高屋敷の十字路
十字路で立ち話し(あるいはワッツニュー)
から
市内バスのお出かけ定期が使える歳に
満開の梨畑を見下ろせる高架の往復で
ふと人生の行き帰りを眺めたかのよう。
リタイアによっていったん切れかかった
社会生活に引きずり込まれたのでもなく
よりが戻ったというわけでもないのだが。
週一で授業に出かけるのになじめなかった
かっての感覚が薄らいで新学期が始まれば
授業日があってあたりまえみたいなことに。
街中を2本杖で闊歩する身障者の姿が
わが母の老人問題にかぶさったようで
杖の長さは家族や社会の共同性に届かず。
社会復帰どころか自身への回復の目処も
おぼつかない日々の向うから射し込んで
まとわりつく死を避けるように逃げ隠れ。
初来訪で迷いやすいわが家への道筋でも
ケアマネージャーや市の介護認定職員は
どんなに迷おうともどうにかたどりつく。
十字路で立ち話し(あるいはワッツニュー)
から
市内バスのお出かけ定期が使える歳に
満開の梨畑を見下ろせる高架の往復で
ふと人生の行き帰りを眺めたかのよう。
リタイアによっていったん切れかかった
社会生活に引きずり込まれたのでもなく
よりが戻ったというわけでもないのだが。
週一で授業に出かけるのになじめなかった
かっての感覚が薄らいで新学期が始まれば
授業日があってあたりまえみたいなことに。
街中を2本杖で闊歩する身障者の姿が
わが母の老人問題にかぶさったようで
杖の長さは家族や社会の共同性に届かず。
社会復帰どころか自身への回復の目処も
おぼつかない日々の向うから射し込んで
まとわりつく死を避けるように逃げ隠れ。
初来訪で迷いやすいわが家への道筋でも
ケアマネージャーや市の介護認定職員は
どんなに迷おうともどうにかたどりつく。