狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

検定制度の崩壊 国家の劣化は教室から始まる!

2007-12-27 10:44:25 | 教科書

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今年を振り返るには未だちょっと早すぎるとも思うが、昨日の「集団自決」に関する「教科書検定」問題の決着に,

これで今年も終わったか・・・との感慨にふけってしまった。

昨日のエントリで「玉虫色の政治決着」と書いたが、今朝の琉球新報の三面トップも、

「玉虫色の政治決着」

という白抜きの大見出しが踊っている。

当日記とは異なる意見の琉球新報の見出しが同じ見出しだということが、

今回の文科省の決着のあいまいさを物語っている。

琉球新報が当日記のタイトルをパクッたわけじゃないだろうが。(笑)

手元にある琉球新報は、教科書検定関係で1、2、3、22.23の各面トップで記事を掲載し、7面では特集を組んで合計6面を費やす熱の入れようである。(タイムスはもっとひどいでしょう)

ちなみに琉球新報の見出しだけを抜書きしてみよう。

1面トップ

「軍強制」認めず
「軍強制」認めず 教科書「集団自決」記述
   

「関与」に後退     審議会  検定意見を堅持

 

◆2面と3面が繋がった大見出し

玉虫色の政治決着  「検定意見」に固執」

◆22面23面が繋がって

思い無視 どうして  怒   

声届かず落胆 不満

              

上記見出しを見るだけでも自明の通り、沖縄のサヨク勢力は「玉虫色決着」には「不満」であり、「怒」であり「嘆」でさえあるのだ。

早速今日にも県民広場で抗議の緊急集会を開くという。

■検定制度の崩壊■

今朝の産経新聞「主張」は「二重検定」だとして批判しているが、今回の決着はそんな生易しいものではない。

 【主張】沖縄戦集団自決 禍根を残した“二重検定”12.27 03:06

一旦決定して誤字・脱落や「明らかな誤謬」以外は訂正が認められない筈の検定制度が、

数を頼んで大声を発する勢力により書き換えられうる悪しき先例を作ってしまったのだ。

こうなってしまったら歴史教科書とはシナ王朝の「正史」のようなもので、政権が変わる度にそのとき大声を出す勢力の言いなりに歴史が変えられてしまうことになる。

これは教科書検定制度が事実上崩壊したことに他ならない。

■判決の「傍論」を真似た本文の「側注」■

それに今回の文科省の決着は、憲法判断に関わる訴訟で裁判所が下す判決(主文)にしばしば付加される「傍論」の例を見習っている。

判決は訴訟の当否を判断する「主文」だけで十分であり、

「傍論」は裁判官の独り言のようなもので、

時には裁判制度を揺るがす「暴論」にもなりかねないので、

不要どころか百害あって一利も無い類のものである。

「主文」より離れて「傍論」だけが一人歩きする場合さえある。

今回はの文科省の決着は「主文」で「命令や強制」は削除させたが、

「側注」という「傍論」を使って「主文」以上の暴論を記述している教科書もある。

例えば三省堂の「再訂正申請記述」の<側注>を見ると次のようになっている。

戦闘の妨げやスパイ容疑を理由に殺された人を見た。さらに、日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいるなど、

<側注>集団自決について、日本軍によってひきおこされた「強制集団死」という見方が出されている

本文では「強制」を」禁じて「関与」に書き換えさせてはいても、

<側注>で「日本軍によって・・・強制集団死・・・」と記述しては頭隠して尻隠さずではないか。

日本軍の「残虐性」を表す表現としては<側注>の方が激しいくらいで、これを称して本末転倒という。

しかもこのような教科書を教室現場で使用するのは、日教組の教師やサヨク教育に洗脳されたままの教師だ。

「本文」より「側注」が独り歩きする可能性は目に見えている。

教科書記述以上に偏向した内容で「残虐非道の日本軍」を生徒に刷り込むことが出来たら反日サヨク勢力の思う壺である。

このようにして「自国を貶める教育」が再生産されていく。

                     ◇

■国家競争力の強化は教室から■

教科書と国歌の競争力に関する某新聞のコラムを以下に抜粋し引用する。

◆(略)、わが社会では教科書を通じた理念の戦争が繰り広げられた。(略)のアイデンティティを否定し、市場経済の本質を歪曲した左派の歴史・経済教科書が氾濫した。祖先と親の世代が流した汗を「清算の対象」に追い込んだ教科書が、未来の世代に与える影響が怖い。これらの教科書はいつか我々に社会的費用を請求するだろう。左派の教科書が溢れていることに危機感を覚えたニューライト系列の学識経験者や全国経済人連合会などが、この数年間で(略)のアイデンティティ、自由民主主義や市場経済の価値などをベースにした歴史・経済教科書をまとめたのは、不幸中の幸いだ。

◆米ニューズ・ウィーク欧州版の経済エディタのステファン・テイルは、「国家競争力の強化は教室から行われるべきだ」と言う。同氏は、「フランスとドイツの指導者らが改革を叫ぶものの、速度が遅い理由は、反企業・反世界化の内容を盛り込んだ教科書のため」と指摘した。教科書の改革こそ、国運を上向かせるために、国家的なレベルで推進すべき文化改革であり、精神改革である。

引用新聞名はあえて伏してあったが「[オピニオン]教科書改革 」で全文読めば自明の通り韓国の有力紙東亜日報である。

同紙は韓国の朝日新聞と評された。朝日新聞とは現在も特約紙の関係にあり、東京支社を東京都中央区築地の朝日新聞東京本社ビル内にある。

朝鮮日報が右派一辺倒であるのに対して、中央日報は実利主義がベースにあるため、改革派政権が続く中では保守色は薄まっているし、東亜日報は伝統的に記者や労働組合の発言力も強いこともあって、個々の論調ではそれほど保守的ではないものも見られる。(ウィキより)

上記コラムにもある「国家競争力の強化は教室から」は真理を含んでいる。

韓国も最悪のサヨク大統領から保守派大統領に変わって、このようなコラムが「韓国の朝日新聞」に載るようになったというのに、

我が国では安倍首相から福田首相に変わったとたん、政治介入でサヨクに媚びる教科書にしてしまった。

韓国に比べても日本の教科書制度の大きな後退だ。

だが、大声を出せば教科書記述は変えられることが分かった以上、

保守良識派もこれまでのように大人しくしていてはおれないはずだ。

サヨクに負けない大声を発する必要がある。

これ以上サヨクの大声に負けて教科書が更に劣化したら、

サヨクの日本弱体化作戦は更に加速する。

国家の弱体化は教室から始まる。

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