霊界の門 ・見えないものの力

霊界や因縁から、現在の自分をみつめ、「見えないものの力」を味方にしましょう。

あれから三か月・・・

2014年05月13日 | 心霊現象
今年の2月から始まった「新設の介護施設」の業務、つまり仕事がようやく「三か月」の期間を越えました。
結果が出た以上、回る「ふるい」にかけられ「淘汰」され、利用する人も仕事をする人も、これで一応第一関門をくぐり抜けたと言えるでしょうか・・・。
「この三か月」で何が起こり、何に気を取られ、何を得て何を失ったか?・・・。
人それぞれの人生観あるいは価値観に、結果が出たと思えばいいのか・・・。


早い話、職場を去った者がいる。
人事異動が小規模で行われ、その結果「問題」もうやむやになった幸運な者もいた。
適材適所とはとうてい思えない結果の人事異動も、慣れと努力で何とか越えていこうと奮起する「やさしい者たち」の心根の上で、第二回目の船出となったことを思う。

私は全ての結果を「ありがたく」受け取ることにした。
親しい友が去ったことも、難儀な同僚が与えられたことも、全て私にとっては「神のふるい」から残された者たちであった。
さて、いよいよ始まるか~。
仕切り直しの結果に、いよいよ「来る」神のおぼしめしの人に逢えるという「最期のステージ」にふさわしい人との歴史的出会いを感謝して待つ。
いまだに「この人だ!」と的を絞れない私の霊性のぼけようもさることながら、次第に失せていく「観察力」の乏しさに驚愕する日々でもある。
「ピン!」とこないどころか「ビビッ!」ともこない。
反省点は一つある。
それはね、ただ与えられるのを待つという姿勢にあった。
これが最後なら、むしゃぶりついてでも「要求したい者」がいてもいい。
『せめて生きているうちに、最後に一度でいい、逢わせてください!』・・・と。
そして万が一、まさかの事であるが、「その人」が死んでいるならばその縁者でいいではないか。
その人の存在が、もはや「この世」にはなく、「あの世」にあるのであれば、それを知ってからあの世に渡るのも悪くはないか・・・。(私がである)

さて、今からもう始まっている「二段階目の期間」に向けての時間の流れは、さらなる私の絞り込みによってより明確に浮彫にされ、私の前にその姿を現すであろう。
霊性というアンテナを、より高くより確かに張り巡らし、的確に神の意図をキャッチしなければならない期間でもある。
これまでの期間に、私も二度止めたくなった。
くたくたに疲れ果てては、ブログを書く気力さえなく、パソコンの電源すら入れない日が続く。
「もうここまでくれば、いつ終わりにしてもいいんだし・・・」という心が湧く。
でもね、それに火をつけた人がいる。
『黙れ、バカ!』・・・、とコメントをくれた「あなた」です。

ことの「なりゆき」を生きていたら書いてお伝えしたいと、その言葉に奮起してニヤリと笑いながら
書いている私でもあります。
背後の「三人の尼様」が、いつもいつも「私」に「行け!」と声をかけ、先を指し示す。
「カルシュームが足りないんですけど~」とつぶやきながら、せめての一年間の保障を取り付けながら、日々精進?している私でもあります。
「二度目」は危険であり大変であり難儀なことは、前に申し上げている通りです。
二度目の「ふるい」が助走を始めた今、私だけは念には念を入れ、心して、ゆめゆめ目的を違えることのなきように後の三か月間を過ごしたいと思っています。
何のことか?って・・・。
介護のことをやりにきたのが、私の目的ではありません。
会社に入るのが目的でもない。(人に逢うことが目的なのです)

最後に神は、私に何をやらせたいのか?。
肉体をもってのあとわずかな時間を、どうすれとおっしゃるのか?。
最後のステージとは「何をどうする」ことをいうのか?。
ここまで生きてきた私には、いや、こだわって生きてきた私にはそれは「一つ」しかありますまい。
『限られた時間空間で、出来る限りの精進をして「わたし(神)」を伝えよ』ということでしょう・・・。
歴史のクライマックスの今、血統の功罪が目で見える形をとって提示されるという一面「恐ろしい時」。
自分が何者であったのか、はたまた我が血統はどうであったか、そしてこれからどうすればいいのか・・・、を骨の髄まで思い知る時代が「今」でしょう。
言い方を代えれば何と幸せな時代であるか。
また言い方によっては、「何と苛酷・残酷な時代」であるか・・・。
全て積み上げた「結果」を見る時代が、今だと思召せ。
うれしいか怖いか・・・。その「思い」こそが血統の歴史的産物であります。


あーあ、思えば遠くまで来たもんだ~。
今初めて思う。「この台詞」をしみじみ吐く年齢になったことよ~と。

神の胸に「むしゃぶりついてでも」逢いたい人とは?・・・。
今から40年余前に、私に「この事」の一切を伝えてくれた人。
つまり「伝道してくれた者」その人であります。
道を伝えながら、私より先に教団を出、姿を消した人。
「あなたの神」は、その期間何をどう教え導かれたのか。
何が建前で、何が真実だと教えられたのか。
家族を捨て、田舎に帰れないあなたが見た「神の世界」とは何だったのか?
村一番の「出来た子供」が、新潟大学の理工学部に入学したことが、村の歴史で一つの栄誉となった日。あなたの家族は有名になった。
そして「神の召命」を受けた。
没落する故郷での実家を横目で見ながら、長男のあなたは何を得、何を捨てたのか?・・・。
そして、多分あなたは知らないだろうが、後ろつまり守護霊の「北村方義」という人物。
信州・佐久の活動家、彼は神に何を訴え、人に何を願ったのか?・・・。
その「北村方義氏」は、人々を何処に導こうとしたのだろうか?・・・。
「あなた」が辿ったその人生は、守護霊以下では決してないだろう。
今となっては私もあなたもお互いに高齢者となり、いわば「老人」である。
しかし、「あの時」は人生でたった一度の出会いであるが、神が間に入って出会わせてくださったことには間違いはない。そして若いいい時であった。
もし神が「親」であられるなら、『兄弟』が再開することは当然の願いであり目的であり、夢でもある。


私が霊界の存在を学び、ゆるぎない真実をいくつも知るとき、「霊界で逢える」という最後の手段をありがたくもあり心待ちにしているのも事実である。
しかし、人の情、つまり「人情」から言えば、やはり形(姿・肉体)をもって、「この世」でこそ逢いたいではないか。
歴史を辿れば、佐久地方と「武田」は決して穏やかな関係ではない。
むしろ血を流し、恨みこつずいの関係といってもいいだろう。
だから、最後に会うように仕組まれているといってもいい。
しかし、そんな「あなた」でないかもしれない。
ここで第二回を迎えた「ふるい」にかけられながら、私も決心しようではないか。
一つは、今いる「ここ」が長居をするところではない・・・、と。
そしてまた、「この世」も長居をするところではない・・・と?。



「進退窮まる」という言葉がある。
今はそれに近い感を覚える。
しかしなぜか心地いい。
待っていた者に逢える。待っていたことに出会える。
武者ぶるいとはこんなことを言うのか。
それにしても今まで、なぜか縁者「武田の一族」にあまりにも出会いがなかった。
全てが武田ゆえに亡びた血統だった。
さて、ここまできた「極め付け」は、誰なのだろう。
そしてそれは何なのだ・・・?。
不思議といえば不思議であり、理不尽といえばそうも言える「私の人生」でもありました。

あっ、そうか。まだ結論づけてはいけませんなぁ~。

みなさまも、精進してお暮しくださいまし。
健康であることも、信仰の一つでございます。
カルシュームを日々忘れず摂取するべく、努力しています。


1 コメント

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Unknown (mira1965)
2014-05-13 17:03:01
「今一度、がんばりくださいませ。まだ、私とも会っていないではありませぬか。」
などという声をお聞き届けくださいませ。あなた様の最近のブログを読んで、
ひっそりと隠れてつぶやいておいでの方もたくさんいらっしゃると思います。


私は、重いばかりの、思いばかりの肉体をもてあましています。
なかなか県外に出る勇気がでませんが、
でも、きっとお会いしましょう。
それまで、臆せず大暴れして叫び続けてお待ちくださいませ。
私は、武田一族の縁者ではないと思いますので、
御用がないかもしれませんが、お目どおりがかないますれば光栄と存じます。
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