『帰ってきた』中国駐在人事部長の戯言

中国の人事は驚きまくり!更に色々「超ありえないんすけど~」状態だった・・・所に又帰ってきてしまった!!

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地震④

2011-04-25 22:42:17 | 日記
地震から1ヵ月半が過ぎ、犠牲者の数は行方不明者の数をあわせると2万7千人というすごい人数になってしまっている。最近では震度3ぐらいの地震が来ても「あ、また」という感じになってしまった。
揺れても、家具が倒れるのをいの一番に心配して、家具に真っ先にかけつけるような現金さだ。

放射能の問題も、東京の水に高い放射能反応があった時には毎日子供のためにミネラルウオーターを確保するのに大変だったが、最近は東電の努力によって過去の話になりつつある。完全に麻痺する前に体験したことを記録しておきたいと思い、まだ続ける。

錦糸町を21:00に過ぎ、以前新居が決まる前にずっと泊まっていた亀戸駅の見慣れた風景を横目にどろどろになって歩く。自転車屋がこんな夜遅くに開いていると思ったら、自転車を買う人ので長蛇の列だ。会社を出発するときに「折りたたみ自転車を買い占めて売ればよかった」と思った自分の商売根性が正しかったことに気づく。

自分も思わず買おうと思うが、粗大ごみとして処分する手間のほうが大変に思い、そのまま通り過ぎる。

大分ペースをあげて歩いてきたので、ビジネス用の革靴の限界が来る。足にマメが出来てしまったようだ。ついでに革靴が歩道を歩きまくったために、側面とかが歩道の縁石などといつのまにか擦れてざくざくになっていることに気づく。

家は葛西のほうなのだが、家の近くまで出ているバスが小岩から出ていることを期待して、家とは反対方向に北上していくことにする。もう23:00近くになっているが、携帯電話が不通で、公衆電話が空いてなかったが、奇跡的に一箇所見つける。電話ボックスに入り、家に電話して安否を確かめた。

電話ボックスが揺れ続けていることに気がついた。女房に「今ゆれてる?」と聞くと「ずっと地震が続いている」という。早く家に帰らないとと改めて思ったが女房が衝撃の一言を言った。

「地下鉄、動いてるみたいだよ」

これまでの5時間は何だったのか、家族のために必死で歩き続けてきたのは何だったのかと力が抜ける。しかし、家の地下鉄の方向からは完全に外れた場所に来てしまっており、更には相変わらず道路が渋滞していて、全く動いていない。

がっかりしながら再度コンビニに入り、またも乾き物とコーヒーを購入し地図で家の方向を確かめる。甘いコーヒーで一息つき家に向かい、南下していく。

家につながらない電話を掛け続けていたせいですっかり電気が無くなってしまった携帯のGPS機能を使い家を目指す。田舎だからなのか、幹線道路から外れたからか、24時を過ぎたからなのか、全く人通りがない。

スリラーに出てきたゾンビのように歩き続け、ついにいつも乗り降りする地下鉄の駅の前に出る。地下鉄に乗ってきたような人達がうろうろと歩き、タクシーもたくさん並んでいるのを見てがっかりするが、「絶対歩きで帰る!」と意地で歩き続ける。

京葉道路ぬい出たところで、またまた歩き続ける人たちの集団に合流する。地下鉄が動いているのを知らないのか、自分が家の方に曲がっていった後も長い列が見えた。

やっと家にたどりつき、服のまま休んでいた女房が迎えてくれた。家は尋常じゃないぐらい揺れたらしく、思わず川原の土手に避難したらしい。

疲れ果て、どろどろになった身体を休めたくて、地震が来るなら来いとシャワーを浴びて一息つく。既に1:30。窓から外を見ると土手を人々が歩き続けていた。

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2 コメント

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Unknown (jean)
2011-04-27 23:48:25
あぁ、やっぱり我が家に寄れと言うべきだったねぇ・・・ワシ、PHSとかも持ってたりして、会社の人の安否確認もかなりスムーズに出来てたんだよ。連絡すりゃよかったなぁ。
Unknown (taro)
2011-04-28 00:08:16
意地で歩きで帰ったから問題なし。他の人たちはオフィスに泊まったりしていたらしいから。最近は忙しいんか?

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