終日暖気

雑記

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ニュー・ワールド

2006-10-22 | 映画

『THE NEW WORLD』2005年アメリカ 

【ネタバレしそうです】
スクリーンで見たかったのに叶わぬままだったこの映画、ようやくDVDにて鑑賞できたのですけど・・・。うーん、何か強くうたれてしまい、余韻に浸ってボーっとなってしまいました。
計算され尽くした構図を持つ、詩的で深遠な映像の澄み切った美しさ。
『シン・レッド・ライン』や『天国の日々』も、とんでもなく美しかったですものね。
って、『天国~』は、ひたすら農場主のサム・シェパードしか見てなかったのだった。私なら農場主を選ぶもんねと思ったわー。(バカ)
静寂に満ちた荘厳さというのか、
謙虚にじっと頭を垂れたいような、そんな気持ちで見つづけた2時間余りでした。(そうそう、音楽はいかにもジェームズ・ホーナー!)

恥ずかしながら、「ポカホンタス」のお話をよく知らなかったのですけど・・。
アメリカ建国神話を材にとりながら、結局これは過去であり現在そのものであり未来でもあるという、我々人間全体の、永遠に繰り返される答えのない物語なのかと思いました。
”母なる精霊が語る大地の物語”。それは、宗教だの人種だの善悪だのを超えた、大地とともにある自然の一部にすぎない我々の話なのではないかと。
ポカホンタスが「母よ」と呼びかけ、スミス大尉が「心に響く声は何?誰に導かれる?」と問いかける、おおいなるもの・・。
先住民や入植者たちは、人間の持つ歴史と本質の象徴にすぎないような・・・。
私は何だ、君は誰だ、「誰?」「何者?」と3人(ポカホンタス、スミス大尉、ジョン・ロルフ)が互いに静かに問い合う姿は、まるで哲学しているかのよう。
文明も国家も人間が作った何ものかに過ぎない。そこに属して初めて「自分はどこの何人の誰だ」と言えるのだけど、それがなければ何者でもない、ただのシンプルな精神そのものが自分になる。自分が精神であるなら、殺し合いなんてする意味がなくなってしまう。

互いに人間であるという普遍性だけを持って、文明などとは無関係なところで言葉も通じないポカホンタスとスミス大尉は恋に落ちた・・・。
スミス大尉。彼は彼女の何に惚れたのかというと、彼からしたら何ものにも勝る美しさ気高さを感じる彼女の魂そのものに惚れ、愛してしまった。もちろん若く美しい肉体もそれに含まれるけれど、外見だけに惹かれたのならポカホンタスが彼の属する文明に染められていくのを見ても、別にどーってことはないはず。
なのに彼は
、「新しい服はどう?」「わたしはあなたのもの」と嬉しそうに微笑み、彼の国の言葉やマナーを身につけてゆくポカホンタスを見て、彼女の精神そのものを自分のせいで汚したような気持ちになってしまった。つらく申し訳なく、その愛しい笑顔を見ることさえいたたまれなくなり、ついには「僕は君にふさわしくない男なんだ!探さないでくれ~」なんつって、ひとりで勝手に傷つきまくって姿を消してしまった。ああ、違うってばスミス~(涙)
文明にがっちり属し、責任感もあって仕事熱心な彼は、せっかく自分は自分だ、土地を奪うなんて意味がないのだと何となく気付いていたにも関わらず、彼女の持つ文明を踏みにじった=魂を奪ったと勘違いしてしまったのだ。
精神はあくまでも自由なのに。文明あってこその精神というなら、異なる文明を持つ二人が愛し合えるわけがないじゃないの。(で、殺し合いを呼んでしまう。でも文明をアイデンティティの拠り所にしないと生きていけない弱さがあるのも人間。ムズカシイ)
彼女は、好奇心旺盛で聡明な若者。何でも知りたい、やってみたい、ましてやそれが愛する彼の国のことならば嬉しくてたまらない!というだけのことだったのに・・。
先住民には主従関係がない、嫉妬もねたみも略奪もない、これぞ真実の夢の世界だ、自分(入植者)の世界は偽りだ・・と考えていた、文明国家の理想主義からどうしても抜け出せない不器用な男、スミス大尉。勘違いしたまま姿を消した彼は、再会した彼女に「あれは夢だった。あれこそが真実の恋だった」という。体面を張らねばならぬ男社会の中の優秀な男は、自分の理想が脆く潰えたことで引き裂かれるのと同時に、愛する彼女の文明を捨てさせてしまったという後悔で二重に苦しんでいる。彼女は俺なんだ!と悟るには、あまりにロマンティストなスミス(冒険家だしねー)なので、ありもしない”真実の恋”を信じたまま、彼女は自分と別れて幸せになった、ならなきゃ嘘なんだ、と無理矢理思い込んで耐え忍んで生きていくしかない。ポカホンタスと同じように、彼の精神も死んだのだ。
すべてを見抜き、ひとつの愛の終りを知ったポカホンタスの「そうね。」と答える表情。
会えなかった歳月は、彼女をスミスの何倍も大人にしていていたとわかるシーン。上手いなぁ。ほんと上手い。泣けちゃうなあ。
  
前半はスミスに、後半はどんどんポカホンタスに感情移入して、熱いものがこみ上げてきて困りました。
爽やかにご登場のクリスチャン・ベイル(あ、ブルース~♪なんて一瞬でも手を振りそうだった私は集中力のない女。17世紀の農場主。かなり素敵)がジョン・ロルフですけど、彼は魂を失ったホカホンタスに寄り添って、じっと待つことのできる誠実な大人の男。
彼もまた妻子を亡くし、永遠に消えない喪失感を魂に秘める男だからこそ、本物の優しさを待てる。
「なぜこの世界には色があるの?」と真剣に訊ねるホカホンタスを見る彼のなんともいえない嬉しそうな顔がとても印象的。”愛ゆえに結ばれ、愛ゆえに別れる”・・・。新たな形の愛が始まったばかりの彼等を待ち受けていた運命・・。ジョン・ロルフの精神もまた新たな死を経験するのね・・惨い話だけれど。

いくら人間の精神は自由だと言ったって、実際にはどうしたって国家の中で生き食べていかなくてはならない。そこでは名誉も保たねばならないし、愛する者たちを守り、しがらみは断ち切れず、あらゆる感情に心を揺す振られずにはおれない。属する世界からつきつけられる正義と理想のもとで煩悶し、何か大事なものをなくしながら本末転倒したような現実のなかで血は流され続ける。良心の呵責によるジレンマはどこまでも永遠に続く・・・
スミス大尉は何度も「真実」を口にしていたけれど、この世の真実とは「人は生きて死ぬ」というただ一点に他ならない。
「ニュー・ワールド」とは、何が起こるかわからない我々の人生において、やがて等しくやってくる死までの間の出会いと発見の連続のことなのかしら?
大地の上で繰り返される、様々な矛盾に満ちた人間たちの生命の営み。
母なる大地は、そんな人間たちを大きな哀しみをもって黙って見守っているような気がする・・・。

***************************************

なーんて、昨夜見てすっかり感動した私は支離滅裂な感想を持ったのですけど、何度も時間を置いて再見するたびに、その思いも変化していくのではないかと感じるような作品でした。
ほんと見ることができてよかった~♪
役者陣も素晴らしかったです。
作品によってはちょっと品のない野獣系に見えるコリン・ファレル、今回のスミス大尉とてもよい!
ちっとも濃くないし。持ち味みたいなものを極力抑えた、あくまで監督の内的世界にきちんと溶け込んでいる芝居でした。不器用で繊細な男っぽい男にどーも弱いので、ポカホンタスと別れたあとのスミスがどうなったのか心配でたまりませんでしたワ。素晴らしき英国庭園で、いつになくぺらぺら喋り捲りながら、叱られるのを待つ子どもみたいにチラッとポカホンタスを見る姿はいかにも頼り無げなんだもーん。ごはんなら私作ってあげるよーとか思ってしまった。
 
ポカホンタスを演じるクオリアンカ・キルヒャー。彼女は本当に素敵
清らかな魂と、伸びやかで瑞々しい肢体、知性と勇気に溢れた強いポカホンタスにぴったりでした。出身はドイツとのこと・・。
15歳だったそうですけど、未知のものに出会い、成長し、やがてそれこそ母なる大地の精霊となっていく姿がひじょうに感動的でした。
何度も大地や太陽と会話する姿の神々しさ。彼女は、魂に正直で実に堂々している。
覚えたての「moon」という言葉を嬉しそうに口にする表情の可愛らしさといったら!!スミスでなくても惚れてしまうわー。
物言わぬ表情の奥深さ、やがて母性を滲ませていく佇まい、本当に素晴らしかったです。

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6 コメント

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何という美しい世界 (悠雅)
2006-10-23 00:18:29
武田さん、こんばんは。

TBを戴きながら、随分お邪魔するのが遅くなってごめんなさい。



ため息が何度も出るような、何と美しい映像だったことでしょう。

『シン・レッドライン』でも思ったけれど、草を掻き分けて行くときの、匂いを感じるような映像や、

水の一滴にまで、命の在り処を見た気がしました。

『天国の日々』なら、わたしも農場主を選びます。



同じように感動しながら、わたしは武田さんとは少々違う感想だったのだけれど、

なるほど、スミスの行動をそう考えることができたんですね。

今思えば、わたしは現在の感覚のまま、前半はポカホンタスに、後半はロルフに感情移入してたのですね。

だから、前半では「きちんと棄てろ」なんて思っちゃうし、後半はただただロルフに幸福になってほしくて・・・



でも、やっぱり大好きな作品なのですよね。
観逃したんです・・・ (かいろ)
2006-10-23 18:07:32
武田さん、こんにちは。

『ニューワールド』、うちの映画館で公開されていたのに時間が合わなくて観られずじまいでした。武田さんの記事を拝読してやっぱり観たかった~と今さらながら悔しい思いです。レンタルして観ます!

さてさて、実は‘いい男バトンというのを作りました。よろしければお立ち寄りください。そして持って帰っていただけると非常に嬉しいです~。武田さんの‘いい男’はシブそう、ワーイ。

好きなのにC.ベールを‘いい男’に入れ忘れてかなりショックなかいろでございました。でもC.ファレルはあまり関心なしです。それではこの辺で。
悠雅さま♪ (武田)
2006-10-23 23:33:39
こんばんは♪

突然の怪しいコメントにTBで失礼いたしました^^;

TBありがとうございます。

悠雅さまの詩的なレビューを読んでいると、映画の空気そのものを捉えていらっしゃるのがよくわかって、またまたなんとも言えない気分になってしまいました。

私の、落ち着いて読んだら随分とスミスに肩入れしているみたいで(笑)

お山と同じように、役者より先に役に感情移入してしまったようです。スミスが例えばヒースでももちろん肩入れしたけれど、ロルフがヒースでもやっぱりスミスに・・かどうかはちょっと自信ないですが・・^^;←ダメダメ



ところで、悠雅さま「トリスタンとイゾルデ」ご覧になられたのですね

読みたいのを必死に我慢して、どうにかして・・とカレンダーとにらめっこしております。
かいろさま♪ (武田)
2006-10-23 23:39:26
こんばんは♪

コメントくださってありがとうがとうございます!

嬉しいです~。

そうなんです、なかなかよかった(というか私大感動)ですよ~。

DVDでも十分に美しい詩的内的世界でした。ぜひぜひご覧になって、レビューを読ませてくださいね♪

あっはっは、私も個人的にコリン・ファレルって興味なかったのですけど、この役はよかったですよ。(「ダブリン上等!」の役は大嫌いでしたの



ところで、「いい男バトン」ですか!!

キャー

すぐに参ります!いますぐ参ります!!

なんて楽しそうなバトン!!

ステキな企画にお誘いくださって感謝感謝です♪

雰囲気のある作品 (みみこ)
2006-10-25 12:32:05
こちらにも。武田さんの感想はさすがですわ。
これ感想自体難しいと思うんですよね。
普通の恋愛映画とは違い
派手な演出やわかりやすい会話など
あまりなかったからね。詩集を読んでいるような
そんな文学的な香りのする作品ですよね。
スミスのことを、しっかり把握している
武田さんはやっぱり大人ですわ。
私はまだまだで・・。女を捨てちゃあダメじゃないのとブ~ブ~いっておりました。
コリンはいつもよりは濃くないよね。
フォーンブースなんて暑苦しかったものね。
でもそれでも私はもう少し薄くして欲しい・・笑
テレンス・マリック作品を久々にみる事ができて
感激でしたわ。
みみこさま♪ (武田)
2006-10-25 22:13:27
こちらにもTBとコメントいただき、嬉しいです♪

いやぁ、これあとで読んだら何言ってるの?>自分!と恥ずかしくて!!

も、ムチャクチャなんですのに、読んでくださって…。ありがとうございます(汗)

ほんと、派手な演出や会話がまったくなかったですね。

とにかく美しくて、みみこさまのおっしゃる通り、「詩集を読んでいるような」映画ですよね♪素敵な表現だわぁ、詩集を読んでいるような…(うっとり)



>女を捨てちゃあダメじゃないのとブ~ブ~

あ、わかります(笑)

この時はなぜか思い切りスミスに寄って見てしまった私ですが、本来「ちょっと~なにそれ~?」とか文句を言うところです。

>それでも私はもう少し薄くして欲しい・・

あはははは♪

そうそう、「フォーンブース」濃かったですよね。

コリンの顔、やっぱり手放しで好きにはなれないお顔・・(笑)もうちょっとこう爽やかであったらなぁと思います。

寡作のテレンス・マリック監督。

監督らしい作品を見ることができてよかったですよね♪

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