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宅間元死刑囚が獄中で綴った動機

2018年12月29日 | ヒトゴロシ



池田小・児童8人惨殺 宅間元死刑囚が獄中で綴った本当の動機「エリートの卵を刺し続けた」【平成事件史



 犯人の宅間守(当時37)元死刑囚はその場で取り押さえられ、逮捕。2004年9月14日に死刑執行された。40歳だった。

 宅間元死刑囚が注目を集めたのは、その残虐な犯行だけではなかった。逮捕後、精神障害のふりをして罪を逃れようとしたり、裁判がはじまり発言できるようになると、殺害された児童の保護者に罵声を浴びせるなど、その言動はさらに大きな批判を浴びた。

 宅間元死刑囚は事件前、公務員として小学校の事務職で勤務していた際、同僚のお茶に薬物を混ぜて逮捕されたことがあった。だが、精神的な疾患があると責任能力がないとされた。

 池田小学校殺傷事件で逮捕された時も、精神疾患があるような言動を捜査員の前で繰り返していたという。

「事件現場を池田小ではなく、池田駅といったり、壁に頭を打ち付けたり、異常な行動を見せていた。だが、宅間元死刑囚を詰めていくと、犯行を認めました」(当時の捜査員)

 それは宅間元死刑囚の2001年6月11日の供述調書に詳しい。

<私のやった事件のことを認めて、話をしたとたん、なぜかわかりませんが、急に涙が流れ出てきて止まりませんでした。この涙は事件を後悔してのために出てきたものではありません。精神病を振る舞っているようにしていたことを、最後まで押し通すことができなかったという悔しさから出た、悔し涙であったのです>

<嘘をつき通せないと諦めて、精神病を装うことをやめたのです>

 そして、なぜ小さな子供がいる小学校を狙ったのか、動機について宅間元死刑囚は、供述調書でこう語っていた。

<大量に人を殺すような事件を起こせば(前妻が)私と知り合ったことを後悔するだろう>

<私の苦しい思いを、できるだけ多くの人にわからせてやろう>

<死刑覚悟で小学生を多数、殺すしかない>

 そして、犯行直前に自宅近くの刃物店で出刃包丁を購入。車で池田小に向かい、犯行に及んだ。その時の模様を宅間元死刑囚は供述調書でこうも語っている。

<捕まえられるまで刺し続けるつもりでした。できるだけ、多くの人を刺そうと考えていた>

<目についた子供を手あたり次第、刺した>

 そして、警官が駆け付け、身柄拘束された瞬間についてはこう振り返っていた。

<息の絶え絶えで、とても疲れていました>

<精も根も尽き果てていた>

 宅間元死刑囚が当日、着ていたYシャツが血で真っ赤に染まっていたことについては、他人事のようにこう説明していた。

<どれだけ壮絶であったか、着ていた服でわかった>

 その現場はすさまじく、筆者も事件の一報を知り駆け付けた時は、子供たちが保護者に付き添われて、真っ青な顔で学校から帰っていった様子を今も記憶している。

 事件については、犯行を認めて自供した宅間元死刑囚。だが、遺族への謝罪、反省の弁は全くなかった。

 初公判では、証言台の前に立たされると、「座ってええかな」と悪態をつき、死刑判決が予想される中、「死ぬことにビビってません」とアピール。

 2003年8月28日の、判決公判でも冒頭に一方的に発言を求め、裁判長に却下されると、遺族を冒涜するような発言を繰り返して、刑務官に抱えられながら、退廷させられた。

 裁判長は2003年8月28日、被告人不在という異例の中、一方的に「死刑に処する」と主文を読み上げざるを得なかった。

 控訴期限の同9月10日、弁護人が控訴したが、その数日後、宅間元死刑囚が控訴を取り下げ、死刑判決を確定させた。死刑執行までの間、弁護士に宛てた手紙で宅間元死刑囚はこう綴っている。

<宝くじ60枚、電話の引き出しに入っていたのですが、万が一当たっていたら賠償に使いたい>

<ブスブスとエリートの卵を刺し続けた>

<充実した死刑囚生活を送るためには「金」です。コーヒーいろいろなお菓子類そして冬には使い捨てカイロ、弁当も買えます>

 こうした手紙は被害者遺族らさらに激怒させ、悲しませた。

 最後まで、謝罪の気持ちがないように見えた宅間元死刑囚。

 だが、事件直後の7月3日の供述調書では、池田小の現場でどう犯行に及んだかを実況見分する、宅間元死刑囚の様子が写真付きで、記されていた。

 調書では犯行現場となった最初の教室に入る前に宅間元死刑囚が腰縄姿で手を合わせている写真と直筆メモが記されていた。

<最初の教室に入る前に手を合わせました。自分のやった現場に入るのが、恐かったし、申し訳ないという気持ちがありました>

 宅間元死刑囚の弁護士たちは、懸命に謝罪、反省の意を示すように説得していた。しかし、宅間元死刑囚がその気持ちを公にすることはなかった。

 筆者は宅間元死刑囚の父、元妻、養母、友人など、数多くの人を取材した。

 皆は宅間元死刑囚に対し、荒くれもの、暴れん坊だと冷たかったが、「ここまでひどい事件を起こすような人ではない」というのが大半の反応だった。


12/28(金) 12:33配信 AERA dot.




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