気がつけば思い出Ⅱ

日々の忙しさの中でフッと気がついた時はもう
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ある夏の終わりに~高校時代の創作(3)♪secret base~君がくれたもの~ /ZONE COVER by Uru

2021年08月25日 | すずかけ

【ある夏の終わりに】(3)

滝子と菊代が外へ出た時はもう日はだいぶ西へ傾いており、夕陽が杉の木の間を縫って差し込み、木々に映えて美しかった。

五条の墓は、一番西の三列目の端にあった。

苔生した墓が並ぶ中の真新しい墓だったのですぐ分かった。

そこには菊の花がいっぱいさしてあった。それは確かに寺の花壇に咲いていたものだったので、滝子はすぐに菊代が生けたものと分かった。

「私ね、毎日換えているのよ。」

菊代は、運んできた手桶の水を下に置くと、その脇の杉の木に寄りかかった。

「それに私は、お稽古に使ったお花を全部ここへ持ってくるの。」

滝子は、誰も墓参り人の無い叔父の墓を想像してきただけに、そうした菊代の言葉を聞いて、嬉しく思った。

彼女にとって、わずか一年の間でも、叔父の墓が取り残される事は、大きな心配の種であったのだった。

彼女は持参した花を墓の上に置いた。

すると菊代が「まあ綺麗なお花。」と言って一本の花たてから花を全部抜き取ると滝子の花を代わりに生けた。

そして再び杉の木に寄りかかった。

墓の前にあらためて立つと、滝子は初めて涙を流した。線香の匂いが五条の死を確実のものにするのだった。

面白くない家庭や学校生活、人生を逆恨みでもするような彼女の心にとって一番の安らぎであり楽しみであったのは、

叔父に絵を習う事であり、共に絵や芸術について語り合い、情熱を燃やす事であった。

五条は彼女の先生であり、親であり、友人であった。

ゆえに彼の死によって彼女は一度にそのすべてを失ってしまったのだ。

「ねえ、滝子さん。叔父さんは何故、自ら死を選んだと思う。」

西の空の方を見つめながら菊代が言った。

滝子は後を振り向いた。

「私にはよくわかりません。でも、もしかすると、絵が原因なのかもしれません。叔父は絵描きとして世に出ることを願っていました。

きっとなって見せると言っていました。叔父はその時こそ、自分が生きるためのあらゆる敵に勝利を得た時だと言っていました。」

「それなのに叔父が何故絵を捨てたか…。つまり絵に対して自信を失ったのだと思います。そしてその時、叔父の人生も終わりだと考えたのだと思います。」

菊代はじっと聞いていた。

「私の考えはまだまだ幼いかもしれません。きっと大人というものはもっと複雑だと思います。」

「ううん私も、そう思うわ。原因の一つはその大人の世界かもしれない。でも私はそう考えたくない。

私たちだってずうっと深く物事を考えると生きていることが、何か全く無意味に思えてくるものね。でも結構みんな生きているじゃないの。

私は五条さんがこの世の中に負けたと思いたくない。だから絵に対する余りにも深い情熱のために亡くなったと思いたいの。」

菊代の目は輝いていた。二人は顔を見合わせた。滝子は自分の考えは何て単純なのだろうと思った。

それは全く現実離れした空想のような気もして、菊代の考えに賛成したいと思った。

「私たちどうやら何もかも考えることが同じらしいわね。」菊代はそう言うと、五条の墓の前に進み出て手を合わせた。

二人は肩並べて墓地を出た。そして、菊代は滝子に

「ねえ、よかったら夕ご飯を食べていかない。今母が親戚へ行っていて、ろくなおもてなしもできないけど。」としきりに誘った。

しかし滝子は遅くなるからという理由でそれを断った。

「私、来年きっとまた来ます。あの夏の絵を書こうと思います。その時はよろしくお願いします。」

帰り際に滝子は住職にもそう言って、夕食を辞した。彼は

「絶対来てくださいね。来年が待ち遠しい。絵もちゃんと用意して待っていますよ。」と言って快く彼女を送ってくれた。

そして滝子は、「お嫁に行っても帰ってくるわよ。」と言って笑った。

滝子が住職と菊代に別れを告げて再び寺の境内に立った時、夕陽はおおかた西へ傾いており、山間はオレンジ色に彩られていた。

彼女は五条の墓の方に向って言った。

「叔父さん、滝子は来年大学を受けます。そして絵の勉強を本格的にはじめます。今日はそれを告げにきました。

来年もきっと来ます。今度は叔父さんの絵を続いて書くために…。それまでどうか見守っていてくださいね。」

滝子自身、五条の後を継ぐ事に一抹の不安があった。それは「もしかすると自分も同じ道を歩くのではないか。」という事だった。

しかし彼女は、遣ろうと決心したのである。

そしてその決心は、今日の訪問でことさら強くなった。

石段の上から静かに下がっている百日紅のその可憐で寂し気な細かな花が、彼女の肩に散った。

そして風が彼女の頬をかすめて行った。秋風だった。それは確かに秋風だった。

石段を下りる滝子の背後から、五条の声がその風と共に聞こえてきた。

「だんだんと大人に近づくにつれて、苦しみや悲しみが多くなり、世の中の矛盾が大きくなるのを滝子も分かってきただろう。

しかし現実は想像以上に厳しいものなのだ。だが、人間誰しも生きていかなくてはならない。実際みんな生きている。

滝子だって、できないはずはない。頑張ってくれ叔父さんの分まで・・・。」

 

寺を出た滝子は、大きく息を吸い込んだ。

「もうじき秋だ…。そして来年の夏ももうすぐだ。それまでがんばるぞ。」

ふり返ると夕闇に包まれかけた寺が、美しく雄大にそびえていた。

滝子は、その寺をもう一度確かめるように見つめると駅へと道を急いだ。

<完>

今回はこの曲をお借りしました。

アニメ「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」のエンディング曲【君がくれたもの】

secret base~君がくれたもの~ /ZONE COVER by Uru

      

このアニメを視た時ほど泣いたことはありませんでした。

もう涙腺崩壊状態で、何回も繰り返し視て、半年ぐらいこの曲は頭の中を駆け巡っていました。

歌詞「♪君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望忘れない 10年後の8月 また出会えるのを信じて~♪」の10年後がもう今年だそうです・・・。

私の半世紀も前の思い出にお付き合いいただきありがとうございました。

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