狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「人類館」、恨み辛みの歴史観

2021-02-23 07:22:03 | マスコミ批判

 

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我那覇真子の現地報告、米大統領選

 

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昨日午後3時より生放送のFMラジオ「オキラジ」「沖縄防衛情報局」に出演して、「人類館事件」について熱弁?を振るった。

当初、合計1時間の内約15分を「人類館」に充てる予定だったが、ついつい時間オーバーして約30分の熱弁になってしまった。(笑)

沖縄メディアが嘘を繰り返す「人類館」については、ほとんどの県民が誤解しているので、沖縄メディアの大嘘の息の根を止めるつもりで、今日の記事も過去記事をサルベージして再掲する。

「人類館」、恨み辛みの歴史観2009-11-27

昨夜、飲み会があった。

全国紙の某記者、沖縄の某大学教授、沖縄の某作家そして筆者の四人で、泡盛を酌み交わしながら夫々が持つ「沖縄への思い」を熱く語りあった。

時には声を荒げることもあったが、実に楽しく刺激的な秋の夜のひと時であったた。

中でも最も熱が入ったのが「沖縄差別」であった。

今年が薩摩の琉球侵攻400年に当たるということで、沖縄タイムスが毎週月曜日に長期連載の特集記事を現在も継続中だが、それが俎上に乗った。

ちなみに今週の月曜日(23日)の特集の見出しはこれ。

強いられた日本語転換

言語風俗の日本化

前回も書いたが特集に一貫して流れる論調は「平和な琉球王国が武力で日本に侵略された、無理やり日本化された」という侵略と差別の歴史観である。

その象徴として沖縄紙が頻繁に取り上げるのが「人類館」である。

琉球新報コラムが又しても恨み節のコラムを書いた。

金口木舌 2009年11月23日
 今から106年前の1903年、生きた人間を標本のように展示する見せ物小屋が、大阪の博覧会会場周辺に出現した。アイヌや台湾の先住民らと共に琉球人の女性が陳列・展示された
▼人類館事件と呼ばれるこの出来事を題材にした朗読劇「人類館」(作・知念正真(せいしん))が先週末、国立劇場おきなわで上演された。一人三役をこなす俳優津嘉山正種(つかやままさね)さんの迫真の演技に引き込まれた
▼人類館事件は、「琉球処分」に反対した琉球士族らが琉球王国の存続を求めた救国運動を担い、志半ばで命を落とした後に発生した。「処分」によって琉球を領土に取り込んだ明治政府は、琉球独自の風俗習慣、文化を否定し、日本への同化を強要した
▼琉球をさげすむ風潮は当時の日本の論調にも表れている。演劇・花柳界新聞「かなよみ」は、日本に従わない琉球を飼い主の手を噛(か)む「愚犬」と表現。王国指導者を東京の焼き芋屋で働かせれば「少しく日本の風儀を染(そめ)、東京子の潔(いさぎよ)き魂(たまし)ひを飲込(のみこみ)て漸々(ぜんぜん)開花の気味に渉(わた)らん」(1879年4月17日付、琉球新報新聞博物館所蔵)と書いた
▼さて朗読劇「人類館」は方言札、沖縄戦、米国による異民族支配などを盛り込み、沖縄の近現代史を貫く差別の構造を風刺する。登場人物の滑稽(こっけい)さが笑いを誘う
▼この芝居は最後に振り出しに戻ってしまう。歴史は繰り返されるのだろうか。

                                             ◇

最近は死語になりつつあるが「ニタカマンタ」という沖縄の方言がある。

「似たもの同志」という意味だ。

狼魔人流・沖縄語講座 「ニタカマンタ」は「割れ鍋に綴じ蓋」

「類は友を呼ぶ」というように同種類のものが群れるのは人間の性(さが)だが、動物一般にこの本能はあり、それが種の絶滅を防いでいるともいえる。

同じ人間でありながら見た目や、言語、生活習慣の違いで同じ種である人間同士が差別しあうのは、人間が心の奥底に持つ業のようなものである。

人間の歴史をひも解くと、ある意味差別の歴史だといえなくもない。 

人間は学習による知恵により、この人間が持つ業を遅々ではあるが克服してきた。

日本でも明治期まで、士農工商と職業、出自による差別はあったが、それはまだしも、人間以下のエタ、非人と称する差別制度があったことは島崎藤村の『破戒』にも描かれている。

まったくいわれのない日本古来の差別の風習に、明治政府は先ず身分制度を廃し四民平等とした。

そしてエタ、非人の差別呼称を禁じ、「新平民」として差別の解消をはかった。

ところが明治政府の差別解消策は「新平民」という新しい被差別民を作ったに過ぎなかった。

差別が真剣に取りざたされるようになるのは、皮肉にもマッカーサーが与えた新憲法に人権が重要な権利としてうたわれてからである。

これまで差別されたいわゆる「部落民」たちが、差別反対運動を起こし、それなりの成果をあげた。

その一方、一部の運動が行き過ぎて国民の中に差別意識が薄くなって来たにも関わらず、ことさらに「差別だ!」と声高に叫び、「逆差別」の「既得権」享受する者の登場である。

意図せず使った言葉の言葉尻を捉えて「言葉狩り」をする過激な「被差別者」の団体があることは周知の通り。

(※最近では森発言に対する執拗な言葉狩りがある)

日露戦争の2年前、今から百年以上前のこと、大阪で行われた博覧会の出し物に「沖縄人差別があった」と現在も声高に叫ぶ勢力がいた。

差別を声高に叫ぶ人間が、実は差別主義者である場合が多い。
 
「差別された」と叫ぶ人間が実は「差別主義」という矛盾。
 
差別とはいわば己を映す合わせ鏡のようなものである。
 
沖縄で差別を叫ぶ人間は、その一方で離島出身者を差別したり本島内でも北部出身者をヤンバラーと差別したり、台湾人やフィリピン人をタイワナー、フィリピナーと差別的意味合いを込めて呼ぶ。
 
最近では見られないが、米軍占領時代は、奄美大島出身者をオオシマーと侮蔑の意味を込めて呼んでいた。
 
差別は離島や北部、南部に止まらず、沖縄の都市地域にもあった。
 
那覇出身の民俗学者・伊波普猷は琉球王府のある首里(現在は那覇の一部)にあった県立一中(現在の首里高校)に進学のため寮生活をした。
 
そのとき衣服や言葉使いが「首里風」でなかったため差別を受け苦労したとその著書で書いている。
 
■「人類館」にまつわる沖縄紙のウソ

沖縄差別の歴史を風刺/「人類館」30年ぶり東京公演【12月17日】

 
 【東京】演劇集団「創造」による「人類館」(作・知念正真、演出・幸喜良秀)が16日夜、早稲田大学大隈記念講堂大講堂であった。同演劇集団の東京初演(1978年)からちょうど30年ぶり、一夜限りの公演に、学内外から1000人が詰め掛け、沖縄が差別を受け続けた歴史を風刺した劇に見入った。
 一九〇三年に大阪天王寺で開催された第五回内国勧業博覧会で沖縄、アイヌ、朝鮮、インドなどの人々が民族衣装姿で見せ物として陳列された、いわゆる「人類館事件」を題材にした喜劇。
 三人の役者が場面ごとに役を変え、沖縄戦で日本軍の迫害を受け、「集団自決(強制集団死)」に追い込まれたり、戦後の米軍占領下で抑圧されたりした沖縄の人々への差別の歴史、人間の中に潜む差別の意識を一つ一つ巧みに演じきった。(略)
         

                                                ◇
 
ラジオ、テレビもなく現在とは比べられないほど情報が少なかった100年以上前のこととはいえ、明治政府が実際にこの『人類館』が行ったような差別政策を取っていたとしたら、沖縄人として不愉快に感じる出来事に違いない。
 
果たして、明治政府は実際に沖縄人にこのような差別政策を取っていたのか。
 
否である。
 
この「人類館事件」が沖縄県民の間に知られるようになるのは、米軍占領下で「祖国復帰運動」が盛んだった頃ではなく、復帰後沖縄左翼が「反日」に運動を変換し始めた頃である。
 
日本の左翼が沖縄に根付き始めた頃の1976年、沖縄生まれの知念正真氏が書いた戯曲「人類館」を契機に沖縄人の間にもこの「人類館事件」知られるようになる。
 
復帰4年後に沖縄人によって作られた戯曲「人類館」は、作者の日本に対する怨念が凝縮された作品である。
 
だが、ここで注意すべきは「人類館事件」という歴史的事実と、沖縄紙が騒ぐ戯曲「人類館」には二つの大きな違いがある。
 
いや、もっと直裁にいえば、戯曲「人類館」も沖縄紙も「人類館事件」の「不都合な事実」には、決して触れてはいないということである。
 
沖縄紙は戯曲「人類館」に関して意識的に二つの事実を隠蔽している。
 
「人類館事件」で、当時の沖縄県民が怒ったのは、単に差別されたからではなく、

「人類館」にて、台湾の生蕃と北海のアイヌと同列に展示されたことが沖縄県人を侮辱したというのである。

当時の『琉球新報』(4月11日)では「我を生蕃アイヌ視したるものなり」という理由から、激しい抗議キャンペーンが展開されたのである。特に、沖縄県出身の言論人太田朝敷が

学術の美名を藉りて以て、利を貪らんとするの所為と云ふの外なきなり。我輩は日本帝国に斯る冷酷なる貪欲の国民あるを恥つるなり。彼等が他府県に於ける異様な風俗を展陳せずして、特に台湾の生蕃、北海のアイヌ等と共に本県人を撰みたるは、是れ我を生蕃アイヌ視したるものなり。我に対するの侮辱、豈これより大なるものあらんや(ウィキペディア)

このように悲憤慷慨して、沖縄県全体に非難の声が広がり、県出身者の展覧を止めさせた。

当時の沖縄の代表的知識人であり、琉球新報社長も勤めた太田朝敷の論説が、このように差別的要素を含んでいたのだ。

まさに沖縄人にとって「差別」とは己が持つ差別性を映しだす鏡であったのだ。

もう一つ、戯曲「人類館」と沖縄紙が隠蔽する事実は、「人類館」が、博覧会場の中に設置されたように報道されているが、実際はそうではなく、博覧会に便乗して会場外で開かれていたイベントの「場外パビリオン」で行われていた。(『沖縄文学選』)

あたかも当時の明治政府が沖縄差別政策を行うため、自ら「人類館」を設営したかのように報じられているが実際はそうではなかったのだ。

「人類館」が、政府行事への便乗商売をした業者の商行為だったことは「利を貪らんとするの所為と云ふの外なきなり」という怒りのこっとばでも伺える。

今年に入ってから急に「人類館」の話題が沖縄のマスコミを賑わすようになったが、いずれの論調も「日本が沖縄に行った差別政策」であるという反日の怨念に満ちており、
 
沖縄タイムスの記事などは
 
沖縄戦で日本軍の迫害を受け、「集団自決(強制集団死)」に追い込まれたり
 
と、100年以上も前に、便乗商売をもくろんだ一業者の行いを、強引に「悪逆非道の日本」、さらには「集団自決」にまでも結び付けている。
 
沖縄タイムスよ、いくらなんでも少しコジツケが強引過ぎはしないか。
 
それとも誇大妄想の病にでも陥ったのか。
 
いやいや、来るべき「集団自決訴訟」の最高裁判決に備え、「悪逆非道の日本軍」の印象操作に「人類館」を利用しようと言うのだろう。
 
さもなくば、100年前の一業者が行った便乗商法が、明治政府の沖縄差別政策に繋がり、遂には「集団自決」に結びつくはずもない。
 
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5 コメント

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反日人類館 (宝味)
2021-02-23 10:04:11
https://rionokimagure.muragon.com/entry/72.html
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37488688
Unknown (amai yookan)
2021-02-23 10:18:13
                                                               
>…沖縄県出身の言論人太田朝敷が、

学術の美名を藉りて以て、利を貪らんとするの所為と云ふの外なきなり。我輩は日本帝国に斯る冷酷なる貪欲の国民あるを恥つるなり。彼等が他府県に於ける異様な風俗を展陳せずして、特に台湾の生蕃、北海のアイヌ等と共に本県人を撰みたるは、是れ我を生蕃アイヌ視したるものなり。我に対するの侮辱、豈これより大なるものあらんや。(ウィキペディア)

■      ■

これって、今で言えば「最大の差別」でしょう・当時は、正論だったのでしょうか?

えらそーに言ってるけど、我々の祖先は「台湾原住民説が有力」です。https://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000001087_all.html

● サヨクの分断の方程式=「差別意識の醸成」であり、マスごみ・劇・映画・漫画・・・を利用して人身を騙すこと=この為にこの方面に組織化して資金・人材、他を提供する。

こんなことが未だに琉球新報や・沖縄タイムスで活用されている。よーだ(実に古臭い)

俳優・津嘉山正種(つかやままさね)さんは、好な俳優の一人でしたが、あんなに精神がねじ曲がって、サヨク化してしまっては「何をか言わんや」である・そして一向に直りそ~に無い(死ぬまで無理のよーだ)残念。
本日の沖縄タイムス投稿欄 (カウンター58)
2021-02-23 10:47:36

オピニオン面に一般投稿7本(児童生徒の「ぼくも私も」など除く)。

「人生折り返し つながる幸せ」の那覇市・野崎律子さん(51)は、1月23日に続き今年2回目の掲載。
「チデークニーは冬定番の味」の那覇市・金城貴美枝さん(68)は、1月9日、2月13日に続き今年3回目の掲載。
「驚く与党議員のクラブ通い」の豊見城市・大山隆さん(80)は、1月21日に続き今年2回目の掲載。
「掲載率9割4分 投稿に励み」の糸満市・古我知進さん(70)は、昨年12月11日以来の掲載。
「コロナワクチン明るい兆し」の糸満市・大城正雄さん(82)は、1月9日に続き今年2回目の掲載。
「コンテナターミナル活用 軍港移設 港湾再編どうか」の那覇市・山本千誉さん(47)は、今年初掲載。
「小桜の塔で会った女性」の那覇市・仲本将成さん(92)は、1月11日に続き今年2回目の掲載。
 
カギカッコは投稿欄における見出し。  


【琉球処分反対の琉球士族が救国運動】 沖縄の廃藩置県反対で首里王府に因る封建制度存続支援を首里貴族が清国に求めたが、断られた。これが事実です、列強相手中の清国はそれどころではない。 (坂田)
2021-02-23 11:06:43

新聞が【琉球処分】と、行政用語の【処分】で書くから沖縄で誤解されて来たことをご理解願います。

行政用語の【処分】を、民間で受け止められる様なあたかも罰を喰らった様な被害妄想に至っている。

では、全国の廃藩置県処分も差別紛いの【処分】で在ったのか、そうではないことをなぜか琉球新報が書かないこと、即ち、情報操作に悪用している。

【廃藩置県処分】が全国で行われて国民から歓迎されたことは、自然人として当たり前の感動で在る。

それを、琉球新報がわざと沖縄差別とすり替えて、県民を煽ることで政府に敵愾心を煽る戦略をとっていること、その戦略は国民分断そのもので在る。

なんに付け、そう言う情報操作報道を琉球新報がするからこそ、警察庁が琉球新報に注目していること。【注目】と言えば、昨年からCIAに注目された中國融和主義NO1の二階自民党幹事長のこと。どちらも注目の意味は、【監視下】と同義語なんだ。

なお、日本史で国民が初めて自由平等を得たから、琉球新報以外に誰が【処分】を恨むのだろうか。

なお、後で自由民主立憲主義日本国家を恨んだのが幕末志士の西郷隆盛を生んだ薩摩藩主の島津公、政府からの通達を読んだ島津公が【なんで俺の年金が西郷よりも低いわけよ!】と激怒したとのこと。

全国の廃藩置県処分で、封建制度が廃絶されて主権在民に社会制度が変わったこと。

日本国の自由民主主義化で国民参政権に因り代理人を選び国会が国を統治する機関になったことが、いけないことにする琉球新報なのだろうか。

それとも、琉球新報が【処分】を止めて元の封建制度時代に戻りたいのだろうか。そんなに、独裁体制社会構造がお好きな琉球新報なのだろうか。

こう言う琉球新報の悪辣な情報操作報道に、まんまと騙されてはいけません。

行政用語の琉球処分記事も、琉球新報が県民の独立性を醸すために仕込んでいる情報操作で在ること。

ゆえに、琉球新報の「歴史、政治、文化、安全保障」版記事のどこかに情報操作が仕込んで在る。

警察庁が琉球新報を注目した理由は、複数回「沖縄独立を掲げた或る方の論文」を掲載したことに因る。この新聞は、言いたいことを他人に言わせる。


清国に因る柵封体制で沖縄が中國の属国で在った。

当初、首里王府が明国に属国を望んだこと。そのための柵封で在り、その30年後に清国に変わった。

ところが、412年前に徳川家康公が決裁した薩摩藩に因る沖縄武力侵攻で、約160年間続いた首里王国が崩壊して沖縄が日本に編入されたこと。

この時点で、中國の柵封体制下で属国沖縄の「巷でいわゆる独立国家の琉球王国」が消滅したこと。

然し、柵封した宗主国の清国が沖縄を救いに来なかった。原因は300年以上前に元が日本に2度も戦争で負けたトラウマが在り、然も、清国の外交力=抑止力が、江戸幕府から劣っていたと見做します。

ここを、琉球新報が県民に沈黙していること。

同じく、260年後の廃藩置県の際も首里貴族の依頼を受けた清国が助けに来なかった。首里貴族の面会すら清国政府が蹴ったと聞いています。

柵封体制下の沖縄が2回も清国から騙されたことになった。中國の柵封体制ってこの程度で在り、単なる貿易朱印状に過ぎない程度で在ったこと。


徳川家康公の薩摩藩沖縄占有決裁条件が【薩摩藩に因る首里王温存式沖縄の間接統治】で在ったこと。

①首里王温存

宗主国が遠隔地を統治する際の方法で在ること。

我が国が終戦直後に連合国進駐軍から「天皇制度温存式間接統治」体制にされたのと同じことだった。

王を温存することで住民を宥めることが出来るからだが、その目的は占領後の刀狩(反乱の芽を事前に摘む戦略)を円滑にすることに在る。

その戦略で、薩摩藩の刀狩が徹底して農機具まで没収された事例が起きた。

そして、無防備となった住民が後に編み出した武術が世界初の空手で在り、今に至る。世界の空手愛好人口が5000~8000万人と指摘される。

序に、泡盛飲酒が首里貴族だけで在り、泡盛醸造元も王府内に置かれた。その泡盛貯蔵の甕を運送する際に、護衛役に空手家が採用されていたこと。

②間接統治

従来通りに現地の行政管理を存続させることで統治側がコストを抑える利点が在ったこと。

戦後の進駐軍に因る間接統治も同じだから、どちらも以前と同じく住民が暮らすことが出来たこと。

これを、琉球新報が「沖縄が独立国家で在った」とする無知に因る誤解報道の原因で在ったこと。

沖縄は中國明国~清国の柵封体制下の属国で在り、真の独立国家ではなかったこと。

それが、412年前の薩摩藩の沖縄占有で日本領土になった。

だから、清国が日本の沖縄に手出しが出来なく成ったこと。これが支援を断られた理由だ。

なお、進駐軍に因る刀狩に付いては天皇制度温存によりスムーズに行うことが出来た。

進駐軍が全国各地で、「〇月〇日は〇地域に進駐軍のトラックが来ま~す」とラジオで予告していたほどスムーズでした。没収後に裁断してしまうのだ。

家庭に在る仰山の日本刀を回収に来たのだが、進駐軍が日本刀と軍刀の違いが判るはずもなく、この刀狩で数多の貴重な日本刀が失われた。

日本刀は県教育委員会が審査して登録証を交付する、美術品だからです。

然し、軍刀は当時の価格で10万円程度の大量生産品で包丁と同じく型抜き式で在り、切れますが日本刀とは言いません。

終戦当時、国内には軍用弾薬や武器の量が膨大で在ったこと、非武装化しないと反乱の芽が出る危険性が在るから刀狩が急務で在った。

もしもの際、日本人が怒ったら連合国進駐軍が人質にされる危険性が在る、多勢に無勢だからだ。


そして、沖縄の廃藩置県に付いて、名称が琉球県でなくてなぜ沖縄県で在ったのかを琉球新報が理由を報じることが一度もなかったこと。

先ず、沖縄方言は日本語体系の1000年前の平安古語で在ること。平安古語の発音は鼻に抜けるのでフランス語の様に聞こえること。

随分前に、NHK番組で平安古語を再現した動画を見たが、字幕を見てもなにを言っているのか分からないが鼻に抜ける発音が印象的だった。

鼻に抜ける発音フランス語と同じく、日本で唯一平安古語発音が残る地が宮崎県小林市の方言です。

なので、フランスで小林市の方言がTV紹介されて以来、小林市にフランス人観光客が多くなった。

世界で母国語にブライドが一番高いのがフランス人と言います。

新皇后陛下が来日のマクロン大統領夫人と通訳抜きに流ちょうなフランス語で会話されていた映像が母国で流されたので、フランス全土で話題になった。皇后陛下が更に仏国の親日度を醸成されたわけだ。

然し、沖縄諸島で色々探ったが平安古語の発音残滓を見付けることが出来なかった。

そして、沖縄と言う漢字は1000年前の平安時代に沖縄が自身で古語沖縄と自称していた古文書が存在すること。

琉球と言う漢字は、今から600年前の中國明国が沖縄諸島のことを「大琉球」と名付けたことに由来する。言わば、日本をジャパンの如しで在る。

そして、明国が台湾諸島のことを「小琉球」と名付けたが、台湾国民は「台湾は台湾」のアイデンティティ矜持が在り、誰も小琉球と自称しません。

序に、今の台湾国民に現存する中國文化と言えば600年前の明時代の焼き物程度で在ること。

台湾の歴史的建物類になると、100年以上前の日本の台湾総督府時代の日本式住宅や官庁や商業施設や公共施設で在るので、次々と歴史的文化建物として全土で修復や再利用が促進されている。

一つは地震大国台湾で、総督府時代の木造建物でもしぶとく現存してきたことが評価されたのだろう。

だからこそ、沖縄県民が600年前の中國式沖縄呼称の琉球に拘る姿勢は、沖縄人としてのアイデンティティを忘れ去った結果に等しいと見做します。

台湾の様に、1000年前平安時代から「沖縄は沖縄」と自称して欲しいもの。まあ然し、琉球と言う言葉も方言と見做せばそれも在りなのですが。

とにかく、廃藩置県で自治体名が琉球県ではなくて、沖縄県が選択された意味は古来からの沖縄アイデンティティに基ずくものと想っている。
本日の沖縄タイムス投稿欄 (カウンター85)
2021-02-23 15:07:53
「海のギャングをやっつける」 船を沖に走らせ捕獲したのは100㎏のサメ!
https://news.yahoo.co.jp/articles/f21d36fadeabfaab59b8b304d8c37ce0551eeb50

「カズ、本物見に行こうか!」【写真】「悪魔のサメ」美ら海水族館で標本展示
https://pelicanmemo.hatenablog.com/entry/2016/08/13/210000

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