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「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾り(2018/6/27)

2018-06-27 16:40:21 | 老いて病んで貧乏したとき
松永安左エ門著作集 3巻 p126 より

 私のところの若い者に
「俺は先年梁瀬(川越在)の別荘を寄付したために大変金持ちになったよ」
と述懐したところ、その若者が目を丸くし、
「あの梁瀬の大邸宅を国宝級の美術品を付けて本当の無償で寄付してしまって、それであなたが大変な金儲けをしたといわれるのはどういう訳ですか?」と問うから、
「あんなべら棒に大きいものを持っていて見たまえ、女中、下男、掃除夫までもウンとおかなければならず、しょっちゅう手当て手入れは怠ることは出来ないし、第一どの位の税金がとられるか、ちょっと算盤ははじけないよ」
 この答えは若者にはわかったようであり、わからなかったようでもあったが、私はいま小田原の山懐にほんのじいさん、婆さん二人に女中一人の簡素な暮らしを送り尻つぼみ生活を楽しんでいる。・・・・・

 もう一つ私の義弟に当たる者で、若い時朝鮮に渡り、当時の金で資金5億円に上る大地主になった男がある。ところが敗戦で全部没収され、零丁落魄私のところへ転げ込んだ。
 私はいってやったのである。「お前は年をとったら楽をしようと思って、朝鮮で働き、金をため、土地を手に入れ、大富豪になった。つまり末広がりの常道を狙って一応は成功したのである。しかし戦争で無一物となり、これからどうしようというのであるなら、いい事をおしえてやる。俺の実弟が郷里壱岐の村長をしているからそこへ尋ねて行き、村役場の小使いにしてもらえ、お前ももう70歳を超えた老齢であるから、村役場の小使いで食っていけるだろう。それでも生活が出来ないというならお前がこれまで立派にしてやった旦那寺の庭掃き坊主になれ、それが出来ないか」
 義弟はとにかく壱岐へ引き揚げて行ったが、村役場の小使いになつたことも旦那寺の庭掃き坊主になったことも、私にはまだ通知はない。

 しかし私は、尻つぼみ生活は決して敗北思想ではないと考える。いまの世間の常識に反しているかもしれないが、一番人間の理合にあった生活の行く道ではないかと思うのである。人間の真の姿とは虚飾を着けない、真っ裸そのままの男一匹で暮らしていける無心の生活だ。名誉、富貴それも良い。なければなけれでいい。青春の愉悦もいい。老いて、病んで、貧乏したとする、これも止むを得ない自然だ。悔やむ代わりむしろ楽しむ気になれぬものだろうか。日日是好日「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾りと思うのは無理か。

(この義弟は、熊本利平という方。「日々是好日「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾り」と腹を括った覚悟、こうした覚悟で楽しんで暮らしている方は、気を付けていると結構出会える。「年よりもこうして生きているとみせてあげようと思って皆さんとの会合に出るよ」(3年前94歳で亡くなった、江藤正翁)、「金はなくなったが生きているのはこの世だけのこと」(赤字の衣料品店のオーナー)等。また孔子が最も認めた弟子、顔回の裏町での貧乏暮らしの姿勢が貧乏暮らしを楽しむ姿勢と松永安左エ門は、紹介している。「老いて、病んで、貧乏したとする。これも止むを得ない自然だ。」69歳に私もなり、あと一回り生きれるかなと思うようになると、時々口ずさむことが増えた。柳瀬の大邸宅は今も健在(2011/4撮影)。冒頭の写真。松永安左エ門が戦後、奥さんと暮らした小田原の住まい、下に。2010/3撮影

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