敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

護国寺

2018年05月08日 | 身辺雑記
池袋から地下鉄有楽町線を用いて
六本木へ通い行くところのこと。
その経路に「護国寺」という駅あり。
漢字にて著すれば、これ堅固なりしが、
近き時、車内表示が我が国と限らず、
隣国「韓」、それと陸続きたる大国「中」、
さらに大海原を隔てた西洋の
各々の言の葉を用いて便利なりしが。

護国寺はまた平仮名とて表せり。
しからば「ごこくじ」となり。

・・・なんちゃって古典チックに
書いてみたけど、つまり。
「護国寺」と書くとごっついけど、
「ごこくじ」だとやけに可愛くなるなと。

こーゆーの、日本の文化の豊かなとこ。
しかし。
今まで全然気づかなかったぞ。
まぁ乗降するわけでもなく、
電光掲示を見続けているわけでもなく、
たまたま見上げた際に飛び込んできた
平仮名だったわけなんだけど……。

※※※

見た目、超強面なのに話してみると
むしろ気が小さい人っている。

逆におとなしそうな顔に油断したら
滅茶苦茶グイグイ来られて驚いたり。

まもなく開幕の『首のないカマキリ』。
タイトルは少々恐いのだけれど、
内容はとても心あたたまる
どこにでもいる家族のお話です。
・・・かなり丸っと言ってしまえば。

かたや『女の平和』という題名は
高尚な文学の香り漂いますが、
シモネタの嵐の、愉快な喜劇なのです。

と、やっぱ宣伝になっちゃうな~。

※※※

まだちょいと字数に余裕がある。
ので、護国寺を紹介。

1681年(江戸時代です~)
徳川綱吉の母・桂昌院の命により
大聖護国寺住持を高崎から迎え、
建立された、らしい。
江戸三十三箇所観音霊場の
第十三番札所でもあり、往時は
浅草寺、回向院に次ぐ賑わい。

前述の経緯から成ったため、
檀家を持たず、維新後は苦境に。
五万坪のうち半分が宮家の墓所
「豊島岡墓地」となる。

この墓所に眠る方々が凄い。

三条実美、大隈重信、山縣有朋、
團伊玖磨、梶原一騎、大山倍達、
安田善次郎、等々。

ん? 最後の人物が地味かな。
苗字からピンときませんか?
四大財閥の一つ「安田」の祖。

私の奥様の御母堂の出身地
富山に生まれ、僕の故郷
神奈川に没した(82歳)人物。

その神奈川の鶴見には、
彼の名を冠した町や駅がある。

そんな護国寺。
さきほど苦難の時代があったと。
新聞記者を経て実業家になった
私と同姓の高橋義雄は、
五十を機に引退すると、
茶人・高橋箒庵として後世を
茶道振興に努めたのだが、
護国寺の整備もその一環だった。



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