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お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

年間ベスト選出映画と振り返る、平成と自分(1)

2019-04-30 | その他のつぶやき
年間ベスト選出映画と振り返る、平成と自分。
その1
 
1989「レインマン」
1990「セックスと嘘とビデオテープ」
1991「シラノ・ド・ベルジュラック」
1992「愛と死の間で」
1993「クライングゲーム」
 
平成元年は社会人になった年。前年、映画業界就職を企てて失敗したものの、逆に好きなことを好きに貫けばいいじゃん!と気づいた。いわゆるミニシアター系映画にどっぷり浸かっていた時代。お気に入りの映画館で上映するなら、ジャンル構わず観ていた。
 
自分が思っていた社会人の理想と現実の間で、もがいてた時期でもあった。世は「24時間戦えますかっ♪」とカラオケにまで仕事を持ち込まれるバブル期。「魔女の宅急便」を観て、飛ぶことしかできない魔女のキキに不器用な自分を重ねて、映画館でわんわん泣いた。
 
一方、打ち込みで音楽やってて、職場の打ち上げでTM Networkを演奏する余興要員(今思うと恥ずかしい💧)。社員旅行先で現地のカラオケ大会に飛び入り参加して優勝。大した仕事はできなかったのにさ。
 
「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」や「ニュー・シネマ・パラダイス」など、その後も愛してやまない映画もこの時期。そして93年に独身生活は終了となる。
 
年間ベスト選出映画と振り返る、平成と自分。
その2。
 
1994「シンドラーのリスト」
1995「フランケンシュタイン」
1996「オルランド」
1997「ユージュアル・サスペクツ」
1998「世界中がアイ・ラヴ・ユー」
 
映画生活はBS依存の時代。クラシックやヨーロッパ映画を腰を据えて観た時期でもある。ベストに選出こそしてないが、かなりフランス映画かぶれだった。
 
94年は、FM局主催のコンピュータミュージックのコンテストに、プログレッシブロック風のオリジナル曲を応募して3位入賞。仕事を抜け出して、公開の最終選考と表彰式に出たが、ローカルニュースで映ってバレてしまうww
 
個人的には資格試験に挑んでた時期でもある。いくつかの資格を履歴書に書けるようになったのが、今にしてみれば長く勤めることになる次の転職につながったのかも。バブル経済の崩壊。最初に就職した住宅業界を辞めたのは、思えばそのタイミングだった。
 
98年の春。僕はSFホラー「光る眼」を家で観ていた。村中の女性が一斉に妊娠し、異星人の子供が産まれるというお話。
「あなた!私、妊娠したみたいなの!」
「おお、それは素晴らしい!」
抱き合う主人公二人。
あー、それ異星人の子供なんよね。
今から大変なことになるんだよね。
 
そう思いながら、クッション抱きしめてテレビを見ていた。すると、わが家のトイレから声がした。
「あ、妊娠検査薬が陽性だわ」
 
そして、わがDINKS生活にピリオドが打たれることが決定する。

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