コメント
狼狗
(
松井浩
)
2008-08-07 15:24:44
アメリカの或る調査によると飼い主と犬が似ているのは、飼い主が自分に似た犬に無意識に好意を覚えて買うからだそうです。そういえばよくテレビなどで紹介される飼い主に似た犬は、ペットショップで手に入れる純血種で特徴がハッキリしている。一方捨て犬を引き取って飼っている場合日本では概ね柴犬系になってしまい。柴犬に似た飼い主の時しか「似て来る論」が通用しなくなる。
ところで記事の犬ですが、王書記はどうやってこの犬を手に入れたのでしょうか?見たところ耳の大きさと頭蓋のバランス、毛色、特に口吻部のそれなど、尻から尾、後肢が見れないので断定できませんが、ジャーマンシェパードに非常に良く似ています。大同でペットショップで買えるのでしょうか?私は不思議に思っていることが一つあります。昨年モンゴルに行った時にも、ゲルに住んでいる遊牧モンゴル人がこの手の犬を持っているのをしばしば見ました。ペットショップでの入手は考えられません。しかし中国東北部やシベリヤで見かける狼型種のサモエード犬とは上記した特徴が大いに異なります。ユーラシア中部の土着種ならば、どうやって純血維持をしてきたのか、これがヨーロッパに流れてジャーマンシェパードの原形となり開発にされたのか興味が尽きません。
確かめてみます!
(
高見
)
2008-08-08 06:23:48
松井さん
なんにでも詳しいですねえ!驚きました。
王書記の犬、どうやって手に入れたか、こんど、きいてみます。
大同でペットショップはみたことがありませんが、ペットの市は立っています。毎週、土日に、市内から環境林センターにむかう途中の路上で開かれていました。たくさんの人が犬その他をつれて集まっています。売買するのです。
うっかりペットの、と書きましたが、都市はべつとして、農村では犬はいわゆるペットではありませんね。名前がないことも珍しくありません。
それから、環境林センターのすぐ近くに、「名犬基地」というのがあったことがあります。ふつうには狗(ゴウ)と呼びますが、このときは「犬」でした。覗いてみたのですが、いわゆる洋犬が檻のなかで何十匹も飼われ、繁殖もされていました。コリーとかボクサーとかもいました。そういえば最近、あの看板をみませんので、つぶれたのかもしれません。
大同というと、内陸の農村部で、と思いがちですが、たとえば日中戦争前に、ポンピドーの父親は大同で宣教師をしていたそうです。そういった縁があったので、ポンピドーがフランス大統領であったころ、大同を訪れました。そのときおともをして大同にきたのが、周恩来でした。そういう人たちが犬をつれてくるのも十分考えられることです。私の勝手な推測ですが。
名犬基地の近くでは、カタツムリやアリの養殖もしていましたが、いまはなくなったようです。食用、薬用としてです。
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ところで記事の犬ですが、王書記はどうやってこの犬を手に入れたのでしょうか?見たところ耳の大きさと頭蓋のバランス、毛色、特に口吻部のそれなど、尻から尾、後肢が見れないので断定できませんが、ジャーマンシェパードに非常に良く似ています。大同でペットショップで買えるのでしょうか?私は不思議に思っていることが一つあります。昨年モンゴルに行った時にも、ゲルに住んでいる遊牧モンゴル人がこの手の犬を持っているのをしばしば見ました。ペットショップでの入手は考えられません。しかし中国東北部やシベリヤで見かける狼型種のサモエード犬とは上記した特徴が大いに異なります。ユーラシア中部の土着種ならば、どうやって純血維持をしてきたのか、これがヨーロッパに流れてジャーマンシェパードの原形となり開発にされたのか興味が尽きません。
なんにでも詳しいですねえ!驚きました。
王書記の犬、どうやって手に入れたか、こんど、きいてみます。
大同でペットショップはみたことがありませんが、ペットの市は立っています。毎週、土日に、市内から環境林センターにむかう途中の路上で開かれていました。たくさんの人が犬その他をつれて集まっています。売買するのです。
うっかりペットの、と書きましたが、都市はべつとして、農村では犬はいわゆるペットではありませんね。名前がないことも珍しくありません。
それから、環境林センターのすぐ近くに、「名犬基地」というのがあったことがあります。ふつうには狗(ゴウ)と呼びますが、このときは「犬」でした。覗いてみたのですが、いわゆる洋犬が檻のなかで何十匹も飼われ、繁殖もされていました。コリーとかボクサーとかもいました。そういえば最近、あの看板をみませんので、つぶれたのかもしれません。
大同というと、内陸の農村部で、と思いがちですが、たとえば日中戦争前に、ポンピドーの父親は大同で宣教師をしていたそうです。そういった縁があったので、ポンピドーがフランス大統領であったころ、大同を訪れました。そのときおともをして大同にきたのが、周恩来でした。そういう人たちが犬をつれてくるのも十分考えられることです。私の勝手な推測ですが。
名犬基地の近くでは、カタツムリやアリの養殖もしていましたが、いまはなくなったようです。食用、薬用としてです。