草枕

都立中高一貫校・都立高校トップ校 受験指導塾「竹の会」塾長のブログ
※2015年10月より竹の会公式HP内にブログ移転

悲劇による証明がなければだめなのか

2011年06月18日 13時29分40秒 | 
 福島第1原発事故が起きるまで、日本人の多くは反原発の声に見向きもしなかったというのが実際ではなかったろうか。日本人にとって不幸だったのは、日本の支配層がアメリカの言うことならなんでも聞く人間種であったことであり、そしてまず原発推進という政策があり、安全性というものが、その後に付けられた飾りに過ぎなかったということである。社会の支配的組織の隅々にまで原発マネーがゆきわたり、うそつきの学者たちがテレビや新聞で安全を喧伝した。アメリカから押しつけられた政策であり、日本の人々がその必要性について議論をし合意を形成した結果の選択では決してなかった。国民には常に真実は告げられずに、安全だけが美しい写真や芸能人を広告塔にテレビや新聞で流され続けたのである。大量消費に明け暮れる国民は原発の本当の何たるかを知らされずに、また知ろうともしなかった。物質文明に翻弄された人々には、当面の便利で少しばかりの贅沢をする生活で大いに満足し、原発の真実から目をそらしてきた。東電の隠蔽体質というが、隠蔽の家元は、国家である。国家がきちんと監視すれば東電の隠蔽もこれほどいとも簡単にできたとは思えない。今回の福島の事故でいかに国というものが、真実を語らず、うそをつき、国民を騙し、見殺しにしても平気かということを私たちは国民は知ったはずである。大江健三郎さんらが反原発の署名を始めるというニュースは結局どのテレビ局も三大新聞もその日のうちに報じなかった。これがテレビ・新聞の正体である。国のウソに協力する媒体である。
 ある日突然に悲劇は訪れた。まず原発推進政策があり、安全はその後で辻褄合わせをした飾りものとしてきた東電や政府が、慌てたのは当然である。「千年に一度の地震・津波」であり、「想定外」であり、「これは天災であるからしかたない」と国、原発推進政党、原発議員、御用学者、東電幹部、経産省官僚たちは口をそろえて言う。もともと安全などという言葉は、実体のない、いやどうでもいいこととしてきたのが真実であるから、彼らにとっては、悲劇が起きたらすべて想定外なのである。そして今回の悲劇で多かれ少なかれ目を覚ました国民がいたことは喜ばしいことである。このような悲劇が起きるまでは、悲劇により証明されるまでは、気がつかないことを愚かというよりも、それ以上に国、東電、マスコミ、大学、役人などが、巧妙に国民を騙し続ける構造をがっしりと組み立てていたということが真実ではないのか。確かに、ネットが発達し、その気になれば真実を知ることは比較的容易ともいえる。しかし、国がありとあらゆる手段を講じて国民を騙す気になれば、毎日労働で疲れ切っている善良な国民たちは、いとも簡単に洗脳されてしまうのではないか。
 今回の菅降ろしの真の意図が、原発推進にあったことは疑いない。少なくとも自民党の石原伸晃のように「国民が集団ヒステリーを起こしている」というような発言からは、彼が、浜岡を止めるなどということは天と地がひっくり返ってもあり得ないことである。自民党丸ぐるみ電気事業連合会に囲い込まれているのだから、浜岡停止は不可能であった。あの諫早だって自民党の利権漁りから環境を破壊して今また菅降ろしのタイミングで自民党のときに戻そうとする闇の力が頭をもたげつつある。私たちは自民党政権の利権政治にはもういい加減うんざりしている。50年にもわたって原発を推進してきた自民党に何も期待するものはない。国債をもう破綻寸前まで発行してきて、必要もない高速道路を作り続け、郵貯資金をムダに使い、年金資金をムダに消費し尽くし、必要もない大橋を何本もつくり、必要もない港を各県に作り、必要もない空港を各県に作り、挙げ句カネがなくなりましたから、消費税を上げます、年金の保険料をもう限界まで上げて、さらに制度を改悪し、一方国家公務員や国会議員の年金は高値維持で問題なしとする、このような輩が、被災者の親身な救済などできるはずもなく、ほとんど見殺し状態である。
 自民党にしても、民社党にしても立ち位置は国民にはない。一部の支配層の利益しか考えていない。日本の国民は、特に都会には学歴も高く、知的レベルも高い人間が多い。が、それだけではだめである。あの御用学者は、天下の東大大学院の教授が中枢なのである。また東電のトップも東大や東工大で占められている。知的レベルが高いことが、決して人間の価値を決めるものではないことがここに示されている。あの養老孟司にしても、脱税騒ぎの茂木健一郎にしても、原発推進のための広告に一役買っている。人の価値は知的レベルでは決まらない。知的な層であっても欺瞞に満ちた人間はむしろ多数派である。「真実を真実と語る勇気ある人間こそが本物の人間である」。芸能人や著名人が生活のためとはいえ自己の信条に反する広告に出るのはやはり欺瞞である。いや軽薄な芸能人にはもともと信条などというものはないのかもしれない。カネにさえなればほいほい出演するということが真実なのかもしれない。これは学者にしても実は同じことである。原発推進が信条だから信条に反しないと言いそうだが、欺瞞に満ちた信条であり、真実とはかけ離れた偽信条である。
 池田信夫というマイナーな学者がいる。経済学者である。ブログが人気で有名になった男である。確かに、日本経済の現状の分析のくだりはなかなかの鋭さであった。著書は少ない。もともとNHKに入社してから、今は会社代表、上武大学教授をやっているようである。勝間和代を批判している文章もなかなか痛快であった。この男、多少私も評価していたのだが、今度出した新書「3.11後日本経済はこうなる!」の第1章を担当して、「原発は悪なのか」というテーマで、原発支持の立場から、論理を展開しているのを読んで、かなり失望した。論理が普通の高校性なみのレベルで、これが結局は「東大出ました」が自慢の経済学者なのかと正直かなりに失望した。勝間和代もそうだが、どうも経済を勉強した人間というのは、経済的な発想というか、思考しかとれないようである。
 読んでいてあほらしいと思ったが、この男の言い分を少し紹介しておきます。
 以下池田信夫の主張。
 ・原発のリスクはゼロではないし、ゼロにすべきではない。リスクをゼロにするには原発を止めればいいが、それでは解決にならない。こういうときよく「命は金と引き替えにできない」という話しが出てきますが、それなら自動車も飛行機も禁止しなければなりません。中略。ただし原発の場合は、非常に小さな確率で非常に大きな事故が起こるという特殊性があるため高い安全性が求められます。中略。少なくともキロワット時あたりの温室効果ガスの量でいえば、原子力は圧倒的に少ないのです。
 ・ここでは全電源喪失を想定したバックアップは必要とされていません。
  注 「ここでは」というのは、国の安全基準の問題としては、の意味。
 ・斑目春樹の発言が批判を呼んでいますが、(彼の発言は)工学的には当たり前です。ジェット機のエンジンがすべて止まったら落ちるに決まっていますが、それを防ぐために無限に多くのエンジンをつけることはできない。
 ・今回の事故の原因は、浸水に備える設計の問題にすぎない。今回の事故はお粗末な設計と経営陣の判断の誤りによる平凡なプラント事故であり、経済性を犠牲にしないで安全性を高めることは可能です。
 ・1000年に1度の大地震によって40年以上も前にできた原発が直撃されるという最悪の条件でも、多くの生命を奪うチェルノブイリ型の事故は起こらなかったということです。中略。福島では、大量の死の灰が外部に放出される致命的な事故に発展することは考えられません。今わかっている範囲では、先進国の軽水炉のリスクは限定的といえることでしょう。
 ・少なくとも死者数を基準にすると、原発は火力発電所より安全です。 注 WHOの死者を資料としてあげている。
 ・チェルノブイリ事故の死者は、IAEAの推定では4000人ですが、WHOの追跡調査によると2005年現在の死者は50人程度で、今後も周辺住民の癌による死亡率が数%増える程度と考えられています。福島事故でも大量の死者が出ることは考えられないので、・・・。もちろん原発の周囲は放射能で汚染されたため、立ち入り禁止になるでしょう。住居を失った人や農畜産物の被害は数兆円と推定され、損害賠償によって東電の経営が破綻する可能性もありますが、人的被害は限定的です。
 ・少なくとも死亡率と地球温暖化を基準にすると、原子力は火力発電より安全でクリーンなエネルギーなのです。
 ・なぜこれほど原発に反対する感情が強いのか。それはメディアが誇張する放射能の恐怖のせいである。9.11のあと飛行機の乗客が減ったのと同じです。
 ・あなたが原発で死ぬリスクをおそれているとすれば、落雷で死ぬリスクをその500倍おそれたほうがいいでしょう。
 ・日本人の発がん率は50%なので、100~200ミリシーベルト浴びた人が癌にかかる確率は54%に上がると言うことで、野菜不足と塩分のとりすぎの間ぐらいの増加率です。今、被災地で問題になっている20ミリシーベルト程度の被曝の影響は統計的に有意ではなく、受動喫煙の方が有害です。

 実はまだ延々と続くのです。原発は経済的であるとか、原発の未来を肯定的に述べていき、「自然エネルギー」は不安定で高価と話しを進めていきます。
 特に、
 ・プルトニウムと同じぐらいで有害な物質はいくらでもある。 ・原発の放射線の処理に何兆円もかけるより、酒とタバコを禁止するほうが有効です。 ・原発の周辺に住まないことは選べる。受動喫煙は選べない。・被災地で問題になっている程度の微弱な放射線はごく弱い発がん物質の一つにすぎず、それを他の健康被害と比べて特別扱いする理由はないのです。 ・こうしたバイアスを増幅するのがマスメディアの過剰報道です。

 池田の暴論は続くが、このくらいにしておきます。この本は、6月30日発行とされていますが、6月10日くらいに買ったので、原稿はおそらく5月中に書かれたものでしょう。経済学者らしく、内部被曝の害は一切無視してゼロ認識です。WHOの公式発表を根拠にしていて他の様々な資料には一切知らないのか触れてもいません。この男にかかると今の福島に住んでいくらでも放射線を浴びても平気だということになりそうです。この男が被災地の低線量程度の放射能とはいったいどのくらいのことをいっているのかわかりませんが、20ミリシーベルトは問題ないとはいっています。しかし、今の福島はそんなものではない。しかも、国は本当のところをほとんど公表していない。さらには、サンプルを取って調べたところも回数もほんの僅かである。この男はWHOや国の公式発表をそのまま鵜呑みにして前提としているが、まったく脳天気な男である。これからどれだけ放出量が増えるのかもまだわからないのに。またタバコや野菜不足と比べたり、飛行機と比べたりと比喩も本人はうまいつもりだろうが全く成り立っていない。
 
この記事についてブログを書く
« 国語の「なにか」 | トップ | 諸事雑感'11.6.19 »