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1945年8月15日、朕玉音放送。

2024-08-15 01:09:53 | 日記
 普通此の日は暑い夏と語られるが、関西地方に高気圧が在り、実際東京は32度を超える猛暑でした
勿論この放送を実際に聴いては居ないが、聴いた人の心を知りたく感じた。
負けた悔しさは当然在ると思うが、戦争が終わった安堵感も多いと感じる
季節で表せば、春が来た、梅雨空の下、夏の突然な夕立、秋風そよぐ寂しさ、身も心も凍る冬。鬼は外福は内の節分。我が想像では悲しみで溢れるが、真実は喜びで歓喜の声が空に無い上がったでしょう。しかし胸の内です。(秘密の合言葉
生き神様が終戦(負)を受け入れたのは、裏の裏のが在るのは当然だが、十日前後の御前会議で、天皇は子声で阿南に語ったそうだ(国体維持の確証は取れて居る)御前会議にも色々な派閥が在るが当然皇室関係でしょう。
話題を変えるが、此の日が無かったら日本沈没、崩壊は必然的に起きました先程暑い夏と申したが、全国の気象状況は東北地方曇り、北海道曇り一時雨でした。気象的歴史は冷夏なのです。依って凶作が起こり餓死者も多数出て竹槍作戦は夢の夢です(笑)。
でも降伏にて、GHQが家畜の餌を恵んでくれ、無事乗り越えたのです
戦争の余談だが、太平洋戦争の戦没者は六割が餓死。日清日露では病死だが、病名は脚気でした。陸軍医の森鴎外は発見できなかったが、海軍は発見しビタミン不足にて、カレーライスの発明です。
もっと酷い話だがインパール等の南国で兵隊は銃を持て戦闘中でも、将校連中は兵舎で芸者を挙げて宴会真っ最中仕上げは兵隊を置き去りにして、芸者と敵前逃亡です。皮肉な諺だが、沖縄上空を飛ぶ飛行機は、特攻隊と芸者を連れた将校のみと在ります
本日(全国戦没者追悼式)が武道館で行われたが、この題名不思議に感じませんか?、戦没者追悼に問題は無いが今日は国破れ米国の植民地に成った日です。尤も(敗戦記念日)は絶対に無いが、(平和を願う日)とか(戦争反省記念日)等の柔らかい題名が欲しく想います。
岸田の式辞が祝辞に聞こえたのは、俺のジョークだが、三百万人以上の死刑執行者の孫の挨拶には嫌気を持ちました。GHQや勝国の裁判には文句を言うが、一番の恥は敗者日本人にて、自国の戦争裁判を行わなっかった事です。偶然半藤一利の文章を読んだが、昔は一世代を三十年と呼んだが、人生百年に成り四十年に成りました。また偶然否必須かな(笑)1945年の四十年後に御巣鷹山事件が起き、ロッキード社の奴隷です
そして来年はまた四十年で、現在の不景気日本の動きが心配です。
長文駄文誤字は何時もの事ですが、この問題深く探ってみるので愛読宜しくお願い致します。


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