瀬崎祐の本棚

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詩集「柚子の朝」 西村啓子 (2018/11) 土曜美術社出版販売

2019-02-07 22:37:17 | 詩集
 第6詩集。109頁に32編を収める。

 「注意報」は、「坂を下りてきたら/死体を担いだ男と出会った」と、意表を突く状況ではじまる。何事かとわたしは身構えるのだが、あたりは静まりかえっているのだ。「いずれ来るのだろう」とわたしは状況を受け入れてもいるようなのだが、いったい何が来るのだろう。

   そのときは
   亡霊のようにのろのろ起き上がってきた人々が
   通りを埋め
   重なり合って見送り
   足音高く歩く男女を
   テレビが猛々しく報道する

 男の死体はいったい何の“注意報”だったのか。報道される映像は軍事行進を思わせるようなものではないか。不気味な社会が私たちのすぐ近くに佇んでいるようだ。

詩集は3章に分かれていて、Ⅱでは戦中、戦後の記憶が作者に落としているものを描いている。

 Ⅲに収められている「飛んだのか な」は、老いに直面している自分を独得の感性で、少し突き放してみている。歩行がおぼつかなくなってきたので、念を入れて歩みを確認すると、足の指はワニになっていたのだ。鏡を見れば普通の老婆なのだが、背中は固く鱗も生えているようなのだ、そして肩甲骨のあたりは痛痒く「何かが出てくる」ようなのだ。、

   親しかったYさんが
   しきりに「寂しい 寂しい」といっていたのは
   厚着の下に
   生えかけてきた羽を
   たたんでいたころかもしれない

 Yさんはそのあとどこへ行ってしまったのだろう。いささかの自虐の気持ちも混じっているようだが、はて、飛んでしまったら、わたしはどこへ向かわなければならないのだろうか。


コメント
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