竹千代…夢日記

修理固成
明察功過
和と結い
未熟なBlogです。
頑張って生きます。

190131(木) 江戸っ子だってねぇ

2019年01月31日 | ねずさんと学ぶ会
平成31年1月31日(木)
こんばんは。
「ねずさんと学ぶ会」さん
特選「ねずブロ」を贈ります。
【江戸っ子だってねぇ】
是非ご一読願います。
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【今日の「ねずブロ」は?】

讃岐の金毘羅樣へ刀と奉納金を納めた遠州森の石松が、帰り道に大阪から京都に向かって三十石船に乗りました。
船の中で、江戸の神田の生まれという江戸ッ子が、「清水港に住む山本長五郎、通称清水次郎長が、街道一の親分よ!」と言い出します。
親分のことをを褒められて嬉しく思った森の石松は、その江戸っ子に、「もっとこっちへ寄んねえ」と声をかけます。

酒を進めて、
「酒を呑みねえ、江戸っ子だってねえ」
「おう、神田の生まれよ」
「そうだってねえ。次郎長にゃいい子分がいるのかい」
「いるかいどころの話じゃねえよ。千人近く子分がいらあ。なかでも貸元をつとめて他人に親分兄貴と言われるような人が28人。これをとなえて清水一家の28人衆でえ。この28人衆のなかに次郎長ぐらい偉いのが、まだ5、6人いるからねえ」

ますます嬉しくなった石松は、
「で、5、6人とは一体誰でえ」
「おうさ。清水一家で強ええと言えば、いちに大政、二に小政、三に大瀬の半五郎、四に増川の仙右衛門…」
と続きます。
ところがなかなか石松の名前が出てこない。
(続きはリンク先でどうぞ)
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【好書に出会い…好日に想う】
広沢虎造…懐かしいです。
アルバイトに明け暮れていた学生時代、電蓄が欲しくてたまらず、安い部品を買い集めて自作しました。
ところが、楽曲のレコード盤は高価で手が出ません。
仕方無しに買った安い浪花節の片面盤でした。
それが広沢虎造…すぐに病み付きなってしまいましたね。

さてBlogの本題です。
『エスニックは、誇りを形成するものではありますけれど、せいぜい「江戸っ子だってねえ。寿司くいねえ」くらのお楽しみの世界にとどめ、エスニックで紛争や政争など、絶対にしてほしくはありません』
その通り!

地方色や気質での争いなど馬鹿げていると思います。

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190131(木) 自分を捨てて日進月歩

2019年01月31日 | ねずさんのひとりごと
平成31年1月31日(木)
おはようございます。
『ねずさんのひとりごと』
最新のBlogを贈ります。
【自分を捨てて日進月歩】
是非ご一読願います。
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【今日の「ねずブロ」は?】

日々是新(ひびこれあらた)に。
毎日が研鑽の積み重ねです。
そして、それはとっても面白くて楽しいことです。

日進月歩のことを、別な言葉で「日々是新」と言います。
Chinaの『三国志演義』には「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」という言葉があり、これはいまではすっかり日本語の慣用句になっています。
もともとは「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」という記述から生まれている慣用句のようです。

要するに「日々成長」だということです。
ですから自信をもって世に出した自説であっても、世に出した時点で、そこが新たな出発点になります。
そこから出発して、さらに奥深く研究を重ねていくのです。
すると、もっと深い事実がわかったりします。
そうなれば、過去の自説は捨てざるを得ない。
はじめから全部わかっている人などいないのです。
みんな誰もが、わからないことを一生懸命知ろうとし、少しでも成長しようとしています。
およそ学問に「これで完成」などというものはないのです。

クルマのデザインと同じです。
昔「ハコスカ」と呼ばれたクルマがありました。
当時は、ため息が出るほどかっこいいと思ったものです。
けれどいま見れば、やはりかなりデザインが古い。

おそらくいま「これが完成形だろう、これ以上かっこいいクルマなんて、きっと出ないに違いない」と信じているクルマでも、あと30年もしたら、もう古臭いデザインのクルマでしかなくなっているかもしれません。

学問も同じです。

(続きはリンク先でどうぞ)
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【好書に出会い…想う好日】

今朝のBlogトップ画は『アハ!体験』版ですね。
こういうの大好きです。
変わったのはどこ?
見つかりましたか?
答はこちら。

お月様が欠けましたね。

さて、今朝の「ねずブロ」
読むと元気が出てきますね。
松下幸之助さんも書いていました。
↓↓↓
『日々是新たなれば、すなわち日々是好日』
きのうはきのう、きょうはきょう。 
きのうの苦労は、今日まで持ち越すことはない。 
きのうはきのうで、今日はまた新たな運命が待っている。 
毎日が新しい門出である。 
年が変われば、心もあらたまる。 
年の始めは元日で、1日の始めは朝起きたとき。 
年の初めがおめでたいのならば、朝起きた時も同じ。 
心があらたまれば、毎日が元日。 
あらたまった心には、すべてが新しい。 
さあ、みんな元気で、新しい日々を迎えよう。 
↑↑↑
松下さんもねずさんも流石です。
今朝は雲が厚く朝陽を拝めませんでしたが、東の空に向かって合掌です。

日々是新!
今日も一日ご安全に。

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190130(水) ソマリアの良心を引き出したすしざんまいの社長

2019年01月30日 | ねずさんと学ぶ会
平成31年1月30日(水)
こんばんは。
「ねずさんと学ぶ会」さん
特選「ねずブロ」を贈ります。
《ソマリアの良心を引き出したすしざんまいの社長》
是非ご一読願います。
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《ねずブロ本文から抜粋引用》
1月18日にハーバー・ビジネス・オンラインで紹介された記事です。
すでに約3万人の「いいね」が付いていますから、もしかするとみなさまはもうご存知かもしれません。
********
すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」
2016年01月18日ビジネス

2001年に第1号店を東京築地場外市場に「すしざんまい本店」をオープン。
現在では北海道から九州まで、51店舗を展開。その多くが年中無休24時間営業で、本格的な寿司を手ごろな価格で楽しむことができるという、それまでの寿司屋の常識を覆したのが、株式会社喜代村の木村清社長だ。
──────────
「すしざんまい」が年間300件の海賊被害をゼロに
──────────
――『すしざんまい』の社長が、アフリカのソマリアで、元海賊とマグロ漁をやっている……と話題になったことがありましたね。

木村:今でもやってますよ。
ソマリアの沖というのは、キハダマグロのいい漁場なんです。
ところが海賊が出るようになり、危なくてマグロを獲りに行けなくなってしまったんです。
しかし、聞いてみると誰も海賊とは話していないという。

おかしいじゃないですか。
海賊といったって相手は人間なんですから。
それでさっそく、伝手を頼ってソマリアの海賊たちに会いに行きました。

そこでわかったことは、彼らだってなにも好き好んで海賊をやっているわけじゃないということです。
だったらこの海で、マグロを獲ればいいじゃないか。
自分で稼いだ金で家族を養うという、誇りを持った人生にしなくちゃいかん…と、彼らと話し合ったんです。

――ソマリアの人たちは、内戦で国を失い、無法地帯となった彼らの海が荒らされたため、海賊になったと主張しているそうですが、自力では対抗できなかったのでしょうか…?

木村:口で言うのは簡単ですが…まず彼らは、マグロ漁の技術をもっていないし、船もありません。
マグロを獲ってもそれを入れておく冷凍倉庫が使えなくなっている。
獲ったマグロは売らなければなりませんが、そのルートをもっていない。
IOTC(インド洋まぐろ類委員会)に加盟していないから、輸出ができなかったんです。

じゃあ、仕方がない。
うちの船を4隻もっていった。
漁の技術も教えましょう。
冷凍倉庫も使えるようにする。
ソマリア政府にはたらきかけてIOTCにも加盟する。
獲ったマグロをうちが買えば、販売ルートも確保できる。
こうやって一緒になってマグロ漁で生活ができるようにしていったんです。

――「民間外交」の枠を超えた貢献ですね。なぜそこまで?

木村:いろんな国や国際機関も援助をやっていますが、どれも上滑りのことばかりであまり役に立っていないことも少なくありません。
相手の視線に立って、相手の悩みに気がついてあげることが必要なんです。
ソマリア沖じゃ一時は年間300件、海賊による被害があったそうですが、うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています。
よくやってくれたと、ジブチ政府から勲章までいただきました。

――そこまでして、事業として採算はとれるんですか。

木村:ん~。
まあ、正直言って今のところまだ採算はとれていませんね。
しかし、将来的にはきちんと利益が出る目論見はたっていますよ。
それに商売というのは、目の前の利益、儲けのことを第一に考えていたんではうまくいかないものなんです。
まず考えなくてはならないのは、どうやったら喜んでもらえるか、何を求められているかということ。
それに応える算段をするのが「商売」なのではないですか。
********

(続きは下記リンクでお読み下さい)
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ねずさんのひとりごと/fc2
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【ねずブロを読んで】
『人は一人では生きていけない…人の喜びに依って生かされている』
株式会社喜代村社長の木村さん。
口癖だそうです。
また、こうも仰っています。
『すしざんまいが寿司としてお客様に提供するマグロは、感覚的なものではありますが、98点以上のものだけです』

どこから仕入れようが、高額であろうが、マグロの仕入れ品質は感覚的なもの。
せっかく買い付けたマグロなのに寿司に出来なかった…稀にはあったことでしょう。
そんなマグロは廃棄する?
と思いきや…とんでもない!
焼物?煮物?佃煮?
使い途は沢山あると言います。
木村さんは優れた実業家です。
とても良いお話でした。

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190130(水) 大和言葉の「おとな」って何だろう

2019年01月30日 | ねずさんのひとりごと
平成31年1月30日(水)
お早うございます。
『ねずさんのひとりごと』
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《大和言葉の「おとな」って何だろう》
是非ご一読願います。
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《ねずブロ本文から抜粋引用》
大和言葉の「おとな」は「互いに結びつき力を併せて何事かをなす人」という意味の言葉です。
「こども」は「母の保護下にあって立派なおとなに成長して他のみんなとともに役に立つ人に育つことを期する」という意味の言葉です。
日本語はとても深いのです。

大和言葉で「おとな、こども」とは、そもそもどのような意味を持っているのでしょうか。

漢字では「大人(おとな)」「子供(こども)」と書きますが、漢字圏では子供は「孩子」と書きます。
漢字の「大」は、人が両手両足をめいっぱい広げている象形で、「人」は人間ですから、要するに体も心もでかい人が「おとな」です。
子供(孩子)は「子」は頭部の大きな乳児を意味し「孩」はイノシシの子のウリ坊で、要するに幼くてかわいい幼子(おさなご)を意味します。
(続きは下記リンクでお読み下さい)
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《ねずブロを読んで》
江東区の西…深川。
親友ご夫妻がお暮らしです。
清澄・白河・門前仲町・木場…情緒豊かな深川…大好きな町ですので時折散策に訪れます。
主の親友から「深川の地名は深川八郎右衛門の名前に由来する」と教わりました。
徳川家康がこの辺りで初めて鷹狩りをした頃には、まだ地名が無かったそうです。
八郎右衛門の「深川」姓を『村の名にせよ』と命ぜられたのだとか。
また「深川神明宮」は、八郎右衛門が伊勢神宮大神の御分霊を祀って建てた深川の総鎮守様だそうです。
★拙Blog「深川界隈
友と旨酒を酌み交わしながら地名の意味や由来を知る…大切なことだと思います。

そして…大和言の葉の深い奥をもっと楽しみたいです。
「日本を取り戻す」
そのためには「日本語を取り戻す」ことも必須条件ですね。

今朝も良い勉強をしました。

今日も一日ご安全に。
ネット裏から合掌です。

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190129(火) 漢字渡来以前

2019年01月29日 | ねずさんと学ぶ会
平成31年1月29日(火)
こんばんは。
「ねずさんと学ぶ会」さん
特選「ねずブロ」を贈ります。
《漢字渡来以前》
是非ご一読願います。
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《ねずブロ本文から抜粋引用》
日本には漢字渡来以前には文字がなかったと言っている人たちがいます。
どこを見ているのかと言いたくなります。
ヒエログラフとも言いますが、欧米の学者さんたちの中には、むしろ日本が古代文字発祥の地ではないかとして研究している人もあるくらいです。
あるいは、古事記・日本書紀以前の史書や文字は、古代大和朝廷によって消されたのだという人もいます。
要するに古代の日本に激しい対立や殺し合いが行われたのだと言いたいようなのですが、ぜんぜん違うと思います。

少し脱線しますが、以前に「江戸しぐさ」をこのブログでご紹介したことがあります。
ところがその「江戸しぐさ」について、これを普及しようというあるNPOがあります。
普及してくれようとするその目的はたいへんありがたいのですが、そのNPOがなんと言っているかというと、そのまま転載するとどこと特定されてしまうので要約しますが
「幕末戊辰戦争のときに、江戸庶民が大虐殺されて江戸っ子はほぼ全員死んでしまった。自分たちはそのなかで生き残った僅かな江戸っ子で、江戸しぐさを継承する唯一の団体である」
と、このように主張しているわけです。
いったい、いつ江戸庶民が虐殺されたというのか。
まったくもってファンタジーとしか言いようがありません。

ちなみにその幕末期、まさに江戸で開業医をしていた「庶民」のひとりに、手塚治虫さんの祖父がいます。
我が家の曾祖父も、幕末から明治初期まで江戸住まいです。
もし本当にそのような虐殺があったのなら、手塚治虫の曾祖父も、我が家の曾祖父も生きていません。
あまりにも荒唐無稽なファンタジーですが、要するに何かを主張する際に、
1 自分たちは被害者である。
2 唯一正当な本家ないし元祖である
と、必ずそのように主張してファンタジーを繰り広げるのは、日本人のような顔をして日本に住んでいて日本語を話すけれど日本人でない人たちの、まさに伝家の宝刀です。
千年前の刀伊の入寇の時代から現代に至るまで、あまりにも彼らの言い草は毎度同じパターンすぎて、相手にするのも馬鹿らしい。
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《ねずブロを読んで》
新聞は文字を読み、ラジオは喋りを聞きます。
喋りには漢字も平仮名もカタカナも関係無いにも関わらず、言ってることは理解できます。
しかし、何を聞いたか…すぐに忘れてしまいます。
新聞には読めない漢字や意味不明のカタカナ語があり、理解に苦しむこともありますが、後から調べることも読み直すことも出来ます。

文字や言語の話題に絡むと「なぜなぜ」が「一生物」になってしまいますから『へ~!そうなんだ!』位に留めています。
なぜ?
だって、文字を発明した人を誰よりも尊敬していますが、その着想を本人から直接聞けないですからね 。
後からのどんな論考も単なる参考でしょ。

さて、文字…それは空気や水や食べ物以上に素晴らしい賜物。
人類最高の発明だと思います。
もし文字の誕生が無かったら…人類はどうなってたか?
想像もできませんね。


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