武本比登志ポルトガルスケッチ&油彩

へたくそ画家・武本比登志のポルトガル淡彩スケッチと油彩

1913. ルドンドの町角

2019-11-27 14:34:57 | ポルトガル淡彩スケッチ

2019年11月27日(水曜日)晴れ時々曇り。18℃~11℃-12℃。降水確率7%-6%。湿度93%(8:01)61%(14:20)。紫外線量3。南西のち西の微風。久しぶりに降水確率が低い。薄雲があるものの晴れて温かい朝。昼間はますます晴れて暑くなる。

『きょうのニュース』エイズ感染者は増加傾向。野良犬、野良猫の取り締まり強化。物価インフレ率増加。コインブラでトラック横転、ビール瓶散乱。パリで農業者のトラクターがデモ、マクロンに賃上げ?を要求。ストラスブールのEU議会で461票を集めヴォン・デル・レーイエンさんがEU新議長に就任。アルバニア地震の続報。マリで死亡した13人のフランス軍人の葬儀がパリで。ジョアン・フェリックスを擁するアスレティック・マドリッドをクリスティアーノのユベントスが1対0で下す。ジョゼ・モウリーニョが監督に就任後初試合のトッテンハムはオリンピアコスに4対2で勝利。

『昨夜の映画』は

フェア・ゲーム』(Fair Gameプレイム事件を描いた2010年の伝記映画。108分。監督:ダグ・リーマンジョゼフ・ウィルソンの回顧録『The Politics of Truth』とその妻ヴァレリー・プレイムの回顧録『Fair Game』に基づいている。映画の2つの主張は政治アナリストたちの見解を大きく分けた。ひとつはジョゼフ・ウィルソンショーン・ペン)のニジェールへの事実調査が、サッダーム・フセインが過去にニジェールからウランの獲得を試みたとするイギリスの主張が虚偽であったこと (ニジェール疑惑) の証明につながったというものだ。プレイム事件を取材していた『ワシントン・ポスト』の記者ウォルター・ピンカスとリチャード・リービーは、2010年11月のコラムでこの描写は正確であると書いた。これに対し『ナショナル・レビュー英語版)』のクリフォード・メイ英語版)は、「ウィルソンがアフリカへの任務から持ち帰った情報の最も重要な部分は、1999年にイラクの貿易使節団の高官がニジェールを訪れていたとするものである」ため、ウィルソンの調査と報告はウランに関する主張をむしろ裏付けるものであったと書いた。『ワシントン・ポスト』は2010年12月の社説でイギリス政府の当初の主張が正しかったとする2004年のイギリスの「バトラー報告書英語版)」を引き、これを支持した。これに対し、ジャーナリストのデイヴィッド・コーンは『マザー・ジョーンズ英語版)』に寄せた中で、バトラー報告書とは対照にCIAはイギリス政府のウランの主張は誇張であると内部文書に留めていたと書いた。 もうひとつ議論を呼んだのは、ウィルソンのウランに関する発言への制裁としてアメリカ政府の人物がプレイム(ナオミ・ワッツ)の名前をマスコミ、すなわちロバート・ノヴァク英語版)へリークしたことを示唆する描写である。『ワシントン・ポスト』の社説とメイはともに、この情報をリークしたのはイラク戦争に反対でウィルソンを貶める立場になかった当時の国務副長官リチャード・アーミテージであったとしている。映画の中でアーミテージの名が触れられるのは結末のテロップのみである。一方、ピンカスとリービーは映画の方が正確であるとした。コーンもこれに従い、たとえアーミテージが情報源であったとしても、唯一の情報源ではなかったかもしれず、またカール・ローヴがリークした可能性もあると書いた。しかし現在、ローヴの関与を示す証拠はない。 これら以外の点では合意が得られている。劇中、プレイムは綿密かつ極秘裏にイラクの科学者のグループとともに行動し、プレイムの正体がばれると計画は中断されたように描かれているが、ピンカスとリービー、メイ、および『ワシントン・ポスト』の社説は、プレイムは科学者たちと直接仕事をしたことはなく、計画も中断されていないという見解で一致している。 また、ピンカスとリービーは『ヴァニティ・フェア』誌へのプレイムとウィルソンの掲載の描写を問題に挙げた。劇中で2人は雑誌に載るかどうかを悩んでいるが、その後できあがった写真をファッションスタイルにすることを決める描写はなく、これはピンカスとリービーによれば「彼らにとってPRの失態」である。 その一方でピンカスとリービーは、一部の記事と異なり、プレイムが正体を暴露されたときも秘密工作員であったことや、当初のノヴァクのコラムと異なり、ウィルソンが妻の要請によらずニジェールへの事実調査に選ばれたことなどの描写が正確であるとして、映画を称えている。 (Wikipediaより)

 

 

 

 

「ポルトガル淡彩スケッチ・サムネイルもくじ」1851-1970(2019年9月26日(木)~の日記)

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「ポルトガル淡彩スケッチ・サムネイルもくじ」1731-1850(2019年5月29日(水)~9月25日(水)の日記)

https://blog.goo.ne.jp/takemotohitoshi/e/36acf48c9a63a21fc3b69a9ec13a11e8

「ポルトガル淡彩スケッチ・サムネイルもくじ」1601-1730(2018年10月22日(月)~2019年5月28日(火)の日記)

https://blog.goo.ne.jp/takemotohitoshi/e/b408408b9cf00c0ed47003e1e5e84dc2

 

 

 


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