狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

『鉄の暴風』と米軍の呪縛、体験者山城安次郎の沈黙

2020-08-08 08:00:15 | ★改定版集団自決

 

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沖縄戦史の再検証のため過去ブログ『鉄の暴風』と米軍の呪縛2008-08-26 

を一部編集の上再掲します。

                ★

昭和24年、沖縄タイムスの太田良博記者は、『鉄の暴風』の取材のため、山城安次郎氏(当時の座間味村助役)に取材している。

山城安次郎氏は座間味村の集団自決を体験した数少ない生き証人であるが、戦後座間味村を出て、沖縄テレビの社長に出世する人物である。

ところが不思議なことに山城氏は「集団自決」に関する一言の証言も一行の記録も残していない。

(※山城安次郎氏については拙著『「沖縄戦「集団自決」の謎と真実』(秦郁彦氏との共著)に詳述)

 太田記者の執筆手法には証言や史料の収集を基本とする新聞記者の基本姿勢はない。

 渡嘉敷島や座間味島での現地取材をしていないことは勿論、取材といえば専ら「社」(米軍⇒座安専務)が集めた人々の話が主で、それも発言者の名前を記したメモの類もないという。

 新聞記者の太田良博氏が、ドキュメンタリー作品の基本ともいえる当事者への取材もしな杜撰な記述で『鉄の暴風』を書き上げたのに対して、それを批判する立場で『ある神話の背景』を書いた作家・曽野綾子氏のルポルタージュ的記述手法は極めて対照的であった。 

曽野氏は伝聞に頼る太田氏の杜撰な取材手法を同書の中で次のように指摘している。

  <太田氏が辛うじて那覇で《捕えた》証言者は二人であった。一人は、当時の座間味の助役であり現在の沖縄テレビ社長である山城安次郎氏と、南方から復員して島に帰って来ていた宮平栄治氏であった。宮平氏は事件当時、南方にあり、山城氏は同じような集団自決の目撃者ではあったが、それは渡嘉敷島で起こった事件ではなく、隣の座間味という島での体験であった。もちろん、二人とも、渡嘉敷の話は人から詳しく聞いてはいたが、直接の経験者ではなかった

  この部分に関して太田氏は、後に沖縄タイムス紙上の曽野氏との論争で宮平、山城の両氏は辛うじて那覇で《捕えた》証言者ではなく、「(両氏が)沖縄タイムス社に訪ねてきて、私と会い、渡嘉敷島の赤松大尉の暴状について語り、ぜひ、そのことを戦記に載せてくれとたのんだことである。そのとき、はじめて私は『赤松事件』を知った」と反論し、「(両氏は)証言者ではなく情報提供者」とも述べている。

  太田氏が宮平、山城の両氏とどのように接触したかはともかく、そのとき山城氏は渡嘉敷島の伝聞情報である「赤松大尉の暴状」について語り、「そのことを戦記に載せてくれ」と頼んでおきながら、何ゆえ自分が体験した座間味島のことを語らなかったのか。それが大きな問題なのである。

  戦時中、南方に居たという宮平栄治氏のことは論外としても、山城安次郎氏は太田記者が言う情報提供者の枠を超えた実体験者であり、座間味島の集団自決を証言できる証言者のはずである。      

 事件を追う事件記者が、飛び込んできた事件の当事者を目前にして、他の事件の情報提供だけを受けて、実体験の事件に関しては何の取材もしなかった。 

 しかしこれは記者としてはいかにも不自然である。 

 太田氏の言うように、その時、何のメモも取らなかったということも、にわかには信じがたいことである。

  このように新聞記者としては不適格にも思える太田氏が何ゆえ沖縄タイムスが社を上げて企画をした『鉄の暴風』の執筆を委ねられたのか。

■大田良博記者の正体

 その謎を解く鍵は太田氏の沖縄タイムス入社直前の職にあった。

  太田良博記者の略歴を見ると、『鉄の暴風』の監修者の豊平良顕氏や共著者の牧港篤三氏のような戦前からの新聞記者ではない。 

 そもそも太田記者と沖縄タイムスとの関係は、沖縄タイムスの月刊誌にエッセイ、詩などを寄稿していたが、昭和24年に発表した『黒ダイヤ』という短編小説で注目を引いた、いわば投稿者と新聞社という関係だったという。 

 太田氏が戦後米民政府に勤務しているとき、沖縄タイムスの豊平良顕氏に呼ばれ、企画中の『鉄の暴風』の執筆を始めたことになっている。

 米軍政府が沖縄の統治権を米民政府に移管するのは太田氏が沖縄タイムスに職を変えた後の昭和24年の12月15日以降になっている。

 『鉄の暴風』の執筆時に米軍側と沖縄タイムスそして太田氏の間に「共通の思惑」があったと考えても不思議ではないだろう。

  曽野氏は『ある神話の背景』の取材で太田氏に会ったとき、米軍と『鉄の暴風』の関係について、同書の中で次のように述べている。

 ≪太田氏は、この戦記について、まことに玄人らしい分析を試みている。 太田氏によれば、この戦記は当時の空気を反映しているという。 当時の社会事情は、アメリカ軍をヒューマニスティックに扱い、日本軍閥の旧悪をあばくという空気が濃厚であった。太田氏は、それを私情をまじえずに書き留める側にあった。「述べて作らず」である。とすれば、当時のそのような空気を、そっくりその儘、記録することもまた、筆者としての当然の義務の一つであったと思われる。

「時代が違うと見方が違う」

と太田氏はいう。 最近沖縄県史の編纂をしている資料編纂所あたりでは、又見方がちがうという。 違うのはまちがいなのか自然なのか

 驚いたことに太田氏は『鉄の暴風』を執筆したとき、その頃の米軍の思惑を執筆に反映させて「アメリカ軍をヒューマニスティックに扱い、日本軍閥の旧悪をあばく」といった論旨で同書を書いたと正直に吐露していたのである

  このとき太田氏は後年曽野氏と論争することになるとは夢にも思わず、『鉄の暴風』を書いた本音をつい洩らしてしまったのだろう。

 この時点で曽野氏は太田氏が記者としては素人であることを先刻見抜いていながら、「玄人らしい分析」と「褒め殺し」をして『鉄の暴風』の本質を語らしめたのであろうか。

曽野氏は、後年の太田氏との論争で,「新聞社が伝聞証拠を採用するはずがない」と反論する太田氏のことを「いやしくもジャーナリズムにかかわる人が、新聞は間違えないものだとなどという、素人のたわごとのようなことを言うべきではない」と「玄人」から一変して、今度は、「素人」だと一刀両断している。

                    ◇

以下引用の太田記者の「伝聞取材」という批判に対する反論は、「はずがない」の連発と、

「でたらめではない」とか「不まじめではない」とまるで記者とも思えない弁解の羅列。

これでは曽野氏に「素人のたわごと」と一刀両断されるのも仕方のないことである。

 

「沖縄戦に“神話”はない」(太田良博・沖縄タイムス)」連載4回目

<体験者の証言記録
『鉄の暴風」の渡嘉敷島に関する記録が、伝聞証拠によるものでないことは、その文章をよく読めばわかることである。

直接体験者でないものが、あんなにくわしく事実を知っていたはずもなければ、直接体験者でもないものが、直接体験者をさしおいて、そのような重要な事件の証言を、新聞社に対して買って出るはずがないし、記録者である私も、直接体験者でないものの言葉を「証言」として採用するほどでたらめではなかった。永久に残る戦記として新聞社が真剣にとり組んでいた事業に、私(『鉄の暴風』には「伊佐」としてある)は、そんな不まじめな態度でのぞんだのではなかった。 >

 

 

「「沖縄戦」から未来へ向ってー太田良博氏へのお答え(3)」
曽野綾子氏の太田良博氏への反論、沖縄タイムス 昭和60年5月2日から五回掲載)

<ジャーナリストか
太田氏のジャーナリズムに対する態度には、私などには想像もできない甘さがある。

太田氏は連載の第三回目で、「新聞社が責任をもって証言者を集める以上、直接体験者でない者の伝聞証拠などを採用するはずがない」と書いている。

もしこの文章が、家庭の主婦の書いたものであったら、私は許すであろう。しかし太田氏はジャーナリズムの出身ではないか。そして日本人として、ベトナム戦争、中国報道にいささかでも関心を持ち続けていれば、新聞社の集めた「直接体験者の証言」なるものの中にはどれほど不正確なものがあったかをつい昨日のことのように思いだせるはずだ、また、極く最近では、朝日新聞社が中国大陸で日本軍が毒ガスを使った証拠写真だ、というものを掲載したが、それは直接体験者の売り込みだという触れ込みだったにもかかわらず、おおかたの戦争体験者はその写真を一目見ただけで、こんなに高く立ち上る煙が毒ガスであるわけがなく、こんなに開けた地形でしかもこちらがこれから渡河して攻撃する場合に前方に毒ガスなど使うわけがない、と言った。そして間もなく朝日自身がこれは間違いだったということを承認した例がある。いやしくもジャーナリズムにかかわる人が、新聞は間違えないものだとなどという、素人のたわごとのようなことを言うべきではない。 


 太田 良博
本名、伊佐良博。1918年、沖縄県那覇市に生まれる。早大中退。沖縄民政府、沖縄タイムス、琉球放送局、琉球大学図書館、琉球新報などに勤務。その間詩、小説、随筆、評論など発表。2002年死去

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Unknown (amai yookan)
2020-08-08 09:42:37

「大きく騙して・小さく訂正」

この手ー「今でもタイムス・新報で常用されてますよね「戦後の情報統制が今でも残っている」と、思わされそーですが、どうやらサヨクの手で進化、今でも彼らの「常套手段として活躍」日々の紙面を飾っている。

我那覇パパが言っていた、積み木を積み上げるのは時間がかかるが、壊すのは一瞬

「悪いイメージは一瞬で広がるが・これを正すのは難しい」

https://youtu.be/lfEo0Uwmsls?t=317

● 善良な県民を手玉にとる、この作業の日々繰り返し。

本日の沖縄タイムス投稿欄 (カウンター58)
2020-08-08 09:54:56

オピニオン面に一般投稿7本(児童生徒の「ぼくも私も」など除く)。

「今は亡き祖父の書道愛思う」の那覇市・金城貴美枝さん(63)は、3月8日、4月2、29日、5月18、26日、6月16、30日、7月10日に続き今年9回目の掲載。
「マスクない生活 一日でも早く」の南風原町・国吉真永さん(85)は、1月12、19日、2月1、15日、3月5、29日、4月30日、6月14、20日に続き今年10回目の掲載。
「食料品廃棄『もったいない』」の那覇市・久貝英世さん(70)は、1月6日、2月3日、3月2、22日、4月11日、6月7日に続き今年7回目の掲載。
「すきま時間のアートで彩り」の那覇市・與古田美佳さん(39)は、5月11、17日、7月26日に続き今年4回目の掲載。
「池江選手の驚くべき回復力」の豊見城市・渡真利善朋さん(51)は、1月22日、2月14日、3月4、19日、4月4日、5月27日、6月3、16日、7月1、9日に続き今年11回目の掲載。
「不条理の象徴『ペスト』 コロナ禍 心構え参考に」の那覇市・渡久地政弘さん(81)は、4月22日、5月1日、7月6、28日に続き今年5回目の掲載。
「今年のゴーヤーは?」の金武町・久高栄一さん(73)は、1月9日、2月2日、6月23日に続き今年4回目の掲載。
 
カギカッコは投稿欄における見出し。

Unknown (Kei)
2020-08-08 14:27:36
『あばかれた「神話」の正体 (鴨野守)』
『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実(曽野綾子)』の2冊を購入しました。来週読む予定です。正直、気の重い好きになれない沖縄問題に目を向けさせてくださったご縁に感謝します。

好きになれないとはいえ、それを少なからず払拭してくれたのは我那覇真子という純粋な少女のおかげでした。彼女の靖国神社演説、国連における発言がなければ、私はいまだに沖縄には反感しかなかったかもしれません。沖縄にもこんなひとたちがいるんだという感動があったればこそでした。
そんな個人的な意味でも、私は無知なままでも、彼女やお父上、そして師匠の存在を護ることは正義だと信じています。

また、少しだけですが、調べれば調べるほど、沖縄タイムスという新聞の存在のいかがわしさが浮き彫りになります。
師匠の書かれていた、
>さらに沖縄タイムスの創立者の1人座安盛徳氏(故人)は昭和25年5月2日、東京のGHQを訪問し、当時の沖縄人としては珍しくマッカーサー元帥と面談もしている。
という記述にはあらためて驚きます。
であれば、タイムスごときの社長がそうなら、朝日新聞の社長が揉み手をしてGHQに従った構図も容易に想像できますね。朝日は、GHQプレスコードに仕方がなく従ったどころか積極的に反日活動に加担したという構図が。

それでも不思議なのは、アメリカGHQの肝いりで反日活動に入ったタイムスがいまやシナの手先となっている事実。これにたいしてアメリカは何も干渉しないのでしょうか? 米中が一触即発の中、タイムス、新報の立ち位置はどうなっているのか? あらたな疑問が湧いてきます。日本国内が一致団結するときの怖さを知っているアメリカだからこそ、あえて泳がせているということでしょうか?

また、2017年に文科省が高校歴史教科書の「集団自決」を巡る記述で、「軍命による」と言う記述を「削除する」と言う検定意見をだしたということは、やはり安倍政権しかなかったということもあらためて思い知らされます。
左翼思想、活動家たちは (安仁屋 正昭)
2020-08-08 17:41:42
左翼思想、活動家たちは、戦争は人間を動物以下の醜い存在にするといい
沖縄の達磨大師こと上原正稔氏は、戦場では人間の最も美しい面が現れると言っている

確かに、太宰の「走れメロス」は、世代を超えて感動する名作である

他者の為に命を捨てる覚悟をした者が、食糧を奪い、隠れる為に住民を壕から追い出し、足手まといだから死ねというのだろうか?

沖縄戦記で書かれないのは、軍が食糧を住民に与えていたことだ
「持てるだけ持って行きなさい。我々は明日には食糧が必要ない所に行くのだから」と缶詰や保存食を沢山もらっている

利己主義、唯物思想の左派には、このような利他に徹する者の心の内に生ずる神秘的ともいえる高貴な心情は創造すら出来ないのだろう

彼らは、どのような教育を施しても人間は追い詰められれば、野獣のような醜い存在になるという主張したいのだろう

「日教組は癌だ!」と喝破された大臣を辞任ではなく辞職させた自分の議席がかわいい自民党の輩が居た

青少年に低次元な教育を施す日教組は、精神を腐らす癌そのものに違いない
誤植 (Unknown)
2020-08-08 17:44:33
創造✖ 想像〇
直接聞いた発言 (安仁屋 正昭)
2020-08-08 18:20:35
八年ほど前に、那覇市の銘苅に仮庁舎があった時に「オーラル ヒストリー」と題したトークショーで直接聞いた発言。

謝花直美氏のコメントには、耳を疑いました。
「新聞社は歴史問題(集団自決)について、片方だけの論調に立って報道していて、両論併記をしないという批判もあるけれど、沖縄では、軍命があったのであって、わざわざ違った方の報道をする必要は無いと思う」と自社の綱領も眼中に無いと言わんばかりにまくし立てておりました。因みにこの謝花氏は、化粧も愛想笑いも無い人で、見ていて体中に不満が充満しているような感覚を受けました。

フロアーからの質問の時、60代後半の女性が立ち、言い放った言葉とそれに応じた宮城氏の答弁に私の目が点となりました。

年配の女性曰く、「40年間ラジオ局に勤め、その間渡嘉敷島の集団自決の特集を3度ほど行いましたが、私はお二人の意見とは違った感想をもっております。わたしが取材して聞き及んだことによると、当時(昭和20年3月27日から28日)渡嘉敷の住民はニシヤマに集まれ!という指示が誰から、何の目的でだされたのか知らずに集まったのがほとんどでした。玉砕を覚悟して集まったのではなく、訳も分からずに集まったというのが本当です。ところが、突然集団自決が始まってしまった。訳の分からないまま、巻き込まれてしまったというのが私の受けた印象です。」

すると、宮城晴美氏が「座間味も同じです。訳が分からないまま、集団自決に巻き込まれたんです」と言いました。驚きです。 軍の命令でも、隊長の命令でもなく、集団心理に巻き込まれたのだと。
Unknown (amai yookan)
2020-08-08 23:00:55

  【デニーさん叱られる】

コロナ(武漢肺炎)日本ワースト1(人口割で沖縄が)になって・政府に援助を頼んだんだが菅さんに叱られる

早くからホテルの借り上げ、金は政府が援助と言ってたのに・ズルズルと無視。今頃何言ってんの!って

ホテルいっぱい閉まってたのに、やってなかった、嘘みたいなホントの話。

豚コレラの時と同じ=ほったらかし・豚10000頭も死なした。

● 北海道みたいに自衛隊に協力してもらえば・こんな風にはならんかった。個人的に自衛隊嫌いでも、県民の事考えたら、こうは出来んかったハズ

糸満の空き病院「南部病院」使えんのかね?感染病対策のプロ=自衛隊さんに協力願って。https://ymc.yuuai.or.jp/information/%E3%80%90%E3%80%80%E9%87%8D%E3%80%80%E8%A6%81%E3%80%80%E3%80%91%E7%A7%BB%E8%BB%A2%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%BB%B6%E6%9C%9F%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/

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