瀬崎祐の本棚

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詩集「水族館はこわいところ」 中塚鞠子 (2023/09) 思潮社

2023-10-24 22:28:39 | 詩集
第6詩集。127頁に40編を収める。

「肉じゃがを煮る」では、「そろそろ始末をつけなくては」と思いながらもなかなか決心できない私が「ぐずぐずと肉じゃがを煮ている」。肉じゃがは焦らずに煮込まなければならない料理のようだ。手間暇が必要とするその時間を私はなにかの言い訳にしたかったのかもしれないのだが、「どこかへ逃げることを考え」たりもしてしまう。最終部分は、

   鍋の中から肉じゃがが手招きする
   その手を握ると
   あっという間に引きずり込まれた
   弱った心は取り込まれやすいのだ
   肉じゃががコトコト煮えている
   煮ているのは誰だろう

煮込んでいればじゃが芋の形は少しずつ崩れてきて、味も他のものに浸食されてくるわけだ。決心をしかねているあいだに、私自身の形が少し崩れてきていることを体感しているのかもしれない。

このように書くことによって自分の立ち位置をたしかめているのだが、それは自分の有り様を確かめていることでもある。しかし、それは書くことによってさらに混迷の度合いを深めることもあるのだろう。
「飛べ」、「水族館はこわいところ」は詩誌発表時に簡単な紹介記事を書いた作品だが、そこでの話者はいつしか水の中で変容している。この変身譚は、話者が心のどこかで密かに望んでいたものだったのだろうか。

「ふるさと」は、「いま/わたしの中から/出ていったものはなんだろう」と始まる。それはわたし自身で、あとに残されたのは双子の妹なのだ、という。ここにも、今のわたしではないものへさまよい出る、という変身譚に通じる希求がある。最終部分は、

   私が見たのは だれ
   どんなに探しても 誰に聞いても
   妹などいはしないのだった
   あれは
   生まれることなく死んだわたしの娘?
   いやあれは わたし
   こんなところに

書き上げた作品のあとで佇むのは、そうやって懸命にたどり着いた場所なのだろう。
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