劇作『ゴドーを待ちながら』で日本でも有名な作家・サミュエル・ベケット。彼の人生と作品を振り返る展覧会がポンピドゥー・センターで行なわれています。

Samuel Beckett・・・1906年、アイルランドの首都・ダブリン南方のFoxrock(フォックスロック)生まれ。大学でフランス文学を学ぶ。1928年、パリへ。高等師範学校で英語を教える。この時期、ジェームス・ジョイスの知遇を得るとともに、詩などを英語で出版。1931年、フランス語を教え始めるが、家庭・経済・健康上の問題で、ロンドンへ。最初の小説(“Murphy”)を出版。

1938年、パリに定住。第二次大戦中は、レジスタンスに。戦後、フランス語での執筆を開始。1953年、“En attendant Godot”(ゴドーを待ちながら)初演。小説、劇、エッセイなど多数執筆。1969年、ノーベル文学賞受賞。1989年、逝去。

さて、こうした作家を美術展中心のポンピドゥー・センターがどのように紹介するのか・・・

やはり、音響と映像が中心になります。会場に足を一歩踏み入れた途端、詩の朗読、芝居の台詞が聞こえてきます。壁に取り付けられたスクリーンには、映画や実験的フィルムが上映され、床には3Dの映像が投射されています。

また、実物の机の上に帽子がひとつ置かれただけの真っ暗な部屋。台詞が始まると、その台詞をしゃべる人物が机の向こう側に3Dで映写され、さながら芝居を見ているよう。台詞が終わると、当然その人物は消えて、スポットが帽子に当たる。見事に舞台を再現してくれています。

もちろん、直筆の原稿、メモ、手紙なども展示されていますが、あまりの達筆に、私には殆ど解読不可能でした。読み返したとき自分でも判読できたのか、心配になってしまうほどです。
日本では、一般的に『ゴドーを待ちながら』で有名なベケットですが、その活動は、劇・小説などの文学からさまざまな映像まで、実に幅広い分野に及んでいたようです。
彼の簡潔な文体、そして過激なまでに新しいエクリチュールは衝撃といってもいいほどでした。裸、ゴミ、笑い、頭、転倒、樹、静寂、立体、ほの暗さ、声、廃墟・・・ベケットの描き、紡ぎだすイメージ、観念、そしてそれらを見事にまとめ上げる構成力は、文学・演劇だけでなく、今日の現代アート、映像作家たちに有形・無形の影響を与え、数多くの作品の中にベケットの影を感じることが出来るそうです。それがあるからこそ、美術展中心のポンピドゥー・センターが『サミュエル・ベケット展』を企画実施しているのかもしれないですね。

ベケットに関心のある方、美術館が文芸を中心領域とした作家をどのように紹介するかに興味のある方にはぜひお勧めの『サミュエル・ベケット展』。6月25日までの開催です。
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Samuel Beckett・・・1906年、アイルランドの首都・ダブリン南方のFoxrock(フォックスロック)生まれ。大学でフランス文学を学ぶ。1928年、パリへ。高等師範学校で英語を教える。この時期、ジェームス・ジョイスの知遇を得るとともに、詩などを英語で出版。1931年、フランス語を教え始めるが、家庭・経済・健康上の問題で、ロンドンへ。最初の小説(“Murphy”)を出版。

1938年、パリに定住。第二次大戦中は、レジスタンスに。戦後、フランス語での執筆を開始。1953年、“En attendant Godot”(ゴドーを待ちながら)初演。小説、劇、エッセイなど多数執筆。1969年、ノーベル文学賞受賞。1989年、逝去。

さて、こうした作家を美術展中心のポンピドゥー・センターがどのように紹介するのか・・・

やはり、音響と映像が中心になります。会場に足を一歩踏み入れた途端、詩の朗読、芝居の台詞が聞こえてきます。壁に取り付けられたスクリーンには、映画や実験的フィルムが上映され、床には3Dの映像が投射されています。

また、実物の机の上に帽子がひとつ置かれただけの真っ暗な部屋。台詞が始まると、その台詞をしゃべる人物が机の向こう側に3Dで映写され、さながら芝居を見ているよう。台詞が終わると、当然その人物は消えて、スポットが帽子に当たる。見事に舞台を再現してくれています。

もちろん、直筆の原稿、メモ、手紙なども展示されていますが、あまりの達筆に、私には殆ど解読不可能でした。読み返したとき自分でも判読できたのか、心配になってしまうほどです。
日本では、一般的に『ゴドーを待ちながら』で有名なベケットですが、その活動は、劇・小説などの文学からさまざまな映像まで、実に幅広い分野に及んでいたようです。
彼の簡潔な文体、そして過激なまでに新しいエクリチュールは衝撃といってもいいほどでした。裸、ゴミ、笑い、頭、転倒、樹、静寂、立体、ほの暗さ、声、廃墟・・・ベケットの描き、紡ぎだすイメージ、観念、そしてそれらを見事にまとめ上げる構成力は、文学・演劇だけでなく、今日の現代アート、映像作家たちに有形・無形の影響を与え、数多くの作品の中にベケットの影を感じることが出来るそうです。それがあるからこそ、美術展中心のポンピドゥー・センターが『サミュエル・ベケット展』を企画実施しているのかもしれないですね。

ベケットに関心のある方、美術館が文芸を中心領域とした作家をどのように紹介するかに興味のある方にはぜひお勧めの『サミュエル・ベケット展』。6月25日までの開催です。
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サミュエル・ベケットについて、大変興味深く拝読しました。ご存知かもしれませんが、日本では3月末まで、別役実作の「やってきたゴドー」というお芝居が上演されていました。とうとうゴドーはやってきた。がしかし…という「その後の創作劇」です。私は観劇しませんでしたが、ネットでタイトルを検索すると出てくるので、ようすをうかがい知ることはできます。あまり大きな話題にはならず、メディアで少し取り上げられた程度でしたが、もしフランスでこのような劇が上演されたら、賛否が分かれるところかも?
「やってきたゴドー」・・・劇作家ならいつかはやってみたいテーマなのでしょうね。
ベケットは1906年生まれ。去年が生誕100年だったようで、去年から今年にかけて、いくつかの作品が日本でもう公演されているようですね。生誕100年絡みでポンピドゥーの企画展も行なわれているのかもしれないですね。
「やってきたゴドー」、さっそくネットで見ます。いい情報、ありがとうございました。
程度です。 不条理と独特の鴻上サウンド炸裂で毎回
楽しめました。 それと野田秀樹の「夢の遊眠社」&
井上ひさし「こまつ座」と梯子し、バブルの頃が懐かしい。
芝居好きになったきっかけは、ブレヒトの芝居小屋(練馬)
あたりからです。ここでパリ・コミューンも観ました。
作家・劇作家の回顧展は羨ましいです。
日本なら、故郷の郷土資料館の片隅とか、文藝館での
肉筆原稿の地味な展示とか、旅先で観るものですが、
文化芸術の奥行きが違いすぎます。
第三舞台、夢の遊眠社、こまつ座・・・懐かしいですね。そして、緑魔子と石橋蓮司の第七病棟。他にもたくさんありましたが、今はどうしているのでしょうね。あの有名人は今、みたいな週刊誌企画、廃れないのがわかるような気がします。
なお、文化・芸術の位置づけがそれぞれの社会で違いますから、展示の仕方やその頻度も異なるのでしょうね。仕方のないことです。