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令和二年2/8(土) 大空の武士・檜貝嚢治大佐の物語

2020年02月08日 | ねずさんのひとりごと
令和二年2月8日(土)
こんばんは。
【ねずさんと学ぶ会】
特選「ねずブロ」です。
さて、今夜のテーマは? ==================
大空の武士
檜貝嚢治大佐の物語
(2017年01月16日) ==================
《少し引用します》
明治三十九年(1906年)
檜貝大佐は、千葉県佐倉市(当時は佐倉町)の出身です。
父も海軍大佐で、三男三女の二男坊として生まれています。
昭和十八年(1943年) 一月二十九日 檜貝大佐は、レンネル島沖海戦で散華されました。
報に接した佐倉町では、盛大な町葬が行われました。
それほど、彼の名声は天下にとどろいていたのです。
【檜貝嚢治大佐】

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いかがでしたか
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戦艦ミズリーの艦尾右舷にある「カミカゼ・アタック・サイト」に纏わる逸話を思い出しています。
昭和20年4月11日(1945年)
午後02時43分
ミズリーに爆装無しの特攻がありました。
パイロットは、石野節雄二等飛行兵曹(19歳)です。
甲板に機体の一部と兵曹の上半身が飛んできたそうです。
国を護る若き日本兵の精神。
感銘を受けたキャラハン艦長は、星条旗に描いた日の丸で遺体を繰るんで納棺し、正式な水葬で兵曹を弔いました。
国のために命を捧げる勇士。
敵だの味方だの無いのです。


「永遠の0」は、小説も読み映画も観ました。
主人公「宮部久蔵」は、あらゆる勇士がモデルだと思います。
械に乗って自由に空を飛ぶ。
さぞや気持ちいいだろうな~と私も思います。
しかし、そこは戦場。
銃弾雨霰…機内で被弾してたった一人で死ぬ。
爆装して突入すれば遺体も残らない…真似できない精神力。
放映に対して、今だから言える批判が溢れました。
私はそうは思いません。
私達の今は、そういう先人が捧げた尊い命で繋がって流れているのだと、改めて重く肝に銘じます。
良いお話しをありがとうございます。
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