里に取るなり。若し神有らば、則ち是に吾は父母弟兄を得て而して之を食(く)はせるなり。則ち此れ豈(あ)に天下の利事に非ずや。
是の故に子墨子の曰く、今、天下の王公大人士君子の、實(まこと)に将に天下の利を興(おこ)すに中(あた)たり、天下の害を除くを求めむと欲せば、當(まさ)に鬼神の有るが若(ごと)きにし、将に尊明(そんめい)せざる可からずなり、聖王の道なればなり。


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資料編 墨子 巻七 天志下

2021年04月18日 | 墨子 原文と訓じ
資料編 墨子 巻七 天志下

《天志下》
子墨子言曰、天下之所以乱者、其説将何哉。則是天下士君子、皆明於小而不明於大。何以知其明於小不明於大也。以其不明於天之意也。何以知其不明於天之意也。以處人之家者知之。今人處若家得罪、将猶有異家所、以避逃之者、然且父以戒子、兄以戒弟、曰、戒之慎之、處人之家、不戒不慎之、而有處人之國者乎。今人處若國得罪、将猶有異國所、以避逃之者矣、然且父以戒子、兄以戒弟、曰、戒之慎之、處人之國者、不可不戒慎也。今人皆處天下而事天、得罪於天、将無所以避逃之者矣。然而莫知以相極戒也、吾以此知大物則不知者也。
是故子墨子言曰、戒之慎之、必為天之所欲、而去天之所悪。曰天之所欲者何也。所悪者何也。天欲義而悪其不義者也。何以知其然也。曰義者正也。何以知義之為正也。天下有義則治、無義則乱、我以此知義之為正也。然而正者、無自下正上者、必自上正下。是故庶人不得次己而為正、有士正之、士不得次己而為正、有大夫正之、大夫不得次己而為正、有諸侯正之、諸侯不得次己而為正、有三公正之、三公不得次己而為正、有天子正之、天子不得次己而為政、有天正之。今天下之士君子、皆明於天子之正天下也、而不明於天之正天子也。是故古者聖人、明以此説人曰、天子有善、天能賞之、天子有過、天能罰之。天子賞罰不當、聴獄不中、天下疾病禍福、霜露不時、天子必且犓豢其牛羊犬彘、絜為粢盛酒醴、以禱祠祈福於天、我未嘗聞天之禱祈福於天子也、吾以此知天之重且貴於天子也。是故義者不自愚且賤者出、必自貴且知者出。曰誰為知。天為知。然則義果自天出也。今天下之士君子之欲為義者、則不可不順天之意矣。
曰順天之意何若。曰兼愛天下之人。何以知兼愛天下之人也。以兼而食之也。何以知其兼而食之也。自古及今無有遠靈孤夷之國、皆犓豢其牛羊犬彘、絜為粢盛酒醴、以敬祭祀上帝山川鬼神、以此知兼而食之也。苟兼而食焉、必兼而愛之。譬之若楚、越之君、今是楚王食於楚之四境之内、故愛楚之人、越王食於越、故愛越之人。今天兼天下而食焉、我以此知其兼愛天下之人也。
且天之愛百姓也、不盡物而止矣。今天下之國、粒食之民、殺一不辜者、必有一不祥。曰誰殺不辜。曰人也。孰予之不辜。曰天也。若天之中實不愛此民也、何故而人有殺不辜、而天予之不祥哉。且天之愛百姓厚矣、天之愛百姓別矣、既可得而知也。何以知天之愛百姓也。吾以賢者之必賞善罰暴也。何以知賢者之必賞善罰暴也。吾以昔者三代之聖王知之。故昔也三代之聖王堯舜禹湯文武之兼愛天下也、従而利之、移其百姓之意焉、率以敬上帝山川鬼神、天以為従其所愛而愛之、従其所利而利之、於是加其賞焉、使之處上位、立為天子以法也、名之曰聖人、以此知其賞善之證。是故昔也三代之暴王桀紂幽厲之兼悪天下也、従而賊之、移其百姓之意焉、率以詬侮上帝山川鬼神、天以為不従其所愛而悪之、不従其所利而賊之、於是加其罰焉、使之父子離散、國家滅亡、抎失社稷、憂以及其身。是以天下之庶民屬而毀之、業萬世子孫継嗣、毀之賁不之廃也、名之曰失王、以此知其罰暴之證。今天下之士君子、欲為義者、則不可不順天之意矣。
曰順天之意者、兼也、反天之意者、別也。兼之為道也、義正、別之為道也、力正。曰義正者何若。曰大不攻小也、強不侮弱也、衆不賊寡也、詐不欺愚也、貴不傲賤也、富不驕貧也、壮不奪老也。是以天下之庶國、莫以水火毒薬兵刃以相害也。若事上利天、中利鬼、下利人、三利而無所不利、是謂天德。故凡従事此者、聖知也、仁義也、忠惠也、慈孝也、是故聚斂天下之善名而加之。是其故何也。則順天之意也。曰力正者何若。曰大則攻小也、強則侮弱也、衆則賊寡也、詐則欺愚也、貴則傲賤也、富則驕貧也、壮則奪老也。是以天下之庶國、方以水火毒薬兵刃以相賊害也。若事上不利天、中不利鬼、下不利人、三不利而無所利、是謂之賊。故凡従事此者、寇乱也、盜賊也、不仁不義、不忠不惠、不慈不孝、是故聚斂天下之悪名而加之。是其故何也。則反天之意也。
故子墨子置立天之、以為儀法、若輪人之有規、匠人之有矩也。今輪人以規、匠人以矩、以此知方圓之別矣。是故子墨子置立天之、以為儀法。吾以此知天下之士君子之去義遠也。何以知天下之士君子之去義遠也。今知氏大國之君寬者然曰、吾處大國而不攻小國、吾何以為大哉。是以差論蚤牙之士、比列其舟車之卒、以攻罰無罪之國、入其溝境、刈其禾稼、斬其樹木、殘其城郭、以御其溝池、焚焼其祖廟、攘殺其犧牷、民之格者、則剄殺之、不格者、則係操而歸、丈夫以為僕圉胥靡、婦人以為舂酋。則夫好攻伐之君、不知此為不仁義、以告四隣諸侯曰、吾攻國覆軍、殺将若干人矣。其隣國之君亦不知此為不仁義也、有具其皮幣、発其総處、使人饗賀焉。則夫好攻伐之君、有重不知此為不仁不義也、有書之竹帛、蔵之府庫。為人後子者、必且欲順其先君之行、曰、何不當発吾府庫、視吾先君之法美。必不曰文、武之為正者若此矣、曰吾攻國覆軍殺将若干人矣。則夫好攻伐之君、不知此為不仁不義也、其隣國之君不知此為不仁不義也、是以攻伐世世而不已者、此吾所謂大物則不知也。
所謂小物則知之者何若。今有人於此、入人之場園、取人之桃李瓜薑者、上得且罰之、衆聞則非之、是何也。曰不與其労、獲其實、已非其有所取之故、而況有踰於人之牆垣、担格人之子女者乎。與角人之府庫、竊人之金玉蚤累者乎。與踰人之欄牢、竊人之牛馬者乎。而況有殺一不辜人乎。今王公大人之為政也、自殺一不辜人者、踰人之牆垣、担格人之子女者、與角人之府庫、竊人之金玉蚤累者、與踰人之欄牢、竊人之牛馬者、與入人之場園、竊人之桃李瓜薑者、今王公大人之加罰此也、雖古之堯舜禹湯文武之為政、亦無以異此矣。今天下之諸侯、将猶皆侵凌攻伐兼并、此為殺一不辜人者、數千萬矣、此為踰人之牆垣、格人之子女者、與角人府庫、竊人金玉蚤累者、數千萬矣、踰人之欄牢、竊人之牛馬者、與入人之場園、竊人之桃李瓜薑者、數千萬矣、而自曰義也。故子墨子言曰、是蕡我者、則豈有以異是蕡黒白甘苦之辯者哉。今有人於此、少而示之黒謂之黒、多示之黒謂白、必曰吾目乱、不知黒白之別。今有人於此、能少嘗之甘謂甘、多嘗謂苦、必曰吾口乱、不知其甘苦之味。今王公大人之政也、或殺人其國家、禁之此蚤、越有能多殺其隣國之人、因以為文義、此豈有異蕡白黒、甘苦之別者哉。
故子墨子置天之、以為儀法。非獨子墨子以天之志為法也、於先王之書大夏之道之然、帝謂文王、予懷而明德、毋大聲以色、毋長夏以革、不識不知、順帝之則。此誥文王之以天志為法也、而順帝之則也。且今天下之士君子、中實将欲為仁義、求為上士、上欲中聖王之道、下欲中國家百姓之利者、當天之志、而不可不察也。天之志者、義之経也。

字典を使用するときに注意すべき文字
次、謂幄也。 派生して、ほしいままにする、の意あり。
別、辨也。 わきまえる、の意あり。
残、賊也。殺也。 こわす、そこなう、の意あり。
與、及也。如也。 およぶ、ごとき、の意あり。
角、又校也。 くらべる、しらべる、の意あり。


《天志下》
子墨子の言ひて曰く、天下の乱るる所以(ゆえん)のものは、其の説は将に何ぞや。則ち是は天下の士君子、皆は小を明かにして而して大に明かならざればなり。何を以って其の小に明かにして大に明かならざるを知るや。其の天の意に明かならざるを以ってなり。何を以って其の天の意に明かならざるを知るや。人の家に處(お)る者を以って之を知る。今、人の若(ごと)き家に處りて罪を得ば、将に猶ほ異家の所に有りて、以って之を避逃(ひとう)する者、然れども且つ父は以って子を戒(いまし)め、兄は以って弟を戒めて、曰く、之を戒(いまし)めよ之を慎(つつし)めよ、人の家に處(お)りて、之を戒めず慎まずして、而して人の國に處る者有らむや。今、人の若(ごと)き國に處りて罪を得ば、将に猶ほ異國の所に有りて、以って之を避逃(ひとう)する者や、然れども且つ父は以って子を戒(いまし)め、兄は以って弟を戒め、曰く、之を戒(いまし)め之を慎(つつし)め、人の國に處る者は、戒慎(かいしん)せざる可からざるなり。今、人は皆天下に處(お)り而して天に事(つか)へ、罪を天に得れば、将に之を避逃(ひとう)する所以(ゆえん)の者無からむとす。然り而して以って相(あひ)極戒(きょくかい)するを知るは莫(な)し、吾の此れを以って大物(だいぶつ)は則ち知らざるものを知るなり。
是の故に子墨子の言いて曰く、之を戒め之を慎め、必ず天の欲する所を為し、而(ま)た天の悪(にく)む所を去れ。曰く、天の欲する所のものは何ぞや。悪(にく)む所のものは何ぞや。天は義を欲し而して其の不義を悪(にく)むものなり。何に以って其の然るを知るや。曰く、義は正(せい)なればなり。何を以って義の正(せい)為(た)るを知るや。天下に義有れば則ち治(おさま)り、義無くば則ち乱る、我(おのれ)は此を以って義の正(せい)為(た)るを知るなり。然り而して正は、下自り上を正(ただ)す者は無く、必ず上自り下を正(ただ)す。是の故に庶人は己(おのれ)を次にして而して正(せい)を為すことを得ず、士有りて之を正(ただ)すも、士は己は次(ほしいまま)にして而して正を為すことを得ず、大夫有りて之を正(ただ)すも、大夫は己は次(ほしいまま)にして而して正(せい)を為すことを得ず、諸侯有りて之を正(ただ)すも、諸侯は己は次(ほしいまま)にして而して正(せい)を為すことを得ず、三公有りて之を正(ただ)すも、三公は己は次(ほしいまま)にして而して正(せい)を為すことを得ず、天子有りて之を正(ただ)すも、天子は己は次(ほしいまま)にして而して政(まつりごと)を為すことを得ず、天有りて之を正(ただ)す。今、天下の士君子は、皆天子の天下を正(ただ)すことを明かにして、而して天の天子を正(ただ)すことに明かならざるなり。是の故に古の聖人は、明を以って此を人に説きて曰く、天子に善(ぜん)有れば、天は能く之を賞し、天子に過(あやまち)あれば、天は能く之を罰す。天子の賞罰は當(あた)らず、聴獄は中(あた)らざれば、天は疾病禍福を下し、霜露は時ならず、天子は必ず且(まさ)に其の牛羊(ぎゅうよう)犬彘(けんてい)を犓豢(すうきょ)し、絜(いさぎよ)く粢盛(しせい)酒醴(しゅせい)を為(つ)り、以って禱祠(とうし)して福を天に祈り、我は未だ嘗(か)って天が禱祈(とうき)して天子を福するを聞かずして、吾は此を以って天は天子より重にして且つ貴なるを知らざるなり。是の故に義は愚且つ賤なる者自り出(い)でず、必ず貴且つ知なる者自り出(い)ず。曰く、誰か知を為す。天は知を為す。然らば則ち義は果(はた)して天自り出づるか。今、天下の士君子の義を為すを欲する者は、則ち天の意に順(したが)はざる可からず。
曰く、天の意に順(したが)ふとは何の若(ごと)きや。曰く、天下の人を兼愛するなり。何を以って天下の人を兼愛するを知るや。兼(けん)を以って而して之を食(やしな)ふ。何を以って其の兼をして而して之を食(やしな)ふを知るや。古自り今に及まで遠靈(えんじ)孤夷(こい)の國有ること無く、皆は其の牛羊(ぎゅうよう)犬彘(けんてい)を犓豢(すうきょ)し、絜(いさぎよ)く粢盛(しせい)酒醴(しゅれい)を為(つ)り、以って敬みて上帝山川鬼神を祭祀(さいし)し、此を以って兼(けん)をして而して之を食(やしな)ふを知るなり。苟(いや)しくも兼をして而して食(やしな)へば、必ず兼をして而して之を愛す。之を譬へば楚、越の君の若(ごと)し、今、是の楚王が楚の四境の内を食(やしな)へば、故に楚の人は愛し、越王が越を食(やしな)へば、故に越の人は愛す。今、天は天下を兼(けん)し而して食(やしな)ひ、我は此を以って其の天下の人を兼愛するを知るなり。
且つ天が百姓を愛するや、物は盡(つ)かずて而して止む。今、天下の國、粒食の民、一不辜を殺す者は、必ず一不祥有り。曰く、誰か不辜を殺す。曰く、人なり。孰(たれ)か此に不辜を予(あた)ふ。曰く、天なり。若し天が中實(まこと)に此の民を愛せずんば、何の故に而(しかる)に人が不辜を殺すこと有れば、而(しかる)に天は之に不祥を予(あた)へむや。且つ天が百姓を愛すること厚く、天が百姓を愛すること別(わきまえ)るは、既に得て而して知る可きなり。何を以って天が百姓を愛することを知るや。吾は賢者が必ず善を賞し暴を罰するを以ってなり。何を以って賢者が必ず善を賞し暴を罰するを知るや。吾は昔の三代の聖王を以って之を知る。故に昔の三代の聖王堯舜禹湯文武が之の天下を兼愛するや、従ひて而して之を利し、其の百姓の意を移(うつ)し、率ひて以って上帝山川鬼神を敬ひ、天を以って其の愛する所に従いひて而して之を愛し、其の利する所に従ひて而して之を利し、是に於いて其の賞を加え、之をして上位に處(お)り、立ちて天子と為(な)り以って法(のり)と使(し)め、之を名して曰く聖人、此を以って其の善を賞する證(あかし)を知ると為す。是の故に昔の三代の暴王桀紂幽厲が之の天下を兼悪(けんお)するや、従ひて而して之を賊(そこな)ひ、其の百姓の意を移して、率いて以って上帝山川鬼神を詬侮(こうぶ)し、天を以って其の愛する所に従はざりて而して之を悪(にく)み、其の利する所に従はざりて而して之を賊(そこな)ひ、是に於いて其の罰を加え、之をして父子は離散、國家は滅亡、社稷は抎失(うんしつ)し、憂(うれひ)は以って其の身に及ば使(し)むを為す。是を以って天下の庶民は屬(あつま)りて而して之を毀(そし)り、業は萬世子孫に継嗣して、之を毀賁(きふん)し之を廃(や)まずなり、之を名づけて曰く失王(しつおう)、此を以って其の暴を罰するの證(あかし)を知る。今、天下の士君子、義を為すを欲する者は、則ち天の意に順(したが)はざる可からず。
曰く天の意に順(したが)ふものは、兼なり、天の意に反するものは、別(べつ)なり。兼(けん)の道(みち)為(た)るや、義に正(ただ)し、別(べつ)の道(みち)為(た)るや、力(りき)に正(ただ)すなり。曰く義に正(ただ)すものは何の若(ごと)きや。曰く大は小を攻めず、強は弱を侮らず、衆は寡を賊(そこな)はず、詐(さ)は愚を欺(あざむ)かず、貴は賤に傲(おご)らず、富は貧に驕(おご)らず、壮は老より奪はざるなり。是を以って天下の庶國は、水火毒薬兵刃を以って、以って相(あひ)害(そこな)ふこと莫(な)きなり。若(かくのごと)き事は上には天を利し、中には鬼を利し、下には人を利し、三利にして而して利せざる所無し、是を天德と謂う。故に凡そ此に従事する者は、聖知なり、仁義なり、忠惠なり、慈孝なり、是の故に天下の善名を聚斂(しゅうれん)して而して之を加ふ。是の其の故は何ぞや。則ち天の意に順(したが)へばなり。曰く、力正(りくせい)は何の若(ごと)きや。曰く、大は則ち小を攻め、強は則ち弱を侮り、衆は則ち寡を賊(そこな)ひ、詐(さ)は則ち愚を欺(あざむ)き、貴は則ち賤に傲(おご)り、富は則ち貧に驕(おご)り、壮は則ち老より奪ふ。是を以って天下の庶國は、方に水火毒薬兵刃を以って、以って相賊害するなり。若(かくのごと)き事は上には天を利せず、中には鬼に利せず、下には人に利せず、三不利にして而して利する所無く、是を賊と謂ふ。故に凡そ此に従事する者は、寇乱(こうらん)なり、盜賊(とうぞく)なり、不仁不義なり、不忠不惠なり、不慈不孝なり、是の故に天下の悪名を聚斂(しゅうれん)して而して之に加ふ。是の其の故は何ぞや。則ち天の意に反するなり。
故に子墨子は天を置立(ちりゅう)し、以って儀法(ぎほう)と為し、輪人(りんじん)に規(き)有り、匠人(しょうじん)に矩(く)有るが若(ごと)きなり。今、輪人(りんじん)は規(き)を以ってし、匠人(しょうじん)は矩(く)を以ってし、此を以って方圓(ほうえん)の別(べつ)を知る。是の故に子墨子は天を置立(ちりゅう)し、以って儀法(ぎほう)と為す。吾の此を以って天下の士君子の義を去ることの遠きを知るなり。何を以って天下の士君子の義を去ることの遠きを知るや。今知る、氏(こ)れ大國の君の寬者(かんしゃ)は然(しか)りて曰く、吾の大國に處(お)りて而して小國を攻めずは、吾は何を以って大と為さむや。是を以って蚤牙(そうが)の士を差論(さろん)し、其の舟車の卒を比列(ひれつ)し、以って無罪の國を攻罰し、其の溝境(こうきょう)に入り、其の禾稼(かか)を刈り、其の樹木を斬り、其の城郭を殘(そこな)ひ、以って其の溝池を御(ぎょ)し、其の祖廟(そびょう)を焚焼(ふんしょう)し、其の犧牷(ぎせい)を攘殺(じょうさつ)し、民の格する者を、則ち之を剄殺(けいさつ)し、格せざる者を、則ち係操(けいそう)して而して歸(き)し、丈夫は以って僕圉(ぼくぎょ)胥靡(しょび)と為し、婦人は以って舂酋(しゅんしゅう)と為す。則ち夫(そ)れ攻伐を好む君は、此が不仁義為(た)ることを知らずて、以って四隣諸侯に告げて曰く、吾の國を攻め軍を覆(くつがえ)し、将(しょう)を殺すこと若干人。其の隣國の君も亦た此が不仁義為(た)ることを知らず、其の皮幣(ひへい)を具(ぐ)すこと有りて、其の総處(そうしょ)を発し、人をして饗賀(きょうが)せ使(し)む。則ち夫れ攻伐を好む君は、重ねて此が不仁不義為(た)ることを知らずこと有り、之を竹帛(ちくはく)に書すこと有りて、之を府庫に蔵す。人の後子と為る者は、必ず且(まさ)に其の先君の行に順(したが)はむと欲し、曰く、何ぞ當(まさ)に吾の府庫(ふこ)を発し、吾の先君の法美を視ざるや。必ず文、武の正(まつりごと)を為すものは此の若(ごと)しと曰はずして、曰く、吾の國を攻め軍を覆(くつがえ)し将(しょう)を殺すこと若干人なり。則ち夫(そ)れ攻伐を好む君は、此が不仁不義と為(な)ることを知らずて、其の隣國の君も此が不仁不義為(た)ることを知らずなり、是を以って攻伐は世世にして而して已(や)まざるは、此れ吾の所謂(いわゆる)大物(だいぶつ)は則ち知らざるなり。
所謂(いわゆる)小物は則ち之を知る者は何の若(ごと)きや。今、此に人有り、人の場園(じょうえん)に入り、人の桃李(とおり)瓜薑(こうきょう)を取る者は、上は得て且(まさ)に之を罰し、衆は聞きて則ち之を非とせむ、是は何ぞや。曰く、其の労に與(あづか)らずして、其の實を獲、已(すで)に其の有する所に非ずして之を取る故にして、而して況むや人有りて牆垣(しょうえん)を踰(こ)え、人の子女を担格(たんかく)する者をや。與(およ)び人の府庫(ふこ)を角(しら)べ、人の金玉(きんぎょく)蚤累(そうるい)を竊(ぬす)む者をや。與(およ)び人の欄牢(らんろう)を踰(こ)え、人の牛馬を竊(ぬす)む者をや。而して況(いや)むや有りて一(いち)不辜(ふこ)の人を殺すをや。今、王公大人の政(まつりごと)を為すや、一不辜の人を殺す者自り、人の牆垣(しょうえん)を踰(こ)えて、人の子女を担格(たんかく)する者、與(およ)び人の府庫を角(しら)べ、人の金玉(きんぎゃく)蚤累(そうるい)を竊(ぬす)む者、與(およ)び人の欄牢(らんろう)を踰(こ)え、人の牛馬を竊(ぬす)む者、與(およ)び人の場園(じょうえん)に入り、人の桃李(とおり)瓜薑(こうきょう)を竊(ぬす)む者に、今、王公大人の罰を此に加えるや、古の堯舜禹湯文武の政(まつりごと)を為すと雖(いへど)も、亦た以って此に異ること無し。
今、天下の諸侯、将に猶ほ皆は侵凌(しんりょう)攻伐(こうばつ)兼并(けんぺい)す、此れ一(いち)不辜(ふこ)の人を殺すを為す者は、數千萬なり、此れ人の牆垣(しょうえん)を踰(こ)え、人の子女を格する者、與び人の府庫を角(しら)べ、人の金玉(きんぎょく)蚤累(そうるい)を竊(ぬす)む者は、數千萬なり、人の欄牢(らんろう)を踰(こ)え、人の牛馬を竊(ぬす)む者、與(およ)び人の場園(じょうえん)に入り、人の桃李(とおり)瓜薑(かこきょう)を竊(ぬす)む者、數千萬なり、而して自から義なりと曰ふなり。故に子墨子の言ひて曰く、是の我を蕡(みだ)す者は、則ち豈(あ)に以って是の黒白甘苦の辯(ことば)を蕡(みだ)す者に異ること有らむ。今、此に人有り、少にして而して之の黒を示して之を黒と謂ひ、多く之に黒を示せば白と謂ひ、必ず曰はむ、吾が目は乱れ、黒白の別(べつ)を知らず。今、此に人有りて、能く少し之に甘を嘗(な)めしむれば甘(かん)と謂ひ、多く嘗(な)めしむらば苦(く)と謂ふ、必ず曰はむ、吾の口は乱れ、其の甘苦の味を知らず。今、王公大人の政を為すや、其の國家に人を殺すこと或れば之を禁ずること此れ蚤(はや)し、越(ここ)に能く多く其の隣國の人を殺すこと有りて、因って以って文義と為す、此れ豈に白黒甘苦の別(べつ)を蕡(みだ)す者に異なること有らむや。
故に子墨子の天を之に置き、以って儀法(ぎほう)と為す。獨り子墨子のみ天を之に以って法(のり)と為すを志(こころざ)すに非ず、先王の書に於いて大夏に之を道(い)ふこと然り、帝は文王に謂ふ、之を則(のり)と留むるなり。且つ今、天下の士君子、中實(まこと)に将に仁義を為すを欲し、上士為(た)ることを求め、上には聖王の道(みち)に中(あた)らむと欲し、下には國家百姓の利に中(あた)らむを欲する者は、當(まさ)に天の之の志(こころざし)は、而して察せざる可からずなり。天の之の志(こころざし)は、義の経(のり)なり。

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資料編 墨子 巻七 天志中

2021年04月11日 | 墨子 原文と訓じ
資料編 墨子 巻七 天志中

《天志中》
子墨子言曰、今天下之君子之欲為仁義者、則不可不察義之所従出。既曰不可以不察義之所従出、然則義何従出。子墨子曰、義不従愚且賤者出、必自貴且知者出。何以知義之不従愚且賤者出、而必自貴且知者出也。曰、義者、善政也。何以知義之為善政也。曰、天下有義則治、無義則乱、是以知義之為善政也。夫愚且賤者、不得為政乎貴且知者、然後得為政乎愚且賤者、此吾所以知義之不従愚且賤者出、而必自貴且知者出也。然則孰為貴、孰為知。曰、天為貴、天為知而已矣。然則義果自天出矣。
今天下之人曰、當若天子之貴於諸侯、諸侯之貴於大夫、傐明知之。然吾未知天之貴且知於天子也。子墨子曰、吾所以知天之貴且知於天子者有矣。曰、天子為善、天能賞之、天子為暴、天能罰之、天子有疾病禍祟、必齋戒沐浴、潔為酒醴粢盛、以祭祀天鬼、則天能除去之、然吾未知天之祈福於天子也。此吾所以知天之貴且知於天子者。不止此而已矣、又以先王之書馴天明不解之道也知之。曰、明哲維天、臨君下土。則此語天之貴且知於天子。不知亦有貴知夫天者乎。曰、天為貴、天為知而已矣。然則義果自天出矣。
是故子墨子曰、今天下之君子、中實将欲遵道利民、本察仁義之本、天之意不可不慎也。既以天之意、以為不可不慎已、然則天之将何欲何憎。子墨子曰、天之意不欲大國之攻小國也、大家之乱小家也、強之暴寡、詐之謀愚、貴之傲賤、此天之所不欲也。不止此而已、欲人之有力相営、有道相教、有財相分也。又欲上之強聴治也、下之強従事也。上強聴治、則國家治矣、下強従事則財用足矣。若國家治財用足、則内有以潔為酒醴粢盛、以祭祀天鬼、外有以為環璧珠玉、以聘撓四隣。諸侯之冤不興矣、邊境兵甲不作矣。内有以食飢息労、持養其萬民、則君臣上下惠忠、父子弟兄慈孝。故唯毋明乎順天之意、奉而光施之天下、則刑政治、萬民和、國家富、財用足、百姓皆得煖衣飽食、便寧無憂。是故子墨子曰、今天下之君子、中實将欲遵道利民、本察仁義之本、天之意不可不慎也。
且夫天子之有天下也、辟之無以異乎國君諸侯之有四境之内也。今國君諸侯之有四境之内也、夫豈欲其臣國萬民之相為不利哉。今若處大國則攻小國、處大家則乱小家、欲以此求賞誉、終不可得、誅罰必至矣。夫天之有天下也、将無已異此。今若處大國則攻小國、處大都則伐小都、欲以此求福禄於天、福禄終不得、而禍祟必至矣。然有所不為天之所欲、而為天之所不欲、則夫天亦且不為人之所欲、而為人之所不欲矣。人之所不欲者何也。曰病疾禍祟也。若已不為天之所欲、而為天之所不欲、是率天下之萬民以従事乎禍祟之中也。故古者聖王明知天鬼之所福、而辟天鬼之所憎、以求興天下之利、而除天下之害。是以天之為寒熱也節、四時調、陰陽雨露也時、五穀孰、六畜遂、疾災戾疫凶饑則不至。是故子墨子曰、今天下之君子、中實将欲遵道利民、本察仁義之本、天意不可不慎也。
且夫天下蓋有不仁不祥者、曰當若子之不事父、弟之不事兄、臣之不事君也。故天下之君子、與謂之不祥者。今夫天兼天下而愛之、撽遂萬物以利之、若豪之末、非天之所為也、而民得而利之、則可謂否矣。然獨無報夫天、而不知其為不仁不祥也。此吾所謂君子明細而不明大也。
且吾所以知天之愛民之厚者有矣、曰以磨為日月星辰、以昭道之、制為四時春秋冬夏、以紀綱之、雷降雪霜雨露、以長遂五穀麻絲、使民得而財利之、列為山川谿谷、播賦百事、以臨司民之善否、為王公侯伯、使之賞賢而罰暴、賊金木鳥獣、従事乎五穀麻絲、以為民衣食之財。自古及今、未嘗不有此也。今有人於此、驩若愛其子、竭力單務以利之、其子長、而無報子求父、故天下之君子與謂之不仁不祥。今夫天兼天下而愛之、撽遂萬物以利之、若豪之末、非天之所為、而民得而利之、則可謂否矣、然獨無報夫天、而不知其為不仁不祥也。此吾所謂君子明細而不明大也。
且吾所以知天愛民之厚者、不止此而足矣。曰殺不辜者、天予不祥。不辜者誰也。曰人也。予之不祥者誰也。曰天也。若天不愛民之厚、夫胡説人殺不辜、而天予之不祥哉。此吾之所以知天之愛民之厚也。
且吾所以知天之愛民之厚者、不止此而已矣。曰愛人利人、順天之意、得天之賞者有之、憎人賊人、反天之意、得天之罰者亦有矣。夫愛人利人、順天之意、得天之賞者誰也。曰若昔三代聖王、堯舜禹湯文武者是也。堯舜禹湯文武焉所従事。曰従事兼、不従事別。兼者、處大國不攻小國、處大家不乱小家、強不劫弱、衆不暴寡、詐不謀愚、貴不傲賤。観其事、上利乎天、中利乎鬼、下利乎人、三利無所不利、是謂天德。聚斂天下之美名而加之焉、曰、此仁也、義也、愛人利人、順天之意、得天之賞者也。不止此而已、書於竹帛、鏤之金石、琢之槃盂、傳遺後世子孫。曰将何以為。将以識夫愛人利人、順天之意、得天之賞者也。皇矣道之曰、帝謂文王、予懷明德、不大聲以色、不長夏以革、不識不知、順帝之則。帝善其順法則也、故挙殷以賞之、使貴為天子、富有天下、名誉至今不息。故夫愛人利人、順天之意、得天之賞者、既可得留而已。夫憎人賊人、反天之意、得天之罰者誰也。曰若昔者三代暴王桀紂幽厲者是也。桀紂幽厲焉所従事。曰従事別、不従事兼。別者、處大國則攻小國、處大家則乱小家、強劫弱、衆暴寡、詐謀愚、貴傲賤。観其事、上不利乎天、中不利乎鬼、下不利乎人、三不利無所利、是謂天賊。聚斂天下之醜名而加之焉、曰此非仁也、非義也。憎人賊人、反天之意、得天之罰者也。不止此而已、又書其事於竹帛、鏤之金石、琢之槃盂、傳遺後世子孫。曰将何以為。将以識夫憎人賊人、反天之意、得天之罰者也。大誓之道之曰、紂越厥夷居、不肯事上帝、棄厥先神祇不祀、乃曰吾有命、毋廖𠏿務。天亦縦棄紂而不葆。察天以縦棄紂而不葆者、反天之意也。故夫憎人賊人、反天之意、得天之罰者、既可得而知也。
是故子墨子之有天之、辟人無以異乎輪人之有規、匠人之有矩也。今夫輪人操其規、将以量度天下之圓與不圓也、曰、中吾規者謂之圓、不中吾規者謂之不圓。是以圓與不圓、皆可得而知也。此其故何。則圓法明也。匠人亦操其矩、将以量度天下之方與不方也。曰、中吾矩者謂之方、不中吾矩者謂之不方。是以方與不方、皆可得而知之。此其故何。則方法明也。故子墨子之有天之意也、上将以度天下之王公大人之為刑政也、下将以量天下之萬民為文学出言談也。観其行、順天之意、謂之善意行、反天之意、謂之不善意行、観其言談、順天之意、謂之善言談、反天之意、謂之不善言談、観其刑政、順天之意、謂之善刑政、反天之意、謂之不善刑政。故置此以為法、立此以為儀、将以量度天下之王公大人卿大夫之仁與不仁、譬之猶分黒白也。是故子墨子曰、今天下之王公大人士君子、中實将欲遵道利民、本察仁義之本、天之意不可不順也。順天之意者、義之法也。

字典を使用するときに注意すべき文字
政、正也。 ただす、の意あり。
馴、従也、善也。 したがはす、の意あり。
単、盡也。周也。 つくす、あまねく、の意あり。
文、美也、又善也 よし、ぜん、の意あり。


《天志中》
子墨子の言いて曰く、今、天下の君子の仁義を為さむと欲する者、則ち義の従りて出づる所を察せざる可からず。既に曰く以って義の従りて出づる所を察せざる可からず、然らば則ち義は何に従り出づるや。子墨子の曰く、義は愚(ぐ)且つ賤(せん)なる者従り出でず、必ず貴(き)且つ知(ち)なる者自り出づ。何を以って義の愚(ぐ)且つ賤(せん)なる者従り出でず、而(しかる)に必ず貴(き)且つ知(ち)なる者自り出づるを知るや。曰く、義は、善(よ)く政(ただ)すなり。何を以って義の善(よ)く政(ただ)すを為すを知るや。曰く、天下は義(ぎ)有れば則ち治まり、義無くば則ち乱る、是を以って義の善く政(ただ)すを為すことを知るなり。夫れ愚且つ賤なる者は、政(まつりごと)を貴(き)且つ知(ち)なるものが為すを得、然る後に政(まつりごと)を愚(ぐ)且つ賤(せん)なるものが為すを得る、此れ吾の義の愚且つ賤なるもの従り出でず、而して必ず貴且つ知なる者自り出づるを知る所以(ゆえん)なり。然らば則ち孰(いず)れを貴と為し、孰(いず)れを知と為す。曰く、天を貴と為し、天を知と為し而して已(や)む。然らば則ち義は果して天自り出づるや。
今、天下の人の曰く、當(まこと)に天子は諸侯より貴く、諸侯は大夫より貴き若(ごと)きは、傐明(こうめい)に之を知る。然れども吾は未だ天は天子より貴且つ知なるを知らず。子墨子の曰く、吾の天は天子より貴且つ知なるを知る所以(ゆえん)のもの有り。曰く、天子が善を為せば、天は能く之を賞し、天子が暴を為せば、天は能く之を罰し、天子に疾病(しっぺい)禍祟(かすう)有れば、必ず齋戒(さいかい)沐浴(もくよく)し、潔く酒醴(しゅれい)粢盛(しせい)を為り、以って天鬼を祭祀すれば、則ち天は能く之を除去し、然れども吾は未だ天が福を天子に祈るを知らざるなり。此れ吾が天は天子より貴且つ知なるを知る所以なり。此を止(や)めずて而して已(や)むのみ、又た先王の書に天明を解(おこた)らざるの道を馴(おし)ふるを以って之を知る。曰く、明哲なるは維(こ)れ天、下土(かど)に臨君(りんくん)す。則ち此れ天は天子より貴且つ知なるを語る。知らず亦た貴と知の有るは夫れ天なる者か。曰く、天を貴と為し、天を知と為し而して已む。然らば則ち義は果して天自り出づ。
是の故に子墨子は曰く、今、天下の君子、中實(まこと)に将に道に遵(したが)ひ民を利し、仁義の本に本づき察せむと欲せば、天の意は慎まざる可からざるなり。既に天の意を以って、以って慎まざる可からざる已と為し、然らば則ち天は将に何を欲し何を憎まむ。子墨子の曰く、天の意は大國が小國を攻め、大家が小家を乱し、強が寡を暴(ぼう)し、詐(さ)が愚(ぐ)を謀(はか)り、貴が賤に傲(おご)るを欲せず、此れ天の欲せざる所なり。此を止めずて而(しかる)に已むは、人の有力(ゆうりょく)相(あい)営(いとな)み、有道(ゆうどう)相(あい)教(おし)へ、有財(ゆうざい)相(あい)分(わか)つを欲するなり。又た上は強(つと)めて治を聴き、下は強(つと)めて事に従ふを欲す。上は強(つと)めて治を聴けば、則ち國家を治まり、下は強(つと)めて事に従へば則ち財用(ざいよう)は足る。若し國家は治まり財用(ざいよう)が足れば、則ち内には以って潔(いさぎよ)く酒醴(しゅれい)粢盛(しせい)を為り、以って天鬼を祭祀りは有り、外には以って環璧(かんへき)珠玉(しゅぎょく)を為り、以って四隣に聘撓(へいぎょう)する有り。諸侯に冤(うらみ)は興(おこ)らず、邊境(へんきょう)に兵甲(へいこう)は作らず。内には以って飢(き)を食(くら)ひ労(ろう)を息(やす)め、其の萬民を持養すれば、則ち君臣上下は惠忠に、父子弟兄は慈孝なり。故に唯毋(ただ)天の意に順(したが)ふことを明らにし、奉じて而して光(ひろ)く之を天下に施せば、則ち刑政は治まり、萬民は和し、國家は富み、財用は足り、百姓は皆煖衣(だんい)飽食(ほうしょく)することを得て、便寧(べんねい)にして憂(うれ)ひ無からむ。是の故に子墨子の曰く、今、天下の君子、中實(まこと)に将に道に遵(したが)ひ民を利し、仁義の本(もと)に本(もと)づき察せむと欲せば、天の意は慎まざる可からざるなり。
且つ夫れ天子の天下を有つや、之を辟(たと)ふるに以って國君諸侯の四境の内を有(ゆう)するに異なるは無し。今、國君諸侯の四境の内を有するや、夫れ豈に其の臣國萬民の不利を相為すを欲せむや。今、若し大國に處(お)れば則ち小國を攻め、大家に處れば則ち小家を乱し、此を以って賞誉(しょうよ)を求めむと欲するも、終(つい)に得(え)可(べ)からず、誅罰は必ず至らむ。夫れ天の天下を有するや、将に已(も)って此に異ること無からむとす。今、若し大國に處(お)れば則ち小國を攻め、大都に處れば則ち小都を伐ち、此を以って福禄を天に求めむと欲するも、福禄は終(つい)に得ず、而して禍祟は必ず至らむ。然らば天の欲する所を為さずして、而して天の欲せざる所を為す所(ところ)有(あ)れば、則ち夫れ天も亦た且に人の欲する所を為さずして、而して人の欲せざる所を為さむとす。人の欲せざる所のものは何ぞや。曰く、病疾(びょうしつ)禍祟(かすう)なり。若し已(すで)に天の欲する所を為さずして、而に天の欲せざる所を為せば、是は天下の萬民を率いて以って禍祟の中に従事するなり。故に古の聖王は明らに天鬼の福する所を知りて、而して天鬼の憎む所を辟(さ)け、以って天下の利を興して、而に天下の害を除かむことを求む。是を以って天の寒熱を為すことに節あり、四時は調(ととの)ひ、陰陽雨露は時にして、五穀は孰(じゅく)し、六畜は遂(と)げ、疾災(しつさい)戾疫(らいえき)凶饑(きょうき)は則ち至らず。是の故に子墨子の曰く、今、天下の君子、中實(もこと)に将に道に遵(したが)ひ民を利し、仁義の本に本づき察せむと欲せば、天の意は慎まざる可からずなり。
且つ夫れ天下に蓋し不仁不祥の者有り、曰く、當に子は父に事(つか)へず、弟は兄に事(つか)へず、臣は君に事(つか)へざるが若(ごと)き。故に天下の君子は、與(あげ)て之を不祥の者と謂ふ。今、夫れ天は天下を兼(けん)し而して之を愛し、萬物を撽遂(げきつい)して以って之を利し、豪(ごう)の末の若(ごと)きは、非(か)の天の為す所にして、而して民は得て而して之を利し、則ち否と謂う可きや。然れども獨り夫(そ)の天に報ずること無くして、而して其の不仁不祥為(た)るを知らざるなり。此れ吾の所謂(いわゆる)君子は細(さい)に明かにして而して大(だい)に明かならざるなり。
且つ吾の天が民を愛することの厚きを知る所以(ゆえん)のものは有りて、曰く、以って日月星辰を磨為(れきい)して、以って之を昭道(しょうどう)し、春秋冬夏の四時を制為(せいい)し、以って之を紀綱(きこう)し、雷降(らいこう)雪霜(せつそう)雨露(うろ)、以って五穀(ごこく)麻絲(まし)を長遂(ちょうすい)し、民をして得て而して之を財利せ使め、山川(さんせん)谿谷(けいこく)を列為(れつい)し、百事を播賦(はふ)し、以って民の善否を臨司(りんし)し、王公侯伯を為(さだ)め、之をして賢を賞し而(ま)た暴を罰し、金木鳥獣を賊し、五穀(ごこく)麻絲(まし)に従事し、以って民の衣食の財を為さ使めむ。古自り今に及ぶまで、未だ嘗(か)って此れ有らずんばあらずなり。今、此に人有り、驩若(かんじゃく)として其の子を愛し、力を竭(つく)し務(つとめ)を単(つく)して以って之を利し、其の子の長じて、而に子が父の求めに報じること無ければ、故に天下の君子は與(あげ)て之を不仁不祥と謂う。今、夫れ天は天下を兼(けん)し而して之を愛し、萬物を撽遂(げきつい)して以って之を利し、豪(ごう)の末の若きは、非の天の為す所にして、而に民は得て而して之を利し、則ち否と謂う可きや、然れども獨り夫の天に報ずること無くして、而に其の不仁不祥為(た)ることを知らざるなり。此れ吾の所謂(いわゆる)君子は細(さい)に明らにして而に大(だい)に明かならずなり。
且つ吾の天が民を愛することの厚きを知る所以(ゆえん)のものは、止(ここ)に此のみにて而(しかる)に足らず。曰く、不辜(ふこ)を殺すものは、天は不祥(ふしょう)を予(あた)ふ。不辜のものは誰ぞや。曰、人なり。之に不祥を予(あた)ふるものは誰ぞや。曰く、天なり。若し天が民を愛することの厚からずんば、夫れ胡(なむ)の説ありて人は不辜を殺し、而して天は之に不祥を予(あた)へむや。此れ吾の天が民を愛することの厚きを知る所以(ゆえん)なり。
且つ吾の天が民を愛することの厚きを知る所以(ゆえん)のものは、止(ここ)に此れ而して已(や)まず。曰く、人を愛し人を利し、天の意に順(したが)ひ、天の賞を得たる者有り、人を憎み人を賊(そこな)ひ、天の意に反し、天の罰を得たる者亦た有り。夫れ人を愛し人を利し、天の意に順(したが)ひ、天の賞を得たる者は誰ぞや。曰く、昔の三代聖王、堯舜禹湯文武の若き者、是なり。堯舜禹湯文武は焉(いずく)にか事に従ふ所ぞ。曰く、兼(けん)に従事し、別(べつ)に従事せず。兼は、大國に處(お)りて小國を攻めず、大家に處りて小家を乱さず、強は弱を劫(おびや)かさず、衆は寡を暴(ぼう)せず、詐(さ)は愚を謀(はか)らず、貴は賤に傲(おご)らず。其の事を観るに、上には天を利し、中には鬼を利し、下には人を利し、三利の利せざる所無し、是を天德と謂う。天下の美名を聚斂(しゅうれん)し而して之に加へて、曰く、此れ仁なり、義なり、人を愛し人を利し、天の意に順(したが)ひ、天の賞を得る者なり。
止(た)だ此れ而已(のみ)ならず、竹帛(ちくはく)に書し、金石に鏤(ろう)し、槃盂(ばんう)に琢(たく)し、後世子孫に傳遺(でんい)す。曰く、将に何を以って為さむとするか。将に以って夫(そ)の人を愛し人を利し、天の意に順(したが)ひ、天の賞を得るものを識(しる)さむなり。皇矣(こうい)に之を道(い)ひて曰く、帝が文王に謂ふに、予(われ)は明德を懷(おも)ふ、聲の色を以って大(だい)とせず、夏(か)の革(かく)を以って長とせず、識(し)らず知(し)らず、帝の則(のり)に順(したが)ふ。帝は其の法則に順ふを善(よ)しとし、故に殷(いん)を挙げて以って之を賞し、貴きことは天子と為(な)り、富は天下を有ら使め、名誉は今に至るまで息(や)まず。故に夫(そ)の人を愛し人を利し、天の意に順ひ、天の賞を得たる者は、既に得て留(とど)め而して已(や)む可き。夫(そ)の人を憎み人を賊(そこな)ひ、天の意に反し、天の罰を得たる者は誰ぞや。曰く昔の三代の暴王桀紂幽厲の若(ごと)き者是なり。桀紂幽厲の焉(いずく)にか事に従ふ所ぞ。曰く、別(べつ)に従事し、兼(けん)に従事せず。別(べつ)は、大國に處(お)れば則ち小國を攻め、大家に處れば則ち小家を乱し、強は弱を劫(おびやか)し、衆は寡を暴(ぼう)し、詐(さ)は愚を謀(はか)り、貴は賤に傲(おご)る。其の事を観れば、上には天を利せず、中には鬼を利せず、下には人を利せず、三不利の利する所は無く、是を天賊と謂う。天下の醜名を聚斂(しゅうれん)し而して之を加へて、曰く、此れ仁に非ざるなり、義に非ざるなり。人を憎み人を賊(そこな)ひ、天の意に反し、天の罰を得たる者なり。止(ここ)に此れ而已(のみ)ならず、又た其の事を竹帛(ちくはく)に書し、金石に鏤(ろう)し、槃盂(ばんう)に琢(たく)し、後世子孫に傳遺(でんい)す。曰く、将に何を以って為さむとするか。将に以って夫(そ)の人を憎み人を賊(そこな)ひ、天の意に反し、天の罰を得たる者を識(しら)さむとするなり。大誓(だいせい)に之を道(い)ひて曰く、紂越に厥(そ)れ夷居(いきょ)して、肯(あへ)て上帝に事(つか)へず、厥(そ)の先(せん)神祇(じんぎ)を棄(す)てて祀(まつ)らず、乃ち曰く、吾に命有り、廖𠏿(りくそれ)務(つと)むは毋(な)し。天も亦た紂を縦棄(じゅうき)して而して葆(たも)たず。天の以って紂を縦棄(じゅうき)して而して葆(たも)たず者を察するに、天の意に反するなり。故に夫の人を憎み人を賊(そこな)ひ、天の意に反し、天の罰を得たる者は、既に得て而して知る可きなり。
是の故に子墨子の天の之れ有るは、人に辟(たと)ふるに以って輪人(りんじん)に規(き)有り、匠人(しょうじん)に矩(く)有るに異なること無しなり。今、夫(そ)れ輪人(りんじん)の其の規(き)を操(と)るは、将に以って天下の圓(えん)と不圓(ふえん)とを量度(りょうたく)し、曰く、吾が規(き)に中(あた)たるものは之を圓(えん)と謂ひ、吾が規に中(あた)たらずものは之を不圓(ふえん)と謂ふ。是を以って圓と不圓は、皆は得て而して知る可きなり。此れ其の故は何ぞや。則ち圓法(えんほう)は明かなればなり。匠人(しょうじん)も亦た其の矩(く)を操(と)るは、将に以って天下の方(ほう)と不方(ふほう)とを量度(りょうたく)せむとするなり。曰く、吾が矩(く)に中(あた)るものは之を方(ほう)と謂ひ、吾が矩に中らざるものは之を不方(ふほう)と謂ふ。是を以って方と不方とは、皆は得て而して之を知る可し。此れ其の故は何ぞや。則ち方法(ほうほう)は明かなればなり。故に子墨子の天の意有るや、上には将に以って天下の王公大人の刑政を為すを度(はか)らむとし、下には将に以って天下の萬民の文(ぜん)なる学を為し言談(げんだん)を出さずを量(はか)らむとするなり。其の行を観るに、天の意に順(したが)ふを、之を意行(いこう)を善(よ)くすと謂ひ、天の意に反するを、之を意行を善くせずと謂ひ、其の言談(げんだん)を観るに、天の意に順(したが)ふを、之を言談を善くすと謂ひ、天の意に反するを、之を言談を善くせずと謂ひ、其の刑政を観るに、天の意に順(したが)ふを、之を刑政を善くすと謂ひ、天の意に反し、之を刑政を善くせずと謂ふ。故に此を置(お)き以って法(のり)と為し、此れを立てて以って儀(ぎ)と為し、将に以って天下の王公大人卿大夫の仁と不仁とを量度(りょうたく)すること、之を譬(たとえ)ふるに猶ほ黒白を分つがごとくせむとするなり。是の故に子墨子の曰く、今、天下の王公大人士君子、中實(まこと)に将に道(みち)に遵(したが)ひ民を利し、仁義の本(もと)に本づき察せむと欲せば、天の意は順(したが)はざる可からざるなり。天の意に順(したが)ふ者は、義の法(のり)なり。

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