台湾体験ー片倉佳史のブログ

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汐止駅のスタンプ

2006-04-13 02:50:04 | スタンプと風景印
日本統治時代のスタンプです。リュックサックをイメージした独特なデザインです。今でこそ郊外都市になっている汐止ですが、日本統治時代は炭坑密集地帯でした。また、このスタンプでも記されているように、ハイキングスポットでもありました。ちなみにここはあまり知られていませんが、台北に最も近い蝶の名所でもあります。
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6 コメント

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Unknown (片倉佳史)
2006-04-27 14:58:18
三田さん、日本統治時代の呼称は確かに「しおどめ(しほどめ)」で、老年世代なら通じるようです。松山ですが、日本統治時代の呼称がまつやまなので、日本語で読むならこれに従うべきでしょう。

かつて地球の歩き方やNHKは基隆に「きりゅう」とルビを付けていたことがあります。これはもはや勉強不足としか言いようがありませんね。現在も港としての呼称は「キールン」ですし。
Unknown (三田裕次)
2006-04-27 06:00:44
80年代は「しおどめ」と呼んでいたが、現在は?



古名「ツイトゥンカア(水反脚)」は殆ど通じず。みんな「シプチイ(汐止)」と呼んでいた。



ところで、飛行場の「松山」、我々は「まつやま」と呼んでいたが、最近は「しょうざん」とルビが振ってあるのが散見され、かなり驚いている。
Unknown (片倉佳史)
2006-04-27 01:59:42
てつさん、同感です。今となってはすべて変わってしまいましたね。
Unknown (てつ)
2006-04-15 11:33:05
ここ、景勝地だったんですか!今じゃあまりきれいな感じはしませんが・・・
Unknown (片倉佳史)
2006-04-13 12:30:40
そうですね。郵便の風景印に関しては何人か研究者がいます。今、コレクターの間では、塩月画伯が駅スタンプにどのくらい絡んでいたのかというところに注目が集まっています。なにぶん、制作者に関するデータが全くと言って良いほどないので・・・
Unknown (三田裕次)
2006-04-13 04:28:45
最近気が付いたが、台湾名勝スタンプ(郵便の消印)を塩月桃甫画伯がデザインしていますね。



台湾総督府通信部の依頼、1932年(昭和7年)1月より押印開始。

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