敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

おせんちめんたる

2018年02月08日 | 制作公演関連
昨日は日韓演劇交流センター
「韓国現代戯曲ドラマリーディング
エクストラエディション」の
劇場打ち合わせをシアタートラムにて。

センター事務局長のOとともに。
シアタートラム担当は若山氏。

円滑に打ち合わせは終了。
彼の語り口が妙に懐かしく、
「もしかして東海地方出身?」と。
訛りが出ましたかと返す彼に
「いやいや、そうじゃなくて、
ジャブジャブサーキットの
東京公演をお手伝いしているので
耳がネイティブなの」と答えた。
Oも続けて「全然わからないよ」

ジャブジャブ~(以後JJC)とは
岐阜を拠点としたカンパニーだ。
東海エリアの演劇界を長く牽引する
結成30年超の、今や老舗劇団と
呼んで差し支えはないだろう。

若山氏の前職のホールでも
JJCは公演をしていたとのこと。
高校で演劇部だった彼にとって
はせさんは地区大会の審査員。
……あ(^_^;)
JJC代表のはせひろいち氏のこと。

ちなみに僕とOは川崎出身。
市が同じどころか「柿生」という
地域まで一緒だったりするが、
それはともかく、東海人ではない。
故に「耳だけネイティブ」。

※※※

新劇の若手制作者で横繋がりの連係
・・・といえば聞こえがいいが、
まぁ、呑んで愚痴を言い励まし合う
「活動」を始めたのが1997年。

な、な、なんと20年も昔のこと。
一人は業界を去り、一人は今フリー。
同じ劇団で仕事を続けているのは
二人で、その一人がOだ。
今や劇団の屋台骨を支え、
児童演劇や日韓演劇交流という
劇団外でも推進力になっている。

「若手」でなくなって、
それぞれが多忙になり、
顔を揃えなくなったけれど……。

その黎明期にいた最後の一人Yは
一時演劇から離れたものの、
別の劇団で復帰して、さらに
公共ホールの演劇制作へと転身。
2017年4月、僅か10ヶ月前のこと。
そして7月に急逝した。

※※※

「活動」ではふざけて役職も決めた。
Oは最初の飲み会で幹事だった。
故に幹事長。
とことん本気でふざけていた。

互いの芝居を見合い、感想を述べる、
多少真面目なことも紛れていて、
それを文書化し、飲み会の写真も
載せた新聞をYは作っていた。
だから書記長。

人生に、もしも、はない。
ないけれど、昨日、トラムで、
幹事長と書記長と征夷大将軍が
ミーティングしていたのかも……。

ちょっとおセンチになった
三軒茶屋の午後でした。

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