20世紀末ボックス

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長崎くんち-庭先回り-

2010-10-25 | 旅行

10月7日~9日は長崎くんちでした。


8日(金)は、仕事が早く終わったので庭先回りを撮影しに行ってきました。


しかし、この日はあいにくの雨。 


それでもがんばって撮影しました。どうか見てやってください!



銀行前での庭先回り。ほんのちょっとだけ踊りや歌を披露します。


踊りを独り占めできていいな~と思ってしまいますが、後日しっかり集金に来られるそうです…。



長崎くんち(ながさきくんち)、長崎おくんちは、長崎県長崎市諏訪神社祭礼である。10月7日から9日までの3日間催される。国指定重要無形民俗文化財昭和54年指定)。


「龍踊(じゃおどり)」「鯨の潮吹き」「太鼓山(コッコデショ)」「阿蘭陀万才(おらんだまんざい)」など、ポルトガルオランダ中国など南蛮紅毛文化の風合いを色濃く残した、独特でダイナミックな出し物(奉納踊)を特色としている。


地元では一般的に「くんち」と呼ばれるが、お諏訪様(諏訪神社)への敬意を表し「おくんち」という人もいる。「くんち」には「宮日」「供日」という字があてられることがあるが、その名称は旧暦の重陽の節句にあたる9月9日(くにち、九州北部地方の方言で「くんち」)に行ったことに由来するという説が有力である。


1634年寛永11年)に、神前にて謡曲「小舞」を遊女である高尾と音羽の二人が奉納したことが始まりとされる。もともとは基督教徒を鎮圧するために長崎奉行榊原飛騨守の肝煎りで始められた


長崎くんちは、諏訪神社の氏子にあたる長崎市内の各町が、だしものと呼ばれるさまざまな演目(奉納踊)を奉納するものである。長崎市にある59の町(以前は77町)が5~7町ごと7組に分かれて年ごとに奉納する[2]。その年の当番に当たった町を踊り町(おどりちょう)と呼ぶ。すなわち一つの町を見ると、7年に一度、踊り町が回ってくることになる。


それぞれの踊り町は、その町のシンボルでもある、巨大な傘鉾(150kg前後)を先頭にして境内に進み、さまざまなだしものを神前に奉納する。踊り町ごとに得意とするだしものがある。川船、龍踊りなど多くのだしものは複数の町が奉納するためほぼ毎年~数年ごとに見られるが、一部のだしもの(コッコデショ、鯨の潮吹きなど)は一つの町しか行わないため7年に一度しか奉納されない。


くんちは、前日(まえび、10月7日)、中日(なかび、8日)、後日(あとび、9日)の3日に分けて行われる。諏訪神社に祀られている三体の神体が、前日に諏訪神社の本宮から大波止に設けられた御旅所(おたびしょ)に下り(お下り)、後日には再び本宮に上る(お上り)という神事が行われる。各踊り町は諏訪神社本宮でだしものを奉納した後、旧八坂町(現鍛冶屋町)の八坂神社、御旅所(夢彩都おくんち広場)、長崎市公会堂などの踊り馬場でも奉納を行う。その後旧市街の各企業や民家の入り口前(庭先)でだしものの一部を披露する(庭先回り)。中日、後日にも各所で奉納踊りが行われ、同時に庭先回りも行われる。


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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
庭先まわり (JOKER)
2010-10-25 06:05:29
集金
ご祝儀って,相場,いくらぐらいんまんでしょうね。
本当に街上げての行事ですよねえ。
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稼ぎ時 (やまとたける)
2010-10-25 17:48:04
くんち中日は、踊り町は稼ぎ時です。
綿密にスケジュールが練られています。
忙しい町は、2部隊に分かれたりして大忙しです。
船しかない町はもっと忙しいですね。
昨年の踊り町の筑後町は3体の龍が町中を駆けずり廻っていました。

大きいお店だと5本くらいでしょう。
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Unknown (かず某)
2010-10-25 19:34:22
こんばんは~
おもしろい!!踊りを見せて、、歌を披露して、、、
後日、、「はい、、○○円!」って感じなんですかね!(笑
でも、縁起物なので、これはやって欲しいというところが多くて、、抽選とかになっているんじゃないだろうか?
雨の中、、ほんとにお疲れ様です!
全員が右手を挙げている所、、タイミングバッチリですね!
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Unknown (chacha○)
2010-10-25 20:52:06
後日、集金って・・・
縁起物なんでしょね~
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長崎くんち (ぜっとん)
2010-10-25 21:32:29
機会があったら1度いってみたいです^^
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Unknown (まこちゃん)
2010-10-25 21:52:06
お祭り独り占め♪
後日集金のオチ
でも ご利益ありそう♪
お船?が カラフルですね ☆
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Unknown (おくんち中日)
2010-10-27 20:15:30
この日は生憎の雨でしたね。
私は見に行くことが出来ませんでした。
おくんちの歴史や起源はいろんな説もあるようですね。
その中で、この「遊女である高尾と音羽の二人が奉納した」
というのが最も有力だと長崎検定の本にも書かれているようです。
“花代”は昔遊女に与えられたのおひねりのようなものなんですね。

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