竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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今日の古今 みそひと歌 金

2016年07月22日 | 古今 みそひと歌
今日の古今 みそひと歌 金

題しらず よみ人しらず
歌番一四七 
原歌 ほとときすなかなくさとのあまたあれはなほうとまれぬおもふものから
標準 ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うまれぬ思ふ物から
解釈 郭公汝が鳴く里のあまたあればなほ疎まれぬ思ふものから
注意 このホトトギスは巷で美貌の評判の立っている女性を比喩します。その美貌の女性に恋した男の歌です。伊勢物語四十三段には賀陽親王がある女性に贈った歌とします。

<参考歌 伊勢物語>
昔、賀陽(かや)の親王(みこ)と申すみこおはしましけり。その親王、女をおぼしめしていとかしこう恵みつかつ給ひけるを、人なまめきてありけるを、我のみと思ひけるを、又人ききつけて文(ふみ)やる。ほととぎすのかたをかきて、
ほととぎす 汝(な)がなく里の あまたあれば 猶(なほ)うとまれぬ 思ふものから
といへり。この女、けしきをとりて、
名のみたつ しでのたをさは 今朝ぞなく 庵(いほり)あまたと うとまれぬれば
時は五月(さつき)になむありける。男返し、
庵(いほり)おほき しでのたをさは 猶(なほ)たのむ わが住む里に 声したえずは

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今日の古今 みそひと歌 木

2016年07月21日 | 古今 みそひと歌
今日の古今 みそひと歌 木

題しらず よみ人しらず
歌番一四六 
原歌 ほとときすなくこゑきけはわかれにしふるさとさへそこひしかりける
標準 郭公なくこゑきけはわかれにしふるさとさへぞこひしかりける
解釈 郭公鳴く声聞けは別れにし古里さへぞ恋しかりける
注意 望帝杜宇の不如帰去の故事を下にした歌です。万葉集に同じの不如帰去の故事を引いた歌がありますが雰囲気は違います。なお、古注に作歌者は紀貫之とあるそうです。

<参考歌 万葉集>
額田王和謌一首 従倭京進入
標訓 額田王の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首 倭の京(みやこ)より奉(たてまつ)り入る
集歌112 古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾戀流其騰
試訓 古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きし吾(わ)が恋(こ)ふるそと
試訳 昔を恋しがる鳥は霍公鳥です。さぞかし鳴いたでしょう。私がそれを恋しく思っているように。
注意 原文の「吾戀流其騰」は、一般には「吾念流碁騰」と大きく表記を変え「吾(わ)が念(おも)へるごと」と訓みます。そのため歌意が違います。
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今日の古今 みそひと歌 水

2016年07月20日 | 古今 みそひと歌
今日の古今 みそひと歌 水

題しらず よみ人しらず
歌番一四五 
原歌 なつやまになくほとときすこころあらはものおもふわれにこゑなきかせそ
標準 夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ
解釈 夏山に鳴く郭公心あらばもの思ふ我に声な聞かせそ
注意 この歌に何かあるかと云うとありません。それに、この歌の雰囲気に似た歌は万葉集に数多く見ることが出来ます。古注に作歌者は七条后のものとあるそうです。この七条后は藤原温子、宇多天皇の女御で醍醐天皇の養母です。和歌の世界では重要人物に関わる女性となります。

<参考歌 万葉集>
大伴坂上郎女謌一首
標訓 大伴坂上郎女の謌一首
集歌1484 霍公鳥 痛莫鳴 獨居而 寐乃不所宿 聞者苦毛
訓読 霍公鳥(ほととぎす)いたくな鳴きそひとり居て寝(い)の寝(ぬ)らえぬに聞けば苦しも
私訳 「カツコヒ、カツコヒ」とホトトギスよ。そんなにひどく啼くな。あの人を待ちわびて一人だけで夜も寝られないときに、お前のその鳴き声を聞くと辛くなる。

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今日の古今 みそひと歌 火

2016年07月19日 | 古今 みそひと歌
今日の古今 みそひと歌 火

奈良の石上寺にて郭公の鳴くをよめる 素性
歌番一四四 
原歌 いそのかみふるきみやこのほとときすこゑはかりこそむかしなりけれ
標準 いその神ふるき宮この郭公声許こそむかしなりけれ
解釈 石上古き都の郭公声ばかりこそ昔なりけれ
注意 奈良の石上寺は歌を詠った素性の住む良因院を示します。そのため、複雑な解釈が存在することになります。例えば「ふるきみやこのほとときす」の「ふる」は石上の布留、古き宮、振るき宮、古き都(仁賢天皇の宮)などの解釈がなりたちます。さらに郭公には蜀魂の故事があり、「むかしなりけれ」と云う言葉と近接に絡み合います。「宮」と「古」との言葉に反応しますと、額田王が詠う歌を思い浮かべます。ここまで来ますと、行き過ぎでしょうか。

<参考歌 万葉集>
集歌112 古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾戀流其騰
試訓 古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きし吾(わ)が恋(こ)ふるそと
試訳 昔を恋しがる鳥は霍公鳥です。さぞかし鳴いたでしょう。私がそれを恋しく思っているように。

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今日の古今 みそひと歌 月

2016年07月18日 | 古今 みそひと歌
今日の古今 みそひと歌 月

郭公の初めて鳴きけるを聞きてよめる 素性
歌番一四三 
原歌 ほとときすはつこゑきけはあちきなくぬしさたまらぬこひせらるはた
標準 郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた
解釈 郭公初声聞けばあぢきなく主定まらぬ恋せらるはた
注意 末句の「はた」は「やっぱり」と云う意味を持つ言葉です。ただ、この歌には万葉集で示す「かっこう=かつこひ(片恋)」という郭公の鳴き声が約束としてありますから、万葉集を参照しませんと解釈が難しいのではないでしょうか。素性法師の立場からしますと、古歌を下にした技巧の歌と云うことでしょうか。

<参考歌 万葉集>
集歌1951 慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目
訓読 慨(うれた)きや醜(しこ)し霍公鳥(ほととぎす)今こそば声し嗄(が)るがに来鳴き響(とよ)めめ
私訳 恨めしい。融通の利かないホトトギスよ、今こそは、ここにいるあの人の前でその声が枯れるほどに飛び来て「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と鳴き声を響かせて。

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