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内村鑑三 「続 一日一生」1/31日(2018/3/29)

2018-03-29 16:26:59 | どん底に落ちたとき
内村鑑三 「続 一日一生」1/31日

 「主は心の砕けたものに近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。
正しい者には災いが多い。
しかし、主はすべてその中から彼を助け出される。(詩篇34・18~19)

人々に臨む艱難は種々さまざまである。
しかして各自に臨む艱難は、その人にとり必要欠くべからざる艱難である。
彼を清め、彼を鍛え、彼をして神の前に立ちて完全なる者たらしめるために、是非とも臨まねばならぬ艱難である。
かくのごとくにして、ある人は家庭の艱難を要し、ある人は病の艱難を要し、ある人は失恋の艱難を要し、ある人は貧困の艱難を要し、ある人は失敗落魄(らくはく)の艱難を要するのである。
人各自の悩む病にしたがい特殊の薬を要するがごとくに、各自の欠点を補うために特殊の艱難を要するのである。
艱難は前世の報いではない。
来世の準備である。
刑罰ではない。
恩恵である。
われはわれに臨む特殊の艱難によりて、楽しき神の国に入るべく磨かれ、また飾られ完全(まっと)うせらるるのである。
されば人は何びとも彼に臨みし艱難を感謝して受くべきである。

(予期せぬ北京の帰国を伝えられ、がっかりして春節の休暇で帰国、我が家の寝室に25年間開かれずに放置していた、内村鑑三の「続一日一生」を開いたとき、最初に目にとまった箇所。以来15年、無我夢中で過ごしてきたら、艱難によりて、磨かれるが実感される。この艱難、津波のように次々くるものらしい。 takeda)
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