敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表。敏腕演劇プロデューサー目指し、長らくフリーで活動。2018年11月から修業の場を俳優座に置いた。

間と硲と新しい年号

2019年04月04日 | 制作公演関連
きのうの弊ブログのタイトル。
「新年号~」は時節柄、それを
「新・年号」と読んでくれると
何のためらいもなく付けたのだが。
たまさか頁を開いた自分自身が
新年に発行される雑誌等の
「新年・号」と一瞬読み止めて、
複雑な心境に陥ってしまった4月4日。

それから。
「新元号」とすべきでもあったと
少々反省はしているのだけれど…
明治以降は確実に「元号」ながら、
大化以来「年号」が多くあるから
……みたいな思いからの「新年号」。

      

タイトル後半の「~狭間」は、
文末に俳優で演出家でもある男の
苗字と連関して稿を閉じた。

さて、はざま姓でいうと・・・、
くだんの間天憑のほかに、硲兄弟が
私の人生においては大きな存在だ。

兄ひろゆき、弟ふみお。
小学校低学年の頃遊んでいたので
漢字までは知らない。いや、
名前すら間違っている可能性がある。

兄が「はーさん」、弟は「ふー」。
これは間違いないのだが……。

はーさんは僕の一年上で、
ふーは一つ下だった。
少年地区野球とは別の、
近所のガキが集まって作った
いわゆる草野球チームは、
五年生のたっちゃんが率いていた。
はーさん四年、僕が三年の頃だ。

はーさんは捕手で、凄く上手だった。
また温和で、チャンスでも打つし、
僕の憧れの「選手」であった。
その草野球チームで僕はショート。
やりがいのあるポジションだったが、
六年のソフトボールの授業では、
はーさんへの憧れから捕手を務めた。

一方、ふーはすぐ泣くし、
お兄ちゃんの後について歩く、
そんな印象だったのだが、
高学年になって始めた吹奏楽で
才能を発揮して、中学では
やたらモテていた

名前の一文字目の「ふー」に加え、
少し豚顔で「ブーちゃん」とまで
言われることもあった男が……

かたや兄は。
地味ながら端正な顔立ちで、
もともと真面目ではあったが、
中学からは運動から一切足を洗い(?)
いわば「ガリ勉」になって、
地味さに拍車をかけていた……。


いよいよ「令和」になる。
中学から高校……
あるいは小四から小五のクラス替え…
もしく一学期から二学期……
さまざまな転換期で人は変わる。
言い方をかえると、
変われるチャンスがある、とも。

硲兄弟のチェンジをたまに思い出し、
僕は、そのことを噛みしめる。

二人とは四十年弱会っていない。
どうしているかしら?

はーさんが、ある時から弾けて、
今やサーファーやヘビメタ……
そんな変貌も可能性としてはある。

平成と令和のはざまの妄想。



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