田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

長幼の序(2011/7/12)

2011-07-12 23:46:31 | 3.11東北大震災の頃
田舎生活をしていると、時間は十分にある。
暇に任せて、読書を楽しんでいる。
竹田農園でバーベキューの後、チロチロ燃える薪の火を見ながら、楽しむ読書は幸せいっぱい。
今は、坂の上の雲(司馬遼太郎)を読んでいて、次の一節がこころに響きました。(冒頭、坂の上の雲、該当ページ)
連合艦隊の長官に急遽選ばれた、東郷平八郎と作戦を練った連合艦隊の頭脳の主人公の秋山真之と初対面のシーン。
場所は、海軍省の会議室。
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坂の上の雲(文春文庫3巻p142)

秋山真之が、東郷平八郎という人物とたがいに一対一で顔をあわせたのは、このときが初めてである。
「会議室におとおししておいた」
と、その者がいう。
真之が人事局千秋恭二郎にともなわれて、そのひろい会議室に入ってゆくと、東郷はその中央あたりにぽつんとすわっていた。うしろに薄いカーテンがかかっていて、背に逆行をうけている。卓上には茶も出ていない。
「私が秋山少佐です」
というと、東郷はわざわざ立ち上がって、トーゴーデス、と母音をながく発音するなまりで、答えた。思ったより小柄な人物で、髪はみじかく剪っており、わずかにびんのあたりが白くなっている。そのくせひげは口もあごも灰色であるために、ふしぎな感じの貌(かお)になっていた。貌といえば目鼻立ちがととのいすぎているほどで、ぜんたいに豪傑というにおいがない。真之はこの人物を一目見て、
(これは徳のある人物だ)
と、おもった。いざ連合艦隊という大軍が組織されるばあい、これを統御する人物はよほど徳望のある人物でなければならない。
真之は椅子をもらい、長テーブルをはさんで対座したが、東郷は、
「このたびのこと、あなたの力にまつこと大である」
といっただけで、だまってしまった。だまりながら、薩摩人が客に対してみせる特有の表情で真之を見ていた。唇を閉じ、両端にわずかに微笑を溜めている。
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対面は、それだけで終わった。
「あれは大将になるためにうまれてきたような人だ」
と、いった。
 人には持ち前がある、と真之は思っている。かれ自身、三軍を統御していっさい不平を言わしめず、おのおのに分をつくさしめて死地におもむかしめるような、そのような将才はないと思っている。真之にあるのは、東郷の統御力をつかって、思い切った作戦を展開して見るということであった。

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さわやかな、晴れ晴れする、いい日本人の先輩を持ったと誇らしくなる。
東北の大津波の復興を担う、先の復興大臣が、宮城県知事と初対面で、応接室で俺を待たせたと説教する場面、テレビで何度も見せられた。印象に残っているのが「自衛隊では、長幼の序、それぐらい分かるだろう」と。むつかしい言葉を使う、自衛隊ではそうなのか、なんとなく分かると。辞書を引くと「年長者と年少者の間にある一定の秩序」と。

 日本の国民軍が一番、風通しが良く、実践的で、したたかで、従って強かったのが明治36年当時。坂の上の雲の、東郷と秋山の初対面シーン。先の復興大臣と真逆。連合艦隊の長官と、復興大臣、国民の期待と責任は同程度。徳は南極と北極。先の復興大臣氏が明治の36年、能力抜群だがお行儀の悪い秋山参謀と初対面で何と言うことやらと、うすら寒い。話にならない。
コメント
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