武産通信

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淡路之穂之狭別の行  植芝盛平

2015年12月23日 | Weblog
                                  合気道開祖植芝盛平翁の神事

 淡路之穂之狭別(あわじのほのさわけ)の行

 言霊のひびきが丸く二回、三回とまわります。神楽舞いがいよいよ始まりました。

 これが天の浮橋です。
 ス(〇にゝ)が言霊の始まりである。ス声が生長して、スーと、ウ声に変ってウ声が生れる。絶え間のないスの働きによってウの言霊が生じるのである。ウは霊魂のもと物質のもとであります。
 スーウウウウユーム 淡路之穂之狭別の行をいう。
 天の浮橋とは火と水の交流である。即ち造化の三神であると同時に、那岐那美二尊の御心の現れである。それが天祖国祖の合体で、吾人の使命の営みを、よく自分で魂の緒の糸筋をみがき浄めて、輝かせることです。これが武産合気武技の道であります。
 水と火との動き、つまり高御産巣日、神産巣日の二神の、右に螺旋して舞い昇りたまい、左に螺旋して舞い降りたまう御行為によって、水精火台の生じる摩擦作用の模様と全く同一形式なのであります。
 これを合気の上においては、気・剛・柔・流、そして、気△〇口という。これを根本として気によって技を生んでゆくのを武産合気という。 (植芝盛平先生口述『武産合気』抜粋)

 スの根源なくして技は産れない。スの根源である中心に立って、スーウーと右旋回に恵んで気が舞い昇りて、左旋回舞い降りつつ中心を気吹いていく。即ち、中心を心に見出すなり。この姿から総ての動き、技が始まっていく。右旋回は「の」の字の動き。左旋回はその反対である。
 〇にゝの姿があってこそ△〇口が生れる。之、心の恵、心構えというなり。心の恵をもって統一体となり、自在の気をもって技となす。入身は△、気の流れは〇口である。 (田中万川先生伝『合気道奥義』秘伝合気道208頁)
 
写真:天の浮橋に立ちて杖を持った植芝盛平翁の神の舞い。右旋回に舞い昇る天輪の氣と、左旋回に舞い降りる降輪の氣は螺旋に恵む禊の杖。
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