霊界の門 ・見えないものの力

霊界や因縁から、現在の自分をみつめ、「見えないものの力」を味方にしましょう。

霊界に存在する「ある霊」の正体とは?  2

2012年02月12日 | 心霊現象
それ以来、私は寝るときに「塩」をまくことだけは、怠らなかった。
布団の四隅と中央に、計五か所に振った。
その後、殺意をもった強い霊はこなかった。きても、強さから言えば、親分ではなく「チンピラ」くらいのものだった。

安心の日が続いた。
気持ちよく今日も眠れると思い、早々と布団に入った。心の準備はゼロだ。
戦闘状態が解除されたに等しい。私が敵でも、ここを狙うだろう。
その夜、来た。
嫌な予感がした。大親分?・・・手ごわい相手だとすぐに察した。
私は前回と同じように、「サタンよ、引き下がれ!」と三回大声で叫んだ。・・・去らなかった。
そうか、「主、イエスのみ名によって、サタンよ引き下がれ!」と省略せずに全文?で叫んだ。
去らない。ん?なぜだ。声が小さいか?しかし、一瞬ギョッとしたのを、私は感じ取った。
さらに大声で、絶叫した。・・・去らない。
首は絞めつけられて、目がかすみはじめた。だめだ、死ぬんだ。
私はまだ、「死神」との約束を果たしていない・・・。
あれから私は、安心して怠けたかもしれないなぁ・・・。
それにしても何だこれは。イエスのみ名で、サタンは去らない!
これはショックだった。しかし、私は知っていたはずだ。
霊界で守護霊の言った事を。大内一族の娘の事を。殉教して霊界の「ハライソ」へ行ったことを。
そして、「ヤソさま(イエス)に会ったが、まだ先があるようだ・・」と言ったことを。
消えゆく意識の中で、最後の手段をとった。これはまだ確信がない。
私の中では、実証中といったところのものだが、ここに至ってはそんな事は言っていられない。
手当たり次第投げつけるしかない。
○○によって、サタンよ引き下がれ!』ありったけの声で三回叫んだ。

その相手は一瞬「ギョッ」とした。「なんでオマエがそれを知っている?」はっきりとそう
思っているのが、伝わってきた。
みるみる手の力が失せていった。

話を少し前にもどそう。
私はその黒い霊体に引っ張られて、長い実に長いドームの中を、それも真っ暗闇のドームを真っ逆さま
に落ちていく。長いというより深い、実に深い、底のないドームといったほうがいい。
底に向けて落ちるというよりも、吸い込まれていくといったほうが当たっている。
「サタン」は先を行く。すごいスピードで耳鳴りがした。次には耐えられないほどの頭痛がした。
そして、確実に呼吸が苦しくなっていくのがわかった。
空気がないのか・・・。徐々に窒息していく。
「息が出来ない。ああ苦しい・・助けて、もうダメだ」

そこで、「○○・・・」の呪文だ。
なんと、深いドームの回転が、上向きにかわった。上の方を見ると、はるかかなたに小さい光の点
が見えた。小さな小さな光。あそこへ行けば空気がある。息が出来るのだ。
私は一人でドンドン上昇した。下は見ない。決して振り返らなかった。助かることだけを思い
小さな光に賭けて、全力で上がった。
気がつくと息が出来た。空気がうまい!
そして、目もくらむばかりの光の中に出た。
そこで目が覚めた。


修行中の身である私を、なぜ「悪の親分」(サタン)が狙うのかはわからない。
この恐ろしいまでの体験で、私に教えるものがきっとあるはずだ。
煮え切らない私を叱責してのことかもしれない。し、次のステップがすでに用意されている「しるし」
なのかもしれない。
その呪文「○○・・・・」は、自分の今後の課題だ。
結果を先に示したのかもしれない。
皆様にはまだ、お伝えする段階ではありませんので、伏せますが、多分これは「真理」あるいは「天法
」という中での大きな一つになるかと思われます。
これを知らなければ、霊界へ行ってはいけないというくらいの「もの」なのかもしれません。

この度のことで、キリスト教だけが言っている「サタン」とは何かを、はっきりさせる必要があります。その正体こそ「人間」として知らなければ、「人の道」を正しく行く(生きる)ことが出来ない
とまで言い切れる内容が、潜んでいるようです。
私はまだまだ未熟、求道者のはしくれだと身に染みて思い知ったところです。

霊界に住む「悪の権化(親分)」と「善(聖)の権化?(親分)」を知っておくことは、今後
必須の事になりますので、今日ここでご披露させていただきました。

霊界に興味のある方、あるいはもう「霊感が強い」と自負していらっしゃる方、この二つの霊体を
しっかりと把握してから、「霊界の門」にお入りくださるよう、ご注意申し上げます。



霊界に存在する「ある霊」の正体とは?  1

2012年02月12日 | 心霊現象
今日は、私の体験談をまたまたご紹介しながら、霊界の「あるもの」を解明したいと思います。
それは霊界の不思議な力の事である。それは二つある。
結論から申し上げれば、一つは「悪」そのものであり、一つは「善(聖)」そのものである。
私は、一つから殺されかけ、一つから救われたということである。
これは何を物語るのかは、その判断を皆様におまかせする。が、次に綴ることは、私の実体験であることから、独断的な部分はお許し願いたい。


一、真っ黒な殺人鬼の正体とは・・・?

 現代、霊界がないと言い切れる人は、いったいどれくらいいるだろうか。
 増々増え続ける霊現象は、我々が霊界の実在を無視したり、否定したりは出来ないことを物語って
 いはしまいか。
 我々にはただ、その在り方、つまり霊界の様相がはっきりとわからないだけではないか。
 
 さて、私は霊能者ではないが、霊を受けやすい体質になってきたようだ。
 例えば、眠っている時に夢を見たり、声を聞いたり、匂いに驚いたり、霊体に襲われたり
 と、様々な現象に会っている。ただ、相手(霊体)のはっきりとした素性が分からないだけ
 である。ひところ、連日のように「かなしばり」に会い、辟易(へきえき)したことは、すでに
 お話をした。そんな中で、すさまじい念波が押し寄せてきたことがある。それも、確実なる「殺意」
 を持って・・・。

 それは、こうである。
 私が寝入るころ、部屋の空気が変わるのが分かる。それは確実に「霊の世界の入り口の空気」
 という表現が的確と思える「ある場所」である。
 そして、すぐそこに「霊」が来ていると、気が付くのと同時である。
 かなしばりになって動けない私の体の上に、つまり掛布団の上の、胸の辺に重い物体(霊)が、
 それも真っ黒な存在が、いきなり乗りかかってきた。
 「ガッ」。これがその時の霊体の乗り方である。
 私にもわかる部分が、かなりあった。不気味そのものの気配が、第一に伝わってくる。
 そしてその霊体は、長い爪を持っていた。私が寝ている布団にしっかりとその爪を立て、体全体を
 圧してくる。最初は「大きな鳥」が乗ったかと思うほどで、私はその爪に意識を集中していた。
 次の瞬間、身に危険を感じ取る。「危ない!!」つまり、「殺される!」である。
 
 この正体不明の霊体の目的が、私の命を取りにきたことであると、その時知るのである。
 正体はまだ不明のままである。真っ黒で、しかも大きい姿、さらに広い広いマント(羽かもしれない
 )で身を被い、指は長く、さらに長い爪を持ち、その先が「ワシ」か「タカ」のようにするどく
 曲がっている。
 これはどうみても、人間の様(さま)ではない。
 実に不可思議な、正体不明の霊体であった。
 昔から霊界にいて、何もかも知っている。さらに大きな力の、それも悪の勢力の親玉のような・・
 そんな気配をもっていた。
 「彼」は、そうだ「彼女」ではない。まさしく「男性格」であることは確かである。
 そこまで瞬時に察知出来た私を、その真っ黒な霊体は、いよいよ殺しにかかってきた。
 片方の手が、私の首に突然伸びたかと思うと、その手に力がこめられた。
 ぐいぐいと私の首を絞めつけてくる。
 相手の正体がわからない私は「なぜ?」「誰?」を繰り返しているのみだ。
 なぜ、私はこのようにして今、誰かによって殺されなければならないのか。理由などは分からない。
 その間私の首は、もう息も絶え絶えにしめつけられていく。
 ああ、こうして寝たまま(眠ったまま)死ぬ人もいるのか・・・。決して楽じゃないんだ。
 他人は知らないだけだ。「眠っているうちに、コロッと死にたい」と、今世の中はPPK(ピンピン
 コロリの略)ばやりだ。とんでもないことである。

 前にも申し上げたが、夢の中で声を出す、あるいは叫ぶことは、そう簡単な事ではない。
 私はここ一番、生か死かを賭けてありったけの声で叫んだ。
 「サタンと引き下がれ!」・・・と。
 この「じゅもん」は、そう、昨日ご紹介した崔牧師の教示によるものだ。
 これは、三回繰り返し言わなければならない。なぜか?
 そうだ、「三回」というところに意味がある。霊界で通用する数字である。
 二回でもダメ、一回でもダメである。(その意味はいずれご案内するとして)
 
 巻き付いた手の力が、徐々に失せていったのが分かった。
 一回の呪文では、何の変化も起きなかった。二回目も・・なし。三回目にして、その効果は発揮
 された。
 部屋の空気が変わっていく。「安らぎ」の空気だ。正体不明の霊は去っていったのだ。


これが第一段階の「闘い」である。
一度ある事は二度あると、私は不覚にも忘れていた。
これで全てが終わったという、私の読みの甘さに後悔してもはじまらなかった。
次の「闘い」までに、備えて待つくらいの覚悟が必要だったという事だ。
それを怠った私の不備が、禍することになる。なにもかも分からないだらけの「相手」の詳細不明からくる「無知」、つまり「敵」を知らずして闘うことになる。
やってはいけない「自殺行為」だった。



<次へつづく>