竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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万葉集 集歌231から集歌234まで

2020年03月02日 | 新訓 万葉集巻二
短謌二首
集歌二三一 
原文 高圓之 野邊乃秋芽子 徒 開香将散 見人無尓
訓読 高円(たかまと)し野辺(のへ)の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人無みに
私訳 高円の野辺の秋萩は、ただ、無用に咲いて散っているだろう。それを眺める人も無いままに。

集歌二三二 
原文 御笠山 野邊徃道者 己伎大雲 繁荒有可 久尓有勿國
訓読 三笠山(みかさやま)野辺(のへ)往(い)く道はこきだくも繁く荒れたるか久(ひさ)にあらなくに
私訳 三笠山の野辺を通って行く道は、こんなに草が茂り荒れてしまったのか。あの御方が亡くなって幾らも経っていないのに。
左注 右歌笠朝臣金村謌集出
注訓 右の歌は、笠朝臣金村の謌集に出づ

或本謌曰
標訓 或る本の謌に曰く
集歌二三三 
原文 高圓之 野邊乃秋芽子 勿散祢 君之形見尓 見管思奴播武
訓読 高円(たかまと)し野辺の秋萩な散りそね君し形見に見つつ思(しの)はむ
私訳 高円の野辺の秋萩よ、花は散らさないでくれ。あの御方の形見と見做して御偲びしましょう。

集歌二三四 
原文 三笠山 野邊従遊久道 己伎太久母 荒尓計類鴨 久尓有名國
訓読 三笠山(みかさやま)野辺(のへ)ゆ行(ゆ)く道こきだくも荒れにけるかも久(ひさ)にあらなくに
私訳 三笠山の野辺を通って行く道は、こんなに荒れてしまった。あの御方が亡くなって幾らも経っていないのに。
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万葉集 集歌226から集歌230

2020年02月28日 | 新訓 万葉集巻二
丹比真人(名闕)擬柿本朝臣人麿之意報歌一首
標訓 丹比真人(名(な)闕(か)けたり)の柿本朝臣人麿の意に擬(なぞら)へて報(こた)へたる歌一首
集歌二二六 
原文 荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
訓読 荒波に寄りくる玉を枕に置きわれこの間(ま)にありと誰か告げなむ
私訳 石見の荒波の中から手にいれた真珠を枕元に置き、私は貴女のすぐそばまで還ってきましたと、誰が貴女に告げるのでしょうか。

或本歌曰
標訓 或る本の歌に曰く
集歌二二七 
原文 天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無
訓読 天(あま)離(さ)る夷(ひな)し荒野(あらの)に君を置きに思ひつつあれば生けりともなし
私訳 大和から遠く離れた荒びた田舎に貴方が行ってしまっていると思うと、私は恋しくて、そして、貴方の身が心配で生きている気持ちがしません。
左注 右一首歌作者未詳。但、古本、以此歌載於此次也。
注訓 右の一首の歌の作る者は、いまだ詳(つばび)らかならず。ただ、古き本、この歌をもちてこの次(しだい)に載す。

寧樂宮
標訓 寧樂宮(ならのみや)
和銅四年歳次辛亥、河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作謌二首
標訓 和銅四年歳次辛亥、河邊宮人の姫嶋の松原に嬢子(をとめ)の屍(かばね)を見て悲嘆(かなし)びて作れる謌二首
集歌二二八 
原文 妹之名 千代尓将流 姫嶋之 子松之末尓 蘿生萬代尓
訓読 妹し名は千代(ちよ)に流れむ姫島(ひめしま)し小松し末(うれ)に蘿(こけ)生(む)すまでに
私訳 貴女の名は千代に伝わり流れるでしょう。姫島の小松の枝先に苔が生えるほどに。

集歌二二九 
原文 難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
訓読 難波潟(なにはかた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹し光儀(すがた)を見まく苦しも
私訳 難波潟よ、潮よ引かないでくれ。水に沈んだ貴女の姿を見るのが辛いから。

霊龜元年歳次乙卯秋九月、志貴親王夢時作謌一首并短謌
標訓 霊龜元年歳次乙卯秋九月、志貴(しき)親王(みこ)の夢(みまか)りましし時に作れる謌一首并せて短謌
集歌二三〇 
原文 梓弓 手取持而 大夫之 得物矢手狭 立向 高圓山尓 春野焼 野火登見左右 燎火乎 何如問者 玉桙之 道来人乃 泣涙 霂霂尓落者 白妙之 衣泥漬而 立留 吾尓語久 何鴨 本名唁 聞者 泣耳師所哭 語者 心曽痛 天皇之 神之御子之 御駕之 手火之光曽 幾許照而有
訓読 梓弓 手し取り持ちに 大夫(ますらを)し 得物(さつ)矢(や)手狭み 立ち向ふ 高円山(たかまとやま)に 春野焼く 野火と見るさふ 燃ゆる火を 何(い)かと問へば 玉鉾し 道来る人の 泣く涙 こさめに降れば 白栲し 衣(ころも)ひづちに 立ち留まり 吾に語らく なにしかも もとな唁(と)ふ 聞きしば 泣(ね)のみしそ哭(な)く 語(かたら)へば 心ぞ痛き 天皇(すめらぎ)し 神し御子し 御駕(いでまし)し 手火(たひ)し光りぞ ここだ照りたる
私訳 梓弓を手に持って立派な男が得物を射る矢を脇に挟み的に立ち向かう、その言葉のひびきではないが、高円山に春の野を焼く火と思えるほどに燃える火を、何事と問うと、立派な鉾を立てる官道を来る人の泣く涙は小雨のように流せば、白栲の衣はぐっしょり濡らして立ち止まり、私に語って云うには、「どうして、訳の判らないことを尋ねる。訳を聞かれれば、声を忍んで泣いてしまう。その訳を語ると心が痛む。天皇の神の御子の御葬送の死で旅での手光の明かりです。こんなにも多くの人が手に火を持って照らしているのです」
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万葉集 集歌221から集歌225

2020年02月27日 | 新訓 万葉集巻二
反歌二首
集歌二二一 
原文 妻毛有者 採而多宣麻之 佐美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也
訓読 妻もあらば採みにたげまし佐美の山野し上(へ)のうはぎ過ぎにけらずや
私訳 貴方の妻がいたならばたくさん摘んで食べたでしょう。その狭岑の山の野原に生えた嫁菜は、その季節を過ぎてしまったようだ。

集歌二二二 
原文 奥波 来依荒磯乎 色妙乃 枕等巻而 奈世流君香聞
訓読 沖つ波来よる荒磯(ありそ)を敷栲の枕と枕(ま)きに寝(な)せる君かも
私訳 沖からの波が打ち寄せる荒磯を夜寝る寝床として寝ている貴方です。

柿本朝臣人麿在石見國時臨死時、自傷作歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の石見国に在りし時の臨死(みまか)らむとせし時に、自(みずか)ら傷(いた)みて作れる歌一首
集歌二二三 
原文 鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
訓読 鴨山し巌根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあるらむ
私訳 丹比道の鴨習太(かもならいた)の神の杜(やしろ)のほとりで旅寝をする私を、そうとも知らないで私の愛しい貴女は私を待っているでしょう。

柿本朝臣人麿死時、妻依羅娘子作謌二首
標訓 柿本朝臣人麿の死(みまか)りし時に、妻の依羅(いらの)娘子(をとめ)の作れる歌二首
集歌二二四 
原文 旦今日ゞゞゞ 吾待君者 石水之 貝尓(一云、谷尓)交而 有登不言八方
訓読 旦今日(けふ)旦今日(けふ)とわれ待つ君は 石見しし貝(かひ)に(一に云く、谷に)交りにありといはずやも
私訳 貴方に再びお目に懸かれるのは今朝か今朝かと恋しく思っているのに、その貴方は、石見の国で出会った、その女を今も抱いていると云うようなことはありませんよね。
注意 原文の「旦今日ゞゞゞ」の「旦」は、標準解釈では「且」の誤字として「且今日ゞゞゞ」と訓じます。

集歌二二五 
原文 直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲
訓読 直(ただ)逢ひは逢はずに勝る石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
私訳 直接、貴方に逢うことは、会わずに手紙を貰うことより勝ります。逢えない私は、雲が想いを届けると云う、あの石川精舎の大伽藍の上に立ち昇る雲を見ながら貴方を恋しく偲びましょう。

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万葉集 集歌216から集歌220

2020年02月26日 | 新訓 万葉集巻二
歌二一六 
原文 家来而 吾屋乎見者 玉床之 外向来 妹木枕
訓読 家(いへ)し来に吾が屋(へ)を見れば玉(たま)床(とこ)し外(よそ)に向きけり妹し木(こ)枕(まくら)
私訳 家に戻って来てから私の家の中を見ると貴女と寝た美しい夜の床でいつもは並んでいるはずの枕が、外の方向を向いている貴女の木枕が。

吉備津采女死時、柿本朝臣人麿作歌一首并短哥
標訓 吉備(きび)の津(つ)の采女(うねめ)の死(みまか)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌二一七 
原文 秋山 下部留妹 奈用竹乃 騰遠依子等者 何方尓 念居可 栲紲之 長命乎 露己曽婆 朝尓置而 夕者 消等言 霧己曽婆 夕立而 明者 失等言 梓弓 音聞吾母 髪髴見之 事悔敷乎 布栲乃 手枕纏而 釼刀 身二副寐價牟 若草 其嬬子者 不怜弥可 念而寐良武 悔弥可 念戀良武 時不在 過去子等我 朝露乃如也 夕霧乃如也
訓読 秋山し したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひをれか 栲縄(たくなは)し 長き命を 露こそは 朝に置きに 夕へしは 消ゆと言ふ 霧こそは 夕へし立ちに 朝(あした)しは 失すと言ふ 梓弓 音聞くわれも おほに見し 事(こと)し悔(お)しきを 敷栲の 手枕まきに 剣刃 身に副(そ)へ寝けむ 若草し その嬬し子は さぶしみか 思ひに寝らむ 悔しみか 思ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが 朝露のごとや 夕霧のごとや
私訳 秋山の木々の間に光が差し込め、美しく輝く貴女、なめらかな竹のようなしなやかな体をした貴女は、どう思ったのか、栲の繩のように長い命を、露だったら朝に降りて夕べには消えると言い、霧だったら夕べに立ち込めて朝には消え失せると言う、采女の貴女が神を呼ぶ梓の弓をかき鳴らす音を聞いた私も、その姿をかすかにしか見なかったことが残念で、閨の寝具の上で手枕を交わして剣や太刀を身に添えるように寄り添って寝た、若草のような貴女の若い恋人は、貴女を亡くした寂しさか、思い出して夜を寝られるでしょう。悔しみか、思い出して恋しがるでしょう。思いもかけず、亡くなった貴女は、朝露のようで、夕霧のようです。

短歌二首
集歌二一八 
原文 楽浪之 志我津子等何(一云、志我乃津之子我) 罷道之 川瀬道 見者不怜毛
訓読 楽浪し志賀津し子らが(一に云く、志賀の津し子が)罷道し川瀬し道を見ればさぶしも
私訳 さざなみが立つの志賀の津で備中国の津郡から来たあの人の葬送の送りの行列を川瀬の道に見ると心寂しいことです。

集歌二一九 
原文 天數 凡津子之 相日 於保尓見敷者 今叙悔
訓読 天数ふ凡津し子し逢ひし日しおほに見しくは今ぞ悔しき
私訳 天の星をおおよそに数える、そのように大津の宮であの人に会った日にぼんやりとだけ、その姿を眺めたことが今は残念なことです。

讃岐狭峯嶋、視石中死人、柿本朝臣人麿作歌一首并短哥
標訓 讃岐の狭岑(さみねの)島(しま)に、石(いは)の中に死(みまか)れる人を視て、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌二二〇 
原文 玉藻吉 讃岐國者 國柄加 雖見不飽 神柄加 幾許貴寸 天地 日月與共 満将行 神乃御面跡 次来 中乃水門従 船浮而 吾榜来者 時風 雲居尓吹尓 奥見者 跡位浪立 邊見者 白浪散動 鯨魚取 海乎恐 行船乃 梶引折而 彼此之 嶋者雖多 名細之 狭峯之嶋乃 荒磯面尓 廬作而見者 浪音乃 茂濱邊乎 敷妙乃 枕尓為而 荒床 自伏君之 家知者 往而毛将告 妻知者 来毛問益乎 玉桙之 道太尓不知 鬱把久 待加戀良武 愛伎妻等者
訓読 玉藻よし 讃岐し国は 国柄か 見れども飽かぬ 神柄か ここだ貴き 天地し 日月とともに 満(た)りゆかむ 神の御面(みおも)と 継ぎ来たる 中の水門(みなと)ゆ 船浮けに わが漕来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺(へ)し見れば 白波さわく 鯨魚(いさな)取り 海を恐(かしこ)み 行く船の 梶引き折りに をちこちし 島は多けど 名くはし 狭岑(さみね)し島の 荒磯(ありそ)面(も)に いほりにみれば 波し音の 繁き辺べを 敷栲の 枕になしに 荒床し 自(ころ)伏(ふ)す君し 家知らば 行きにも告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉桙し 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ 愛(はし)しき妻らは
私訳 玉のような藻も美しい讃岐の国は、お国柄か何度見ても飽きることがなく、神代の飯依比古の時代からの神柄かなんと貴いことよ。天と地と日と月と共に満ち足りていく伊予の二名の飯依比古の神の御面と云い伝えて来た。その伝え来る中の那珂の湊から船を浮かべて我々が漕ぎ来ると、時ならぬ風が雲の中から吹き付けるので、沖を見るとうねり浪が立ち、岸辺を見ると白波が騒いでいる。大きな魚を取るような広い海を恐み、航行する船の梶を引き上げて仕舞い、あちらこちらに島はたくさんあるのだけれど、名の麗しい狭岑の島の荒磯に停泊してみると、波の音の騒がしい浜辺を夜寝る寝床として荒々しい床に伏している貴方の家を知っているのなら行って告げましょう。妻がここでの貴方の様子を知っていたらここに来て荒磯に伏す理由を聞くでしょう。玉の鉾を立てる立派な道筋すら知らず、おぼろげに貴方を待って恋しく思っているでしょう。貴方の愛しい妻たちは。

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万葉集 集歌211から集歌215

2020年02月25日 | 新訓 万葉集巻二
短歌二首
集歌二一一 
原文 去年見而之 秋乃月夜者 雖照 相見之妹者 弥年放
訓読 去年(こぞ)見にし秋の月夜(つくよ)は照らせれど相見し妹はいや年(とし)放(さか)る
私訳 去年も見ていたように、今年の秋の月は夜を同じように照らすけれど、去年の月を二人して見たその貴女は、時間とともに想い出から離れていくようです。

集歌二一二 
原文 衾道乎 引手乃山尓 妹乎置而 山侄往者 生跡毛無
訓読 衾(ふすま)道(ぢ)を引手の山に妹を置きに山(やま)し姪(めひ)行けば生けりともなし
私訳 白妙の布で遺体を隠した葬送の列が行く、その道行きを引率する。その言葉のひびきではないが、引手の山に貴女を一人置くために、山道を甥たちが往って帰って来ると私は哀しみに生きている実感がありません。
注意 原文の「山侄往者」の「侄」は「姪」の同意異字体ですが、標準解釈では「徑」と校訂して「山路を往けば」と訓じます。

或本歌曰
標訓 或る本の歌に曰く
集歌二一三 
原文 宇都曽臣等 念之時 携手 吾二見之 出立 百兄槻木 虚知期知尓 枝刺有如 春葉 茂如 念有之 妹庭雖在 恃有之 妹庭雖有 世中 背不得者 香切火之 燎流荒野尓 白栲 天領巾隠 鳥自物 朝立伊行而 入日成 隠西加婆 吾妹子之 形見尓置有 緑兒之 乞哭別 取委 物之無者 男自物 腋挟持 吾妹子與 二吾宿之 枕附 嬬屋内尓 且者 浦不怜晩之 夜者 息衡明之 雖嘆 為便不知 唯戀 相縁無 大鳥 羽易山尓 汝戀 妹座等 人云者 石根割見而 奈積来之 好雲叙無 宇都曽臣 念之妹我 灰而座者
訓読 現世(うつせみ)と 念(おも)ひし時し 携(たづさ)へし 吾が二人見し 出立(いでたち)し 百枝(ももえ)槻(つき)し木 こちごちに 枝(えだ)させるごと 春し葉し 茂きしごとし 念(おも)へりし 妹にはあれど 恃(たの)めりし 妹にはあれど 世間(よのなか)し 背(そむ)きし得(え)ねば かぎるひし 燃ゆる荒野に 白栲し 天(あま)領巾(ひれ)隠(かく)り 鳥しじも 朝立ちい行きて 入日なす 隠(かく)りにしかば 吾妹子し 形見に置ける 緑子(みどりこ)し 乞(こ)ひ哭(な)くごとし 取り委(まか)す 物し無ければ 男(をとこ)じも 脇ばさみ持ち 吾妹子と 二人吾が宿(ね)し 枕(まくら)付(つ)く 妻屋(つまや)しうちに 且(い)くものし うらさび暮らし 夜しもの 息つき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふ縁(よし)を無み 大鳥し 羽易(はがひ)し山に 汝(な)が恋ふる 妹し座(いま)すと 人し言へば 石(いは)根(ね)割(さく)見(み)に なづみ来し 好(よ)けくもぞ無き 現世(うつせみ)と 思ひし妹が 灰にいませば
私訳 この世の中のことと思っていた時に、お互いの手を取り合って、私と貴女と二人で見た庭先の堤に立つ欅の木のあちらこちらの枝に春の葉が茂るように、生き生きとした貴女でしたが、そして、頼りのなる若い貴女でしたが、人の生き死にの、この世のことの決まりことに背くことが出来なくて、ほむらの燃える荒野に白妙の布で貴女の遺体を包み隠して、鳥たちのように朝に送り立たせて、夕日のときに葬儀を終えて貴女の身をこの世から隠すと、貴女の形見に残した幼子が貴女を求めて泣くごとに、幼子にしゃぶらせることのできるようなものもないければ、男である私の腋に抱えてあやし、貴女と二人で私と共寝した枕を置く貴女との部屋の内に暮らしていくのに、それが心悲しく日を暮らし、夜になるとあれこれ考え朝迎え、嘆くのだけどどうしょうもなくて、貴女を恋しく思っても、再び貴女に逢うこともありえない。大きな鳥のような羽を交わすような山に私が恋しい貴女がいますと人が云うので、岩道を踏み分け苦しみながらも来たことよ。貴女に逢えるという良いこともなくて、この世の人と思いたい貴女が火葬の灰になっているので。

短歌三首
集歌二一四 
原文 去年見而之 秋月夜者 雖度 相見之妹者 益年離
訓読 去年(こぞ)見にし秋し月夜(つくよ)は渡れども相見し妹はいや年(とし)離(さか)る
私訳 去年、二人して見ていた秋の月。月夜は過ぎて行くが二人して見た、その肝心の貴女の面影が年ごとに薄れて逝く。

集歌二一五 
原文 衾路 引出山 妹且 山路念迩 生刀毛無
訓読 衾(ふすま)路(ぢ)し引手し山し妹且(い)きて山路(やまぢ)思ふに生けるともなし
私訳 葬送の野辺路を通って引手の山に貴女が逝ってしまうと、この後、一人で帰る山路の道中を想うと悲しみに生きている感覚がありません。
注意 原文の「妹且」の「且」は「行く」と云う意味の漢字ですが、標準解釈では「置」と校訂して「妹を置きて」と訓じます。

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