敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

地図と演劇(前編)

2018年10月04日 | 鑑賞
下北沢駅が「迷路」な件は
何度か書いてきた。

さて古巣の劇団東演はその駅から
馴れずに探し探し歩くと20分は
軽くかかる所にあるのだけれど。
南口、西口どちらから出ても、
最初の方向さえ間違わなければ、
長い距離「まっすぐ」なのが
唯一の救いであった。

気持ち遠くなるが人通りの少ない
西口ルートを選択するのは玄人で、
シモキタのメインストリートといえる
南口から向かうのが主流だった。

だった……そう、南口は閉鎖。
新たな西南口はまだ整備途上で、
改札からの細い道を進むと、
南口商店街の中程に突き刺さる。

「そこで右折すれば、あとは一緒」
と思う人も多いだろう。
だが。
「え、何故そっちを選択しちゃう?」
って動きをする〈迷子の達人〉が
世の中には割と存在するのだ。

その手の人種には、パラータ
(前述、東演のアトリエの名称)
への新たな道程は、かなりの難関だと
古巣の制作時代「地図が解らない」
との指摘に苦労した経験から思った。

※※※

イントロダクションが長くなった。

東演P.I.C公演vol.6
『ジェイミー・フォスターの通夜』
(9月29日~10月7日)

《P.I.Cという俳優の俳優による
俳優のための公演のはずが、
私の好きなようにやらせてもらって
(以下略)》と、演出家は
当日リーフレットに書いている。
成程、黄英ワールド炸裂だった。

例えば、開幕の曲。
戯曲を読み解けば、ありな選曲、
なんだけれど、東演の役者には
マッチしないものだった。

乱暴に言えば。
監督が標榜するのは、85年阪神の
「バックスクリーン三連発」に
象徴される強力打線的な野球
なのだけれど、赴任した高校の
面子は山椒。つまり小粒でピリリ。

そうなると、必然的に繋ぐ野球になる。

「乱暴に言えば」と書いたように、
あくまで例えで、大味な演出だった、
というのでは決してない。
若手が多かったけれど、彼らの力の中、
台詞と台詞を紡ぐ丁寧な演出だった。

ただ海外の戯曲を三次元化する時
陥りがちな、今回でいえばミシシッピの
色安や匂いの再現を、もっと大胆に
削ぎ落として、山椒の風味を
生かすことに留意して良かった筈だと。

演出家の所属する劇団であれば
再現可能だったかも知れないが……
『どん底』の貧民窟の住人、
『明治の柩』の銅山の毒に
苦しめられる百姓などを演じたら
何処にも負けないという「伝統」の
東演において、米国文化的要素は
もっと刈り込んで、その奥の
人間ドラマにまっすぐ踏み込む。
それを見た観客が脳内で、
「アメリカの片田舎の通夜の話」
と後付けする劇作の方が・・・。
ま、言うは易しだが。

ダブルキャストのP組を見たが、
弟を演じた石井竜太郎が印象的。
えげつないバッティングホームで、
最初「おいおい」と思ったのだが、
内角を思いっきり引っ張った打球が
ボテボテと投手脇を転がり内野安打!
という感じの芝居が何故か癖になる。
(^_^;)

今年の三月。日韓演劇交流センターの
「韓国現代戯曲ドラマリーディング・
エクストラエディション」で、
数百人のオーディションの中、
ヒロインを勝ち得た村山かおりは、
その弟の憧れの娘を演じた。
実の両親に二度焼き殺されかけ、
手足に大きな火傷を負いながらも
健気に生きるピクスを、
今回も、透明感を持って演じきった。

本作の企画者で、今回は製作に専念した
劇団の看板女優・古田美奈子の
跡を継ぐ逸材の更なる成長に期待する。

tuduku

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