瀬崎祐の本棚

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詩集「万籟」 網谷厚子 (2021/09) 思潮社

2022-01-15 22:06:34 | 詩集
第11詩集。94頁に20編を収める。

「万籟」。この作品の話者は、自分はひとではなく蛇だという。そこは「人では生き通すことができない場所」で、地に掘った深い穴に潜んでいるのだ。その暗い地の底(おそらくは沖繩だろう)に潜んでいるのは戦いのただ中で死を予感している者の化身なのだ。

   数え切れない生き物たちが 蠢き 命の限り 鳴いてい
   る 様々な樹木の葉が 擦れ合い 時に吠えるように響
   き 風が流れる方向へ うねりながら 空に立ち上り 
   消えていく わたしも 木の葉一枚の命 抱きしめて眠
   る

物音は生きている者の耳に届く。ぎりぎりの生の場に置かれた者の、声になることもない思いが、こうして読む者のところへ届く。

20編すべての散文詩型の作品は連分けがなく、段落もない。すべての言葉はひとつの集合体として提示されている。それらの記述は短い息づかいでの空白を挟み込んでいる。言葉のかたまりが凹凸をもってそこに置かれているのだ。

「花が降る」。暖かな陽の中であなたは微笑み「そうでしたね あんなことも こんなことも ありましたね」という。そして「もう行かなくては」と消えていく。この作品は挽歌なのだろう。具体的なあなたの説明はなく、話者とあなたの関係も語られることはないのだが、あなたを悼む話者の思いはくっきりと記されている。

   桃色 緋色の あなたの身体が 暴風にさらされた葉の
   ように 千切れそうになる 愛し 愛された 人との別
   れ 手のひらの温もり 声はまだ 耳の奥で 響いてい
   るのに 激しい風の一陣が 回りながら 小魚のように
   絡まり合い 上へ 上へ あなたの身体を すくい上げ
   ていく

先に述べた作品の表出の形とも相まって、どの作品にも軽さを振り捨てて響いてくるものがある。それは生きてあることへの問いかけであるようだった。
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