このように、政府の財政赤字は、民間貯蓄の制約を受けていない。その逆に、赤字財政支出が民間貯蓄を増やしているのだ。

 しかも、この【1】から【5】までのプロセスは、永続し得る。

 

 そして、このプロセスにおいては、民間銀行の準備預金に変動はない【5】。したがって、赤字財政支出それ自体が、国債金利を上昇させるということもない。

 それどころか、銀行が保有する国債を日銀が購入すれば、国債金利を下げることすらできるのだ。

 このオペレーションもまた、何もMMTに固有の理論や提案ではなく、普通に行われている「事実」にすぎない。

 この「事実」を裏付けるように、過去20年間、日本では、政府債務残高が著しく増大する中で、国債金利は世界最低水準で推移し、上昇する気配はほとんどない(図2)。

 
 

超インフレ、金利高騰は起きず
主流派経済学の「権威」脅かす

 このように、MMTは、実は、特殊な理論やイデオロギーではなく、誰でも受け入れ可能な単なる「事実」を指摘しているのにすぎないのである。

 だが、その「事実」こそが、主流派経済学者や政策当局にとっては、この上なく、不都合なのだ。

 例えば、「インフレが行き過ぎない限り、財政赤字の拡大は心配ない」というのが「事実」ならば、これまで、主流派経済学者や政策当局は、なぜインフレでもないのに財政支出の拡大に反対してきたのだろうか

 防災対策や貧困対策、少子高齢化対策、地方活性化、教育、環境対策など、国民が必要とする財政支出はいくらでもあった。にもかかわらず、主流派経済学者や政策当局は、財政問題を理由に、そうした財政支出を渋り、国民に忍耐と困苦を強いてきたのである。

 それなのに、今さら「インフレが行き過ぎない限り、財政赤字の拡大は心配ない」という「事実」を認めることなど、とてもできないということだろう。

 さらに、「財政赤字は民間貯蓄で賄われているのではない」という「事実」を知らなかったというのであれば、「貸し出しが預金を創造する」という信用創造の基本すら分かっていなかったことがバレてしまう。

 主流派経済学者や政策当局にとって、これほど不都合なこともない。彼らのメンツに関わる深刻な事態である。

 というわけで、主流派経済学者や政策当局が、よってたかってMMTをムキになって叩いている理由が、これで明らかになっただろう。

 その昔、ガリレオが宗教裁判にかけられたのは、彼が実証した地動説が教会の権威を揺るがしたからである。

 それと同じように、MMTが攻撃にさらされているのは、MMTが示した「事実」が主流派経済学者や政策当局の権威を脅かしているからなのだ。

(評論家 中野剛志)

 

 【おまけ】

西田「財政問題で言われているのですが、財務省が言っている財政の問題は、基本的に事実認定が異なっているんです。そこで今日はそこを明らかにしたいと思うのですが(中略)銀行はですね、皆さんから集めたおカネを出しているわけじゃないんですね。ここに信用創造というのが出てきます。
 サラ金と民間銀行、同じように借りているように見えますけれども、仕組みが違うんですが、そこのところ副総裁、説明して頂けますか?」

雨宮日銀副総裁「(前略)決済性預金口座というものを提供している銀行だけがですね、その与信行動により、自ら貸し出しと預金を同時に作り出すことができるのであります。
 わたくしがノンバンクに行きカネを借りるときには、ノンバンクはどちらかで調達して、そのカネをわたくしに貸してくれるわけでございますが、銀行はわたくしにカネを貸すときには、銀行口座に記帳する、と、そして後から預金が発生するという格好になります。これを信用創造と言っているわけであります。(後略)」

西田「中央銀行に決済口座を持っていると、信用創造ができるというわけでありますが、それで、国債の新規発行もですね、実は中央銀行を通してやっていきますから、同じように国債を新規発行して銀行が引き受けると、その調達したおカネを政府が財政出動するとやった場合、政府の負債は増えます、国債として。ところが当然のこととして民間貯蓄がですね、政府の予算が執行されて、政府が出した政府小切手が銀行から取り立てられて日銀に回ってくるわけですけれども、当然、民間貯蓄が増えると、こういう理解で良いですね?」

雨宮「国債の発行による財政支出が預金通貨の創造につながるかどうかは、国債の発行形態によって変わってくるわけでありまして、国債が個人や投資家に消化されれば、それは預金の創造には繋がらないわけですけれども、銀行が保有している分について申し上げますと、それは信用創造を通じて預金が増加するという格好になります」

西田「財務省がずっと言ってきたのは、国債をどんどん出せばですね、借金がどんどん増えちゃって大変だというんですけれども、政府の負債は増えていますが、民間貯蓄がどんどん増えていくんですから、財務省の説明はおかしいんですよ。
 財務省の説明が正しいとするとですね、個人向け国債、わずかですけれども出ています。個人向け国債は、個人の預貯金が国債に振り替わるわけですから、いわゆる信用創造的にはならないわけですね、貯蓄が債券に変わってしまうわけです。その場合は、限度額は個人の貯蓄の額ということになりますけれども、いわゆる銀行が引き受けている新規国債にはですね、民間貯蓄が発行の限度額にはならないと思うのですが、いかがですか?」

雨宮「銀行のバランスシート、マクロ経済のバランスシートを見ますと、投資には貯蓄が対応し、負債には何らかの資産が対応するという、事後的な関係、恒等関係は必ずあるわけであります。従ってご指摘の通り、金融機関が国債を保有し財政支出が行われれば、それに対する預金通貨は事後的には同額発生しているわけでありますが、これはあくまで事後的な対応関係でありまして、そのプロセスで政府の財政の持続性あるいはインフレ懸念、金利や資金の流れがどう変わるかとは別の問題と考える必要があると考えております。」

西田「事後的にと仰いますが、政府が予算化したら、それは当然消費や投資になったりして、結果的には誰かの貯蓄が増えるわけですよね。そうでしょ?
 だから事後的にとはタイムラグの話でありまして、結果的に政府の負債と同額の民間の貯蓄が増えるということ、そうでしょ?」
 
雨宮「ご指摘の通り、投資が発生すれば、それと同額の貯蓄が発生するわけでありますが、問題は銀行であれ、個人、投資家であれ、発生した貯蓄をどういう金融資産に割り当てるか、何で運用するかがポイントになるわけであります。その際に例えば財政の持続可能性への信頼ですとか、あるいは将来の経済や物価の変動への懸念といったことを背景に、国債に対する需要がどうなるかといったことによって、様々な変動が生じるということだと理解しております」

西田「答弁かなり誤魔化してしまうんですね、そこで。単純に、政府が財政出動すれば民間貯蓄が増えるというのは、これはどこまでも否定できない事実ですよ(後略)」