何でも知ってるタカハシ君のうんちく日本史XYZ

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平氏興隆と大陸事情

2004年11月15日 | 歴史
平清盛を生んだ伊勢平氏が、朝廷で大きな影響力を得たのは、12世紀に盛んになっていた日宋貿易だったんだ。貴族から武士の世へと日本が大きく変化していく時代に、貿易がクローズアップされたのは、セイゴオ先生にあるように、東アジアの大きな変動がかかわっているんだな。ちょっとその様子を見てみよう。

平安時代の中ごろまで東アジアの大部分を治めた唐帝国は、875年に起こった黄巣(こうそう)の乱などによって崩壊が始まった。894年に菅原道真が遣唐使を廃止してから、たった13年で唐帝国は滅び、華北に五代の王朝、華南・四川に十国が乱立する五代十国(ごだいじっこく)の時代に突入したんだ。

この間、朝鮮半島では新羅が分裂して、高句麗系の高麗が成立した。中国の北方では、日本とも友好関係にあった渤海(ぼっかい)が滅び、契丹(きったん)が台頭。契丹は中国の東北地方から蒙古高原に達する遊牧帝国となった。このころ、ヨーロッパで絹をもたらす中国のことを「キタイ」とか「カタイ」と呼んでいるけど、契丹を指したんだな。

960年に五代の最後、梁王朝の将軍、趙匡胤(ちょうきょういん)が中国を統一して宋王朝を興す。この宋という国は、文治主義の君主独裁制で、「宋学」という革新的な儒学を確立させたんだ。この宋学によって合理主義を身につけ、新しい官僚階級として力を発揮したのが、士大夫(したいふ)と呼ばれる人々だ。彼らが行った施策により、宋では農業、手工業が著しく発展し、商業活動、国際貿易が盛んになったんだな。

この大陸の変化が日本にも及んだわけだ。これまで貿易は、唐の滅亡以降、那の津(なのつ、福岡市)の鴻臚館(こうろかん)で渤海国を相手に官営で行われるのが中心で、自由な貿易は禁じられていた。渤海国が滅んだ以降は、日本はいずれの国とも正式な国交を結ぼうとせず、孤立政策をとっていたんだ。

にもかかわらず、貴族や地方の土豪の輸入品へのあこがれは高まるばかりだったんだ。11世紀中ごろに、藤原明衡(あきひら)が著した『新猿楽記(しんさるがくき)』は、平安京にあふれる商品を「本朝」と「唐物」に分けて紹介している。

「唐物」では麝香(じゃこう)・丁子(ちょうじ)などの香料や、白壇・紫壇などの高級建材、蘇芳(すほう)・丹(に)などの染料、豹虎の皮・犀(さい)の角・瑪瑙(めのう)の帯・瑠璃(るり)の壷などの貴重品、綾(あや)・錦・羅(ら)などの高級織物の名前が挙がっている。ことに人気だったのが江南の青磁(せいじ)で、越州(えっしゅう)青磁として尊ばれた。

貿易は国が独占していたものだったけど、人気の商品を持っている宋や高麗の貿易商人にしてみれば、いろんな人が集まるところで、高値を付けた人に売った方が断然もうかるよね。そこで、新たな貿易の仕組みが現れてきた。典型的な例では、福岡市の那珂川河口に、大宰府にある安楽寺の博多荘という荘園が成立し、不輸不入の権を利用して始めた、活発な貿易があるね。

不輸不入の権とは、貴族や寺社に寄進された荘園が、国家に税を払わず、役人の介入を拒否する権利だったね。主に農地に適用されてきたけれど、これを商業地に応用したわけだな。博多荘には11世紀の終わりごろから、中国人街が形成されはじめている。

こうして荘園を市場化する貿易システムができると、宋の商人はたくさんの寺社や貴族と結び付いていく。そして筥崎宮(はこざきのみや)や香椎宮(かしいのみや)の神域、仁和寺の荘園の怡土荘(いとそう)の今津港、肥前の平戸、法皇が所有する有明海沿岸の神崎荘、薩摩の坊津(ぼうのつ)など、九州の沿岸の各地で貿易が行われはじめた。そこはアジア諸国の人々が居住する国際都市になってきたんだな。

そんな中、12世紀になると、またアジアに激震が走ったんだ。1115年、契丹に服従していた女真族(じょしんぞく)が契丹の大軍を破って、金王朝を建てた。金は最初は宋と組んだけれど、契丹が滅ぶと、今度は宋を攻撃し、首都の東京(とうけい)を占領したんだ。こうして宋朝は断絶したけれど、残された王族が南京(なんきん)で即位して高宗となって、宋王朝が再興された。これが南宋なんだ。

この大陸情勢の変化は、日宋貿易をさらに拡大したんだな。南宋は、金の攻撃をさけるために、多額の弁済金を金に払わなくてはならなかった。セイゴオ先生が言ったように宋にとっては日本の黄金や真珠、水銀や刀剣などが貴重な収入になったんだ。それに日本は南宋が貿易できる数少ない中立国でもあったからね。

ここに登場したのが平氏だったわけだ。伊勢平氏の平正衡の子、平正盛は海賊の追討(ついとう)で名をあげ、その子の忠盛(ただもり)は、伊勢湾や瀬戸内海、九州など海上交通の要衝をおさえ、「海の領主」、「海の武士団」、そして西海の「海賊集団」まで配下に組み込んでいったんだな。正盛も忠盛もともに白河法皇の北面の武士を務めた。この皇室とのつながりは平氏の経済拡大に大きな契機となった。

平忠盛はその後、鳥羽法皇の院近臣となったんだ。国際貿易の利益に目をつけた忠盛は、法皇が管理する佐賀県の神崎荘の荘官も勤めた。1133年に宋船が神崎荘に入港したとき、慣例に従って商品を管理しようとした大宰府の長官に対して、忠盛は荘園の権利を主張して、「船は神崎荘に入ったから、商品は神崎荘で扱う」と突っぱねている。このような利益を法皇にもたらすことで、忠盛は武士出身でありながら、昇殿を許されるまでに出世したんだ。

この平忠盛の方法を引き継いで、日宋貿易を強力に推し進め、海に囲まれた日本を貿易立国にしていこうと考えた若き青年が、平清盛だったというわけなんだな。



2001 コメント

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